明治の向こう   作:畳廿畳

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横浜暗闘編最終話です


では、どうぞ






20話 横浜暗闘 其の捌

 

 

 

 

 

 

「記事は夕刊に載せてくれ。それが発行されて巷が騒ぎ出した頃に、俺が騒動のメインの爆弾を爆発させる。そうなれば、事態は上を下へのさ」

 

「メインの爆弾?あんた、まさかッ……」

 

「例えだよ、例え。本物じゃあない。君はなんの心配もせずに記事の内容を煮詰めてくれ。あ、阿片は神奈川県警察に出しといてね」

 

 

それから俺は奴等を逃がす手引きの話をし、ストーリーの流れを説明した。

なんか半目で睨まれているんだけど、なに?

 

 

「マッチポンプにも程があるわ。貴方と仕事をすると、事件を書いているのではなく事件を起こしているように感じる」

 

記者(WRITER)火付け役(LIGHTER))なんだから、別に構わんだろ?」

 

 

なんてね。

あまり誉められたことでもないし、その立派なジャーナリズム精神には申し訳ないのだが、記録に何も残らず終わってしまうのが一番マズいのだ。

ここは目を瞑ってほしい。

 

 

「まぁいいわ。犯罪事件を報じることに変わりはないもの。夕刊に英字新聞、近いうちに日本語に翻訳された新聞も世に出回るハズよ」

 

「ありがとう。それなら俺はこれから最後の準備をしてくるから、夕刊の発行が終えたら埠頭で待ち合わせしよう」

 

 

翻訳新聞の契約については知っている。

だって日本の新聞会社に話を吹き込んだのは俺だから。

以前、観柳の疑惑をリークすると門衛に言って脅したが、あれはなにも嘘ではなかったのだ。

報道取材に組織の体質が変わる下地は既に作っておいたんだ。

 

まぁ、まさか昨日の今日で契約の話が持ち込まれるとは思わなかったけど、嬉しい誤算というやつだ。

 

挨拶を済ませて席を立ち、代金を払ってから店を出ようとしたら後ろから呼び止められる。

 

 

「ねぇ。聞いてなかったんだけど、あんた名前は?」

 

「……記事に載せるのならイヤだぜ?」

 

「そんなことはしないわよ。匿名の情報提供者ってしておくから」

 

「了解。俺は……Zittoku、Zittoku Kariu」

 

「ジットク、ね。いいわ、今さらになっちゃったけど、これから宜しくね」

 

 

そう言って差し出された左手を見て、確かに自己紹介をしてなかったと思い出した。

我ながら何をしてんだか。

 

包帯越しに感じた彼女の掌は、職業柄か固く、しっかりとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

さて、横浜は間もなく夕暮れ時。

 

英字新聞の夕刊は無事に発行され、当然だが横浜港は騒然となった。

証拠としての阿片も警察に提出したとのことで、同業者のジョン・ハートレーに対する目は疑惑のそれから確信のものへと変わった。

 

記事を書いた記者は、最後にこう記している。

 

 

「日本は此度の密輸事件をどう解決するのか。領事裁判権がある以上、首謀者を逮捕しても裁判には掛けられず、身柄は相手国側に引き渡すこととなるだろう。だが、これを期に日本が阿片に対する取り締まりを強化し、そして首謀者が本国の法廷で公正な裁きを受けることを、かつて阿片で一国を腐敗させた国の住人である記者は切に願う……か」

 

「わざわざ声に出して読まないで!」

 

「いいじゃん別に。読まれるための記事だろ」

 

「そうだけど!そうだけど……うぅ」

 

 

気持ちは分かる。

学校の先生が自分の書いた読書感想文をみんなの前で読むみたいなもんだよな。

……小学校の時のサトー先生マヂ許すまじ。

 

 

それはさておき、俺たちは今、件の清国商船と英国商船が見える埠頭に立っている。

最後の準備を終えたため、後は実行に移すのみだった。

 

 

「じゃあ私はどうするの?」

 

