お久しぶりです
畳廿畳です
ストックがそれなりに溜まり、話の方向性も纏まりましたので投稿再開しますね
どうぞご賞味あれ
ただ、今話より明治浪漫編再開なのですが原作スタートはもう少し先です
それを楽しみにしてらっしゃった方は申し訳ありません
それでも読んでいただけたら幸甚にございます
では、どうぞ
無音の空間に、紙を捲る音だけが響く。
「…………」
ここは東京警視本署の大警視(警視総監)室。
その部屋の奥に鎮座する大きな机の向こう、木製の椅子に座し、数十枚の紙の上に書かれた文字を目で追う人こそ、この部屋の主、川路警視総監。
そんな人と机を挟んで立って待っているんだが、胃が痛いってレベルじゃない。
ぎぼぢわるい……!
もうかれこれ三十分はこうして俺の報告書を読まれるのを見ながら待っている。
警察のトップが、俺の書いた報告書を、読んでいるのを目の前で待っているのだ。
なんだこれ。
いや、まぁ内容が内容だから穏便に済むとは思っちゃいなかったが、これは想定外だわ。
何を言われることもなく、ただただ黙って待てというのだから。
はぁ……と内心で何度目かのため息を溢したとき、ついに川路警視総監が顔を上げ、そして俺の目を見据えて口を開いた。
「色々と聞きたいことがあるし、言いたいこともある。が、それら全てより先にただ一つ問わねばならんことがある」
「はッ……」
「狩生。貴様は志々雄真実の手先か?それとも国家に殉じる公僕か?」
見据えていた目は鋭さを増し、こちらを射殺すほどの眼光となって俺の全身を貫く。
あぁ、怖ぇ。
原作じゃあ小柄なハゲおっさんとしか印象に残らなかったが、逆にそんな身でありながら初代警視総監に登り詰めたということは、それ相応以上の実力を有しているということだ。
嫌な汗が、つと頬を流れた。
疑われる可能性は十分に考えられた。
志々雄真実の存在は、国家にとってタブーなのだ。
それを知るということは、従来はあり得ない。
警察が水面下で捜査を続け、されど派遣した捜査員は悉く行方不明になるか死体となってしまっている。
その事態を知る者は警察側では徹底的に管理され、それに漏れる者が手先であり、捜査の糸口としているからだ。
つまり、そのリストに載っていないであろう俺が自ら志々雄真実の事を知っていると言った場合、どうなるかなど火を見るより明らかだろう。
手先だ、否だ。
そんなの口でいくら言おうと水掛け論に過ぎない。
だから、俺にできることは不動の誠意を示してこの眼光に耐えるしかない。
数秒、数十秒、数十分……
果たしてどれくらい直立の姿勢でいただろうか。
背中は嫌な汗でベトベトで、鼓動は張り裂けんほどに激しく暴れるも、視線だけは決して逸らさずに居続けた。
やがて、溜め息とともに川路警視総監が視線を切って、この拷問にも似た時間は終わりを迎えた。
「止めだ止め。態々工作員であることを匂わす工作員がいるものか。要らぬ詰問をしてしまったわい」
「っ、ぶはぁ……はぁ、はぁ。 よろしいのですか?敢えてそうしているのかも知れませんよ?」
「ふん、疑いだしたらキリがないわ。今のところはむしろ信が置けるとすら思う。この報告書と……そのナリを見れば、な」
「……恐縮です」
そう言って、俺は右腕を掻き抱く。
身体中の傷も塞がってきたことから粗方の包帯は解けたが、当然腕の断裂部の包帯は着けたままだ。
まぁ長袖だから包帯は見えないが、外印が作ってくれた義手の接合機巧が着いているのだから隠しておくに越したことはないだろう。
ヒラヒラと袖が棚引くものの、もうこれも気にならなくなったし。
あぁでも。
忌々しいことに、頬の小さな火傷跡と腕の鎖模様の火傷跡は未だ治らず、ふと火を想像するとちりちりと火傷跡が痛むときがある。
「志々雄真実は…志々雄真実の工作員はあらゆる所に潜り込んでいる。市井はもちろん、軍や警察、下手したら政界にもいるかもしれん。其奴らの目的は、まぁ分かるだろうが明治政府の転覆だ。志々雄真実を首魁にした新政府の樹立を目指していると思われる」
「……」
「この事を知っているのは極少数だ。何故なら調査に乗り出した警察官の殆どが死ぬか消息不明となるからな。それ程までに志々雄真実の組織は闇が深く、そして強い」
思ってた通り、か。
国家権力が一武装勢力に後れを取っていて、秩序を保つ警察が己すら守れていないとは最悪な状況だよ、まったく。
「驚く様子もないとは、ある程度予想していたか?」
