明治の向こう   作:畳廿畳

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大鎌ってロマンですよね


では、どうぞ









15話 横浜暗闘 其の参

 

 

 

 

 

 

 

志々雄真実率いる地下組織は、明治日本始まって以来の最大脅威だ。

 

 

配下の数はおそらく千を下らない。

戦闘員はもちろんのこと、一般市民あるいは政府や警察、軍隊にすら入り込んでいる工作員が多数いる。

その工作員によって機密情報の漏洩、要人暗殺、政策施行の妨害工作、果ては実際に村を奪って国家侵略の足場さえ作ってしまうのだ。

 

くわえて、組織そのものの質が異様に高い。

戦闘員の武器や服装を統一する資金力、京都に誰にも知られずに地下空間を押し広げて巨大なアジトを作り上げる技術力と統率力。

おまけにとある密輸ルートから装甲艦を買うほどのコネクションの広さと深さ。

工作員を上手く使えば日本を叩きのめせるほどの地力があるだろう。

 

そんなブッ飛んだ組織の中において、志々雄の側近とも言える戦闘能力に特化した集団がいる(一部例外あり)。

 

それが「十本刀」

 

一人一人が化物級に強く、恐ろしく、そしてえげつない。

剣の達人もいれば武の達人もいる。

片や常識を超えた能力を有する者もいれば、異形の姿形をしている者もいる。

要するに一般人とは一線を画す猛者どもが十人いるということ。

 

 

そして目の前にいる奴が、正しくその「十本刀」の1人。

異常な力を有する者。

 

名を……なんとか鎌足。

 

「大鎌の鎌足」としか覚えてないから名字は覚えてないんだスミマセン。

細身な体のくせして、自分よりデカい大鎌を自在に操る達人。

一瞬のうちに人を細切れの肉片に変えてしまうほどの技量と冷酷さを持つ姿は、まさしく死神。

 

 

閑話休題(前置きはこのぐらいにして)

 

 

さて、と俺は呼吸を整えながら爪先をトントンと鳴らす。

 

コイツ一人で行動しているとは思えんからな、恐らく外は既に手駒で固めているのだろう。

だから宇治木の援護は期待できん。

最悪もう殺されてるかも、南無。

 

となればここは一人で突破するしかない。

しかも迅速に。

時間を掛ければ外の奴等が入ってくるかもしれない。

情報を得るのは二の次で、今はこの窮地をぶち壊そう。

 

 

「死ぬつもりが無いならどーするつもり?まさか逃げれると思ってるのかしら?」

 

「思わんさ。俺は逃げないし隠れない。一先ずあんたを刈る」

 

「ぷ、あはは!ちょっと、本気で言ってるの?あははは、可笑しいッ。やられてるくせに自信満々な所が尚面白いわ!」

 

 

目尻に涙を湛えながら笑う鎌足を無視して、俺は構える。

十手を口に銜えて、邪魔な動かない左腕を帯に差し込んで固縛する。

そしてクラウチング・スタートの構えをとり、前方を睨む。

 

俺は一人で向こうは一人以上、故に数的に不利。

それに十手は武器として太刀打ちできないから質的にもこちらが不利。

 

ならば、取れる作戦は一つだけ。

一気呵成に強襲し、短期決戦で終わらせる。

 

 

俺の不可解な姿勢を鎌足は訝しげに見て更に笑うが、そんな反応に律儀に応えることなどせずに俺は言う。

 

 

「自分に覚悟があるのなら、人の覚悟も悟れるようにしとけ。でなきゃお前の覚悟は所詮半人前だ」

 

「……へぇ」

 

 

ぴたり、と奴の笑いが止まる。

その顔に侮蔑の色はなく、少しの怒りが含まれていた。

琴線に触れたのだ。

オカマは半端な覚悟じゃやってらんないんだろ?

知ってて言ったんだよ。

 

奴が大鎌を構える。

 

それを見届け、俺は全神経を足と目に集中する。

 

 

 

 

 

集中

 

 

 

 

 

 

集中

 

 

 

 

 

研ぎ澄まされた視覚は暗闇の中であっても奴の全貌を捉える。

 

 

反面、自分の体のことは毛細血管一つ一つを知覚できるほど。

 

 

 

呼吸を止め、聴覚と嗅覚を集中力でシャットアウトして、触覚と視覚に全神経を注ぐ。

 

 

 

 

注ぎ

 

 

 

 

 

 

 

注ぎ

 

 

 

 

 

 

 

爆ぜる

 

 

 

 

 

 

 

周りの景色が一気にうしろに流れるのが見え、次いで頭上から大鎌が振るわれるのが見えた。

 

 

奴の動体視力は侮れない。

このスピードにもついてきている……だが、それは()()()()

 

 

 

奴の一撃が振るわれた瞬間、さらにギアを上げて内懐に踏み込み、それを躱す。

 

驚愕する奴の顔が見える。

 

そしてその下から分銅が現れて俺を襲う……が、それをも更にギアを上げて、盾にした左肩に当たった分銅を逆に吹き飛ばす!