「ここに残って、これから起きるすべてを見届けてくれ。そして出来れば仰々しい見出しの記事にしてほしいかな」

 

「分かったわ……けど、」

 

「うん?」

 

 

税関の役人とジョン・ハートレーの手下が今まさに取っ組み合いに発展しそうなほどに白熱した言葉のやり取りをしている。

生憎ここからじゃ話の内容は聞こえないが、想像に難くない。

中身を改めさせろと言う役人に対し、そんな義務はないと言う船員、だろう。

あの記事を発端に起きているいざこざだ。

 

 

「これっきり、てわけじゃないでしょ?また会えるよね?」

 

「そうだね。今度はお互い仕事に関係なく、あの店で珈琲を飲もう」

 

 

そう言って、俺は黒いマントを脱いで警服を露にする。

 

罰として横浜に飛ばされて課された任務は、終わってしまった。

レオナ・マックスウェル氏の死は恐らく川路警視総監の耳にも届いているだろう。

だから今後、この件の調査を極秘に進めることになる可能性がある。

 

そうなれば必然、志々雄真実の影を追うことになるだろう。

なればこそ、ジョン・ハートレーを上手く利用しなければならない。

志々雄真実に対してもそうだが、あの金銭中毒野郎に対しても、だ。

 

 

「ッ!……ジットク、警官だったんだ」

 

「やってることがあれなのは自分でも分かってる。でも、これでも日本の未来を思って行動している警官なんだ」

 

 

俺は彼女に向かって、本来とは別の腕で敬礼した。

すると彼女は苦笑して、言葉を溢した。

 

 

「信じられないわよ、そんな言葉。あんたはいっつも滅茶苦茶で、何を考えているのか分からない。何を見ているのか、全然分からない。死んだと思ったら全身に包帯を巻いて現れて、片腕を亡くしたくせして優雅に珈琲なんか飲んでて、ほんッとクレイジーな男よ。分かるわけないじゃない」

 

「むぅ」

 

 

なんかボロクソ言われてんだけど。

まぁ端から見たらそんな感じだよな、ぐぅの音も出ないとはこの事か。

 

俺が渋面で唸っていると、けど……と彼女が続けた。

どこか楽しげな感じのように見えるのは、気のせいだろうか。

 

 

「あんたは何か大きな事をしでかす。それはきっと、面白いことなんだって。それはなんとなく分かる。だからさ、いつかあんたの伝記(biography) を書かせてよ」

 

「伝記?俺の?なんでそんなものを。つまらないだろ」

 

「あんたの行動原理を知りたいのよ。何を見て、何を考えているのか、それを知りたいの」

 

 

私の好奇心を刺激した責任、ちゃんと取りなさいよ。

なんて、笑いながら言われて俺は返す言葉も無かった。

 

あぁ。

本当に逞しいジャーナリストだ。

 

この人になら、全てを話してみてもいいかもしれない。

 

この国の未来のために、俺がしたことを、したいことを、しなければならないことを。

 

 

「……そうだな。いつか話そう。また会いに来るから、その時は宜しくな」

 

「えぇ、此方こそ。元気でね」

 

 

君もね

 

そう言って俺は踵を返し、件の揉めている現場に駆けて行った。

 

 

いい女性だった。

さっぱりした性格で、話してて面白い。

あの人とは、今後ともいい関係の付き合いをしたいもんだ。

外国とのコネクションにもなるだろう。

志々雄真実の動乱を乗り越えた後は、彼女にまた協力してもらおうか。

 

 

「どうどう。両者とも落ち着きなさい」

 

 

そうして税関の役員と船員が揉めている所にたどり着き、間に割って入る。

両者とも俺の乱入に驚いたようで、税関の役員は俺の警服を認めて喜色を浮かべた。

 

 

「警察の方ですね?!もう捜査が始まったのですか?」

 

「いや、あくまで揉め事の仲裁に来たんだ。事情は把握しているが、取り合えずお互い落ち着きたまへ。And you, calm down 」

 

 

俺は相手の船員にも通じるよう英語で話し掛ける。

 