「はッ。報告書にも記しましたが、戦闘となった志々雄一派を名乗っていた工作員は異常なまでの実力と計画性を持っていましたので、最悪の事態を想定した方が良いと判断していました」
「……最悪の事態、だと?」
「国際港である横浜での殺人及び放火を平気でしでかす組織であるならば、その存在は国家を脅かすほどのものと考えた方がいい。そう考慮していたのです」
「故にジョン・ハートレーの事件を大々的に報じさせ、その国家を脅かす組織、つまりは志々雄一派のことであるが、そやつらの注意をそちらに逸らしたと?」
「仰る意味が分かりかねます。私としては取り逃がしたことに忸怩たる思いなのですが……」
「ふん、喰えぬ男よ。その発言にどれほどの真意が含まれているというのだ」
はて、なんのことやら。
「二週間前、神戸へと補給のため寄港しようとした
「どういう意味でしょうか」
「分からないか?貴様が横浜に訪れた途端、国際的な問題に発展する事件が明るみに出て、当の貴様が取り逃がしたことによってその事件はむしろ進展し、そして解消した。しかも日本の新聞社の組織も変わる兆しを見せ、おかげで日本国民の
俺は肩を竦めて返した。
「まるで私がすべてを手引きをしたようだ、と仰るのですか?ならば、私は阿呆です。その強奪した犯人はおそらく志々雄一派の者でしょうから、奴等の組織の強化に寄与したことになったのですよ?それに、当初の密売事件の捜査は失敗したのですから、二重の失態です」
「反面、その方向から志々雄一派に関する捜査の糸口を見出だした。横浜が奴等の温床地域であることもまた分かった。貴様は確かに阿呆だが、阿呆が作ったこの機を逃すわけにもまたいくまい」
それをもって失敗の帳尻を合わせろ、と言って川路警視総監は一枚の封書を取り出し、此方に向かって投げて寄越した。
どういう原理か、それは一度も地に落ちることなく俺の胸元までひらりひらりと飛んできた。
「辞令書だ。自分の尻は自分で拭け……と言いたいところだが、拭かす者を少し増やしてやる。横浜に仲良く行ったアイツらを下につけてやろう」
「……はッ」
部下か……いるに越したことはないが、果たしてあの噛ませ犬どもが役に立つのやら。
いや、役に立つように仕上げるのも仕事のうちか。
「狩生。既に分かっているとは思うが、志々雄真実の存在が明らかになれば明治政府は終わる。志々雄との戦いは決して歴史の表舞台には出せないが、それでも、否、それだからこそ日本の未来が掛かっている。この機を失敗で終わらせるわけには絶対にゆかんのだ。分かっているな?」
「無論です。かつての維新のような内乱が再び日本で起きれば、西洋列強は今度こそ日本を食い物にするでしょう。それは、絶対に避けねばなりません」
「そうだ。故に狩生。貴様がどうなろうと構わない、とにかく情報を掴め。奴等の実態、所在、規模、動向、なんでもいい。独自裁量権もある程度与えよう。そして現法制における拡大解釈の余地も考えよ。言っている意味が分かるな?」
「……はッ!」
これは…なんとまぁブッ飛んだ辞令だこと。
犯罪すれすれ、否、場合によっては犯罪行為も辞さずに捜査しろと言っているようなものではないか。
要するに解釈の問題であり、その点を踏まえての越権行為ならば擁護もしてくれるというお墨付きだ。
素晴らしいねぇ。
対価として死んでも有益な情報を掴んでこいと言っているのだが、そこはご愛嬌だな。
「武田観柳への接触任務は続けろ。此方の件も負けず劣らずの重要度であることを忘れるな。そして、並行して志々雄真実への捜査を命じる。方法等についてはすべて貴様に一任する。中途報告は
それは流石にノルマが多すぎじゃないですか?などと愚痴を溢すわけにもいかず、寸でのところで飲み込んで俺は再度返事をし、部屋を出ていこうと踵を返す。
しかし、随分と放任主義だな。
異端分子は手綱を握るより放任した方がよいとの考えなのだろうか。
にしては独自裁量権を与えて方法も俺任せ、しかも任務の重要度は仰る通りどちらも高いとなれば、失敗しても蜥蜴の尻尾切りに出来るから、という理屈では通らなくなっている気がする。
積極的に危ない目に会わせる割には、此方の行動を制限することはない。
部下もつけるということは、それなりのバックアップ体制を整えてやるという配慮か。
それとも当初の俺の起用理念が変わってきているのだろうか。
だが。
ともあれ、だ。
少し我が儘を言ってみるかな?
