明治の向こう   作:畳廿畳

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12話 明治浪漫 其の肆

 

 

 

 

 

原作が始まる明治十一年まで凡そ半年を切った。

 

原作が問題なく始まるためにも、行動は控えて問題は起こさないようにする。

警察官にも原作に関わる人がいるから、目立たず騒がず彼らの視界に収まらないようにする……

 

 

…………

 

 

……

 

 

 

わけねェだろうが!

 

 

んな先のこと考慮して俺の行動を制限するだと?

なに言ってやがんでい(てやんでい)!(何故か東京弁)

 

んなこと考えるのはまだまだ先のことよ。

今は俺の好きに行動させてもらうぜ。

バタフライ効果?気にしてたらくしゃみも出来ねぇじゃねぇか。

 

気にしない気にしない。

人間万事塞翁が馬。

こうして原作に関わる警官どもに囲まれても気にしない気にしない。

 

 

「テメェ、その髪なんだ。舐めてんのか」

 

「俺たち剣客警官隊が通ろうとしたら端に行って頭を垂れろ。殺されてぇのか、ああん?」

 

 

気にしない……気に、しない

 

 

「異人の混血かよ気持ち悪ィ。ここは日本なんだよ、テメェみてぇな糞はお呼びじゃねぇんだ」

 

「なんかコイツ見てたらムカついてきたな。殺して埋めようぜ」

 

 

……

 

 

「お、コイツ今生意気にも俺の目を見たぜ。よし、抜剣を許可する。見せしめに殺せ」

 

「おっしゃあぁ。血ィ半分抜いて念願の日本人にしてやんよ、ギャハハハ!」

 

 

ブチッ

 

脳内で何かが弾ける音がした。

 

 

 

ここは東京警視本署内。

 

廊下を歩いていた俺をぐるりと取り囲んだのは、選民思想とエリート意識で凝り固まった警察組織の害悪「剣客警官隊」。

 

その名の通り、帯剣を許可された警官隊だ。

 

薩摩出身であることを無駄に自慢し、薩摩出身以外の人を見下す奴ら。

しかも警察農民関係なく気に食わない奴は容赦なく斬り殺すという、正しくいかれ集団。

帯剣許可を殺人許可と履き違え、原作でも主人公含めた一般市民を容赦なく殺そうとしていた。

 

たしか神谷嬢の服を切り刻み、辱しめを与えようとしたところ剣心の怒りを買い、一撃の下に叩き潰された噛ませ犬だったハズ。

うん、まさにゲスの極み。

 

 

「ビビって何も言えなくなったか?俺たちは泣く子も黙る薩摩出身だぞ。あの世で俺たちに懺悔しーーッなぁ?!!」

 

 

そして今は剣心に関する騒動が起こる前。

まだ罰せられる以前に、こうして俺に突っ掛かってきているのだ。

 

廊下の隅に追いやられて気分はまさに追い込み魚。

やることがただのイジメっ子だよ。

げに恐ろしきは、コイツらは平気で人を殺すってことだが。

 

 

「うるせェんだよ、この薩摩の面汚しどもが。剣客警官隊?呼びづらいんだよコノヤロー……あ、ゴメン踏んでた」

 

 

メンチ切ってにじり寄って来ていた一人の足を踏み潰し、悲鳴を上げさせた。

 

いや~スマヌ、足が長くて下が見えなかったわい。

なんつって。

 

……げ、コイツらホントに抜刀しやがったよ。

 

 

「テメェ……!」

 

「上等だ、叩っ斬る!」

 

 

そう叫ぶと、足を踏み抜いた一人の男が本気で斬り掛かって来た。

 

マヂか~、マヂか~コイツら。

本当にいかれだよ。

もうエリート意識とか選民思想とか突き抜けてるよ。

 

 

 

俺は咄嗟に十手を逆手に抜き取り、眼前に迫った刃を受け止めることをせず、受け流した。

鉄製極太長の特注十手は上手く使えば刀さえへし折れる代物だ。

そう易々と斬られんぜ。

 

抵抗も無く、するりと十手の面を刃が滑っていった結果、たたらを踏みながら俺の眼前によろめいて来たソイツは、あまりに無防備だった。

 

その晒け出された後ろ首に十手を叩き込む。

 

衝撃と共に変な声が聞こえたが、生憎と人を人とも見ない人でなしの声に注意を払うことなどしない。

 

