明治の向こう   作:畳廿畳

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明治浪漫編は一旦ストップです

横浜暗闘編(仮題)が終わったら再開する……かな?


なお、今話最初に出てくる人はオリキャラです


では、どうぞ






13話 横浜暗闘 其の壱

 

 

 

 

 

 

「うあ~~。暇だバカヤロ~」

 

 

横浜は外国人居住地の一角、来日する外国人向けの英字新聞社に勤める一人の女性が、とある建物から出てくるなり大声でボヤいた。

 

デニム生地の、バンドだけが赤いオーバーオールのズボンに白のワイシャツというシンプルな、しかしこの日本においては先進的な出で立ちの女性。

髪はお世辞にもケアが行き届いているとは言えない赤茶けたボブカット、頬には微かなそばかす、度が強そうな赤縁眼鏡を掛けている。

 

 

見上げる空は雲一つないほど澄みきっている晴天で、まるで自分の心情の真逆だと皮肉げに彼女は思った。

 

 

「面白いネタが無いなぁ。つい最近までは薩摩辺りで内乱がいっぱいあったのに、段々と日本(Japan)も落ち着いてきちゃって」

 

 

東洋の最果て、最後の開拓地。

 

歴史的にも地政学にも、そして国際情勢的にも、この国の開国には非常に大きな意義がある。

 

今はまだ小さい島国。

だが将来必ず本国(Britain)に大きな国益をもたらしてくれる事は、外交筋の力の入り様を見て簡単に分かる。

だからこそ、彼女は本国を飛び出てこの地まで来た。

 

愛国心は少しだけ。

彼女の思いは、新聞という形で歴史に関わりたいと思ったから。

本国で起こるニュースを書いたところで、所詮は本国内で完結する。

だが此処なら、世界が今注目している極東の島国ならば、一つ一つの小さな出来事すら世界に波及するハズだ。

 

そう信じて、日本で起きたあらゆる出来事を紙面に載せようと頑張ってきたのだが

 

 

西郷隆盛(Takamori Saigo)の特集も先週で終わっちゃったしなぁ。山県将軍(General Aritomo)の特集は別の人に取られちゃったし……」

 

 

如何せん内乱というインパクトの強い記事を立て続けに書いてきたのだ。

今さらこの界隈での不祥事等を載せるのには、どうにも気分が乗らない。

ジャーナリストとしてそれはどうかと彼女自身も思っているのだが、今のコンディションでペンを握ってもろくな内容は書けないし仕方ないよねと、ある種開き直っていた。

 

 

「取り合えずまた横浜(ここ)まで遠出してきた日本人に話を聞こうかな。この国の情報だけでも集めておかなきゃ……ん?」

 

 

ふと、ぶらぶらと歩いていた彼女は、港に停泊している一隻の商船に目が止まった。

 

それは、この横浜港ではありふれた光景。

どこに停泊していてもおかしくない、清国の旗を掲げている商船だ。

 

ただし、おかしいのはその周りだった。

その清国の船を取り囲むようにして、英国の船が停泊しているのだ。

まるで清国の船を逃がさないかのように。

あるいは清国の船を守るかのように。

 

それとも

 

 

「まるで周りに見せたくない何かを囲んでいるかのようね。これは何かあるわよ、きっと!」

 

 

そう呟くと、彼女は一つ舌舐めずりをして埠頭に駆け出した。

 

当の清国商船から降りてきている清国人は見当たらないため、恐らく英国商船から降りてきたであろう母国の人に声を掛けた。

 

 

「ねぇねぇアンタ。あの清国の船、何を積んでるか教えてくんない?」

 

「ああ?なんだお前は?」

 

「私はここのジャーナリストよ。ねぇ、質問に答えてよ。あの船は何を積んでいるの?」

 

「そんなの知らん。ほら、邪魔だから散った散った」

 

 

大柄な、如何にも船乗りといった風の男は彼女の問いを一蹴すると、積み荷の運搬作業に戻っていった。

しかし女性はそれで諦めるタマではなかった。

素早く男の前に回り込み、さらに問うた。

 

 

「なんで英国の船が清国の船を囲んでいるの?あれじゃ清国の乗員は直接埠頭に荷下ろしできないじゃない。なんでなの?」

 

「俺が知るかよ。作業の邪魔をするなって」

 

「何か大事な物を積んでいるのね?でも何で態々清国の船に?自分の船に乗せればいいじゃない」

 

「だから!何も知らねぇて言ってるだろ!そんなに知りたきゃ税関越えて英国商船に飛び乗って、直接清国の商船に乗り込んで見てくればいいだろ。ま、捕まっても逃げられる自信があれば、だけどな」