 

「警察……テメェも船の中を見せろと言うつもりか?生憎だが見せてやる義理は無ェし、テメェらはそんな権利無ェだろうが!そもそも、あんな胡散臭い記事を信じてんじゃねぇよ!」

 

「船を見れないのは知ってるさ。見るつもりもないし、そもそも俺は阿片を調べようと来たわけじゃない」

 

「だったらとっとと帰りやがれ!黄色い猿どもが!」

 

「ーーが、阿片を持っている奴が目の前にいるのなら話は別だ」

 

「あぁ?」

 

 

イラっときたが、この時代、東洋人を見る目はだいたいこれが普通だと自分に言い聞かせて落ち着く。

英国人であるエミー・クリスタルがかなりの知日派、というか優しい心根を持った人だから勘違いされるだろうけど、白色人の有色人種に対する蔑視は向こう100年間変わらないのだ。

 

一息吐いて怒気を抜くと、素早く奴の胸内ポケットに手を突っ込み、そして引き抜く。

 

 

「なッ……!」

 

 

そして俺の手には、白い紙が握られていた。

それを開くと、白い粉が溢れ落ちる。

 

 

「説明はいらんな。密輸の容疑で拘束する」

 

「なッ、んなもん持ってねェよ!テメェ、デタラメを……!!」

 

 

叫ぶ男を黙らせるために咄嗟に奴の懐に入り、襟を掴んで体を半回転させる。

そのまま奴の身体を背中に乗せ、一気に己のケツを突き上げる。

 

片手背負い投げ

 

地面に背中を叩きつけた男は白眼を向き、空気の抜ける音を漏らして気を失った。

 

 

「阿片の持ち込みは誰であろうと許さん。お前ら、コイツらの身柄を拘束しろ!」

 

「「は、はい!!」」

 

 

命令権など本来は無いが今はそうも言ってらんない。

他の役員に命じて、船員共を拘束させる。

 

暴れて拘束を振りほどく奴らには片っ端から柔道の投げ技を掛け、落としていく。

片手背負い投げ、内股刈り、果ては巴投げ。

未だ柔道の存在を欠片も知らない英国人共は、二回りも体格の劣る俺にひらりひらりと地に背中から叩き伏せられる様子を見て、顎を外さんばかりに驚いている。

 

そうして最後の船員を落とし、拘束し終え、問題の船を見遣ると帆が張り出されて出港の準備が為されていた。

 

 

「なっ、奴等逃げるつもりだ!」

 

「バカな、手際が良すぎやしないか?!」

 

「追いましょう!逃がしてはなりません!」

 

 

息巻く役員の声を、俺は一蹴した。

 

 

「コイツらを連行するのが先だ。その後に大蔵省に連絡して事態を報告しろ」

 

「しかしーー!」

 

「どのみち船が無いから奴等を追うことはできん。海軍が出張れば話は別だが、それもあり得ん。それに、奴等も遠出は出来ないだろうから寄港先は日本のどこかだ。そこで捕まえればいい」

 

「ッ……、分かりました」

 

 

俺の指示に不承不承といった感じで頷く役員。

 

 

 

 

 

悪いな、奴等とは()()()()()()をしたんだ。

 

 

奴等を追わせるわけには、いかないんでね。

 

 

 

 

 

 

 

かふぇでエミー・クリスタルと別れた後、俺はひっそりとあの船に乗り込み、ジョン・ハートレーのツラを拝みに行ったのだ。

 

 

そこで、奴にこれから起きるであろう展開を話してやった。

お前らが大事に抱えている阿片の情報がリークされたぞ、と。

それが今夕に記事で報じられ、警察や税関当局が動き出し、お前らはほどなく捕まるだろう、と。

 

普通に話したところで信じられなかっただろうが、俺が警服でいたことなども手伝い、そして捕まった後のデメリットを誇張して伝えたら信じてくれた。

 

 

 

お前の言う通り、日本がお前らを裁くことはできない。

そして英国政府や英国司法は確かにお前らを助けるだろう。

無罪放免となるのは間違いないし、今後とも海を股にかけて商売を続けられるだろうな。

 

ただ、果たして阿片まで助けてくれるか?