 

続く二人目の斬撃が繰り出されるより先に、十手の先端を男の額にブチかます。

脳髄に過大な衝撃を受けたそいつは、白目を向いて一人目の男の上に崩れ落ちた。

 

 

「テメェ……殺す!」

 

「晒し首にしてやる!」

 

 

三人目、四人目とも警官とは思えない御大層な罵声を掛けながら斬り掛かってくる。

 

俺は一人の腕を即座に絡め取り、強引に二人目の斬撃の前に引きずり出す。

当然相手の攻撃は途中で止まり、慌てふためいたところで男を解放して反撃に出る。

膝、腰横、胸元そして顎と一息で十手で叩き、沈める。

 

そして間髪入れずに後ろ回し蹴りを放ち、解放してから立ち上がりかけた男の顎を打ち抜く。

 

共に顎を揺らされ、皆と同じように膝から崩れ落ちた。

 

 

最後に残ったのは後ろで指図していたリーダー格の男。

名を確か宇治木と言ったハズだ。

 

 

「はん、他愛なか」

 

「……!」

 

「なぁんば渋面しよっとか。自分より強かっ奴相手んしたことなかか?そいとも、相手ん力量ば見極められんちうほどの阿呆か?」

 

「ぐぐ、…ッ」

 

「どうすっど?こんまま一人だけ尻尾巻いて逃ぐっか?そいともコイツらと同じ醜態晒すか?んん?」

 

「貴様ッーー!!」

 

 

堪忍袋の緒が切れたようだ。

怒号と同時に右肩の直上に刀を大きく振り上げて薩摩示現流の構えを見せ、駆け出した。

 

 

「きえぇぇぇ!」

 

 

 

 

 

 

ーーー俺に背を向けて

 

 

 

 

 

 

……え?

 

 

 

 

 

逃げんの?

 

その構えを取ったままで?

 

 

 

 

……wow

 

 

 

 

わざわざ御国言葉使ってまで挑発したってのに、物凄い体勢で逃げていったな。

不覚にも呆然として見送っちゃったよ。

 

 

「なんだよ、アイツ……てか、コイツらどーすんだよ」

 

 

当然の事ながら、廊下には奴の同僚か部下の男共が気を失って倒れている。

 

これ俺が介抱すんの?

いや確かにやったのは俺だけど、別にやらなくても文句は誰も言わないよね。

周りにはとばっちりを受けたくなかったからだろう、最初から人が全然いないし。

 

 

「まったく……後々の事も考えて突っ掛かってほしいもんだ。捨て置くぞコノヤロー」

 

「いやいや、自分らがやられる事を想定して突っ掛かる阿呆など居なかろう。尤も、応える方も阿呆だがな」

 

「立派な正当防衛ですぅ。向こうは抜刀までしやがって、やらなきゃ絶対に殺られてたし。だから致し方ないことなんですよ」

 

「ほう、反省をしとらんということか。ならば両者ともに処罰を考えないとな、阿呆共が」

 

「……へぁ?」

 

 

今まで後ろから誰かも分からない奴と話していたが、ふと振り返って()()()を視界に収めるとーー

 

 

 

「川路、大警視…」

 

 

 

そこにいたのは、東京警視本署のトップである男。

 

川路警視総監。

 

原作での登場は一度。

大久保卿と共に主人公勢と会って志々雄の討伐依頼を話す程度のことだったが、その一幕は前世の俺は鮮烈に覚えている。

なにせ、()()斉藤一と緋村剣心の死闘を一喝で止めたのだから。

 

ただの一喝で。

ただの一声で。

 

 

そんなド迫力満天じいさんが目の前で額をヒクヒクさせながら、笑顔で立っていた。

目が笑っていないとはこのことかな。

 

取り合えず俺も笑顔で対応しよう。

いいね、笑顔で会話。ピースフルコミュニケーション万歳。

 

 

「……いつから、こちらに?」

 

「一部始終見させてもらったわ。貴様がこやつらの近くをうろちょろして突っ掛かれるのを待っていたところから、な」

 

「ッ?!?!」

 

 

えぇ何言ってんのこの人ワケわかんな~い。

それじゃあまるで俺が喧嘩を売ってくるのを待ってたみたいじゃないですかやだもう~。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

俺は固まった笑顔で、川辺警視総監はヒクつく笑顔で。

お互いが静止したまま数秒が経ち、流石に何か言わないとマズいと思って俺は、努めて明るい感じで言った。

 