 

 

男は自分が持っている木箱に添えている女性の手を払い除けると、女性を突き飛ばして倉庫へと入っていった。

こうなると流石の女性も追うことができず、渋々引き下がるしかなかった。

 

が、何をムキになったのか女性はそこで手法を変えるという発想をかなぐり捨て、他の英国商人数人に更に詰め寄った。

最初は笑顔で接していたが、それでも邪険に扱われると分かればもはや愛想を振り撒くことも忘れ、胸ぐらを掴む勢いで問い詰めた。

 

そうして結果は言うに及ばず、心身ともに疲弊した彼女は這う這うの体で事務所へと帰ってきたのだった。

 

事務所で彼女を迎えたのは同僚の男性だ。

 

 

「やぁエミー。この半日で随分とくたびれてる様じゃないか。お魚くわえたドラ猫でも追っ掛けたのかい?」

 

「私は裸足じゃないし、お団子ヘアーでもないわよ」

 

 

電波な事を言う二人である。

 

 

「ねぇ、近くの埠頭に入ってきてる英国商船、知ってる?清国の船を囲んでいる奴らよ」

 

「あぁ、あれね。あれはきっとジョン(John )ハートレー(Hartley )が率いる商船団じゃないかな。以前は清国で手を広げていたようだけど……そうか、もう日本に来てたんだね」

 

 

ジョン・ハートレーね……と女性、否、エミー(Emmy )クリスタル(Crystal)は呟く。

 

聞いたことのない名だが、そんなのはどうでもよい。

問題は、あの船員共の対応だ。

あれは絶対に何かある。

賤しい人間特有の、何かを必死になって隠している感じだった。

もとより彼女はこの地に来る商人という者を信じていなかった。

いや、彼女に限らず、この地に来る商人としての立場以外の人ならば少なからず抱く感情だ。

商人は一攫千金を夢見てここに来た、云わば崖っぷちの人生を逆転させるために家を捨てて来たようなものであり、ちゃんとした仕事を持った人たちからすれば、自分達とは似て非なる存在であるからだ。

現駐日英国大使のラザフォードは、ここに来た商人を屑呼ばわりさえしているのだから。

 

さすれば、ジョン・ハートレーにも必ず後ろめたい何かを隠しているハズだ。

たっぷりの偏見と先入観だが、エミーはそう信じて疑わなかった。

 

……

 

とりあえず彼処にまた行こう!

 

 

椅子に座ってうだうだと考えるのは性分じゃない、靴底擦り減らしてこその記者なんだ、という持論に行き着いた彼女の行動は素早かった。

再び荷物をまとめると、エミーは制止の声を振り切りデスクを飛び出した。

 

 

 

 

 

 

陽も傾き始めれば、海から押し寄せる風も冷たく感じるようになる。

 

 

外套に身を包んだエミーは建家と建家の間の小道に潜み、港を呆と眺めていた。

流石に十数回も繰り返せば直接聞きに行く事の無意味さを理解できたようだが、しかし直接聞きに行けないとなるとどうすればいいか全く思い浮かばず、こうしてただただ船を見ているしかできないでいた。

 

考えるよりも手と足を先に動かすのが得意な彼女なのだった。

 

 

「どうしよう。このままじゃ時間が無為に過ぎるだけだし、かといって突っ込んでもまた取り付く島もないだろうし。うむむ……」

 

「そういう時は闇夜に紛れて潜入だろう」

 

「でも今も見える限りでもかなりの数の見張りが付いてるわよ?入り込む余地なんて無いわ」

 

「う~ん、なら正々堂々と正面突破するか?」

 

「そうね。それしか方法が……ッて、あんた誰よ?!」

 

 

慌ててエミーが振り返る。

今の今まで自分は誰と話していたんだと自分ながらに驚いた彼女は、視界に入れたものに更に喫驚した。

 

最初に目を奪われたのは、もはや白に近い銀の長い髪。

次いで青い瞳。

欧州系よりも亜細亜系の顔立ちだが、日本人とは思えないほどに白い肌。

しかし背は日本人並みに小柄。

 

麻の藍色着物の上から紺色のマントを羽織る姿は至って普通の日本人の格好だが、首から上のパーツがあまりに異質で、男の正体が判別つかなかった。

 

 

「あなた……誰?」

 

「まぁまぁ。俺の事よりあの船の荷を確かめるのが先だろう?俺に考えがある、任せときな」

 

「え、ちょっ、あんた!」

 

 

