明治の向こう   作:畳廿畳

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鎌足との和解?を期待した方へ

まだその段階ではありませんので





では、どうぞ









16話 横浜暗闘 其の肆

 

 

 

 

 

 

 

 

「がああぁぁぁ!!」

 

 

先の鎌足との一戦みたいに御行儀よく戦おうなどと欠片も意識できなかった。

 

ただ我武娑羅に、ただひたすらに、ただただ叫んで。

何かが炸裂した気配を感じた瞬間にはもう駆け出していた。

文字通り肌をジリジリと焼く焦燥に従って。

 

霞む視界なんざ慣れっこだろう。

あそこにいるのは分かってんだから!

 

そうやって己を鼓舞しながら走り、そして跳躍。

 

このまま、地に叩き付けてどたまカチ割ってや--!

 

 

「はいそこまで~」

 

「がッ?!」

 

 

じゃらじゃらと俺の唯一動く右腕に何かが巻き付かれたのを知覚した直後、思いっきり身体が引き返されて、地に叩き付けられた。

当然、掴んでいた蝙也は俺の手から離れ、近くで自然に落ちたことが空気の振動で分かった。

 

い……つッ。

これは、鎖……鎌足か!

 

 

「テ、メェ……!」

 

 

クソったれ、二対一だということを忘れてた!

とっくに戦線を離脱してたかと勝手に思ってたら助勢に来てたとは……!

 

 

「はぁッ!」

 

「なッ?!」

 

 

俺が鎌足の姿を確認するよりも先に、奴の行動の方が早かった。

大鎌を近くの燃え盛る建屋に投擲したのだ。

必然、その大鎌から伸びる鎖に繋がれた俺も盛大に回転しながら燃える建屋に飛ばされた。

 

 

「ぐぅ、ぅぅぉおおッ!」

 

 

なんとか引き摺られる勢いを殺そうと、足を必死に地に着けて地面を削っていく。

草履の裏が発火するのではと思うほどの凄まじい摩擦が生じ、砂塵が舞い上がっていく。

 

そうして、なんとか止まったのはぎりぎり燃え盛る家屋の傍。

だが大鎌は建屋の更に奥に突き刺さったのか、これ以上此所から離れることができなかった。

 

これは、もしかしなくてもマズいだろう。

辺りを見渡すと燃えている建屋は此所だけじゃない。

もう何件も火が移っていて、夜の横浜を明るく照らしていた。

火の粉が飛び交い、煙がもくもくと立ち込めているのがぼんやりと分かる。

 

 

「そこで大人しくしてなさい。これ以上手を下すことは流石に見逃せないわ」

 

「……あぁ?」

 

 

鎌足は不思議なことを言って顎をしゃくった。

その視線の向こう、晴れてきた視界に映ったのは、白目を剥いて臥している蝙也の姿だった。

 

 

「咄嗟にダイナマイトを投げ捨てたものの、あんな至近距離で炸裂して、しかも受け身も取らずに落ちたんだから当然よ。コイツ、こんな身体だからとても脆いのよ」

 

 

嘘……ではないのだろう。

事実、起き上がる気配がまったく感じられなかった。

 

てゆうかそんなのどーでもいい!

目と耳が治ってきていることすらどーでもいい!

 

マヂでこのままじゃ焼け死ぬぞ?!

 

 

「ッ、んなことどうでもいいんだよ!これァ一体どういうつもりだ!」

 

「……御免なさい。組織の至上命題は『隠匿』なの。私たちを見知った貴方を生かしておくことは、ちょっとね……」

 

「ふッざけんな、だったら戦えよ!こんなやり方ッ……!」

 

「御生憎様。私は道義を重んじる剣客でも武道家でもないの。貴方とやり合っても勝てる保証がないし、それにやり合いたくもないから、こんなことしか出来ないの。それに、これはお礼でもあるのよ?」

 

「ッあぁ?!」

 

「他意はあったのでしょうけど、不覚にもときめいちゃったから。運が良ければ脱しうるでしょう?そのチャンスを貴方にあげるわ」

 

 

こ、のッ……ワケの分からねぇことをほざきやがる!

 

脱しうる気配なんざ微塵もねぇんだよ!

