みーくんの青春   作:氷の泥

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02 みーくん旅立ちカウントダウン

 黒板に貼り出されたバスの席配置図を見て、安良岡さんが別のクラスで本当によかったと人生で初めて、心の底から思った。今まではむしろ、同じクラスならよかったのにと百回くらい思ったのに。

 いや百はさすがに盛ってるかな、わかんないけど。数えてるわけじゃないし。

「さあ括目して、全員自分の配置はある程度、誰が隣かとか覚えた? 異議がある人はいる?」

 学級長ということでこの時間を仕切らされている峰岸さんは、自分から立候補して学級長に就いた珍しいタイプの人間だ。普通そういうものはジャンケンで負けたり、誰かから推薦されて仕方なく甘んじて受け入れるものだと思うんだけど、彼女は違った。

「質問です委員長」

 挙手とかは無しで、一番前の席に座っていた男子が司会に喋りかけ始めた。

「委員長じゃないけど、はい質問なんでもどうぞ」

 峰岸さんは委員長と呼ばれるといつも否定する。でもみんな彼女のことを委員長って呼ぶ。本人だって「委員長」が自分を指していることを理解している。本気でその呼ばれ方を嫌がってる風には見えないけど、じゃあどうして毎回否定するのか、僕には全然わからない。

「異議を唱えれば席の位置が変えられるんですか?」

「いいえ。ノーです、断じてノー。特別な理由がない限りバスの席替えは認められません」

「じゃあなんで訊いたの……」

「特別な理由を言い出せない人がいないかなって話に決まってるでしょ。はい、他に誰か質問とかある人はー?」

 質問を募るポーズとして、彼女は自分の右腕を挙げながら教室中を見渡した。峰岸さんは優しいから、突然当然のように予備動作なしで質問をぶつけられても、それについて何も言うことはないのだ。

 正直な感想を言うなら、苦労人だと思う。彼女が報われたなと言えるような場面を、少なくとも僕は見たことがない。

 挙手をしてまで言いたいことがある人はいなかったようで、質問タイムはこれにて終了した。活き活きと司会を進行する彼女と対照的に、担任の先生は教室の隅っこに置いた自分の椅子に座って眠そうな顔をしている。

「質問なし、ね。はい、それではこれで修学旅行についての話を終わります。先生?」

「ん、はいはい」

 役目は果たしたぞ、完璧になぁ……! と、そう書いてあるような、満足気な表情で峰岸さんは自分の席に戻っていく。奇特な人だ。

 そして教卓に戻ってきた先生は相変わらず眠そうだった。峰岸さんと足して二で割るとちょうど良いのかもしれない。

「えー、そういうわけでバスの配置については以上だ。班編成というか、要するに部屋割りだな。それは明日渡すしおりに載っているから、楽しみにしておくように」

 さっきの最前列男子が、今度は手を挙げた。いかにもふざけていますと言うような、無駄に豪快に振り上げる挙手だった。

「はい先生質問です!」

「なにかな」

「しおりというのは完成品で渡されるのですか! それとも、中学校や小学校のように」

「ああそうだよ。中学校や小学校と同じように、数枚のプリントをみんなで頑張って折ってホッチキスで綴じていくんだよ」

「強制労働だ……」

 よほどその作業が嫌なようで、手を挙げた時と同じくらい大げさに彼は机に突っ伏した。僕もできれば初めから完成品で渡されたかったけど、これはもう仕方がないことだ諦めはつく。

 これ以上たかだか修学旅行のしおりについて、それも渡される前から質問が飛んでくることはさすがにない。さっさと切り上げたいのか、先生は久保がよくやるみたいに、両の手のひらをパチンと勢いよく合わせて終わりの合図をする。

「それじゃあ時間もちょうどいいので、各々荷物をまとめて下校、解散! また明日!」

 号令を聞いて僕は通学用の鞄を肩にかけ、すぐに久保の席へと向かう。

「席、隣だったな」

「安泰だね」

「だな。特に関わったことないやつの隣とかにならなくてよかった」

「うん」

 お喋りなら帰り道で十分にできるし、それで足りなければ途中で立ち止まって井戸端会議のようにだべり続けていても、よほど暗くならない限りは誰にも怒られないし。とにかく僕らにこれ以上学校へとどまる理由はない。

 久保と一緒に廊下に出て、一緒に階段を下りて、下駄箱までも当然一緒。……これが当然なのは、安良岡さんと別れたからだ。思えば確かに僕と彼女は、不愉快なものを周囲に振りまいていたのかもしれない。

