明治の向こう   作:畳廿畳

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話が進まない……だと?



まぁいいや

とりあえず、どうぞ




11話 明治浪漫 其の参

 

 

 

 

 

「これは……なるほど。確かに、人力も馬匹も必要としない自動車なるものは、かなり有用ですね」

 

 

簡単に紙に書いた資料を食い入るように見る観柳。

記載してある内容は、俺が要求した自動車についてだ。

 

朧気な記憶だが、たしかこの世に自動車が初めて登場するのは1880年代だった気がする。

時期的に多少のズレはあるけれど、そこはコイツの大好きなお金で登場を早めれば問題はない。

 

 

「未だ欧州の隅で細々と試作が作られている段階だ。それを投資でバックアップしてほしい」

 

「ばっく、あっぷ?」

 

英国(ヘゲレス)語で援助みたいな意味だ。これが実用化されれば、日本でも政府高官や富裕層から浸透するだろう。その時にはアンタが市場を独占できる」

 

 

そう言うと、観柳の瞳に薄黒い欲望の色が際立ったように見えた。

 

 

そんな手のひらの上で転がる様に、内心ほくそ笑まずにはいられなかった。

 

だってそこまでは無理だし、求めていない。

自動車は整備された道とドライバーの運転技術が無ければ無用の長物と化す。

他にも車体のメンテ設備や燃料供給の体制等々、挙げたらキリのない事物を整えなければならない。

一つの商会ですべてを網羅することなど不可能だし、多種多様な企業を参入させたとしても、利益が生まれるのは数十年先になるだろう。

 

そこを言わず、クソ遠い先の有るかも分からない利益をぶら下げて喜んでくれるとは。

 

 

「ふむ……作れるようになれば尚の事ですね。しかし、どこでこの情報を?」

 

「企業秘密。で、次はそっちの番だな。言われた人物に接触したぜ。感触は良好だった。一度会ってみたいとさ」

 

「それは嬉しいですねぇ」

 

 

ニコニコと笑いながら葉巻を吸う武田観柳。

 

ちなみに此処は以前訪れた観柳邸。

今回は物騒な護衛はおらず、二人だけの対談となっている。

 

 

「ま、アンタの密偵から同じ報告が来てると思うけど、一応俺からも。相手は薩長土肥に私怨があるから軍にも警察にも繋がりは無いからな。お仲間の居ない政界でのし上がろうと思うだけあって、かなりの警戒心だった。逆に、薬で溺れさせて足掛かりにするには丁度いいだろう」

 

 

観柳の欲望に染まった瞳の奥が、更にギラリと鈍く光った。

 

 

「そうですか……では、接触の場と時間を今度伝えてください。甘い言葉も忘れずにね」

 

「あいよ」

 

 

その後、他の諸々の取引内容を詰め合わせるため、話し合いは続いた。

西洋火器の譲渡場所や日時、斡旋する相手についてや警察の観柳に対する(偽)捜査動向を漏洩したり等々、朝早くから始めた対談は午前を丸々使うこととなった。

 

 

そんな一通りの話がやっと終わって、俺は挨拶をしてから警帽を被って退室する。

と、開いた扉の向こうの通路に寄り掛かっていた人物と目が会った。

 

 

高荷恵だ。

 

 

想定外の人物とのバッティングに、思わず鼓動が跳ね上がった。

 

 

 

会津藩出身で、高名な医者の一族のもとに産まれた女性、高荷恵。

もちろん、彼女自身も女医として優秀。

この明治期において女性でありながら、医術を会得しているという稀有な存在であり、原作では自分を助けてくれた主人公に想いを寄せるようになって、度々彼ら主人公勢をその医術で何度も助けるキーパーソンとなる。

 

で、何から助け出したのかというと、当然観柳から。

 

過去、ある医者の助手として東京で仕事をしていたのだが、その医者が観柳にアヘンを作って金儲けをしていたのだ。

彼女は知らないうちに阿片を作る手助けをしていて、その医者が亡くなった今(理由は忘れたが確か観柳に殺されたハズ)、観柳に軟禁されている……とかなんとか。

 

たぶん脅されて今も阿片を作っているのだろう。

 

 

閑話休題(それは今は置いといて)

 

 

俺は此処、観柳邸に足を運ぶようになってから何度か会った事がある。

スレ違う事もあったし、目を合わせる事もあった。

 

けど、お互い不干渉で話すことはなく、足を止めて向き合う事すらなかった。

 

だけど、今のこの状況は……

俺を待っていたのか、それとも観柳か?

