明治の向こう   作:畳廿畳

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筆者は理系出身です。
現在趣味が高じて日本史の勉強中です。

生暖かい目で見守っていただけると幸いです。
あ、薩摩弁は間違っている箇所が多々あります(もしくはほとんど?)御容赦を。
では、どうぞ。





1話 西南戦争 其の壱

 

 

 

 

空が広いなぁ。

 

今まで何気なく見てたけど、そういえばとふと見上げて思った。

ビルとか電信柱とか電線とかが無いと、空ってこんなにも広く見えるもんなんだ。

 

日常に潜む小さな発見かな。

 

 

雲1つない晴天。

清々しいほどの快晴。

 

 

あ、鷹。

 

 

「お~い、呆としよるな。もうそろそろ着くぞ」

 

 

隣から声が掛かる。

それを無視して俺は空を眺め続ける。

 

 

どんなに時が過ぎても空は変わらずあり続ける。

 

そういえば古代の人も今と変わらない星々を眺めていた、と何かで読んだ事があるな。

 

まぁ俺が今見てるのは星じゃないけど。

あ、いや星はあるのか。

ただ昼だから見えてないだけで。

 

 

「おいったら。もう田原坂ぞ」

 

「分かった、分かったっち。聞こえちょっよ、はっきいと」

 

「ならちゃんと返事ばせい。そいでも侍か」

 

 

返事するかしないかと侍は関係なくね?

 

 

「あ~はいはい。侍ですよー気を付けますよー」

 

 

もう何度目になるか分からない溜め息を溢して、俺はようやっと顔を前に向ける。

 

 

あぁ、ただいま現実。さよなら脳内妄想。

 

 

「既にあすこに本隊が布陣しちょっからのぉ。合流して皆で憎き政府軍を(むけ)め撃っ!くうぅ、こいくさ薩摩ん兵子(へご)ぞ」

 

 

血気盛んだなぁ。

 

 

「そげに力入れとっと途中でへばっぞ」

 

 

俺の苦言なんて聞きやしない。

 

鼻息荒く、学友は腰に差した刀の柄を握り締めながら、目前に迫った田原坂の林を見据えていた。

 

 

まぁ気持ちは分からんでもない。

 

 

薩摩人は侍としての誇りを奪われ、生活を奪われ、そして辱しめを受けたんだもんな。

 

敬愛する西郷先生を裏切って、自分ら諸共亡き者にしようと蠢動(しゅんどう)する政府にかなりの鬱憤が溜まっているんだ。

 

 

 

でもなぁ。

 

 

 

 

 

俺たち()()()はここで負けるんだよ。

 

 

この日本史上最大にして最後の内乱、西南戦争で侍は滅びるんだ。

 

 

侍は、居なくなるんだよ。

 

 

 

 

日本史に疎かった俺でも知っている。

 

 

 

 

 

それが俺の知っている歴史なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ十徳。お(まあ)もこいが初戦(はついくさ)なんじゃろ?なしそげな平然とした顔ばしちょっ?普段と変わらなん顔だぞ」

 

「お(まん)はテンション上がり過ぎなんじゃ」

 

「え?てん……しおん?」

 

 

俺の溜め息混じりの言葉に首を傾げる学友。

 

ただまぁ、その疑問に答えるとしたら、それは現実感が無いからだろう。

 

 

この身体に憑依してまだ1年。

 

混乱してる間にあれよあれよと時は流れ行き、気付けば私学校(西郷隆盛が薩摩に多数作った侍の養成所。所謂、私的な軍学校)で侍としての教えと剣技を叩き込まれ、その生き方と在り方を説かれ続けた。

自分の身に起きた出来事を考察する暇もなく、俺はこの身体がかつてしていた事をなぞる事しか出来なかったのだ。

 

つまり、あれだ。

まだ心の整理が追い付いていないのだ。

 

なぜ俺が?生前は死んだ覚えがないのだけど。

この身体の嘗ての持ち主はどこに行った?俺が締め出してしまったのか?

