明治の向こう   作:畳廿畳

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原作キャラ投入

では、どうぞ







2話 西南戦争 其の弐

 

 

 

 

田原坂の戦いは数日続いた。

 

数日、というのは日にちの感覚が分からなくなったのだ。

 

ときには早朝、ときには夜間に、戦闘が行われた。

 

しかも今は3月。

吐く息は白く、手足の先はかじかみ、雨なんか降った日には凍えるように寒かった。

 

そんな中で、俺はもう何人敵兵を殺しただろうか。

 

最初は、撃たれそうになっていた仲間を助ける為に。

次はガトリング砲を破壊する任務を帯びて、それを果たす為に。

 

次は……覚えてないや。

 

ただ、もう何十人も殺した。

 

恨みをぶつける心情があれば、少しは楽なのかもしれない。

自分に正当性があると思い込めば、あるいは感情が麻痺するのだから。

でも俺にはそんなの欠片も無いから、目の前で斬り殺した相手の顔が、表情が頭から離れない。

 

若い奴等が多かった。

自分の死を信じられないという感じの瞳をしていた。

 

 

あの顔を、俺はきっと二度と忘れないだろう。

 

 

 

 

今日も今日とて、政府軍の大砲によるおはようから始まり、敵兵を視認して銃弾で久しぶりと挨拶し、刀を振るってさよならと別れを告げる。

 

そんな変わらない戦争(にちじょう)が過ぎる筈だった。

 

 

ふと、憔悴した俺でもピリリと感じた気配。

 

 

これは……殺気?

 

 

徴兵された兵どもの(なまくら)なそれじゃなく、純然な抜き身の殺意。

 

それはまるで、鞘から抜き放たれた研ぎ澄まされた日本刀のような--

 

 

「敵襲!!」

 

 

仲間の大声で、皆が一斉に戦闘体勢に入る。

 

視界に写るはいつもの隊列を組んだ兵隊ではなく、そこには刀を構え、こちらを射殺さんばかりに睨み付ける警察官が数十人ほどいた。

 

 

 

 

抜刀隊

 

 

 

 

この時の俺は知らなかった。

 

 

この田原坂の戦いで、薩摩の防御陣地を突破出来ない政府軍が業を煮やして採った奇策のことを。

 

 

白兵戦に秀でた薩摩の侍に対抗するため、政府が緊急で全国から徴収した白兵戦のスペシャリスト。

 

薩摩の侍と互角に渡り合える存在をぶつけてきたのだ。

 

かつて、薩摩の志士と共に倒幕を果たした勇猛な維新志士。

あるいは佐幕派として大将軍徳川慶喜を奉じた旧新撰組。

 

あの暗黒の幕末を刀一本で生き抜いた正真正銘の益荒男(ますらお)ども。

 

 

没落した士族から、あるいは警察機構から、そんな化け物どもを引っ張り出してきたのだ。

 

 

あぁ、あの生々しい殺意は訓練で身に付くものじゃない。

本物の戦争を経験したからこそ身に付くそれだ。

 

 

 

その集団の先頭にいた一人の男が独特な構えをとる。

それを見て、俺は酷い既視感に襲われた。

 

あれは、あの構えは--

 

 

刀を左手で水平に持ち構え、右手で照準を定めるかのように前方に置く

 

切っ先は右手のすぐ横に置かれ、左半身を後ろに、右半身を前方に置く

 

 

 

牙突ーーー

 

 

 

瞬きする間もなく、男の身体がブレて、俺は条件反射で抜刀しようとする。

 

瞬間、ものすごい衝撃に襲われ、草鞋の底を削る勢いで後ろに突き飛ばされた。

 

 

「ぐ……あぁっ!」

 

「ほお」

 

 

俺の後退は木に背をぶつけて止まった。

木がしなり、葉がパラパラと落ちてくる。

 

いってえぇ……けど、大丈夫。

 

一撃は防げた!

 

刀を半分だけ抜刀し、奴の切っ先を刀の腹で受け止めた。

今もなお掲げた刀を貫かんばかりに奴の刀が突き出されているが、防げた!