 

 

「こんにちは」

 

「…………」

 

「話なら済みましたよ。観柳殿ならまだ中に居ますから。では」

 

 

口を開く気配すらない、か。

観柳に用事が有るようなので、俺は彼女の横を通り過ぎた。

 

 

「貴方は、警察として観柳に接触してるの?」

 

 

すると、後ろから声を掛けられた。

思わず足を止めて振り返ると、高荷恵は此方を見ずに背中を向けて問うていた。

 

わぁ、ちょっと感動。

原作の主要キャラに声を掛けられるなんて。

 

え、斎藤?

死を感じて動いた、という意味では感動したよ。

 

 

「え~と、どういう意味ですか?」

 

「警察なら、武田観柳の後ろめたい噂は把握しているでしょ?それを踏まえて此処に来るのは、何の理由があってなのかを聞いているの」

 

「私の訪問理由を知りたいんでしたら観柳殿に伺われては?」

 

「……」

 

「なるほど。そういうことですか」

 

「えっ?」

 

 

俺は理解した、という風を装って高荷恵の方に歩み戻る。

静謐な廊下にカツ、カツと俺の足音が響く。

 

まさか俺が近付いてくるとは考えていなかったのか、それとも俺が何かに気付いたことに慌てたのか、彼女は驚いた様子で俺に振り返った。

 

うん、やっぱり美人さんだな。

紺色の羽織りが似合ってて和服の淑女って感じだ。

 

 

「貴女の存在はこの観柳邸で少し異彩だ。特別な存在なのだろうと常々思っていた。けど、私の事を観柳殿に聞かない、否、聞けない様子から見るに、どうやら観柳殿にいい感情は抱いていないようだ」

 

「……」

 

「世話係りか、小間使いか。にしては観柳殿と一緒に居る様子を見たことがない。ならば相応の仕事をしているのか。でも、その顔に生気がない……なんだかスゴく、悲しそうだ」

 

「ッ……」

 

 

あぁ、なんか警戒心が大きくなったなぁ。

原作知識を少し披露したんだが、マズッたかな?

 

いや、武田観柳に囚われている今の彼女は精神的にかなり参っているはずだ。

どうあっても敵認定されてしまう気がするから、早いか遅いかの違いでしかない。

 

本当は心根の優しい女性なんだよ、知ってる。

それなのに、家族の誇りたる医術と知識で阿片を作らされているんだから、その胸中は想像を絶するものなのだろう。

 

 

「観柳殿はもちろん、此処にいる人たちが何をしていても、何を持っていようと俺は関係無い。咎めもしないし、報告もしない」

 

「……警察なのに?」

 

「観柳殿とそういう契約をしたから。でも、」

 

「?」

 

「そんなに思い詰めた顔をされると、やはり放っておくのは忍びなくなってしまう。お茶でもしませんか?無関係な人と話せば、少しは気が紛れるかもしれませんよ?」

 

 

俺の不意な発言に、彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

あらやだ、可愛い。年上だけど。

 

そして、ふと気付くと彼女はクスクスと笑った。

あぁ、そんな表情も出来るのですね。

 

やっぱり綺麗な女性の一番の化粧は笑顔だよ。

 

 

「でえとのお誘いかしら?生憎と此処等にお茶を貰える場所はないわよ」

 

「そいつは残念。綺麗な女性を目の前にして誘えないのは痛恨の極みだ」

 

「ふふ。お店は無いけど、私の部屋になら飲み物くらいあるわ。来るかしら?」

 

「本当に?是非!」

 

 

マヂでか!

これはちょっと予想外の展開だけど、原作主要キャラと二人っきりか……心踊る状況だぞ。

 

 

 

はしゃぐ心から、ついつい笑顔が溢れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

最初に彼を見掛けたとき、まるで人形のようだと思った。

 

白い肌、銀色の長い髪、青い瞳。

少し大きめの警察の制服を着て刀を腰に差す彼は、まるで着せ替えをした人形のようだった。

 

男の子……よね?

