明治の向こう   作:畳廿畳

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ストックが溜まったと言ったな?
話の流れは纏まったと言ったな?

なんか気に入らなくなったのでストックを全消去
そして再作成となりました
結果として嘘となってしまいました、すんません



ともあれ、先ずは今話を、どうぞ








28話 明治浪漫 其の拾弐

 

 

 

 

 

 

 

塚山家への道すがら、一本の通りに一人の大男が佇んでいた。

 

2mはあるんじゃないかと思うほどの巨体。

編み笠を被り、両肩には黒い羽を象った小さな肩当てを着けている男、石動雷十太だ。

 

 

「よお、奇遇だな。こんな所にボッチで突っ立って何してんだよ」

 

「狩生十徳ッ……我が配下はどうした?」

 

「コイツらのことか?なんか愚鈍な頭領にけしかけられて俺を殺しに来たんだとさ。あまりに弱っちいからよ、意識刈って返しに来たんだが、その阿呆な策と配下を巡らせた頭領を知らねぇか?」

 

「……ッ!」

 

 

やれやれと頭を振って溜め息を溢した俺は、未だ気絶したまま肩に担いでいた御者を路肩に置いた。

雨は変わらず降り続いているが雲は次第に薄くなりはじめ、俺はともかく石動雷十太は俺を(しか)と視認できているようだ。

 

 

「まさか襲撃班を二つも三つも配置するとはな。抜かりがないと言うよりも、どこか失敗を恐れる小心者の策って感じがしたぜ」

 

「減らず口を。貴様を確実に殺す為の措置だったのだ」

 

「警官相手にそんなことを言うとは、先の見えぬ阿呆か?それとも本当にそう考えているのか。だとしたら度し難い阿呆だよ……あ、愚鈍な頭領ってお前のことか、納得だぜ」

 

 

雨水を滴らせる編み笠の向こう、そこから覗ける奴の瞳は怒りに染まっていた。

ただ、その色には驚きとか畏れみたいな感情も含まれていることが分かる。

 

ふと、奴を挑発しながらその周りを観察する。

 

 

……ふむ、どうやら塚山由太郎はいないようだ。

身近に置かなかったのは殺しをしていることを悟らせないようとしたからか、それとも単に侍らせると鬱陶しいからか。

まぁ理由なんてどうだっていい、今は居ないという幸運に感謝しよう。

 

 

塚山由太郎。

 

塚山家の一人息子で、裕福な家庭ゆえに育ちがよく、基本的に礼儀正しい子である。

剣術の腕も磨けば相当なものになるらしく、原作主人公もその素質に一目置いていたのだ。

 

そんな彼が石動雷十太と出会ったのは数ヵ月前、家族とともに馬車で移動中に野盗に襲われたのだが、そこを石動雷十太が颯爽と助け出したのが始まりだった。

 

それから塚山家は石動雷十太に礼を尽くすため食客として家に招いた。

そして塚山由太郎は石動雷十太の力強さに感銘を受け、弟子入りを果たしたという。

 

……まぁネタばらしすると石動雷十太と当時の野盗は実はグルで、いわゆる狂言強盗だったのだ。

塚山家の資産と名を手に入れるため、恩義を感じてもらえるよう一芝居うったというわけだ。

 

塚山由太郎は当然そんなこと知る由もなく、純粋に石動雷十太に憧憬の念を抱いているから質が悪い。

だが一層質の悪い話は、石動雷十太が彼を疎ましく思っているということだ。

原作では替えの利く駒ぐらいにしか認識しておらず、彼の思いを文字通り切り捨てたのだ。

 

本当に、クズ野郎だ。

宇治木と冴子嬢の件でも腸が煮え繰り返っているってのに、これに輪を掛けて反吐が出るってもんだ。

 

塚山由太郎がいない今のうちにケリを着ける。

 

俺は雨で額に張り付いた前髪を掻き上げてから、とんとんと爪先を踏み鳴らす。

 

 

「どこまで吾輩を愚弄する気だッ……もうよい!もはや貴様には言葉など不要ッ、この刀の錆にしてくれる!」

 

「あぁ、いいぜ。腹に据えかねてんのは俺も同じなんだ。その傲り高ぶった態度、叩き潰してやんよ」

 

 

奴が編み笠を投げ捨てて抜刀し、俺も構える。

右足を前に、左手のみのクラウチング・スタート体勢で、右腕を大きく振りかぶって後背に引き絞る。

 

 

イメージは大砲。

この巨腕こそが砲弾であり、それを放つ火薬は俺の脚力のみ。

 

 

 

集中、集中

 

 

 

 

