結局昨日連続投稿できなかったよぉ
スミマセン、どうぞ
「い……ッつぅ~」
商店の陳列棚に突っ込んだ衝撃で視界と思考が定まらない。
何が起きた?
今俺はどんな体勢をしているんだ?
やけに重いものが腹の上にある気がするんだが……あぁ、そういえば
「冴子さん!大丈夫ですか?!」
突飛な事態に意識が一瞬飛んでいたが、慌てて思い出して抱えている冴子嬢の安否を確認する。
「ぅ……、ぁ、はい……」
「俺の声が聞こえますか?!俺が見えてますか?!」
外傷……は見当たらないッ。
けど、あんな勢いでいきなり吹っ飛んだのだ。
俺みたいにある程度耐性が無ければ、むち打ちか脳震盪を起こしている可能性もある。
ここは変に揺すったり起こしたりするのはマズいか……!
「だい、じょうぶですよ……ちゃんと見えてますし、聞こえてますから。そんな怒鳴ると五月蝿いですよ」
「そう、ですか……良かった……良かったぁ……!」
「二人とも、大丈夫?!」
「冴子ちゃん!狩生さん!大事ないですか?!」
慌てた様子で駆け寄ってきた晴子ちゃんと乙葉ちゃん。
彼女たちに冴子嬢は無事であることと、念のためお医者さんのところに連れて行こうと伝える。
「大袈裟ですって。何処も痛くないですし」
「いえ、ダメです。脳への被害は自覚症状に表れないんです。さぁ、俺がおぶります。急いで行きましょう!」
「だから本当に大丈夫ですって、自分で動けますから!それに、狩生さんの背に乗れと仰るのですか?!絶対に嫌ですよ!」
「今は四の五の言っている時じゃないでしょう!何かあってからでは遅いのですよ?!ほら早く……あぁ、勝手に立ち上がっちゃダメですよ!」
「もうッ……いい加減にしてください!何度言ったら分かるのですか、私はこの通り大丈夫です!誰かさんが庇ってくれたお陰で、どこもぶつけてないですから!」
「ちょっと二人とも……」
「不毛不毛」
俺と冴子嬢の平行線を辿る口論が、二人の呆れたような声で遮られる。
本当に大丈夫そうだから私たちがお医者さんのところに一緒に行きます、狩生さんはここの事態をどうにかしてください、とのこと。
むぅ……鍛えてもいない女学生にとって、あのいきなりの衝撃はかなりキツいと思ったんだが。
「それから狩生さん、踏んでますよ?」
踏んでる?
冴子嬢の手を取って歩き出そうした二人に視線を転じ、次いでその二人が指差す俺の足元を見れば、一人の警官が目を回して俺たちに踏みつけられていた。
ていうか
……ビキキ
「こんのぉ……バカ野郎が!!」
本当に頭から何かが切れる音が聞こえて、目を回している宇治木の胸ぐらを片手で持って掴み上げた。
そしてガクガクと揺らして大音声で詰問する。
あん?
コイツ、なんでこんなボロボロなんだ?
しかも裂傷が多いし、右目の周りは青痰が出来てるし。
「乱痴気騒ぎかテメェ……!目ェ回してねぇで説明しろ、この事態を俺が納得できるように説明しろ!ふざけた事抜かしたら容赦しねぇからな」
「ぐッ……ま、待て……あんま、……揺ら、すな」
どうやら意識は戻ったみたいだ。
え、脳へのダメージを考慮しないのかって?
大丈夫、馬鹿に遠慮は要らないから。
「あの、狩生さん?」
「あ~ここは俺が片付けておきますんで、お三方は気にせず行ってください」
俺は努めて三人に明るく軽い感じで言い、渋々ながらも傘を差し直して歩いて行く彼女たちの後ろ姿を見送った。
そして、ざっと辺りを見回して自分以外に人的被害が無いことを確認してから、再度掴み上げていた宇治木に詰問する。
「お前にも言い分があるだろうが、取り敢えず選べ。大人しく署長の御息女を危険に巻き込んだ理由を
「待て…ホント、待て。話すか、ら」
顔が段々青紫色になっていく宇治木。
それもそのはず、ぎりぎりと俺の締め上げる力が強くなってきているから。
あぁ、一つ忠告を忘れていた。
早く言わねェと落ちちまうかんな。
「オイ、お前!そいつは先生が先に罰するべき奴なんだ、ソイツを寄越せ!」
「……ん?」
ふと、いつの間にか出来ていた人だかりの一角が割れ、先ほどコイツが吹っ飛んできた店の方から一人の大男と小男、否、少年が近づいて来た。
あれは……塚山由太郎?それと、あの大男は石動雷十太?