 安良岡さんと仲が良いうちは彼女と一緒に帰るけど、別れちゃったから久保くん一緒に帰ろうよ……というのは確かに、リア充様はけっこうなご身分でとか、そういうことを言われてしまっても仕方がない。人間関係って難しい。二者択一以外にはないのかな。

 学校の門から出て、ちょっと不安だったから聞いてみた。

「部屋も一緒だといいね」

「え?」

 え、というのは、偶然聞こえなかったということだ。

「修学旅行の」

 ああ、と。大したことじゃないから意識の外だった、という風に久保は答える。

「たぶん一緒だろ。バスの席順、あれどう考えても仲良し同士が固められてたし」

「あー、確かに。そんにゃ感じした。じゃあ安心か」

 一部「特に誰とも親しくないタイプ」に属する人たちが処理に困ったかのように敷き詰められているゾーンはあったけど、まあ、僕たち二人の部屋割りは大丈夫だろう。……大丈夫だよね?

 ちなみに、その混沌ゾーンには峰岸さんも入っていたんだけど、それは別に彼女が学級長としてどの席にでも置ける便利な存在として扱われたわけではなく、(僕の知る限りでだけど)彼女にもまた特別親しい人がいなかったことが理由だと思われる。

 あの人は良く言えば誰にでもわけ隔てないんだけど、どうもクラスメイト全員と一線を引いているところがあったりする。休み時間とか常に一人で本読んでるし。根っからの司会役タイプというのは、平等の化身であるためにプライベートまでそんな感じになるのかな。いや学校内での様子をプライベートとは呼べないけど。

 まあ、なんにせよ僕と久保の部屋割りはバスと同じく安心ってことだろう。そうに違いない。

「いや俺は一切部屋のメンバー決めに関わってないから知らんけど」

「にゃんでわざわざ不安を煽る? そうだにゃって言ってくれればよくにゃい!?」

「かわいそうになぁ、お前そのリアクションは一生いじられ役だわ。俺はいじり役」

 かわいそうと言われても、僕には他人を面白おかしくいじる気概もセンスもないし、今のポジションに満足してるけど。……いや、でも全人類が久保になると考えるときびしいかも。社会に出たら上司が久保とかどうしたらいいのかわからない。

「いじり役はいいけど、いじめっ子にだけはにゃらにゃいでね」

「ならねーよ。むしろ、世のいじめっ子たちまで全員俺がいじりたおしてやるぜ」

「きゃーかっこいい!」

「もっと崇め奉れ」

「久保くんさいこー!」

「きも、うざっ」

「ひどすぎでは!?」

 いじられ役には苦労が絶えない……。はっ、そうか、きっと報われない司会役の峰岸さんもこんな気持ちだったんだ。そう、別に悪くはないんだよね。悪くないから不満もない。あの人もそこそこ楽しくやってるんだなきっと。

 と色々話しているうちに、お互いの家への分岐路にたどり着いてしまった。久保とはほかにも「修学旅行なに持ってく? トランプ? お菓子とかどうする?」みたいな話をしたかったんだけど、立ち止まって話すほどのことでもないからそのまま解散した。

 

 次の日配られたしおりによると、僕と久保は無事に同じ部屋へ配置されたようだった。

 五人一部屋の割り当てで、残りの三人は全然関わりのない人たちだったけど、そこは彼らが仲良し三人組なので二対三でいい感じにグループが分かれている。学校から決められてグループ分けされた中で、さらに分かれるのだ。そんなもんだよ。

 後々に修学旅行を控えていても授業はいつも通り進むし、旅行の荷物は母が用意してくれるから特にこれといって準備することもない。大きなイベントを前に僕を含むクラスメイトのほとんど全員が浮足立っているように思えたけど、それとは裏腹におそろしく、おそろしく普段通りで何もない日々が続いた。

 案外、これは旅行に出ても同じなのでは。僕は久保と喋るだけで、特に珍しい体験はしないのでは。自分が何を期待しているのかも知らないけど、とにかくなんだか、僕たちは実体のないものにわくわくしている気がしてくる。

 当日、僕は早朝から学校貸し切りのバスに乗りこんだ。同じ学年の人はみんなそうだった。そして僕は席に座ってから、それから、しばらくの間の記憶がなかったりする。

 

 

 

 

 




 ちょっとやる気が息を止めてしまったので続きは4000年後くらいになりそうです。
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