 

右腕全体に巻き付いた鎖は手首の辺りで絡まって右腕を拘束し、左腕は言わずもがな元より動かない。

思いっきり引っ張っても暴れてもピクリともせず、ならば奥に取りに行こうと思ってもそこにあるのは正しく火の壁。

段々と熱が鎖を伝って腕をチリチリと熱してくる。

 

このままじゃ本当に焼死体が一つ出来上がるぞ!

クソックソックソ、万事休すだ!

 

鎌足は俺の呪詛の籠った視線を受け流して蝙也を肩に担ぎ、そして言った。

 

 

「ねぇ、貴方は何者なの?……て聞いて教えてくれるわけないか」

 

「誰が言うか阿呆!クソやろう、テメェ本当に許さねぇからな!やるなら一思いに殺りやがれ!こんな拷問みてぇなこと……!」

 

 

と、俺が叫んでいると周りから何人か人が駆けつけてきた。

すわ救援かと一瞬だけ期待したが、果たして来たのは奴の手下共だった。

 

火の手の回りが早いため、直ぐにここを離れようと進言しに来たようだ。

当然、奴等の視界に入った俺をスルーするわけもなく、確実に殺すべきだと言われるも言下に切って捨てた。

 

 

「いいのよ、別に。たまにはああいう殺し方もいいじゃない。死に行く様は見られないのは残念だけど、仕方ないわ。だから貴方たちも手出しは無用よ」

 

 

ありがたくねぇんだよ!

くそッたれ、手下風情なら足技だけで返り討ちにしてやって、それで持ち物を物色しようと考えたッてのに!

 

ふと、一瞬だけ奴は名残惜しそうな視線を向けたかと思うと、背を翻して去って行った。

 

 

「ちょ、待てよ!これがお前らのやり方かよ!こんなんで俺を殺せると本気で思ってんのか、畜生!!……くそ。おい、マヂかよ……ホントに行きやがった」

 

 

おいおいオイオイ、マヂでヤベェって!!

まるで古代国家の拷問器具じゃねぇかよ、あの鉄製のラッパ像か!

洒落になってねぇって!

 

クソ、本当にクソだ。

どうする?どうすればいい?

 

さっきから必死に腕を動かしているが外れる気配が微塵もないし、建屋から引き抜こう思いっきり引っ張ってもビクともしない。

 

 

「ぐうぅぅぅ……!!かってぇぇぇえ!」

 

 

ダメだ、鎌が深く突き刺さっているのか、身体全体を使っても全然動かない。

しかも無理矢理に動かしてるから鎖は更に強く絞まり、腕全体が鬱血してきた。

 

はッ、はッ、はッ、はッ

 

くそ、息をするのすらツラいし、どんどん腕が熱くなってきやがった。

このまま腕から熱せられて死ぬとか最悪だろ……というか、それで人は死ぬのか?

最悪、死なずに延々と生き地獄を味わう羽目になるのではないのか?

 

ヤバいッ、考えただけでも泣きそうだ。

 

 

「う……ゲホ、ゴホッ!があぁ、ぁ、ッ!」

 

 

大鎌が貫通した建屋の火もみるみるうちに大きくなってきていて、肌はチリチリと炙られ吸う空気で喉すら焼けそうだ。

煙で呼吸も儘ならないし、涙が溢れてきた。

 

 

このままなら一酸化炭素中毒で死ねるのでは、なんて甘い誘惑が鎌首をもたげたが、頭を振って切り捨てる。

 

諦めんな!

まだ死ぬわけにはいかないだろうが!

みっともなくとも足掻いてなんとかしねぇと!

 

なにか道具……は、もう無い。

そもそもいつも携行しているのは特注の十手と小銭ぐらいだ。

そんなもん何の役にも立ちやしねぇ。

 

 

クソ、他に何かないか?!…何か周りに………!、あった。

 

 

「あれ、ならッ……!」

 

 

見つけたそれに、俺は思わず()()()()希望を見出だした。

爆風で転がってきたのか、幸運の女神に感謝だ。

 

地に転がるそれに必死に手を伸ばすが当然届かない。

ならばと足を使ってなんとかそれを引っ掛けようとするも、これもぎりぎり届かない。

 

クソ、やっぱ幸運の女神はクソったれだ。

希望をちらつかせてこの始末とか、ホントいい性格してやがる。

 

 

「ふ、ふ、ふ……はぁ、はぁ、」

 

 

本当にあと少しなんだ。

ほんの数センチっ……クソったれが!