原作キャラがどうして?
というか、
「……どういうことだ?」
「ソイツは先生の勧誘を断った挙句、その崇高な理念を侮辱したんだ。先生が極めんとする剣術を馬鹿にして、許さないぞ!」
石動雷十太の勧誘?
というと、確か新古流とかいう『西洋火器に負けない剣術』の発展を目的とした奴の独自の流派で、それを修めた集団に入れってやつか?
原作でも主人公を誘っていたが、当然そんな人殺しを前提とした剣術集団に主人公が加わるハズもなく一蹴され、それに業を煮やした石動雷十太が門下生(?)の刺客を放ったり、自身が闇討ちしたりと狡いことをしたんだっけな。
そして、あの少年、塚山由太郎は……いや、今はそこまで考えることでもない。
そうだ。
差し当って、今は——
「お前、アイツの勧誘とやらを断ったのか?」
籠めていた力を抜き、拘束を解く。
確かに言われてみれば、コイツも剣客の端くれ。
原作では人斬りを楽しんでいた風が有ったから、誘う相手としては納得だし、コイツが加わっても別段不思議ではないとさえ思える。
むしろ、なぜ断った?
「俺ッ、は……もう剣客、じゃない。ただの、警官で、どっかの馬鹿の、部下なんだから」
「……そう言った結果がこのザマか?」
「ふん。お前ほど、ヒドくはない……さ」
「……ハッ!言うじゃねぇか」
俺は宇治木の胸倉から手を離すと、その身を労るように抱える。
事態が分かった今、一転してコイツの怪我が悲壮に見えた。
「……ごめん」
「よせ、気色悪い」
「そう。じゃあ、よくやったよ」
「ふッ、気でも触れた、か?」
あぁ、きっとお前の不甲斐ない姿を見たからだ。
そう言うと宇治木は、そうか、なら仕方ないなと言って、俺たちはくつくつと笑い合った。
「遺言は伝え終えたか?」
俺たちの目の前に、いつの間にか巨岩の如き石動雷十太が来ていた。
その瞳は怒りに満ちており、コイツに勧誘を蹴られたことが、そして剣術を侮辱されたのが相当腹に来たことが簡単に分かる。
前者についてはともかく、後者についてはコイツにも一定の非があるだろう。
だが
前者があることを踏まえてなお
「遺言を聞いたのならソイツを置いて去れ。さもなくば共にここで――」
「それ以上コイツに近づいてみろ。
殺すぞ 」
自分でも分かるほどに酷く冷たい、凍えるほどの声音だった。
言葉を発する直前、強い風が通りに吹き込み、軽い雨を吹き飛ばして一瞬の無音空間をつくった。
そこに響き渡った小さくも重い俺の言葉は、野次馬の心胆を一瞬で震え上がらせたことが分かる。
周りがそこまで心的ショックを受けたのだ。
ならば目の前でその言の葉の刃を振るわれた石動雷十太は?
