明治の向こう   作:畳廿畳

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たくさんの感想ありがとうございます
お返事は出来てませんが一通一通全てが筆者の活力になっております




では、どうぞ










22話 明治浪漫 其の陸

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案の定といえば案の定。

これは予測しえた出来事であり、想定の範囲内とさえ言える。

 

火を見るより明らかという諺通り、その事態は、枝から外れた林檎は地に落ちるという地球環境下ならば誰もがその結果を想像するに難くないこと。

 

例え高名な学者が万物すべての自由落下運動はただ一つの公式に当て嵌めることができ、神がこの三千世界を設計するにあたって用いた一つの公式に人類も辿り着いたのだと気色張って声高に叫んだところで、林檎が地に落ちるという事象は幼児でも分かり得ることなのだ。

 

 

……

 

 

……自分でも何を言っているのか分からなくなってきたので、もう迂遠な言い回しは止めよう。

 

 

つまり何が言いたいのかというと、私はこってり絞られました。ということ。

 

 

帰宅早々出迎えてくださった御母堂に顔を青くされ、直後に御帰宅された浦村さんに目を見開かれ(!)、夕飯そっちのけで絞られました。

 

最初は容態の心配から。

もう処置は施しているので大丈夫だと何べんも説明するのだが、今からでもお医者様の所に行こうとずっと言われ続け、なんとか平気な旨を必死に伝え、漸くそれが伝わると次は何があったのかと事情を問われる。

 

S捜査については川路警視総監から別段口止めをされたわけではないが、無用な不安の種を作りたくなかったので横浜の騒動とこれからの捜査については話せませんの一点張りとさせてもらった。

 

そこら辺に一定の理解がある浦村ご夫婦は、渋々といった感じで理解は示してくれたが、その後はやはり説教と相成った。

 

曰く、なぜ今まで黙っていたのか。

曰く、もっと身体を大切にしなさい。

曰く、心配する此方の身にもなりなさい。

 

曰く、曰く、曰く……

 

 

延々と続く説教を粛々と正座しながら聞き受け、俺はただただ謝った。

謝ると、何に対して謝っているのか、本当に理解しているのか、といった具合に更に突っ込まれたが、それでも謝り通した。

 

二人からの厳しくも温かい説教は夜が更けても終わる気配を見せず、しかして自分からもう止めましょうなんて口が裂けても言えるわけがなくて、これは長丁場になるなぁという言葉が頭の片隅に浮かんだ頃、なんと御息女の仲介で一転、いとも簡単に説教は終わりを迎えたのだ。

 

まさか自分を嫌っている冴子嬢に助け船を出されることになるとは思ってもいなかっただけに、痺れる足を擦りながら深いお礼を述べた。

 

ただし、止めてくれた理由はいい加減お腹が空いたからとのことで、自分への配慮は変わらず一厘たりとも無いことにむしろ安心してしまいました本当にありがとうございます。

 

 

 

で、帰宅当日はそんな感じでゴタゴタして。

それでも明日からS捜査に向けて頑張るために、酒精でも摂って臓腑に活力を入れようかといつもと同じく縁側で清酒を飲もうとしたら、なんと禁酒令を叩き付けられ、更に明日は家で療養するようにと言われた。

 

いや、あの……ホントもう大丈夫なんですよ?

痛みもないし、日常生活をフツーに送れるぐらいには片腕にも慣れたし……あ、はい、ダメですか。

そんな瞑り目でじっと見られると怖いから止めてください。

 

御人好しというか、これはもう過保護じゃないですか?なんて事は思っても言うわけなどなく、頭の上がらない俺が取れる答えなんて一つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

 

 

 

久しぶりに御母堂の朝餉を支度する音で意識が覚醒した。

 

 

「……朝、か」

 

 

横浜や官舎の休憩室で一夜を過ごしていたときは朝の匂いや小鳥の囀りで目が覚めていたが、本当に久しぶりにささやかな生活音で目を覚ますことが出来て、いやに寝覚めが良かった。

どうでもいいことなのだが、平成の世では目覚まし時計が無ければ起きられなかったのだけれど、明治の世に来てからは起きるべき時間が近づくと次第に眠りが浅くなって、些細な切っ掛けで起きれるようになっていた。

 

さて。

 

今日はゆっくりするようにと言いつけられたからもう少し寝てても良いのだろうが……完全に覚めてしまった。

 

寝起きが良くなるのも考えものかな。

幸せの代名詞ともいえる「二度寝」が出来なくなってしまったのだし。

 

 

「ううん。ゴロゴロするのも悪くないが、眠気も飛んだしとっとと起きちまうか」

 

 

というわけで身嗜みを整えてから布団を畳み、与えられた一人部屋の和室から出て居間に行くと、駆け出していく冴子嬢とすれ違った。

おはようと挨拶をする猶予もなく、冴子嬢は文字通り駆け出して行った。

ゆっくりし過ぎてしまったのかな?