 

 

「大警視て……お暇なんですね」

 

 

 

「ブチッッ!!!」

 

 

 

 

あ、これミスったやつだ。

 

 

 

あはは~顔がまるで茹で蛸……あのホントすみませ――

 

 

 

 

 

 

 

その日、警視本署内に地を震わすほどの一喝が響き、後に鼓膜を激烈に刺激され脳をシェイクされた一人の警察官が医務室に運ばれることとなった。

 

その者の症状は頭痛と繰り返しの嘔吐により、当分の出勤が出来なくなったほど。

 

 

 

なお、この件に関わったすべての者が処分を受けたのは言うまでもないことであった。

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

川路警視総監に耳元で怒鳴られて脳内をシャッフルされ、目耳鼻口問わずあらゆる顔面の穴という穴から色々な水を垂れ流して数日間布団の上でうなされることとなった俺は、さらに罰として出張を命じられた。

 

いや、それだけなら別にいい。

むしろ出張なんて罰じゃなくても指示が有ればやっているのだから、むしろ処罰内容としてはかなり甘い。

 

この時代の全国各地に足を運べる機会を貰えるなんて、喜びこそすれ落胆することなぞない。

ましてや今回の出張先は神奈川県は横浜、外国人居留地だ。

心が奮い立たないわけがない。

 

 

そう、本来ならば

 

 

同行者が気に食わない奴らでなければ、だ!

 

 

 

「気に食わないのはコッチの言葉だ。何故剣客警官隊である俺たちが貴様なんぞと…」

 

 

そう。

 

今、俺は潰し損ねた剣客警官隊の隊長である宇治木を筆頭に、剣客警官隊共と一緒に出張先へと向かっているところなのだ。

 

 

「まったくですよ。なんでこんな色白餓鬼と――」

 

「あぁ?」

 

 

俺が睨むと愚痴を言っていた奴の隊士が肩を縮こませて黙った。

懲りない奴らである。

どうして未だに俺に強気でいられるのか不思議でならないわ。

 

 

「ふん、威勢のいい餓鬼だ。今度こそ斬り刻んでやろうか」

 

「おいお前はコッチ見て言おうな」

 

 

威勢がいいのはお前だよ、口だけだけどな。

威勢よく刀を振り上げといて逃げた奴の口が、だぜ。

 

コイツあの日以来俺を見たらすぐに踵を返すし、目を合わせようともしなくなった。

今も窓から見える風景を眺めているだけで、俺のことを視界に収めようともしない。

 

 

「当たり前だ。貴様のような奴、視界に収める価値も無いのだ」

 

「お前はどこの慢心王だよ。喉と腕が震えてるぜ、どんだけビビってんだっつうの」

 

「なッ…?!俺は別にビビってなど―!」

 

「ほう?」

 

「ぐッ……!」

 

 

悔しげに呻きながら、宇治木は結局合わせられなかった視線を窓の向こうへと戻す。

窓から見える景色は、高速に流れ行く田園風景だった。

 

そう。

 

なにを隠そう、俺たちは今、日本初の鉄道路線である品川-横浜間の横浜行陸蒸気(おかじょうき)の中にいるのだ。

 

明治5年に開通し、品川から横浜までの片道を二時間で走破するこの陸蒸気こと蒸気機関車は、徒歩か早馬の交通手段しか知らない日本人の常識をぶち壊した代物なのだ。

 

そんな列車のなかは二人掛けの座席が向かい合う形で配置してあり、宇治木率いる剣客警官隊の3人と俺が座っている。

なお、他の剣客警官隊の奴らは別の処罰内容だったりしている。

 

俺の正面には渋面の宇治木、隣と斜め前には体を震わせて縮こまっている隊士がいる。

 

 

「で、だ。仕事内容についてなんだが……お前、聞いているか?」

 

「あぁ……あ、はい。横浜の外国人居住地に住まう英国商人が拳銃等の武器を不正に日本国内に流している可能性が発覚し、我々はその事実の極秘調査を行うこととなった、てす」

 

「ん。知っての通り今の俺らは非番の、つまりは官権力を行使できない一般人だ。だから捜査は()()()()()()秘密裏に行う。これがどういう事か分かるか、宇治木?」

 