 

 

 

なんのことはない、ただ速度に任せただけの強行突破だ。

 

 

最大戦速まで段階的に上げていき、奴の速度感覚を狂わせて肉薄する。

その段階も端から見れば瞬間的だ。

なまじっか俺の速度を捉えていたからこそ、最後に俺の速度を見誤って分銅に必要な速度が乗らなかったのだ。

 

 

「なッ……?!」

 

 

ここにきて初めて、奴が焦った顔を浮かべる。

あまりに呆気なく懐に入られたからだろう、咄嗟に対処しようとするが時既に遅し。

 

そのツラの下、水月に勢いを乗せた渾身の体当たりをぶちかます!

(勢いがあり過ぎて殴ることもできん)

 

今度は奴が壁に叩き付けられ、後頭部を思いっきり打ち付けていた。

俺は勢いそのまま、崩れ落ちた鎌足の上に飛び乗る。

 

十手……はマウスピース代わりに使ってたんだが、持ち手部分を噛み砕いてしまったようだ。

本体を途中で落としてしまった。

 

仕様がないから素手でいいや。

 

ペッと口内に残る十手の破片を吐き出し、鎌足を見下ろす。

鎌足の両手首を右手で捉え、奴の頭上の床面に押さえつけた。

必然、顔が近くなる。

 

うわ、これ絵的にかなりヤバイ……男同士だから別の意味でもかなりヤバイ。

 

 

んん

 

 

 

「形勢逆転だな」

 

「ゲホッ、ゲホッ……かは。まさか、こんなやり方で私の攻撃を……ッつゥ、封じるなんて」

 

「講評は後で聞くさ。さぁ、窮地は脱した。教えろ。レオナ・マックスウェルに何の用があった?お前と何の関係がある?」

 

「ッ……ふふ、せっかちな男は嫌われるわよ」

 

「誰かに好かれるつもりなんざ無いから安心しろ」

 

「あら、勿体無い。せっかくいい男なのに♪」

 

 

妖艶かつ不敵に微笑む鎌足を見下ろして、ちょっと心に来るものがあるがぐッと自制心で捻り潰す。

 

 

「答える気は無いってか?」

 

「痛めつけたらどう?もしかしたら耐えられずに話しちゃうかもしれないわよ」

 

 

クソ、まぁそりゃそーだ。

地下組織がそうホイホイと情報を溢すわけないよな。

 

とはいえ拷問は俺の趣味じゃない。

身動きの取れない相手を痛め付けるのは、出来ればしたくない。

 

ほんとクソッタレだ。

戦争で何人も殺してきたくせして痛め付けるのは嫌だなんて、自分で自分が嫌になる。

 

コイツの余裕な態度を崩してやりてぇが……てか何でこんな余裕なの?俺がヘタレなの知ってるの?

 

 

「……ッ、くそ」

 

「どうしたの?まさか口を割らせる事に抵抗があるのかしら?」

 

「あぁ、そのまさかだよッ。笑うがいいさ、俺はこれ以上お前を傷付けたくないんだ」

 

「……へ?」

 

 

仮にできたとしても片腕は死んでて、もう片手は塞がっている。

最初ッから何もできやしねぇんだ。

 

自分でも苦渋に満ちた表情をしているのは分かる。

だのに目の前のコイツは……あれ、今度は呆けてやがる。

 

 

「頼むッ、何か教えろ!お前が本当にレオナ氏をころーーッ!!」

 

 

懇願して情報を得ようとか俺は阿呆か、と思った瞬間。

 

 

 

 

「遊びはそこまでだ、鎌足」

 

 

 

 

 

直上の天井が崩れ落ちた。

 

 

否、何かが突き破って降りてきた!