俺は扉の前まで来ると、思い出したかのようにくるりと振り返った。
「ん?なんだ?」
「はッ、一つご配慮頂きたいことがあります」
「なんだ?この際だ、言ってみろ」
「は、では。死亡率の高い仕事なのですから、特別手当をください。出来れば……給与六ヶ月分ぐらいほしいです」
……ん?
「まったく、あの男は……」
ついついまた溜め息を溢してしまう。
図太いんだか能天気なんだか、金銭の要求をしてきたアイツを追っ払って(一応特別手当は承諾したが)、出ていった扉を見ながら考える。
浦村たちの推薦によって雇用した西南戦争の生き残り。
二十に満たない年若さでありながら深い思慮と大胆な行動力を持ち、凄惨な戦争経験を根底にした奇妙な価値観と肝の座りよう。
どこで学んだのか英語を解し、国際的な知識も豊富とくる。
これだけを見ればかなり、否、頭抜けて優秀な人材だ。
しかもまさか独力で
「頼もしいやら嘆かわしいやら……癖の強さでは
思想、行動、言動、すべてが異端で異質。
警察組織の和を乱し、悉く前例と慣例を打ち破っていく破天荒な存在。
されど、その全ては出鱈目などではないようで、根幹には奴の何らかの思惑があってのことと推察できる。
おまけに戦闘能力から事務処理能力まで、基本的な能力も申し分ないから扱いに困る。
そして、奴の果たした事はすべてが偉業で、異様だ。
先に挙げた横浜での成果など、言った己ですら今なお信じられないほどなのだから。
だが、事実だけを並べたら認めざるを得ない。
あやつが極短期間で手にした成果を。
それを思うからこそ、薄ら寒いものも感じる。
奴を拾った浦村は気づいていないだろう。
奴の有用性と、それと表裏一体にある危険性を。
得体の知れない優れた能力は底知れぬ恐ろしさと同義なのだ。
だが、なればこそ。
奴を見逃す手はないし、安全圏で活用することもまたあり得ず、ましてや温存などという選択肢は絶対にあり得ない。
使えるものは磨耗しきるまで使わなければならないのだから。
明治日本に人的余裕など無いし、危険であっても優秀な人材は最前線で活用するしか手はないのだ。
「資質は十二分。異例の経験を積んでいるが故に心技体も不足なし。しかも腕を失ってなお萎れることのない職業意識、否、もはや執念すら垣間見える精神構造」
裏切らない、という保証は当然ない。
むしろ以前反乱を起こした薩軍に居たのだから、可能性は一般警官よりも高いと思うのは当たり前だ。
最初の話の続きではないが、既に裏切って志々雄真実と結託している可能性も捨てきれない。
しかし、今は。
今は少なくとも、私の中では危険度よりも期待度の方が上回っているゆえ、できる限りの援助をして活用しよう。
「おっと、もうこんな時間か」
思考に耽っていたら内務省に行く時間となってしまった。
ふむ、そろそろあ奴の事を内務卿に報告しようか。
私の判断で卿のためにといろいろ動かしているが、いい加減奴の事を明かして知ってもらうのも悪くないかもしれない。
卿ならば、彼をどう見るか。それもまた気になるところだからな。
立ち上がって支度を始める私はふと、先程まで読んでいた報告書の隣に置いてある書類に目を落として呟いた。
「貴様の活用は吉と出るのか凶と出るのか……どちらだろうな、狩生十徳」
それは狩生が件の報告書に付随して作成した個人的資料。
志々雄真実の組織の実態を独自に推測して、それを基に現行の警察組織の脆弱性と将来性を考察している。
それを覆すための方法論がびっしりと書かれており、彼奴の奥底にあるどす黒い熱意が感じ取れる。
警察官が世界を見据えて日本の未来を問題視するなど、前代未聞だ。
まぁ、だからこそ。
だからこそ、感情論とは別に理屈で彼奴が志々雄真実と繋がっているとは思えないと感じている所以なのだがな。
その書類の一枚目には『警察機構による超国家規模の情報網の敷設の必要性』と書かれていた。
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大警視室を出ると、目の前で宇治木が壁に背を預けて立っていた。
どうやら律儀にもずっと待っていたようだ。
「話はどのようにまとまった?」
「喜べ。今日からお前らは正式に俺の部下になったぞ」
「……はぁ?!」
驚く宇治木に対し、封書をひらひらと翳して示す。
