明治の向こう   作:畳廿畳

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多くの方から義手のイメージキャラを感想に書いていただけて有り難かったです
義手キャラは正直あまり知らなくて、参考になるキャラを見つけられなかったのです
おかげで今後は上手く描写できるかもです

あと誤字脱字報告、深く感謝しております





では、どうぞ







27話 明治浪漫 其の拾壱

 

 

 

 

 

 

 

 

「此方にどうぞ」

 

 

御者に勧められて狩生は馬車に乗り込んだ。

塚山家は大層な資産家であるようで、家庭用に馬匹と馬車を所有しているようだ。

しかも車はオープントップとは逆で、屋根と扉のある完全個室型だった。

 

 

「どのくらい掛かるんですか?」

 

「半刻も掛かりませんよ……えぇ、すぐに着きますから」

 

 

そう言って、御者は扉を閉めた。

 

それは、狩生を中に案内したと言うよりも、中に閉じ込めたと言う方がしっくりくる。

そう思えるほどに、御者は口元を不気味なまでに歪ませていて、そして小雨の降る夜道に車を出した。

 

 

地を叩く雨の音に紛れ、馬が地を蹴り車輪が轍を作る音が夜道に響く。

道に灯りはなく、唯一目を引くのは馬車に吊るされた二つのランタン。

 

それは本来、道先を示す灯りなのだろう。

 

だが、今となってはその役割が異なってくる。

周りからすれば、そのランタンは正しく馬車の在処を示す証明に他ならないからだ。

例え雨の中であっても、決して見過ごすことのない、確かな標的の証し。

 

作り上げた死地にむざむざやって来た、贄の灯り。

 

 

「ペッ。こんな闇夜で、しかも雨の中での仕事たァやんなるぜ」

 

「そう言うな。多少やりづらいが、所詮獲物は一人。直ぐに終わるさ」

 

「相手は警官なんだろ?お上を敵に回すたぁ先生も肝が座ってるなぁ」

 

 

馬車が進む道の先、そこに十人近くの男たちが刀を腰に帯びて立っていた。

全員が編み笠を被っていて、黒めの衣服を身に纏い、前から近付いてくる馬車を見据えていた。

 

周りに民家は無く、時間も時間ゆえに人が来ることもない。

しかも相手は一人。

警官とはいえ、おそらく無防備と考えていいだろう。

 

シチュエーションとしては絶好のタイミング。

殺すにはまたとない機会だった。

 

 

やがて馬車を手繰る御者が道の真ん中にたむろする集団を見つけると、徐々に馬の駆ける速度が緩やかになっていき、そして彼らの目前で完全に停止した。

 

ニヤリと笑い、頷く御者。

それを合図に男たちが馬車を囲みだし、両サイドの扉に近づいていく。

 

各々が刀を抜き、これから自分達が起こす惨殺劇を想像して笑みを深くする。

 

 

「んじゃ、約束通り『同時に扉を開けて、どちらが先に獲物を殺せるか』勝負だ」

 

「望むところだぜ」

 

 

そう言って、それぞれの扉に手を掛ける二人の男。

扉を開けた瞬間、間抜けな獲物はどんな顔をするだろうか。

その顔は、此方を向けるだろうか。

それとも向こうを向くだろうか。

 

どちらにせよ、そんな輩を殺すのは実に面白い。

想像するだけで笑いが止まらなくなってしまう。

今までの仕事を思い出して一層笑みが深くなる。

 

男たちはいつものように扉に手を掛け、そしていつものように小声でカウントダウンをし、一気に扉を開けた。

 

 

「真古流剣術、門下生が一人!いざ、天誅――ッ!?」

 

 

その瞬間、一人の男の眼前に飛び込んで来たのは、巨大な拳だった。

 

比喩でも誇張でもなく、紛れもない巨大な拳。

胸部から顔面までを覆うほどにデカく、固く、それでいて速い拳打が一人の男を襲った。

 