見遣ると一筋の冷や汗を流していた。
「貴様ッ……!」
「一つ、お前は俺にとって大事な女性を危険に巻き込んだ」
浦村署長には返しきれない大恩がある。
いや、違うな、恩義があろうとなかろうと関係ない。
目の前で知っている女性を、下手したら死に至るかもしれない事態に巻き込んだのだ。
許されるはずなどない。
「一つ、お前は俺にとって大切な部下を斯様に痛め付けた」
宇治木の事は正直好きになれん。
プライドが先行していつも俺と衝突して、その度に実力で矯正してとかなり面倒くさい奴なんだ。
コイツとて俺のことが嫌いなんだろうし、たまに殺意だって感じることすらある。
けど、それでも俺にとっては初めての部下であり、大切な仲間なのだ。
許されるわけなどない。
「覚えておけ、石動雷十太。人を殺そうとしたんだ。俺に殺される覚悟を持って、待っていろ。もはやお前を百度は殺したいと思うほどに、俺の腸も煮え繰り返っているんだから」
見上げる巨岩にブレはない。
だが、その瞳に既に怒りの色は無く、動揺の心情をこれ見よがしに表していた。
もう、自分が警察であることなど考慮する気にもならない。
今だけは、コイツの嘗ての怒りを上回るそれをぶつけて、懲らしめてやりたかった。
だが。
自分が片腕であること。
周りには多くの人がいること。
そして、ボロボロの宇治木を抱えていること。
そういったストッパーがあったお陰で、俺は胸の奥底に燻る熱を必死に押さえ付けながら、言う。
「理解したならば
「……ッ、フン!宇治木、命拾いしたな」
苦し紛れに鼻息を一つ鳴らし、石動雷十太は背を向けた。
「小僧。貴様、名はなんだ」
「テメェに教える名なんざ……いや、そうだな、冥土の土産に教えてやる。俺は狩生十徳。コイツの上司で、お前の敵だ」
そう告げると奴は歯ぎしりをし、青い顔で呆けていた塚山由太郎に声を掛けて今度こそ去って行った。
ここにきて漸く張り詰めていた空気が弛緩し、辺りから音が戻ってきた気がした。
実際は意識の外にあっただけなのだが、今になって雨が降りだしたように感じる。
周りの人たちも我に帰り、思い出したかのように早足で去っていく。
「署の医務室に行く前に現場の処理をしなきゃならん。それまで待てるか?」
「こんなもん、放っておいても、問題ない」
「そりゃ重畳」
雨足が強まるなか、宇治木を抱えたまま俺はこの事件の後処理を急いで始めた。
三つのいたいけな視線に捉らわれていることも知らずに。
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そういえば私は、あの人のことをよく知らない。
お父さんから少しだけ聞いた話では、なんでも鬼のように強いということ。
それから、大きな信念を抱いていて、そのために身を粉にして頑張っているということ。
それだけしか知らなかった。
お父さんが初めてあの人に出会ったのは当然、戦場だった。
死神に襲われて、あわや殺される一歩手前まできたとき、傷だらけでボロボロだった彼が現れて、その死神に挑みかかったという。
血で血を洗う凄惨な地獄絵図のような闘いを繰り広げ、一瞬の隙を突いてお父さんを助け出してくれたらしい。
そんな話を聞いても、私はあの人が怖かった。
だって当然でしょう?
お父さんを殺す側にいた、元敵兵士なんだから。
なんの理由があって助けてくれたのかは知らないけど、その鬼のような強さが私たちに向けられないとも限らないんだし。
だから何度もお父さんとお母さんにあの人を家から追い出すように頼んだ。
あの人は危ないよ、あの人は怖い人だ、と。
でも、お父さんは笑いながら言っていた。
彼は確かに鬼のように強くて、ともすれば恐ろしく見えて、聞こえてしまうかもしれない。
けど、彼の心の内には、とても穏やかで、暖かい優しさがあるんだよ、と。
信じられるわけがなかった。
あの人の本心は分からないけど、そんな優しさなんて持ち合わせているとは到底思えなかった。
怖いが故に私はあの人に強く当たって、それであの人は苦笑いするか、困った顔をして頬を掻くぐらいしかしない。
私に何を言われても、何も言い返さない。
そんなことをずっと続けていると、いつしかあの人に対する怖さは無くなっていたけれど、優しさなんてものは片鱗も感じられなかった。
むしろ、本当に強いのかとさえ、疑問視するようになってしまった。
「凄かったわよ、狩生さん。話してる途中で咄嗟に傘を放り投げて、颯爽と冴子ちゃんを抱いて守ったんだもの」
そう。
私は、そんなよく分からない人に庇われ、助けられた。
本当に身体のどこも傷一つ付けることなく、あの人の胸の中に抱き込まれて、事なきを得た。
「しかもあの後の心配と慌てよう。にしし、まるで溺愛する孫娘に対する祖父のようだったね」
「不謹慎だけれど、あの不毛な口論は聞いてて面白かったわ」
少しだけあの人の優しさとやらを垣間見た気がして、春子ちゃんと乙葉ちゃんに周りの人垣の中に留まってもらうように頼んだ。
もう少しだけ、あの人の事を見てみたかったのだと思う。
バレないよう、そっと覗いていた。
「いや~、狩生さんの激怒した顔と声。本当に怖かったねぇ」
「あの表情は正しく般若……いいえ、それ以上の毘沙門か阿修羅の類いだったわ。相手の大男も最初は怒っていたけど、それを上回る憤怒の形相を見てたじろいでいたわね」
白状すると、あの顔と、相手に対する殺害警告を聞いて、本心から怖いと思った。
これが、お父さんの言っていた、鬼のような強さ。
呟いた小さな言葉は何故か大きく響いて、私たちの耳を貫いて、肝を一瞬で寒からしめた。
帽子のつばから覗ける蒼い瞳が、まるで刃のように煌めいて、この場の空気を切り裂いたかのようだった。
怖かった
本当に怖かったけど
そう思った反面……
『お前は俺にとって大事な女性を危険に巻き込んだ』
「……ッ??!!」
分かってる!分かってるわよ!