正直自信が無いけど、女性が警察官とは思えない。

でも、あんなに髪を伸ばすなんて。

どんな触り心地なのだろうか。

私も髪を伸ばしているけど、男の子であんなに伸ばす人がいるなんて。

 

それに、あの青い瞳。

もっとじっくりと眺めてみたい。

日本人離れしたあの瞳と肌と髪の色。

 

異国の人か、それとも異国の血が入っているのか。

 

 

話してみたい。

 

私は率直にそう思った。

 

 

 

此処に囚われ阿片を作り始めてから、私の心は動かなくなっていた。

こんな事をしていていいのか、抜け出すべきではないのか。

否、いいハズがない、と最初はそんな風に考えていたけど、今はもう考えるのも億劫になって、仕舞いには観柳に言われるがままの量の阿片を作るようになっていた。

 

そんな私の心が動いたのだ。

 

不思議な彼を見て、漸く声を掛けられて、でも自分でも分かる程に声音は固かった。

警戒心があるのは自分でもわかる。

けど、こんな口調じゃ向こうも警戒してしまうというのに、内心後悔でいっぱいだった。

 

しかし、そんな私の様子を見て彼は警戒するでもなく、その青い瞳を曇らせて私に言った。

 

 

『なんだかスゴく、悲しそうだ』

 

 

まるで私の状況を見透かしたかのように、彼は言った。

 

惹き付けられたのは、そう言った彼の瞳こそが悲しそうだったから。

 

どうしてか彼は、泣きそうな顔をしていた。

 

なんで貴方がそんな顔をするの?

いつも観柳邸(ここ)に来るときは大胆不敵な感じで堂々としているのに。

 

そう思ったのも束の間、次に彼が出した言葉はなんとでえとのお誘い。

青い瞳を泳がせて、不安そうに此方を窺う彼の様子に、私は堪え切れずに吹き出してしまった。

 

あぁ。人前で笑うなんて、いつ以来かしら。

 

今度は困る表情を見せた彼に、部屋に来るよう伝えると華が咲いたような笑顔に変わる。

 

ころころ変わるその表情に、私は久しぶりに心から人と接する暖かみを味わえた気がした。

 

 

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は高荷恵。観柳お抱えの医者よ」

 

「お医者さんだったんか。俺は狩生十徳。見ての通りのしがない警察官だ」

 

「よろしくね、十徳くん。前から気になっていたのだけど、日本語が上手ね。お生まれは日本なのかしら?」

 

 

部屋に着き、簡易なテーブルを挟んで椅子に腰掛ける。

 

最初は見慣れない部屋の様子にキョロキョロしていたけど、私が席を勧めると戸惑う様子もなく椅子に腰かけた。

洋風を好む観柳は部屋の造りを洋風一色にしていて、私は未だ慣れないのだけれど、彼は勝手知ったるようだった。

 

 

「え?あ、あぁ、うん。生まれも育ちも日本だよ。もう居ないけど父が欧州人で、母は今も鹿児島に」

 

「そう、鹿児島の……御国言葉を話さなくて気付かなかったわ。東京府(こっち)に来て長いの?」

 

「いんや、まだ三ヶ月」

 

「あら」

 

 

これにはちょっとばかし驚いた。

訛りの無い話し方をするから、てっきりここの人かと思っていた。

 

 

「まあ()は標準語に慣れているから」

 

「?そうなの……って、三ヶ月?!じゃあ--」

 

「うん、西南戦争に参加してた。当然、薩軍側で」

 

 

ほぇ~、と私はぽかんとしてしまった。

どうやら彼も中々に過酷な人生を歩んでいたようだ。

 

それにしても、ならなんで東京に来て、しかも官職に就いたのかしら?

 

 

「まぁ、それに関しては俺も不思議でならなくて。向こうで助けた官軍の人に世話されて、気付いたら何故か警察官になってた」

 

「何故かって……」

 

「いやホント。気付いたら制服着てたの。俺が意識する暇もなく服を脱がせて着せ替えるあの早業、あの人は只者じゃない」

 

「なによそれ」

 

 

あぁ、ホントにこの人は……

彼の笑いながら話す姿に、ついつい私も笑みが溢れてしまう。

 

私はテーブルの真ん中に置いてある水差しと二つのグラスを取り、それぞれに水を注いで片方を彼に渡した。

 

 

「どうぞ。ここにはこんなのしか無くて申し訳ないのだけど」

 

「お構い無く、マドモワゼル。女性に注がれれば水も立派な飲み物になるから」

 

「あら、お上手ね」

 

 

そしてお互いに少しだけ水を口に含んで一息つく。

 

彼は目を閉じて、何かを考えているようだ。

これは好機と思って、私はまじまじと彼を見た。

 

本当に肌が白いのね。

髪も銀色というか、どちらかというと白に近いような。

 