響く音は、殴られて奏でるようなものではない。

まるで自動車がぶつかったかのような音と、圧倒的なまでの衝撃。

 

悲鳴も苦悶の声も洩らす余地無く、男は盛大に吹っ飛んでいった。

後ろに控えていた数人の男が、突拍子もない事態に目をひん剥き、呆然と地を転がっていく男を見遣っていた。

反対側の扉を開けた男も、目の前で起きた事態に目を丸くし、唖然としていた。

 

 

(ひぃ)(ふぅ)(みぃ)……(やぁ)か。思ったよりも多いな」

 

 

傘も差さずに馬車の中から降りてきたのは、当然今回のターゲットとしていた男だった。

銀色の短い髪と白い肌、そしてこの暗闇において仄かに煌めきを放っている青い瞳。

それだけでも異質な風貌なのだが、一際目につくのがあまりに異様すぎて、そこから目が離せなかった。

 

ターゲットの右腕が胴体ほどに太く、地に爪先が着くまでに大きかったのだ。

 

生身の腕ではないことから、何かしらの武器であることはわかる。

分かるのだが、だからといって納得できるわけがなかった。

 

あんな腕の形を模した大きな機巧など、見たことも聞いたこともなかった。

 

 

「さて……これの試運転をする絶好の機会をどうもありがとう、紳士諸君。その身でもって協力してくれる献身の精神に、俺は感謝の意を示そう」

 

 

そう言ってターゲットは機巧仕掛けの右腕を軽く曲げて持ち上げ、手のひらを己に、そして手の甲を男たちに見せる。

その手がゆっくりと、駆動音を奏でながら握り込まれていくと――

 

 

「この拳で、な」

 

 

拳の向こうに見えるターゲットは、幽鬼を連想させるたおやかな笑みを浮かべた。

 

 

直後、ターゲットの足元が爆ぜた。

 

 

否、蹴った地が盛大に泥を跳ね上げたのだ。

瞬き一つ分の時間で肉薄し、一人の男の腹部全体にその拳がめり込んだ。

 

 

「……ッ!!」

 

 

悶絶必至のボディーブロー、だがその威力は人体を浮き上がらせるほど。

人一人分の高さまで浮き上がった男に、しかし狩生は目もくれず直ぐ様裏拳を放ち、三人目の男の横っ面に叩き込む。

 

ぐしゃりと顔をしかめたくなる音が聞こえて、男が独楽のように回って飛んでいく。

 

 

「なッ、テメェ!」

 

「クソ!なんなんだコイツは?!」

 

 

ここにきて漸く周りの男たちが動き出した。

 

腐っても剣客のはしくれ。

相手がただの獲物ではなく、牙をもった猛獣であると認識しても、また得体の知れない武器を右腕に纏っていても、このままではやられるだけだと理性が叫び、握っていた刀を必死に振りかざし、突貫した。

 

 

「ハアアァァッ!」

 

 

それを狩生は烈帛の気合いとともに迎え撃った。

迫り来る刃を見据えて、アッパーカットの要領で拳を突き上げ――

 

甲高い金属音が響き、中折れした刀身が宙を舞った。

 

そして振り上げた拳を、その巨腕からは想像出来ないほどの素早さで振り下ろして、その男の脳天にチョップを叩き落とした。

ただのチョップを想像するなかれ、男は轟音とともに顔面から地に叩きつけられて、数度の痙攣の後に動かなくなったのだ。

 

 

さらに周りから群がってくる男たちに対し、狩生は手刀を構え、研ぎ澄まされた爪を自分を中心にして円状に振るった。

 

轟音が空気を震わせ、その直後に数人の男の胴体から鮮血が雨飛沫とともに舞った。

その血と雨が混じった飛沫の中を、巨腕を操り駆け抜ける狩生。

 

彼が機巧仕掛けの腕を振るう度、一人、また一人と地に伏せられていく。

 

 

 

 

 