 

金になる粉を、態々捕まったお前らに政府が返すと御目出度く考えているのか?

阿片の実利をこの世でもっとも詳しく知る、英国政府首脳陣が?

 

…………

 

少しでも危惧があるのなら、俺の案に乗れ。

 

なに、簡単なことよ。

 

前もって逃げる準備をしといてさ、港で騒ぎが起きたらさっさと逃げろ。

税関当局の動きは俺が封じてやるから。

そんでもって後を追わせない。もちろん警察にも、だ。

 

何人か証人で捕縛するが、どのみち後で英国政府に渡るんだ。構いやしねぇだろ。

 

 

っと、見返りを言うのを忘れてたな。

 

俺が欲しいのはただ一つ、偽の契約書だ。

 

 

今回の、そして今までの阿片の密輸先を×××と書いて、寄越せ。

 

 

な、お前らに損の無い簡単な話だろ?

契約書の真偽を日本から問い質すことは実質不可能なんだし、お前らは我関せずの態度でいれば勝手に霧散する話なハズだ。

 

……

 

あぁ、約束しよう。

 

俺たち警察はお前らを追わないし、捕まえない。

俺がここに来たのが証拠になるだろ?

後々捕まえるってんなら、余計な事を伝えに危ない橋を渡るわけがねぇじゃねぇか。

 

大阪でも神戸でも上海でも、好きなところに行きやがれ。

 

 

 

なるべく()()()、な。

 

 

 

 

 

 

その後、指示通りに駆け出していく役員共を尻目に、俺は気絶している船員共のポケットに阿片の入った袋を入れていく。

その傍ら、どんどん埠頭から遠ざかっていくジョン・ハートレーの船も見送って。

 

これでよし。

 

奴等は無事に横浜港から逃げ仰せ、俺は偽の契約書をいただいた。

ここに奴等と交わした契約は完了した。

 

 

さらに、ジョン・ハートレーには当然伝えていないが、俺はもう一つの実益を手にすることができた。

 

奴が逃げ出したことは彼女が記事にして(正確には翻訳された記事が)日本国内を駆け巡ることになるだろう。

 

 

 

そうなれば、きっと志々雄一派が目の色を変えて追うハズだ。

 

 

 

 

なにせ金に成る粉だからな。

思惑通りに行けば、奴等があの阿片を追い続けてくれる。

そうなれば横浜での奴等の目が緩む、という算段だ。

 

いくら全身包帯で髪を短くしたからって、バレない保証はない。

ならば簡単な話、遠くに行ってもらうまでた。

 

しかも、志々雄一派が派手にあの船を襲撃してくれれば、その捜査として日本警察が介入できるというオマケ付き。

 

逃げる奴等を追わない、捕まえないという約束は守るさ、契約だからな。

 

だが、襲撃事件が起きれば、話は別だ。

阿片について捜査するわけじゃないから、俺に止める道理はない。

 

 

 

たとえ、その捜査の過程で()を見つけようと、な。

 

 

 

 

さて

 

 

稼げる時間はどれほどだろうな。

奪取した阿片を足がつかないよう金に替えることを考えれば、半年か一年か……奇しくも原作が始まるぐらいに奴等もまた動き出すと考えるべきか。

 

 

あぁ、上々だ。

 

 

 

それまでは此方のターンだ。

 

 

 

背後から、手足を一本一本もいでいってやる。

 

 

 

 

 

覚悟しろよ、十本刀。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












ここまでお読みいただきありがとうございました


次話より明治浪漫編に戻ります
その再開が原作のスタートと被るか、それともまだ始まる前とするかは未定です

投稿再開時期もまた未定です
ケッコー真面目にストーリーの構成を考えて書いていきたいので
今月中に上げていきたい気ではいますが、来月にズレる可能性も低くなく……


すみませんが、今暫しお時間をください




では、また

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