あれは、私が署長の娘だから大事なだけであって、私個人が大事なんじゃないって!
……でも、曲がりなりにも私の為にあんなに怒ってくれてたと考えると
「ちょっと嬉しくなっちゃう?」
「ーーー!!!」
「にゃははは。分かりやすくなったわねぇ、冴子も」
「春子ちゃん!」
「羨ましいわ。私にも、私の為に怒ってくれる殿方が居てくれたらいいのだけれど」
「あれはッ!……私が署長の娘だからであって、」
私が普通の町娘だったら、きっとそこまで怒らなかったんじゃないかな。
だから、あの人にとっては私の身を案じる反面、署長へ合わせる顔が無くなることを恐れたんだと思う。
「つまり、そういった事情を抜きにして心配されたかったの?」
「うん……うん?ちょっと待ってちょっと待って、なんかおかしい!」
「あははは、おかしくないわよ。それが冴子ちゃんの本心なんたから」
「そんなわけないでしょう!私はあの人が嫌いなんだから、そんなのが本心なわけないじゃない!」
「「そうかなぁ」」
ニヤニヤと笑う友人の顔が憎たらしいッ……!
「なんで冴子は狩生さんのこと嫌いなの?優しくて、強そうで、見た目は……独特だけど、立派な職に就いているし。何がダメなの?」
「だってあの人は……ううん、なんでもない。でも、私はあの人が……嫌い、だから」
理解できないといった感じの二人だが、私もよく分からなくなってきた。
お父さんを殺す側にいた元敵兵士で、何を考えているのか分からない怖い人。
なら、今もそう思う?
「まぁ、何があったのかは詳しく聞かないわ。事情があるのでしょう。けどね、冴子ちゃん」
「……なに?」
「すべてを拒んでいたら、見えるものも見えなくなるわ。貴女が狩生さんを拒むのは、理由があって仕方無いのかもしれない。だけど、あの人が貴女を大事に思っているという気持ちだけは、拒まないであげて。でないと少し、可哀想よ。あ、勘違いしないでね。貴女たちの仲が進展してほしいから言ってるのではないわ。冴子ちゃんがその態度で居続けたら、大きな不和が生じてしまうから。それだけは、知っていてほしいかなって思ったの」
「そうさねぇ……さっき油絵見ながら乙葉に教えられたんだけどさ。狩生さん、たぶん本当に珈琲が好きなんだって。でも冴子を一人にして残すわけにもいかないから、変な嘘吐いて一緒に残ったんだって。一緒に残ります、なんて言ったら絶対に冴子は先に行けと追い出すから、そうしたんだろってさ。凄い些細なことだけど、気遣いがしっかりしてるんだよね。それに、嫌われてる人と一緒に居ようとするなんて、なかなか出来ないと私は思うなぁ」
「貴女たち……かなりあの人を持ち上げてないかしら」
「そこに反感を抱く時点で過剰に拒んでいるのよ。少し落ち着いて、自分の心に向き合ってみなさいな」
むぅ。
本当に乙葉ちゃんはいろんな本を読むだけあって、心の機微というか、人の内面をよく知っている。
でも、そっか。
周りから見ると、私は過剰にあの人を拒んでいるんだ。
改め……なきゃいけないのかな。
いや、そこまでせずとも、少なくとも見つめ直してみるべきなのかしら。
「ま、そこはゆっくり追い追いと進めていけばいいわよ。今は早いとこお医者さまの所に行きましょう」
「そうだね。狩生さんに見つかったら、あのお怒りが私たちに向けられるかもしれないし」
「そ、それは怖いわね。早いとこ行きましょう」
私は二人と手を取り合って、狩生さんにバレないよう人垣の中を割って、出ていった。
雨は次第に強くなりはじめ、空模様もどんどん黒くなってきているのに、心なしか足取りは軽い気がした。
この時感じた怖いという気持ちが、今まであの人に抱いていたそれとは全く別のもので、少しだけ暖かいからだということに、今の私は気が付かなかった。