エミーの伸ばした手は空を切り、男はそそくさと埠頭に向かっていった。

 

止めなきゃ。

彼女はそう思ったが、しかし体は動かなかった。

あの謎の青年の行動を、止めることができなかった。

 

まるで遊びに行くかのような軽い足取りで厳つい男どもがたむろする場所に向かう姿が、あまりに幻想的で、蠱惑的で、もしかしたら彼の行動を本心では見てみたいと思ったからなのかもしれない。

 

 

そうして自分は動くことなく、固唾を飲んで彼の一挙手一投足に見入っていた。

 

そして当の謎の青年は一人の見張りの男に近づくと、おもむろに肩を()()()()

 

 

なんだお前(What's fuck are you)?」

 

「いった~。これ折れたわ、マヂで折れたわ。どうしてくれんだ、これ」

 

「はぁ?お前がぶつかって来たんだろ」

 

「あぁ?人を怪我させといて言いがかりかよ。ちょっとお前の雇い主の所まで連れてけ。クレームものだぞ、これ」

 

(ええぇぇ?!あ、当たり屋ー?!当たり屋だよ、あれ!タチ悪ゥ!)

 

 

見守っていたエミーは愕然とした。

その瞳はこれ以上ないほどに開かれていた。

そしてさっきまでの期待感を台無しにされ、言い様のない怒りに襲われていた。

 

 

(ショボい上にタチ悪いし、てゆうか考えってあれのこと?馬鹿なの、死ぬの?!)

 

 

「痛い痛い痛い痛い。もう歩けないよ~、こいつに肩へし折られたよ~。船長金払えよ~、中見せろよ~」

 

 

もはやストレートに要求し始める始末。

そんな声などもちろん男たちは聞くはずもなく、青年を取り囲むと無造作にポイと投げ捨てた。

 

 

「ちょっとアンタ、大丈夫?いろんな意味で」

 

 

とぼとぼと此方に戻ってきた青年に半目で問うエミー。

 

 

「大丈夫、全ての意味で」

 

 

そう言って青年は服に着いた汚れを叩き落とすと、ヒラヒラと手をかざす。

その手には一枚の紙が握られていた。

 

 

「なにそれ?」

 

「税関の申請書かな。これ見ると分かるが、停泊したのが一昨日で、でも積み荷はまだ税関を通ってないようだ」

 

「どういうこと?っていうか、アンタいつのまに?」

 

「さっき揉みくちゃにされた時、なんか偉そうな奴からスッた。言ったろ?考えがあるって」

 

 

青年から申請書をもらったエミーは呆然とした。

まさか先ほどの馬鹿な茶番劇が、この紙を盗むためのブラフだったとは!

 

 

「今の日本じゃ関税なんて有って無いようなもんだろ?2日間も荷を船に留めとく理由なんざ普通は無い。金の問題じゃないってことは、問題は中身」

 

 

今の日本は関税自主権を持っていない。

外国の品物はそのままの値段で入ってきて、持ち込んだ者が莫大な利益を貪れるようになっているのだ。

 

利率に二の足を踏むのならともかく、ほぼ素通りできるのに船に留めておくとなると、相当見られたくないものに違いない。

エミーはそう思い、やはり自分の勘は間違っていなかったと、上機嫌で鼻を鳴らした。

ふんすー、と。

 

 

「なぁ、ところでなんていう名前なんだ?」

 

「え?あ、私はエミー・クリスタル。イギリス生まれで、今は横浜のジャーナリストよ。あなたは?」

 

「アンタじゃなくて、あの英国商船の持ち主だよ。名前知ってんだろ?」

 

 

さっきまでの青年に対する評価を改めて、心中で詫びながら友好的に名乗ったのだが、にべもなく一蹴されて怒りが再燃した。

 

早とちりした自分の所為なんでしょーけど、もう少し言い方ってもんがあるでしょう!

 

 

「はぁ、ジョン・ハートレー。数年前まで清国で活動していた英国商人よ。ここ最近、日本の横浜港に来たようね」

 

「ジョン・ハートレー……清国……確かに事件は明治10年だったからと当てを付けてたが……ビンゴ」

 

(今度はなに?ブツブツと日本語なんか呟いて……やっぱりコイツ日本人なの?)