 

その犯人はというと。

俺の眼前に悠々とした態で、片腕一本の刀で俺を木に押し付けてやがる。

 

 

だが、そんな事はどうでもいい!

 

そんな事よりも、そんな事よりも!

 

 

「俺の牙突をこんな餓鬼が初見で防ぐとは。なるほど、薩摩の侍共は末端まで仕上がっているのか。侮れんな」

 

「ぐうぅ。お(まあ)は、斎藤……はじ、め」

 

「あぁ?俺を知っているのか?貴様、何者だ?ただの餓鬼じゃねェのか」

 

 

知ってる。

知ってるさ。

 

元新撰組三番隊組長、斎藤一。

 

幕府が倒れてからは警察に属し、日本の治安を維持する事に尽力した、幕末最強格の一人。

 

 

けど、それさえ些末なことだ。

警察が何故戦場にいるのか、とか。

斎藤一が何故戦場にいるのか、とか。

 

そんな事は些末な問題だ。

 

問題は、問題は。

 

 

 

 

 

なんで『るろうに剣心』の斎藤一がいるんだよ?!

 

 

 

 

「マヂか……じゃあ(おい)はタイムスリップして憑依したんじゃなくて、創作物に入って憑依したんか」

 

「何をぶつくさ言ってやがる」

 

 

いや、納得出来る点は多々ある。

 

まず薩摩の侍の身体能力の高さだ。

あれはやはり可笑しい。

俺を含めて、あの戦闘能力の高さは異常だ。

銃弾なんて普通見切れない。

 

けど、るろ剣の世界なら十分に有り得る。

 

 

あぁ、色々と合点がいったよ。

 

 

「阿呆が。殺し合いの最中に考え事とは、身の程を知れ!」

 

「--うおッ!」

 

 

相手の容赦ない蹴足で俺の思考は途切れ、身体は今度こそ吹き飛んだ。

 

そして飛んでいる最中に目に映った、奴の牙突の構え。

 

 

対空迎撃用 牙突参式ーー!

 

 

マズい!

 

俺は咄嗟に空中で姿勢を制御し、木の幹に刀を突き刺す。

勢いを若干程度殺し、直ぐ様そこを足場に別の木に飛ぶ。

 

更にその木を足場にし、どんどん木を登っていく。

 

 

「猿か貴様は」

 

 

ふと、そんな声が背後から聞こえた。

振り向くまでもなく、分かる。

 

 

奴が技を放ち、この身に迫ってきたのだ。

 

嘘だろ、地上から3mはあるぞ。

そんな俺の驚愕を他所に、大気を揺らす攻撃が辺りに響き、木々がざわめいた。

 

 

 

 

 

薩摩の侍たちと、かつての幕末の志士たちがぶつかり合う前時代的な戦争は、夥しい数の死を更に築き上げることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明朝より行われた政府軍による総攻撃より半日。

 

白兵戦には白兵戦で。

 

剣客には剣客をぶつける奇策をもってしても、しかし田原坂は突破出来なかった。

 

堅固にして鉄壁。

 

常勝にして無敗。

 

 

ならば、此度の総攻撃もいつものように撃退出来たのか?

 

否。

 

撃退など出来てはいない。

現に今も泥沼の戦いが続いている。

 

 

数で勝る政府軍に加えて白兵戦に秀でた抜刀隊まで加わったのだ。

地の利を生かした薩摩軍も死に物狂いで応戦するが、どうやっても拮抗に持ち込むしか出来ないでいる。

 

そう。

 

拮抗だ。

 

本来ならあの斎藤一に太刀打ち出来るとは思えないのだが、それでも縦横無尽に地を駆けて攻勢に出続けるからこそ、拮抗状態に持ち込めているのだ。

 

 

「チッ……ちょこまかと。そんなに俺の牙突が怖いか?」

 

「あぁ、怖か。さっきは防げた、じゃっどん三度は無いと思おとる」

 

「殊勝な心掛けだな。だが、牙突を封じたからといって俺に勝てると?」

 

「思わん」

 

 

うん、思わない。

 

だってコイツ原作でもほぼ無敵だもん。

真実か否かは別として、幕末最強と恐れられた人斬り抜刀斎と互角に渡り合ったんだ。

 