 

慌てた様子で玄関から飛び出して行く彼女の後ろ姿を見送り、居間に入るとちょうど署長が朝食を食べ始めたとこだった。

 

 

「おはよう、十徳くん。もう少し寝ててもよかったんですよ?」

 

「おはようございます。いえ、習慣ゆえかぱっちり起きてしまいまして。でも久々にゆっくり寝れましたよ」

 

 

なら良かった、といつもの笑顔で答える署長。

その対面に座ると、御母堂が計ったかのように朝御飯を出してくれる。

それをお礼ととともに受け取って、久々の家庭味ある朝御飯を美味しく頂いた。

 

 

 

朝食を終えれば署長は出勤され、果たして居間には俺一人となった。

 

ここではすることもないのでいつもの夕食後にするように縁側へと行き、外を見遣ると空はのし掛かってくるかのような重い鉛色をしていた。

 

今日の天気は曇り後雨のようだ。

 

 

(降りだしそうな空を見ると、いつぞやの日々を思い出すな)

 

 

剣林弾雨とはよくいったものだ。

 

あのときは弾の雨はもちろん、身を凍らせるほどに寒くて冷たい雨も降っていた。

身体を伝う血を洗い流し、一緒に体温も奪っていった憎き雨。

かじかむ手でなんとか掴んでいた刀には、思うように力が入らなかったな。

 

あの時感じた肩の重さと、震えて頼りにならない己の手の小ささを、今でも忘れられない。

 

ぶるり、とまだまだ暑い季節なのに、どうしてか寒気を感じてしまった。

 

明治(こっち)に来て一年半……まだ、なのか。

それとも、もう、なのか。

 

どちらであっても、なんだか随分と遠くまで来た気がする。

薩摩で戦争を経験し、東京で悪事に手を染め、横浜で片腕を落として。

なかなか常人では経験し得ないことをしてきたんじゃないだろうか。

 

 

(……いかんな。こんな天気だからか、やけにセンチな感慨に耽ってやがる)

 

 

らしくない自分の思考に、はたと気付いて苦笑した。

 

ゆっくりするよう言い付けられているが、このまま呆としていたら気分が滅入ってしまう。

こっそりと、少しだけ身体を動かそう。

 

取り合えず片腕立て伏せでもしようか、と思い立った直後、 玄関口から御母堂の声が聞こえた。

 

 

「あ、いけない。あの娘お弁当を忘れて行っちゃったわ」

 

 

む……ピカ、と頭上でライトが光った。

古い?だいじょーぶ、この時代なら影すら見えないほどに最先端だから。

 

直ぐ様腕立てを切り上げて玄関口に向かった。

 

 

「冴子嬢のですか?」

 

「えぇ、そうなの。あの娘、今朝は寝坊しちゃって慌ててたから……」

 

「でしたら俺が届けに行きましょう」

 

「え、ダメよ。十徳くんは家でゆっくりしてなきゃ」

 

「有り難いお言葉ですが、ずっと家に居るとかえって落ち着かないんですよ。忘れ物を届ける程度の手伝いぐらいさせてください。それに雨も降りそうですし、一緒に傘も届けに行ってきます」

 

「う~ん、そうねぇ…私もこれから出掛けなくちゃならないし」

 

 

でしたら尚の事、と重ねて懇願すると渋々だが許可を下さった。

 

よかった、これで外を出歩ける。

天気はあれだが、少しぐらいは気晴らしになるだろう。

 

冴子嬢の通っている師範学校の場所を教えてもらい、そこまでの行き方も聞いた俺は、出掛ける支度をした。

 

泥が跳ねても気にならないよう暗めの色の袴に、警服として支給された白シャツ、その上に藍色の(あわせ)を着る。

加えて、さっきの思考の影響か寒く感じているので黒のマントを肩に巻いた。

一応、これで隻腕も隠せるし。

 

うむ、最後にこの髪を隠すため帽子を被れば完璧な書生だ。

まぁ被らなくてもほぼ書生スタイルなのだが、まだこのファッションは流行していないから他者の目からは結構珍奇に映るだろうな。

 

が、それも気にならない。

もう数年したらこれが私服になるほどに浸透するファッションなのだ。

時代の先取りだぜ(内心着てみたかったという動機もあるが)。

 

そんでもって傘は西洋傘だ。

文明開化を機に大量に入ってきた西洋文物の内の一つに、この西洋傘も含まれている。

 