 

「で、名無し(Nameless)さん?どうするのよ、結局疑問は疑問のまま何も進展していないじゃない」

 

「そう焦りなさんな。少し考えれば想像はつくだろう、英国人(ジョンブル)

 

「む、どういう意味よ」

 

 

エミーが問おうとすると、青年は此処での用事は済んだとばかりに踵を返した。

慌てて彼女もその後に続き、青年の背に問いを掛ける。

 

歩きながら、彼は答えた。

 

 

「清国で活動する英国の商人。そいつが急に未開の日本を訪れて、人目に触れさせたくない荷物を何故か清国の船に乗せている。本当に分からないか英国人?俺はとある物を思い浮かべたよ」

 

「な、なによ。さっきから随分と英国を強調するわね……」

 

 

人目に触れさせたくない物。

それは当然、違法な物だからだろう。

違法となると、銃器類?

もしくは動物?

 

英国が関係している……そして清国も?

 

 

二国が関係している、違法な物……ッ?!?!

 

 

 

「……嘘、でしょ。もう30年以上も前の事よ」

 

「確かに、事はもう昔の話だ。が、今なお甘い蜜であることは変わらない。簡単に手に入るのなら、尚の事金にしようと躍起になる。そうだろう、英国人?」

 

「……ッ!」

 

 

ぎり、と歯を噛み締めるエミー。

 

いっしょくたにされたくなかった。

だが事実として、過去に本国は邪な営利を守るため、非道な戦争を始めた。

自分が荷担したならともかく、生まれる前に始まり、そして終わった戦争について自分にとやかく言われたくなかった。

 

 

「っと、ごめん。別に過去の戦争をどうこう言うつもりは無かったんだ」

 

「え、あ、いや……」

 

 

急に態度を軟化させて素直に謝罪する青年の姿勢に戸惑いを隠せないエミーは、彼に頭を上げさせると謝罪を受け入れた。

 

 

「でも、あくまでそれも憶測の域よ。可能性は高いけど、やっぱり実物を見ないことにはーー」

 

「ほら証拠」

 

「あらホント……って、なんでアンタが持ってんのよー!」

 

 

広げられた青年の手には紙を皿にした白い粉。

 

 

阿片が乗っていた。

 

 

「申請書と一緒に貰っちゃった」

 

「ええ、ええぇぇ?!ど、どうするの?どうするのよ、それ。警察に持っていくの?」

 

 

 

まるで信じられない物を見たかのように、慌てふためくエミー。

 

まさか決定的証拠を既に手にしていたとは!

これがあれば、これを記事にすれば、警察を出し抜いて横浜に公表すれば……!

証拠として手にできれば……!

 

私の書いたニュースで世を動かせる!

 

暴れだす胸の鼓動を無理矢理手で押さえ付け、必死に呼吸を整える。

 

それほどまでに内心パニックになっていたため、彼女は思い至らなかった。

 

目の前の男は、相手の商団を知らなかった。

なのに、どうして()()()()()()()という行動に出たのか。

あの小包を外から見て認識するなど出来るわけもなく、盗んだ申請書に混じっていたという偶然であったにしては、彼は不自然なまでに平静すぎる。

 

まるで、初めから彼らが阿片を持っていたことを知っていたかのようだ。

まるで、阿片という麻薬に近しい人であるかのようだ。

 

……と

 

落ち着いて考えればここまでは思い至れたハズ。

だが、現に彼女は混乱していて思考がまとまっていない。

 

故に、さらに一歩踏み込んで思考を巡らせることなど到底不可能だった。

 

 

 

 

隠すべき阿片を懐に仕舞って外に出る者が一悶着(じっとく)に近づくだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

「欲しい?」

 

 

 

 

ふと、青年の声でさらに心臓が一つ跳ね上がった。

 

 

 

混乱の坩堝にいるなか、まるで自分の心を読んだかのようなピンポイントで刺激してくる、鋭くて甘い言葉。

青年の手を凝視していた瞳を恐る恐る上げていき、やがて彼と目が合うとにっこりと微笑まれた。

 

 

 

 

 

「じゃあさ、取り引きをしよう」

 

 

 

 

 

その微笑みは、果たして天使のように優しいものだけなのか。

それとも、悪魔の仕打ちが後に待っているが故なのか。

 

 

今の彼女には分からない。

 

 

それでも、例えこの提案が地獄からの呼び声なのだとしても

 

 

彼女に否やは既に無かった。

 

 

 

 

 







どうやって彼らが阿片を持っていると分かったん?
阿片をくすねたにしては落ち着き過ぎてね?
阿片を隠し持ってる人はフツー騒ぎに近寄らなくね?

→彼らは本当に阿片を持っていたの?

→→???



たくさんの感想ありがとうございます!
批評・批判かとビクビクしながら開いた時の暖かい言葉は、本当に嬉しくて感無量です

ちゃんと時間つくって返信しますんで、どしどし書いてください(チラチラ




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