 

勉強やら鍛練やらで日々を生きることに精一杯だった俺は、そんな考えに頭を使う余裕が無かったのだ。

未だ明治期の薩摩の日常に慣れてすらいないのだから。

 

1年も経っているのに。

ふざけた話だよ、我ながら。

 

そして流れに身を任せた結果、俺は西南戦争を止める事をしなかった。

出来る出来ないとかは別の話だ。

詳しい歴史的な経緯は知らないけれど、戦争が起こることを知っていて、それを阻止しようとしなかった。

 

 

それが辿るべき歴史だから、じゃない。

 

 

忙しくて忘れていた、わけでもない。

 

 

 

ただ、この戦争は近代日本に必要なものなんだ。

 

 

 

呆とそんな風に思ったからであり、そして俺はまた日常をなぞり続けた。

 

 

 

 

 

「平常心ば心掛けてるからのお。逸る気持(きもっ)ば抑えちょる」

 

「おお、そうか。やっぱ十徳は()ぜなぁ。(おい)なんか武者震いなのか、手が震えてきたってのによぉ」

 

「ならお呪い掛けようか?震えが治まっかもしれんお呪い」

 

「お、そいはよか。是非やってくれ」

 

 

俺の言葉を疑うことなく信じる学友。

 

ゴメンね。

こんな身近に居ながら、君たちを助けようと戦争阻止に動かなかった俺はきっと、最低最悪の人間なのだろう。

 

それでも、この戦争の最中なら、君らを守れる。

 

必要な戦争であっても、その落命が必要だとは思っていないから。

この負けが決まっている戦争でも、救える命があるのなら救いたい。

 

流される日々のなかで微かに芽生えたこの気持ちは、大切に育てて立派な思いとなったんだ。

 

 

「こう、力抜いて掌ば向かい合わせい。そう、5本ん指先が軽く触れ合って輪っかば作るんじゃ」

 

「こうか?」

 

「おう。そんまま」

 

 

俺の前に差し出された学友の両手。

その両手の甲を思いっきり、俺の手で拍手するようにサンドする。

 

瞬間、パンと小気味よい音が響いた。

 

 

「おわ!っつう。なんだ、今んがお呪いか?」

 

「あぁ、一人じゃ出来ないお呪いじゃ。母上によくやってもろうてのぉ。どうじゃ?よか音がして小気味えぇじゃろ」

 

「へぇ、面白い。こいはよか。手のヒリヒリした痛みが震えば抑えちょる。あと音もよか。大きな音が気持ちえがっだ」

 

 

まぁ、やってくれたのは今の母親じゃなくて平成の実母なんだが、そこは些細な事だよな。

学友はヘラヘラと笑いながら、いつも学校で見せてくれる表情となった。

 

 

「ありがとうごわぁた。おかげで落ち着いたわ。こいなら政府の奴等の首幾つでも(もろ)うてやれるわい」

 

 

物騒なことをいい笑顔で宣いやがって、ったく。

 

 

 

 

さて、そんなことをしている内に田原坂の防御陣地に俺らも加わり、政府軍を待ち構えることとなった。

 

部隊長から装備の点検をするように指示が下る。

それを聞いて俺は背負っていた装備を下ろし、メンテを始めた。

 

 

俺たちの主兵装は刀と鉄砲。

パッと見じゃ個々の装備は政府軍のそれと変わらない。

 

ただし、この鉄砲は旧式の物なのだ。

新式の鉄砲は政府軍に丸ごと盗まれてしまったのだ(これマヂな)。

旧式の銃は装填時間が早くても30秒。

対する向こうは早ければ5秒で済む新型。

 

しかも向こうはガトリング砲に大砲もある。

加えて近代式の教練を受けた兵士が千人単位でいる。

 

ぶっちゃけて言うと、数の面でも質の面でも負けているんだよ、既に。

 

そりゃ勝てねェわ。

 

 

 

ヤバイな、つい溜め息が溢れる。

 

いや、待て待て。

だからと言ってボロ負けするとは限らない。

 

歴史に詳しくないから知らないけど、政府軍が圧勝するとは聞いていない……筈だ。

少なくとも、ここ田原坂での政府軍の迎撃は理に適っている。

だから善戦は出来る、と思う。

 

 

 

あ~クソ、少しぐらい日本史も勉強しとけば良かった。

近代史ならともかく幕末・明治初期はてんで分からん。

 

 

まぁいい。

 

この地の会戦がどう進もうと俺のやることは変わらない。

 

 

死に行く者をなるべく減らす。

救える命を最大限拾っていく。

 

 

その為なら鬼にだってなってやる。

そう思うぐらいには、共に勉学に励み、共に教練に打ち込んだ仲間を大切に感じるようになったし、郷土愛も芽生えた。

 

 

だから、やってやる。

 

 

人だって、殺してみせる。

 

 

 

 

そして、そんな決意を胸に武器のメンテを終えたその瞬間、隊長から新たな下知があった。

 

 

 

 

政府軍視認--

 

 

 

迎撃準備--

 

 

 

 

 

 

あぁ、やってやるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

 

あかん。

 

 

 

誰だよ、善戦はするだろうなんて思った奴は。

 

 

 

善戦?