年は幾つだろうか。

私より年下のようだけれど、でも戦争に参加していたということは、それなりに行っているはず。

けど、もし最年少あたりだったら、もしかしたら20も行っていないのかも。

 

う~ん。

考えれば考えるほど、彼に興味が沸いてくるわね。

 

 

「……あの、そこまで見られると面映いんだけど」

 

「あ、ごめんなさい。でもでえとに誘った貴方が黙るものだから、ついつい暇を持て余していたのよ?」

 

「それは失礼をした。もう聞くことはないの?」

 

「そうね……まだ有るけど、一先ずはいいわ。これで貴方の番かしら?」

 

「いや、俺からは何も聞かないよ。貴女の名前と、此処に居る理由。それが分かっただけで十分だ」

 

「む、それは私に興味が無いってことかしら?」

 

 

私は頬を膨らませながら言った。

 

それは流石に聞き逃せない。

此方はもて余す好奇心を無理矢理抑えているというのに。

 

 

「あぁ、いや、そうじゃなくて。俺から聞いても高荷さんが困るだろうなぁ、て思ったから。だって、話したくない事が少なからずあるんでしょ?」

 

「それは……」

 

「うん。だから、それは追々気が向いたら高荷さんから話してよ。それまで待ってるからさ。だから今は何も聞かない」

 

 

あぁ、なんてお人好し。

自分のことは喋って、私のことは聞かない。

それでも待っている、だなんて、ホントにこの人は……!

 

 

「とはいえ質問が終わったとなると間が持たないか……うん。じゃあ、先の事でも話そうか?」

 

「先の事?」

 

 

彼は頷くと席を立ち、窓に近づいて行くと、そこを開け放った。

 

 

 

「想像してみて。100年後、ここから見える景色、広がっている世界がどうなっているのか。100年後の人たちは、何をしているのか」

 

 

 

日差しが降り注ぐ東京府の町並み。

 

夏の臭いが強くなり始め、草木の緑と青空に浮かぶ白い雲が美しく映えている。

 

そんな景色を背にして此方を向いた十徳くんは、長い美しい髪を風に乗せて微笑んでいた。

 

 

 

「俺がいつも夢見る…………いや、目指す世界はさ。見上げるほどの建物が乱立していて、その間を縫うように人を乗せて運ぶたくさんの乗り物が動いている。それは地を行く物だったり、空を行く物だったり、あるいは地底を行く物だったり。いやいや、この星を飛び出す物さえあったりする」

 

 

 

指折り数えながら、彼は語る。

 

その瞳に映る100年後の夢の世界を。

 

 

 

「そんな国に住まう人たちは、戦争なんかとは無縁の、温くて暖かい時を過ごして、それでもいざとなれば大切な人たちを守るために必死になれる、強くて優しい心を持った日本人……なんてね。でも、夢物語でもいい、お伽噺でもいい。そんな浪漫溢るる話をしてみない?」

 

 

 

夢の……話。

 

 

あり得ない、空想のお伽噺。

 

 

ここに囚われて、自分の未来すらまったく見えない私が思う100年後の世界。

 

 

それは、あまりに滑稽で、とても馬鹿らしいのに。

意味の無い妄想なんて、口にするだけでも下らないのに。

 

 

なのに、どうして

 

どうして彼はこんなにも楽しそうに夢を語るのだろう。

 

 

 

まるで、語る夢はすべて叶うと信じているようで。

 

まるで、その瞳に本当に映っていたかのようで。

 

 

とても眩しかった。

 

 

 

だから私は、語った。

 

 

私が思う100年後の世界を、こうあってほしいと思う未来を。

 

 

 

西洋医術と東洋医術が融合した、患者のための本当の医術が生まれて。

 

それは、独占される事が無くて、不治の病なんてものを根絶して。

 

大ケガや大病を急に患っても、直ぐに駆けつけられる医療専門機関が有って。

 

皆が安心して病院に掛かれて、100歳まで生きる人もたくさん居て。

 

 

 

私が語る夢物語を、彼は否定しないで、時には深く頷いて、時には詳しく聞いてきて。

 

 

 

それが何よりも嬉しくて、楽しかった。

 

 

だから私は、いつになく饒舌に話してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこの日始めて経験したでえとを、生涯忘れないだろう。

 

 

 

いいえ、絶対に忘れたくない。

 

 

 

未来を語って私は漸く、自分の未来を直視しようと思えるようになったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 








高荷さんの設定も少し変えました

家族との再会が唯一の望み→自らと日本の医術の発展を望む



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