「これから日本全国津々浦々を駆け巡ることになるんだ。部下は一人でも多い方がいいから有り難いことだ」
「ちょ、待て!なんで俺が部下なんだ?!俺の方が年上で経歴も……!」
「知るか。この形が最善だと上も判断したんだ、文句を言うな。それに、年功序列制をかさに掛けるのはみっともないぞ」
本当なら
「ちッ……不本意極まりないが、辞令ならば致し方ない。それで、今後の方針はどうなった?」
「横浜での騒動は切り上げる。以降は神奈川県警が引き継ぐことになるだろうな。俺たちはSの捜査に乗り出すよう正式に通達された」
「Sか……」
志々雄真実に関する一切の情報は、既に宇治木に伝えてある。
何も知らせずに仕事をさせることはできない。
常に死と怪我が付きまとう捜査なのだ。
相手が誰で、どれほど危険かは、もう十分に理解しているハズだ。
なお、志々雄真実に関する捜査をS捜査と呼称するのは、どこに奴の目と耳が有るか分からないからなのだが、効果の程を実感できないから少し面ばゆい。
意味があるのかも甚だ疑問だ。
「正直、半信半疑だったんだがな、思いを改めよう。大警視直々の辞令となれば、本気度と機密性の高さが嫌応なしに分かった」
「なら、肝に付け加えて銘じておけ。俺たちが目の前にしている案件は深く、そしてどす黒い。だが、その闇の払拭だけが俺たちの仕事じゃない」
「あの報告書、か……」
川路警視総監に提出したあのレポート。
内容を煮詰めるにあたって宇治木とも熟議した。
だから俺たちが見据えるべきは志々雄一派の影じゃなく、日本の未来であるということをコイツも承知している。
「日本がこれからこの白人至上主義世界を生き抜くには、強くならなければならない。だがそれは、志々雄の企む国家構想とは異なる術をもってしてであるべき、か……はぁ。貴様の思考はブッ飛んでいる。話し半分しか理解できん。だが――」
「うん?」
「警察機構が死に物狂いで扱うS捜査は、貴様にとってはただの大きな事件の一つにしか映っていない。それはなんとも愉快な話だな」
そう言って宇治木はくつくつと笑った。
なに笑ってんの?
ついていけてないんだけど、怖いんだけど。
「ふむ……ところで貴様、随分と元気がないな。どうした?」
俺の身を案じてか、意外な親切心を見せる宇治木(上司を貴様呼ばわりするのは置いといて)。
俺はため息混じりに答えた。
「横浜での騒動から二週間。準備を終えて、報告を終えて、辞令も受けて、体制も整った。後は動くだけなんだが……」
横浜騒動直後に、諸事情から横浜を駆け回ること一週間、更に東京に戻ってから報告書とかをまとめるのに一週間。
計二週間は業務に忙殺されていたのだが、それも漸く一段落着いた、否、着いてしまったのだ。
そう、着いたからにはお家に帰らなければならないのだ。
あの優しくて面倒見のいいスーパー御人好し夫婦&此方を邪険に見る御息女が居るお宅に!
きっと、会えばスンゲー心配してくる。
事の詳細を聞いてくれて、気を遣ってくれて、それでたぶん説教もしてくれる。
それはとても有り難いことなのだが、反面非常に申し訳なくなる。
今後ともこんな感じの無茶は続けるだろうから、いちいち怪我をして帰る度に心配されては罪悪感に押し潰されてしまう。
ご夫婦の心労も半端ないだろう。
「いずれ知られることになるのだ。今までバレずに済んだことが奇跡みたいなものなんだし、さっさと白状して楽になれ」
ぐぅ正論。
というか、今まで黙っていたことでも叱られるだろうが、仕方ないよな。
叱ってくれる事に感謝こそすれど、嫌がるのはダメだよな。
なんか取り調べみたいになってるのが癪に障るが。
「しゃーない、か。じゃあ今日はもう解散だ。詳しい行動方針はまた後日……っと、そうだ。宇治木、ちょっとそのサーベル貸してくれ」
「あぁ?何に使うんだ?」
「いいからいいから……サンキュ。せ~の、ふんッ!」
ぼきんーー!
「俺のサーベルぅぅう?!」
「あり?お前の自慢の刀だから支柱の一つや二つ簡単に両断できると思ったんだが」
「嘘つけぇぇ!今お前思いっきり腹を叩いただろ!折る気満々だっただろッ!」
折れた刀身を前に崩れ落ち、嘆き叫ぶ宇治木。
お前らはもう剣客警官隊じゃなくて俺の部下になったんだ。
帯刀など許しません。
まぁ、腹いせともいうがな。
φ(゜゜)ノ …† 、てな感じで若干の刀身が残った柄を宇治木に投げ返して、俺は重い足取りで本署を後にした。