 

 

「くそッ!!」

 

「ひゃッ?!」

 

 

咄嗟に拘束を解き、鎌足を横に蹴り飛ばす。

その反動で俺は反対側に滑っていき、落ちてきた()()を躱し、直ぐ様立ち上がって徒手空拳で構える。

 

それは、骸骨と見紛うほどの、痩せこけた男だった。

 

黒くてデカい翼のような、否、正しく翼の形を模した羽織をはためかせ、先程俺たちがいた場所に瓦礫とともに降り立った。

 

 

コイツも俺は知っている。

 

 

鎌足同様、十本刀が一人「飛翔の蝙也」だ。

 

 

「テメェ……今ソイツもろとも潰すつもりだったのか?」

 

「コイツは瓦礫に潰されて死ぬほどヤワじゃない。死ぬのはお前だけだったさ」

 

「……なっとく」

 

 

蝙也を挟んで向こう側、鎌足が立ち上がる。

その足取りはしっかりとしていて、先の一撃から回復したことが窺える。

 

クソ、これで二対一かよ。

しかも此方は負傷してるッてのによ。

 

 

「時間を無駄にし過ぎだ鎌足。引き上げるぞ」

 

「あ、う、うん」

 

「これ以上の長居は無用。手っ取り早くコイツも消す。先に出てろ」

 

 

体は骨と皮だけじゃないのかと思うほどヒョロヒョロのくせに、俺を射抜く眼光は力強い。

 

てゆうか、なんでここに奴が乱入してきた?

奴の最大の武器は、この室内には不向きなハズだ。

なのに態々入ってくるとは、いったい何を考えていやがる。

 

鎌足は蝙也のすることを察したのか、渋々と出入り口から外に出て行った。

その姿を、俺は黙って見送るしかなかった。

目的の分からない目の前の奴から目を放すわけにはいかないから。

 

 

そして、室内に残されたのは俺と蝙也。

 

さてどーするつもりだ?なんて思考する間もなく、事態は急転直下。

 

 

 

ばらばらと

 

 

 

ばらばらと降ってきたのは

 

 

 

大量の

 

 

 

ダイナマイト……

 

 

 

 

呆然と見上げている俺の視界の端に、奴が翼を大きく広げて背を向ける姿が目に映った。

 

 

そうだ、奴が骨身を削ってヒョロヒョロになった理由。

 

それは爆風を背に受けて飛翔するための、徹底的な軽量化なのだ。

 

 

だからこその、あの翼を模した羽織。

 

 

だからこその、「飛翔の蝙也」

 

 

 

 

だからと言って

 

 

 

「室内でやるかフツー??!!」

 

 

 

 

叫んだ直後、大量のダイナマイトが爆発した。

 

 

 

 

 

 

視界が爆炎で染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

「ふん、口ほどにもない」

 

 

背に当たる爆風を広げた翼のような羽織に当て、身体を地面と水平に飛ばす。

目の前の薄い戸板など簡単に突き破り、外へと出られるだろう。

 

何個か雑兵が巻き込まれるだろうが、そんなことはどうでもいい。

とりあえず任務は達成した。

途中、よく分からない闖入者が現れたが、それも斯くの如く焼死体へと成り果てるだろうから。

 

後は鎌足と合流して本拠地へ報告しに戻るだけ--

 

の、ハズだった。

 

 

「がああぁぁ!」

 

「ッ??!!」

 

 

爆炎が躍り、爆風が舞い荒れる室内から飛び出るために滑空飛行を始めた蝙也。

その背中にのし掛かるようにして飛び掛かったのは件の闖入者、狩生十徳だった。

 

 

「き、貴様ッ!!」

 

 

咄嗟のことで慌てる蝙也。

振り落とすためもがこうとしたが、ここで体勢を崩せば爆炎に巻き込まれてしまう。

そう判断した蝙也は、背に十徳を乗せたまま戸板を突き破った。

 

だが、姿勢を制御できていたのはそこまでだった。

 

バランスを崩して転げる二人。

されど十徳は蝙也から離れることをせず、その身に喰らい付いていた。

 

 

「このッ……、離れろ!」

 

「…………!!」

 

 

そんな二人に爆風は容赦なく襲い掛かる。

60kgほどの十徳が組み付いていても揚力が発生するのか、二人は時には地面すれすれを滑空しながら、時には地を転がりながら飛ばされていく。

 

その途中、蝙也は己の正面に回り込んでいた十徳の側頭部に取り出した短刀を突き刺そうとする。

 

片腕は使えず、もう片腕は蝙也にしがみつくのに使っているため、十徳にこれを防ぐ手立てはない。

必然、拘束を解いてそれを逃れる他なかった。

 

 

「か……はぁ……ッ」

 

 