一時はどこぞで所持禁止令まで出たほど(帯刀姿に似ていて、市民がそっちの意識に染まってしまうことを恐れたお上の牽制策らしい)だが、そんなのお構いなしに爆発的に普及していった代物である。

 

 

 

 

閑話休題(そんな余談はさておき)

 

 

 

 

手には自分用と冴子嬢用の傘を二本持ち、小脇にお弁当箱を挟む。

いつ降りだすか分からない空を見上げながら、とぼとぼと歩いていく。

 

けど、やはり。

 

こういう天気は無駄な思考が多くなってしまうな。

 

 

(原作が始まるまでもう数ヵ月……つまり、本物の人斬り抜刀斎が東京府を訪れ、そして原作ヒロインの神谷薫嬢に出会うまで、もう数ヵ月か)

 

 

周りの人に注意を払いながら、俺は思考に耽る。

 

ぶっちゃけて言えば、原作の開始は俺にとって通過点でしかない。

 

いや、俺自身が通過しなきゃならない点とも考えていない。

始まるのなら勝手に始まってくれて構わない、と考えてすらいるのだ。

何故なら俺の目的は十徳との約束を果たすことだから。

 

その過程で原作キャラと会わなきゃならないのなら会うが、必要性が無ければ進んで会うことはしないつもりでいる。

もっとも、幕制の世を憂い、平和な時代を作ろうとして人斬りになった主人公とは一度話をしたいと思うし、会ってみたいというミーハーな気持ちが無いわけではないが、そんな私的な感情には蓋をすべきなんだ。

 

俺にとってはS捜査をはじめ、この国の蛆を取り除く事が最優先であり、これこそが通過点なのだから。

 

 

(最初は……高荷恵さんと会えた時は気分も高揚したんだが、なんかもうそんな心持ちじゃなくなったんだよなぁ)

 

 

腕と一緒に何か大切なものを失った気がする。

それともこんな天気だから気分が滅入っているだけなのだろうか。

 

あるいは、もう引き返せないぐらいに思考が真っ黒に染まってしまったのだろうか。

 

今でもそんな思考の傍ら、通り過ぎる人たちが志々雄一派の工作員だとした場合、そして彼らが急に襲い掛かってきた場合の対処法をすら考えている。

他にも、例えば横の民家が一派の潜伏地だとしたら、そこを効率よく襲撃する方法等をシミュレートしている。

 

雨が降れば戦闘機動は思うようにいかないだろうし、仲間との意思疏通も上手くいかなくなるだろう。

体力は直ぐに消耗するハズだし、集中力と判断力も徐々に磨耗する。

ならば常日頃から、こんな環境下での訓練をすべきだろうか。

(アンチ)テロ戦闘を想定した襲撃訓練に、拳銃を主として柔術も取り入れた超近接戦闘術の習熟か……時代の先取りにも程がある。

 

などなど、厨二病みたいなことを本気で考えているのだが、これが厨二と揶揄されるだけの事態だったらどれほど気楽なことか。

実際に真面目に検討しなければ、自分の身すら危うくなるのだから。

 

 

と、そんな感じに今後の検討課題について思いを馳せていたら、目的地に着いたようだ。

 

場所は東京女子高等師範学校、皇居の北西すぐである。

東京警視本署は皇居のすぐ東にあるから、どうやら俺の勤務先からは歩いて三十分ほどのようだ。

(十徳は知らないが、東京警視本署は旧津山藩の江戸藩邸を利用したもので、平成でいう東京駅の場所にあり、東京女子高等師範学校は平成でいうお茶の水駅近くにある)

 

 

(気晴らしにはならなかったな。考え事してて散策も出来なかった……けど、建設的な案が幾つか浮かんだから有意義ではあった)

 

 

自分に言い聞かせるようにして、思考をまとめてからふと、気が付いた。

ここまで来たはいいが、この後はどうすればいいのだろうか。

 

職員室みたいのがあるのだろうか。

あったとしても、場所はどこだろうか。

このまま校庭を突っ切って校舎に入っていいのだろうか。

いや、そもそも校庭に勝手に入ってもいいのだろうか。

 

平成では勝手に学校の敷地内に入るのは大問題になってたけど、この時代は?