 

 

「がああぁぁぁ!」

 

 

変に躊躇してたら気後れして出来なくなる。

 

 

いっそ一思いに

 

 

 

 

肩を強引に捻って骨を外した。

 

 

 

「いっ……でぇぇぇえええ!!!」

 

 

 

喉が裂けんばかりに響く絶叫。

溢れてた涙が更に量を増して視界を埋め尽くす。

 

痛い痛い痛い痛い。

あまりの痛さに踞りたくなるが、歯を喰い縛って耐える。

こんなんやるとか俺は馬鹿か阿呆か。

自分で肩の骨を外すとか、もっとマシな方法は思い付かなかったのかよ。

 

痛いッッ、けどッ、これで……届いた!

 

激痛に苛まれながらも、外した骨の分だけ伸びたリーチでなんとか足に引っ掛けることができた。

そしてそれを引き寄せ、ハネ上げ、口に銜えた。

 

 

ふぅ、ふぅ、ふぅ……ぐぅッ!

 

 

もう、一度!!

 

 

ごきん、と骨が戻る嫌な音が頭蓋に響き、更なる激痛で悶絶する。

 

 

「ッ、…ッ………ァ!!!」

 

 

意識が……遠退く。

 

銜えているそれを落としそうになるが、これこそが唯一の生命線なんだ。

それを噛み潰すことがないよう今度は歯を喰い縛らなかった為に、本当に気が狂いそうになる。

もう片腕で痛む肩を抑えたいのに、それすら出来ないもどかしさに頭がどうにかなりそうだった。

 

てゆうか、下に置いたまま肩を戻せばよかったじゃん。

段々と思考が鈍ってきたのか、合理的な判断が下せていないのはかなりマズい。

 

 

 

と、痛みに必死に抗いながら己の現状を不安視してたとき、目の前に何か大きなものが落ちてきた。

 

大きな質量を誇る何かが盛大な地響きを立てて目の前に降り、涙でボヤける視界からもはっきりと分かるほどにそれは悠然と立っていた。

 

 

「て、めぇ……は」

 

 

掠れる声は自分でも聞き取り辛い。

叫びすぎたのか、或いは熱せられた空気によるものなのか、喉もスゴく痛い。

 

けど、そんなことはどーでもいい。

 

今は幸運の女神に万の罵倒を浴びせたい気分で仕方がなかった。

 

 

 

 

 

ホントにマヂでクソったれだよ。

 

 

 

 

 

 

ここにきて三人目かよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

正しく肉達磨のような体型に、醜悪な笑顔を常に丸い顔面に張り付け、いつも堪えるような下卑た笑い声を漏らす大男。

 

 

 

 

十本刀が一人、夷腕坊。

 

 

 

俺はコイツの本名も二つ名も知らない。

なぜ志々雄一派に属しているのかも知らない。

目的も行動原理も分からない。

 

けど、コイツが人間じゃないことだけはよく覚えている。

 

魑魅魍魎の妖怪の類とか、化物とか怪物とかそーいうんじゃなくて、文字通りコイツは人形なのだ。

操り人形で、力士より二回りぐらいデカい図体の中に操縦者が入って操っているのだ。

 

中の操縦者の名はたしか外印という。

高尚な芸術家(あるていすと)を自称する人形愛好家(?)だったハズだ。

 

 

そんな奴が

 

 

「なん、で……」

 

「……」

 

 

最初からいたのか……それとも獲物(おれ)を見つけて来たのか。

 

クソ、次から次へと窮地がゴロゴロと転がって来やがって。

どうしてこうも事態が悪化していくんだよ。

 

地獄……いや、炎に囲まれているから、ここはさながら煉獄か。

 

 

「…………」

 

 

胸中で激痛と運命に悪態を吐いていたら、ふと夷腕坊がなんのアクションも起こしていないことに気が付いた。

喋ることも、動くことすらしていない。

 

なんだ?