俺が勝てるとは到底思えない。

 

それでも、地の利を生かして縮地に近い現象を産み出し、ヒット&アウェイを繰り返して奴をこの場に釘付けにする。

 

 

「お前が他の場所に行って暴れんよう、ちくとここに止まらせる。そいが俺の勝利ぞ」

 

「は、そんなものが勝利だと?ほざくな餓鬼が。延々と同じことを繰り返しやがって」

 

「そいしか手が無か」

 

 

奴を中心にして走り続ける。

空気をぶち破り、音の壁さえ突き破る勢いで駆け抜ける。

 

そして奴の後ろに回り込んだ瞬間、再度その頭上に刀を振り下ろす。

 

だが当然、こんな安易な攻撃は奴に届かず、半身を捻って避けられた。

 

がら空きの身体は奴にとって絶好のチャンス。

その鋭い眼光が俺の身を貫き、一瞬時が止まった感覚に襲われ、そう思った瞬間には既にお互い動いていた。

 

 

刀同士がぶつかり合い、甲高い金属音が響く。

 

一つじゃない。

 

一撃、二撃、三四五六………

 

 

一瞬における都合十八の斬撃を全て防ぎ、一歩離れ、そして直ぐに駆け出す。

 

アイツを前にして止まっちゃダメだ。

 

牙突の突進力はその威圧感もあって半端じゃない。

止まったら直ぐに放たれる。

 

二回偶々防げたが、避けることも防ぐことも自信なんて無いのだ。

無い以上は放つ事を封じるしかない。

 

 

 

止まるな。

 

 

 

止まったらホントに死んじまうぞ!

 

 

体力が、筋力が保つ以上は走り続けろ!

 

だが、俺の意気込みは無情にも斬って捨てられる。

 

 

「あぁ、もう貴様の大道芸に付き合うつもりはないぞ。此処らの地も理解した」

 

 

なんて、斎藤一が何の気無しに言いやがった。

 

 

「つまり、既に貴様には地の利も失せたということだ。どういう意味か分かるか?」

 

 

……分かってるさ。

 

こんな児戯であの斎藤一を封じれるなんて、最初から思っちゃいない。

 

むしろ半日もよく持ったと思うまである。

まぁそれは、それだけこの地を縦横に使っていたというわけだ。

てか、半日でこの地を理解するなんて、やはりコイツは化け物だよ。

 

そして、地の利を失った俺は奴に勝る唯一の点を失ったということ。

 

 

もう、互角にすら持ち込めない。

 

 

 

「官軍主力部隊が退き始めた。ここらが潮時だ。だが俺が一人も討ててないとなると些か決まりが悪いからな。その首だけは貰うぞ」

 

「……やってみぃ」

 

 

なんて、強がってもなんら心の負担は軽くならない。

 

怖い。

 

滅茶苦茶怖い。

 

あの九頭龍閃に匹敵する爆発力と突進力、そして弾丸をも上回る貫通力の牙突が、この身を狙って放たれるのだ。

原作では相手キャラに度々封じられることもあったが、その度にその策を上回る力の牙突で相手を貫いてきた。

正にアイツそのものを表す技だ。

 

 

その準備が整ったと、奴は言う。

 

 

 

防げるか?

 

避けられるか?

 

 

クソったれが!

 

やらなきゃ殺られるだけだろうが。

 

チクショウ、やってやる。

見極めてやんよコンチクショー!

 

 

 

「があぁぁ!!」

 

「ふっ!」

 

 

俺の一瞬の肉薄による横薙ぎの一閃。

 

それを奴は頭上に飛んで躱した。

 

 

その跳躍のまま、後ろの木の幹に足を当てると、牙突の構えをとった。

 

 

上空からの牙突

 

 

「掛かって()やコノヤロー!」

 

 

 

精一杯の強がりを叫ぶ。

 

そして

 

 

牙突の発射によって足場とした木の幹がへし折れ、弾丸以上の脅威が、弾丸以上の速度でもってこの身に襲い掛かった。

 

 

それを、俺は確かに()()

 

 

目を見開いて、()()

 

 

 

 

 

直後、大地を揺らし土煙が舞い、戦場の一角が崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












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