御者からしたら、出鱈目の過ぎる光景だった。

あの右腕。

非常に固く、強力で、それでいて素早い。

リーチも長く、ならばと肉薄しようとするもその威圧感で躊躇いが生じる。

しかも爪が鋭利な刃となって振るわれる。

 

禍々しいほどの漆黒の機巧巨腕。

 

それが振るわれる度に仲間が一人、二人と倒れていく。

やがて残すところ自分を含めて二人になっていることに気付いたときには、もう形振り構っていられなかった。

 

自分は関係ないと言い通すとか、命乞いをするとか、そういう考えに至れなかった。

ただただ恐怖を感じ、暗闇の中に逃げ出した。

 

走って、走って、走って――

 

外灯は言うに及ばず、民家の灯りも月明かりも、何も無い真っ暗闇の中を必死に駆けていった。

途中で丘を転げ落ち、木々にぶつかりながら、破裂しそうな心臓を押さえつけて駆けていく。

 

とにかく、あの嘘みたいな場所から一刻も早く、一歩でも遠くに逃げ出したかった。

 

 

 

 

だが

 

 

 

 

「鬼ごっこは仕舞いか?」

 

「……ッ??!」

 

 

背後から聞こえてきた、臓腑を震え上がらせる声。

 

誰が発したかなど振り向かなくても分かる。

しかし、どうして?

こんな暗闇のなか、出鱈目に走ってきたのに何故追い付いて来てる?!

 

 

「あんまし遠くに行くなよ。馬車の所まで戻れなくなんだろ。それとも、ここからはその足で塚山家に案内してくれんのか?」

 

 

なんてね、とあまりにも平坦な声音が。

 

此方は肩がちぎれ落ちそうな程に重くなっていて、呼吸も儘ならない程に疲弊しているというのに。

 

がくがくと震える足をなんとか動かして振り向くが、やはり視界に映るは、否、何も見えない暗闇の世界だ。

 

けど、いる。

 

たしかに、近くにいる。

 

 

「ど……うして」

 

「そりゃあ奴等の仲間が逃げたんだ、追うに決まってんだろ。笑顔で殺しに掛かって来た奴をみすみす逃がすわけねぇっての」

 

 

頭上の枝葉に雨が当たる音に紛れ、一歩、一歩と確かに近付いてくる音が聞こえる。

例え眼前に手を翳しても何も見えないこの漆黒の世界において、その音は何よりの恐怖の象徴だった。

 

近付いてくる者は、本当に人なのか。

 

 

「……ひ、ぁッ……、ぁぁ、……」

 

 

いつもと同じ、簡単な殺しの話だったハズだ。

 

確かに、家に入ったときは刀を肩に担いでいたその姿に瞠目し、懐の小刀に手を伸ばそうとしたが、それだけだった。

警戒に値はするが、所詮多勢に無勢。

家から引き摺り出して囲んでしまえば、ただの木偶に成り下がるとタカをくくっていたのだ。

 

だが、いざ蓋を開けてみればどうだ?

 

仲間は尽く叩き伏せられ、残った自分はしかし逃げることもできず、身体全体が震えるほどに恐怖に支配されている。

 

自分はどうやら相当質の悪い夢を見ているようだ。

 

だってほら、目の前では見たこともない不思議な光景が浮かび上がっているのだから。

もはや理解ができない。脳が認識するのを拒んですらいるようだった。

 

 

それは、赤熱したかのように赤黒く発光している巨腕を、背の後ろに引き絞って掲げているターゲットの姿だった。

その腕から何やら機巧(からくり)の駆動音が絶え間なく発せられ、蒸気が噴き出しているようにも聞こえる。

 

その音が、微かに伝わる熱気が、この暗闇に薄ぼんやりと輪郭を表した男の姿とその右腕が、この場から逃げ出そうとする考えを根こそぎ奪い取っていった。

 

 

 

「試運転の(シメ)だ、とくと味わえ――殱腕撃(せんわんげき)