 

 

「……テメェ、何の用ッ、ぐぅぁ……」

 

「…………」

 

 

答えてはくれないようだ。

けど、そんなもん最初から期待してない。

 

正直、助かった。

こんな状態でコイツと戦えば、文字通り手も足も出せずになぶり殺しにされるだろう。

 

何を考えているのかさっぱり分からねぇが、何もしてこないのなら俺のやることに変わりはない。

 

 

「ッは、はぁ、っぅ……用が無いなら、大人しくしてろよ」

 

 

今邪魔されるともうどうする事もできない。

頼むからじっとしていてくれ。

 

そうして俺は努めて奴を無視し、銜えてたそれを腕に絡まっている赤く熱せられた鎖に当てる。

 

 

「ふっ、ふっ、ふっ……!」

 

 

落ち着け、大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫!

死なない、これきしで死なない、死ぬわけがない。

死をはね除けて、生にしがみつくんだ!

 

数秒後、ばッと()()()に火が着いた。

 

 

「ふっ、ふっ、はっ、はっ、はっ……」

 

 

心臓が破裂するほど鼓動がうるさい。

自分がやろうとしていることに今さらながら恐怖する。

膝が笑って、涙が溢れて、銜えてる()()()()()()を落としそうになるほどに顎が、いや、身体中が震えてる。

 

 

大丈夫、大丈夫、大丈……夫ッ

 

一つ一つの爆発範囲はそれほど大きくない。

それは、蝙也が生き残ったことから明らかなんだ。

原作でも主人公勢の一人の少年が、奴のダイナマイトの雨を潜り抜けたんだ。

 

ならば俺でも、これぐらい出来るだろうが!

 

ビビるな、臆するな、躊躇するな!

 

強ばって身が動かなくなることだけはないよう、薄っぺらい根拠の励ましを必死に己に送る。

恐怖で身体中が震えるが、必死に喝を入れて堪えようとする。

 

そして、導火線が迸るダイナマイトを口から飛ばして、微かに動く右手で危うげにキャッチする。

鎖でがんじがらめになっている方だ。

 

 

「……正気の沙汰じゃない」

 

 

怖気で込み上げてきた吐き気を、自由になった口腔に熱気を流し込んで無理矢理に抑えてたら、ふと目の前の夷腕坊が呟いた。

いや、声を漏らしたのは中の外印か。

 

どちらであっても、まさか喋るとは思わなかったが、正直、話し掛けてくれるのは有り難かった。

無言のままじゃ、次の一事で心が木っ端微塵になるかもしれないから。

気を紛らわせれば御の字だし、相手が誰であれ話せれば不思議と踏ん切りが付くってもんだ。

 

 

「は、ははッ……そんなん、疾うに、飲み干してらぁ」

 

 

そしてどうやら、中の人は俺のやろうとしていることを察したらしい。

 

 

「正も狂も、俺にとっちゃぁ、同じ、だ……区別する、意味が分からねぇ、……!」

 

 

明日を切り開くためなら、狂気にだって心を委ねてやるさ。

それが十徳と交わした、果たすべき約束のためなんだから。

 

狂人と思わば思え。正しくその通りなんだから。

弱い奴が狂った奴らに勝つには、己も狂うしかないんだ。

 

不殺(ころさず)の逆刃刀をもって明治を生き抜く強い主人公とは違って

磨いた技量と高い身体能力を有する(からだ)とは違って

弱い(こころ)は狂気を飲み干してでも生きなきゃ勝てねぇんだから!

 

 

「ちょうど、いい……俺の、一世一代の大物見ッ、確と目に焼き付けとけ! 」

 

 

答えはない。

だが気のせいか、奴の見えない双眸が力強く俺を捉えたような気がした。

 

 

そんな気の迷いかもしれない感覚を得られただけで、十分だった。

 

 

 

 

俺は右手に力を込め、掴んだダイナマイトを更に握りしめる。

 

そして腹に力を入れて、声を大にして叫んで-―

 

 

 

 

 

「見てろよ……芸術家(あるていすと)!人がッ、生を掴むために、足掻く姿を!人形なんかじゃ到底できねぇ、人間だけができる、バカな所業を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見届けよう」

 

 

 

 

 

 

 

そんな答えが聞こえて、俺はつい微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右腕を中心に、小さな閃光と爆音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













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