「嘗めてるのか貴様。そんなの自明の理だろう。基本的に異国の商人は身の回りを嗅ぎ回れることを面白く思わん。故に我らを取っ捕まえて何かをするかもしれんが、たとえそうなっても日本の警察は何も言わん……いや、言えんだろうな」

 

「うん。それは何故だ?」

 

「治外法権と領事裁判権。異国人の犯罪を日本人(われわれ)で処罰することは出来ず、そもそも奴等に日本の法理は適用しない。極端な話、我々が殺されようと政府も警察も口出しできんということだ」

 

「そうだな。だから俺たちは一般人として振る舞わなければならない。俺らがどうにかなったとき、警察官としてならば奴等の口撃の矛先が警察か政府に向く。だが一般人ならば話は違う。俺ら個人に攻撃の矛先が向くからだ。これ程都合のいい蜥蜴の尻尾は他に無いだろう」

 

 

ま、苦肉の策とも言うがな。

警察として捜査できないのならば、警察の能力を持った一般人を使い捨てにして捜査する。ということだ。

 

何も思わないと言ったらウソになるが、方法としては合理だし、俺を使い捨てにする考えも納得はできないが理解はできる。

外見、言動、行動すべてが東京警視本署筆頭の異端分子だからな。

それに、ぱっと見俺も異国人に見えなくもない。

誰を横浜に飛ばすかと考えたら、一番最初に挙がるのはやはり俺だろう。

重ねて言うが、納得は出来ないけど。

 

 

まぁそれはいいとして……

 

現状確認のために話をしたが、やはりコイツらは馬鹿じゃない。

きちんと任務の本質を捉えていて、それでいて投げ出さない程度の職務意識はある。

選民思想家でエリート意識が強くて自尊心が高くて冷血漢でクソ野郎どもだけど、馬鹿ではない。

 

それが分かったたけでホッとしたわ。

 

 

「おい今何かとてつもなく馬鹿にされている気がするんだが」

 

「気にすんな。気のせいじゃないんだから気に召さるな」

 

「そうか……ん?おい、今…」

 

「さて。異国人を捕まえられない俺たちにとって、できることとは何だ?」

 

「んん?…まぁいいか。我々が武器の流入の証拠を抑えたところで、英国商人を逮捕することはできん。精々、買い取った日本人を捕まえるだけ、ということだろう」

 

「根っこを残して葉だけを摘む、てことですかい?」

 

「いい表現だな。正しくその通りだ……が、それじゃイタチごっこだ。根本的な問題の解決に繋がらない」

 

 

それになにより、それじゃあつまらないだろう?

 

明治の世の、横浜の外国人居住地という面白い舞台に来たんだ。

ちまちまと購買者をしょっぴくだけじゃ態々横浜に来た意味が分からない。

そんなこと、神奈川県警察に任せればいいことだ。

 

俺たちは、俺たちにしかできないことをやろうぜ。

 

 

「何か考えがあるのか?」

 

「さてな。取り敢えずは…」

 

 

そう答えようとしたとき、列車が速度を緩めていった。

周りの景色も田園風景から人口密集地帯に移ってきていた。

どうやら横浜駅に着いたようだ。

 

俺は立ち上がって荷物を肩に掛けると、言いそびれたことを言った。

 

 

「取り敢えずは情報の収集と拠点の確保だ。宇治木、お前が指揮しろ。1600にここに再度集合だ。んじゃ、解散」

 

 

ヒラヒラと手を振って、後ろから何故お前が俺に命令するんだぁという大声が聞こえるが、無視して出口に向かう。

 

やがて列車が止まり、続々と乗客が降りていくなか、俺もその流れに従って横浜駅に降り立った。

 

 

んん、電車に比べて騒音と振動が酷かったが、150年前の列車と思えばその旅もなかなかに乙なものだった。

帰りも是非乗りたいものだが、今はそこまで考えないで仕事の事を考えよう。

 

 

向かうは外国人居住地。

 

政治、経済、軍事、司法等の中心である東京。

その南にある神奈川は横浜。

 

そこはまさしく今の日本の文化の中心地だ。

 

 

俺は数少ない日本の開かれた世界への玄関口をくぐり、異国情緒溢れる横浜へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その玄関口が、この身を焼くほどの燃えたぎる地獄の釜の口だと、ついぞ知らずに。

 

 

 

 

 

 








明治流浪編一旦終了です

次話より横浜暗闘編(仮題)です



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