 

 

 

 

引き絞っていた右腕が轟音とともに振り抜かれ

 

 

 

 

 

旋風が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺のいた世界の旧日本海軍において、水兵にはある特別な訓練が課されていた。

 

暗視力の向上だ。

 

夜戦でいち早く敵船を見つけ出し、一方的かつ徹底的に砲雷撃を叩き込むため、人間の能力の底上げを図ったのだ。

実際に当時の見張り員の視力は驚異的なものだったらしく、そしてそれは大東亜戦争の初戦にて確かに発揮されたという。

まぁ、米海軍のレーダー技術が台頭してからは意味を為さなくなったようだが。

 

それと関係があるわけではないし、実際に俺のいた世界でもやっていたかは分からないが、かつて西南戦争に臨むにあたって俺たち薩摩の侍も暗視力の向上を目的とした訓練をしていた。

夜襲で政府軍兵士を皆殺しにするために、殊更視力の高い人を選抜してひたすら人体の限界に挑んでいたのだ。

 

その人員に、俺も含まれていた。

 

実戦ではそれほど役に立たなかったが、まさかここで役に立つ日がくるとはな。

人殺しのために磨いた力だから素直に喜べやしないけど。

 

 

「まぁおかげでコイツを見失わずに済んだんだから、結果オーライだな」

 

 

そう呟いて、目の前で泡を吹いて気絶している御者を肩に担ぐ。

外傷はない。

最後の殱腕撃(誤字にあらず)もちゃんと外したし、コイツだけは無傷で捉えようと注意してたからな。

 

一通り無事を確かめた後、塚山家へと向けて歩を進める。

場所は警察官になったときに既に調べていたからちゃんと知っている。

 

暗闇の中でも見える木々を避けながら、とりあえず山道に出ようと丘を上る。

 

 

「にしても、たまげた威力だなぁ。対人にはオーバーキル過ぎるって」

 

 

殱腕撃

 

外印が操る戦闘用機巧「参號機夷腕坊・猛襲型」が放つ技に(あやか)った、俺独自の技だ。

 

原理は簡単。

右腕に内蔵されている小型蒸気機関から供給される蒸気を肘付近の排風口から一瞬の推進力に変え、拳に威力を乗せたものだ。

 

普通はたかが蒸気でそれほどのエネルギーは得られない。

だが、そこはオーバーテクノロジスト(?)である我が弟子、外印の腕の見せ処。

よく知らんが、専用の燃料を肩部に入れ、それを爆発させてエネルギーにしているらしい。

 

……ブッ飛びすぎじゃね?

もうそれ蒸気機関じゃなくね?

 

まぁ今さら突っ込まねぇけどさ。

有りがたく使わせてもらうよ。

 

ただ難点を上げるとすれば、起動させるとものスゴい熱量が腕に発生するから、滅茶苦茶暑くて熱い。

正直に言えば堪えるのにケッコー必死だった。

今でも排熱のために至るところから熱風が音を立てて出ていて、雨に当たっているため急速に冷やされる嫌な音と煙が出ている。

 

素材が何なのかは分からんが、熱の急速な喪失で壊れないか不安で仕方がない。

 

だがその分、見返りは大きい。

振り抜いた拳によって男の真横にあった樹木がへし折れた。

人体に当たれば吹っ飛ぶとかのレベルじゃない、おそらく骨や内臓がミクロサイズにシェイクされるだろう。

 

使いどころはよく考えないとならん技だ。

 

 

「結果は上々。案外小回りも利くから対多人数でも有効。けど大振りすると隙が大きくなるから、左手に何かしら持つのが最適解かな……」

 

 

とくに原作に出てくる主要キャラ相手には不安が大きい。

もっと修練して自信をつけなければ。

 

 

「が、それも先のこと。今は石動雷十太のとこに、だな」

 

 

そう呟いて、俺は雨の降る中をゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










原作キャラとの絡みを早く書きたい……!




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