やはり警官といえども、許されないのかもしれない……

 

とはいえこんな所で悶々と悩んでいても解決しないし、逆に此処にずっといることの方が不審者だ。

意を決して俺は校庭を突っ切り、校舎の入り口をくぐった。

 

 

「ごめんください」

 

 

お店じゃないんだからこの呼び声はおかしいか、などと考えていると昇降口から一人の女性が駆け降りて来たのが目に入った。

 

冴子嬢だ。

 

 

「冴子さんじゃないですか。よかった、先生に事情を話す手間が省けました」

 

「……ッ、やっぱり!なんで、なんで貴方が此処に来てるのですか?!」

 

「忘れ物をお届けしに。ほら雨が降りそうでしたから傘と、それからお弁当です」

 

 

どうやら二階の窓から俺の姿を見つけて、もしやと思って駆け降りて来たらしい。

こんなに慌ててる様子の冴子嬢を見るのは初めてだな。

 

などというどうでもいい思考は放棄して俺は傘を差し出し、それを受け取ってくれてからお弁当箱も差し出す。

 

 

「今日のお握りの具はおかからしいですよ。美味しそうですね」

 

「あ、貴方ねぇ……!此処は女学校なのですよ?!そこに部外者の男性が来たらどうなるか分かっているの?」

 

 

あぁ、やっぱり問題事だよなぁ。

だったら早いとこ退散するか。

 

 

「すみません、無駄話でしたね。用件はこれだけですので俺は帰ります。無理のない程度に頑張っーー」

 

「冴子が殿方を連れてきたぁぁ??!」

 

「ええぇぇぇ?!」

 

「え?……ひゃぁ!」

 

 

どどどどど、と俺の声を遮って更に昇降口から駆け降りて来た女学生二名が、冴子嬢を押し退けて津波のごとく押し寄せてきた。

 

 

「うわあぁぁ、本当にあの冴子が男性を連れて来てる! お二人はどんなご関係?どんなご関係なんですかぁぁ!?」

 

「驚いたわ。大人しすぎて自己主張の出来ない冴子ちゃんが殿方を連れて来たとは。私も知りたいです、貴方は何者ですか?」

 

「ちょっと、あ、貴女たち……ッ!」

 

 

予想外すぎる展開に頭が追い付かず、苦笑いをしたまま固まっていたら、俺と女性陣の間に冴子嬢が割って入って仲裁(?)をしてくれた。

 

 

「二人とも、落ち着いて!別になんの関係でもないから!貴女たちが悦ぶ事なんて何もないから!」

 

「なに言ってるのよ、冴子ちゃん。貴女はそういった話にはまったく無関心で無頓着だったのに、しれっと男性を連れてきてるなんてよろこ……もとい驚くべき事じゃない」

 

「そうよ。あんな感情剥き出しの冴子見るの初めてだったよ?ただならぬ関係であることは見て分かったわ!ずばり、恋仲なんでしょう?!」

 

「違うから!!」

 

 

冴子嬢の否定の言葉も空しく、やんややんやとはしゃぎ立てる友人二人。

見た感じ、一人がはしゃぎ騒ぐムードメーカー的存在のようだ。

で、もう一人が落ち着いたストッパー的存在に違いないな。

まぁ、今の二人は同じ方向に爆走する厄介な存在であることは一緒なのだが。

 

というか、今は休み時間なのだろうか。

それにしては他の人たちが見当たらないが、どういうことだろう……あ、いたわ。

みんな教室の扉から顔だけを出して此方をガン見してた。

 

授業中じゃん。

 

 

「冴子さん。お取り込み中失礼しますが、いい加減俺は帰りますね。授業中のようですし、これ以上は本当に邪魔のようだ」

 

「え、あぁ、はい。分かりました。この人たちは私がーー」

 

「えぇ?!もう帰られるんですか?!終わるまで待っててくださいよ。そして色々と教えてくださいよ!」

 

「ちょっと晴子ちゃん?!貴女なに言って……!」

 

「そうね。御兄さん、申し訳ありませんが私からもお願いできないでしょうか。御存知だとは思いますが、冴子ちゃんは何かと胸の内を明かしてくれないというか、今一歩私たちから距離を置いている気がして。冴子ちゃんの知らない一面を是非教えて頂きたいのですが」

 

「乙葉ちゃんまで……!」

 

「ッ、えぇ……」

 

 

更に冴子ちゃんをかわして詰め寄る二人に、たじろぐ俺。

 

 

 

 

これは、どうしたものか。

 

 

 

これ以上騒ぎを大きくするのは冴子嬢の本意ではないのは確かだろう。

振り切って立ち去るのがベターな気がするが、それはそれで後々冴子嬢に対する周りからの風当たりも、からかわれるという意味で悪くなる気がする。

 

 

が、やはり俺の一存で決めるわけにはいかない。

 

 

 

冴子嬢を見ると、彼女も困ったような顔と瞳で此方を見てきた。

 

 

 

これは……本当にどうしたものか。

 

 

 

 

 

 

 

 











おや、十徳の様子が……?




冴子嬢とのささやかな日常編です


なお、お友達二人はオリキャラです



では、また明日


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