地を削るようにして転がる十徳と、重りを解いて浮上することに成功した蝙也。

ちらと、一瞬だけ蝙也は十徳の全容を見た。

服は至るところが焼け焦げ、飛び散る破片によるものだろう切り傷も多く、顔にも火傷や裂傷を負っていたのが分かった。

 

その有り様はまるで互いの実力差を表しているかのように見える。

 

やがて爆風が収まると、土煙がその後を追うようにして舞い上がり、両者互いに相手の姿をロストした。

だが一つ違うとすれば、踞っていた十徳はその身を完全に土煙に覆われ、片や蝙也は中空を舞いながら眼下に映るその煙を見下ろしていた。

 

 

「おのれ、おのれッ、おのれ!小物風情がァ……!」

 

 

もはや激情に駆られた蝙也は、いずれ周りに火の粉が散って延焼するだろうことすら考えることもせず、自らの体に文字通り泥を塗った雑魚に激怒していた。

 

土煙が晴れれば即座に舞い降り八つ裂きにしてやる。

自らにしがみついていたとはいえ、大小様々な火傷や裂傷を負っていたのは明らか。

逃げることも満足にできぬだろう、精一杯いたぶって殺してやる!

 

 

そう熱い吐息を漏らし、血眼になって煙の中から十徳を探していたら、耳に聞き慣れた音が届いていた事に気が付いた。

 

 

それは、自らが空を舞うために使っている爆弾(ダイナマイト)の、導火線に火が走る音。

 

飽きるほどに聞いてきたその音が、いっそ自分にとっては福音にすら聞こえていたその音が、今となっては臓腑を寒からしめる音に聞こえた。

 

何故なら、空中にいるハズの己の懐から聞こえてきたからだ。

 

 

「ッ……!!?」

 

 

慌てて羽織を捲り上げると、そこには確かに一つの爆弾から伸びる一本の導火線に火が迸っていた。

 

 

それが既に根本まで達していると頭が理解するより先に、蝙也の身体は閃光と爆発に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅ、ぁぁぁッ!」

 

 

幸いなことに十徳の視界は今なお完全に塞がれている。

 

そう、幸いなことに、だ。

 

これを喜ぶべき理由は唯一つ。

お互いに相手を視認できないということは、一先ず相手からの追撃はないということ。

今攻撃を仕掛けられたらまともに太刀打ちできるか不安になるほど、彼の現状は危ういのだ。

 

火傷、裂傷はもちろん、身体には大小様々な木片が突き刺さっていて、地を転がった勢いで深く刺さっているものもある。

さらに厄介なことに、先の爆音のせいで視覚と聴覚が上手く働いていないのだ。

視界は未だ明滅を繰り返し、耳には雑音しか届かなかった。

 

覚束ない足取りで、まるで生まれたての小鹿のようにふらふらとしながらなんとか立ち上がろうとしているが、平衡感覚が狂っているため、それすら儘ならない。

 

 

(クソ、クソ、クソ!目はチカチカして耳はノイズが酷いとか、ハンデがデカすぎだろうがッ………いや、落ち着け落ち着け落ち着け!まだだ、まだ()()()瞬間がある!その時を狙うんだ!)

 

 

もはや立つことを早々に諦めて、彼は片膝を突いて腰を下ろした。

唯一動く腕の掌を地に着け、無理矢理平静を保つ。

 

待つんだ。

今は動くな、全神経を触覚に集中しろ!

 

見えなくても、聞こえなくても、肌で感じるんだ!

 

 

果たして、自分にそう言い聞かせてからどれくらい経っただろうか。

数分にも感じたし、数時間にも及んだ気さえした。

 

だが、実際に()()が訪れたのはほんの数秒後だった。

 

肌で感じることができた。

 

空気を伝って地を震わせる小さな炸裂音。

中空より響く、微かな振動。

それは、目と耳の能力を大幅に失った今の己にとって大きな契機となった。

 

 

「ぅ、ぁ、ぁぁぁあああ!!」

 

 

判ずることも断ずることもしなかった。

ただ、身体が自然と駆け出したのだ。

今の自分の境遇など二の次で、ただ相手を刈ることしか意識になかった。

 

それは、落ちてきたダイナマイトのなかで一つだけやたらと導火線の長いそれを見つけて、咄嗟の判断で掴み取った彼が先程の取っ組み合いの最中に蝙也の懐に忍ばせることに成功したもの。

 

 

 

ボヤける視界に映った彼にとっての、唯一の灯火。

 

 

()()を感じた十徳は、形振り構わず駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








次話がかなりエグい内容となります


御容赦を





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