 

 

 

アホ抜かせ。

 

 

 

 

 

 

もはやこれ戦争じゃねぇよ。

 

 

 

 

蹂躙だよ。

 

 

 

どっちがって?

 

 

 

()()()が、だよ。

 

 

 

コイツら死を恐れてないのか?

 

 

相手の銃撃を隠れて凌ぐ事もせずに立射(りっしゃ)で応戦してやがる。

 

しかもその狙いが百発百中。

確実に敵の頭部に叩き込んでやがる。

 

小高い丘からの撃ち下ろしの形になるから、相手の攻撃も散発的。

 

しかも向こうは士気が低い。

隊がすぐに崩壊してやがる。

どうやら徴兵された兵士らしい。

 

そして、崩壊した相手部隊に斬り込む薩摩の侍ども。

 

 

これが怖いのなんの。

 

 

跳べば相手部隊を飛び越えて指揮官に肉薄し、刀を一振りすれば胴体が泣き別れし、叫べば木々に反響し鼓膜を揺さぶる。

 

 

怖ぇぇええ!

 

 

え、人ってあんな機動出来たっけ?

 

早い速いはやい。

気を抜いたら俺も見失うレベルだ。

 

あ!アイツ今弾丸斬り落とした!

 

 

薩摩の侍こっわー!

 

 

何この戦闘民族?!

 

 

こっわー!

 

 

 

 

「やああぁぁ!」

 

「おっと……そい!」

 

 

と、余りの我が目を疑う事態に呆としていた時に後ろから銃剣を突き出してきた兵を迎え撃つ。

 

あ、ここも敵部隊のど真ん中ね。

俺も斬り込みに加わってました。

 

まず銃を真っ二つに斬り落とし、直ぐ様突きで右肩を貫く。

 

 

「うぅッ!」

 

 

踞る敵兵に止めを刺すこともなく、俺はただそいつを見下ろしていた。

 

人を殺す覚悟はある。

とうに出来ている。

 

けどこれは違うだろ。

 

こんな蹂躙劇。

 

まるで戦い方を知らない子供を相手にしているみたいで、とてもじゃないが殺す事が出来ない。

いや、これはただ単に覚悟がまだ出来ていなかったということか。

 

なんて、そんな事を考えていると

 

 

「チェストぉ!」

 

 

先程右肩を貫かれ膝を着いていた兵士の後ろから、ここに来るまで話に興じていた学友が現れ、その兵士の首を刎ねた。

 

その返り血が、驚愕する俺の身体中に掛かった。

 

 

「何ばしよっと十徳!奴等に情けなんぞ掛けるな、憎き政府軍じゃろが!」

 

「あ、あぁ」

 

 

ゴロンと足元に転がる生首。

 

つい数分前まで普通に生きていた青年の、成れの果て。

 

 

堪らず俺は目を逸らしてしまった。

胃袋から口内に何かが込み上げてきた。

 

 

別に俺は政府を憎んじゃいない、とか。

お前らの怒りをぶつけるべき相手はコイツら兵士じゃないだろ、とか。

 

そういった言葉は口にする事なんて出来ず、俺はただ頷く事しか出来なかった。

そんな俺の態度を見て、学友は鼻息一つ吐くと直ぐ様別の相手に斬りかかった。

 

 

違う。

 

 

殺らなきゃいけないのは分かってる。

それが戦争なんだから。

 

けど、怒りに身を任せてただ殺し回るのなら、ただの暴徒と変わらないじゃないか。

 

戦うことに関してだけ言えば、その姿勢は間違っていない。

でもそれじゃあ、殺すことを目的とした戦争になってしまう。

 

それに、彼等だって徴兵された身なんだ。

好きでこの地に来たわけじゃない筈だ。

 

それを恨み一辺倒で殺すのが正しいのか?

俺が間違っているのか?

 

 

あぁ、クソ!

 

こんな時に溜まってた混乱が押し寄せて来やがった。

 

頭が割れそうに痛い。

視界がグニャりと歪み、呼吸が苦しくなって、気付いたら俺はその場に踞り、嘔吐していた。

 

 

「う……げェェっ、えほっ…」

 

 

胃に入れていた戦闘糧食を全て吐き出して、フラフラと立ち上がる。

 

 

戦闘は、否、蹂躙劇は未だ終わらず、薩摩の快進撃は止まる事を知らなかった。

 

 

 

 

血と硝煙の臭いが、絶叫と悲鳴の声が、俺の存在を掻き消していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













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