眼前の刀を構えている大男を見据え

 

 

 

 

溜めて、溜めて、溜めて――

 

 

 

 

 

一気に爆ぜる。

 

 

 

 

「疾ッ!」

 

 

 

 

空気を突き破り、視野に映る景色が瞬きする間もなく後ろに流れていく一方でぐんぐんと石動の姿が大きくなってくる。

 

奴の一瞬の驚愕、しかしそれでも直ぐに切り替えて刀を一閃した。

俺の巨大な拳とぶつかり、耳をつんざく音と火花が闇夜に響く。

 

 

「……ッ!」

 

「ぬぅ……!」

 

 

俺の突進は止まることなく、奴とすれ違うと直ぐ様泥を削って減速しながら、振り向いて再度発射体勢に入る。

三本足で地を掻き立て、やがて速度がゼロになった瞬間、再び泥を巻き上げて突貫。

 

 

「がああぁぁ!」

 

「おのれッ……纏飯綱!」

 

 

こいつッ……相討ち覚悟で俺の脳天に降り下ろしてきた?!

 

纏飯綱。

金剛石をも両断せしめるという真古流剣術の秘剣。

原作主人公と竹刀で打ち合った際、その奴の秘剣で主人公の竹刀を両断し、床に亀裂を入れたほど。

 

竹刀でも殺傷力暴上げの秘剣を真剣で放ちやがった……!

しかも相討ち覚悟かよ、クソッタレ!

 

 

「ああぁぁぁッ!」

 

 

俺は振りかぶった拳を躊躇なく己の足元に放った。

 

地に拳をめり込ませたことによる地響きと轟音が身体の奥底にまで届き、俺の身体は急停止した。

その眼前、鼻先数センチを奴の剣閃が上から下に一直線に通りすぎていき、地に叩きつけられた。

 

直後、先ほどの俺の拳によるものよりも更に大きな音が轟いて、地面に亀裂を入れていた。

 

 

「……ッ、はあぁぁ!」

 

 

刀を降り下ろした姿勢は自然と前屈み状態だ。

その顎に渾身の左アッパーカットを喰らわす!

 

 

「がはッ!」

 

 

俺の小さな拳は狙い過たず、奴の頭蓋を見事に打ち上げて胴体ががら空きになる。

その鳩尾に右拳を叩き込もうとして――

 

 

「ぐ、ぬぅッ……纏飯綱!」

 

 

崩れた体勢から横一閃に秘剣が放たれた。

 

 

「……ッ、上等!」

 

 

咄嗟に突き出そうとした右腕を防御に回そうとしたが、その考えを一瞬にして殴り捨てた。

 

そのご自慢の真古流とやらを正面から叩き潰してやらぁ!

 

五本の鋭利な禍々しい爪を突き立て、陽炎のように揺らめく剣閃に思いっきり突き刺した。

 

直後、鼓膜が破れるかと思うほどの甲高い金属音が響く。

 

竹刀ですら相手の竹刀を両断し、床面に亀裂を入れるほどのふざけた技だ。

その威力は真剣ならひとしおだろう。

 

ならば、それを受けた俺の指は?

 

見遣った俺の瞳に映ったのは、剣先をブレることなく受け止めている己が爪だった。

 

「おのれッ!」

 

「……ふはッ!」

 

 

憎々しげに呻く奴とは対照的に、俺は心底から笑みが溢れた。

 

だってそうだろう?

金剛石をも両断すると言われていた奴の渾身の一刀をぴたりと受け止め、傷一つ負っていないんだぜ?

いったい何製なんだろうなぁ!

 

歓喜と驚きが支配する胸中に従い、直ぐ様次の行動に移った。

といっても簡単なアクションだ。

拳を握り、思いっきり叩き付ける。たったそれだけ。

 

たったそれだけの一撃なれど、それを正面から受けた石動雷十太にとっては筆舌に尽くしがたい衝撃を受けたことだろう。

インパクトの瞬間に響いた鈍い音とともに奴は苦悶の声を漏らし、後方に吹き飛び、そして背中から盛大に倒れ込んだのだ。

恐らく軽自動車に撥ねられたぐらいのエネルギーをもろに喰らったハズだ。

 

しとしとと降り続ける雨の中、俺は握り拳を開いて手の甲を見せながら、かちゃかちゃと刃の爪を鳴らして挑発する。

 

 

「どうしたよ、真古流。昼間の威勢はどこいった?この雨にでも流されちゃったか?」

 

「ぐ……き、貴様ァ!」

 

 

尻餅を着いた状態から立ち上がり、此方を射殺さんばかりに睨み付ける石動雷十太。

 

その殺意と威風は、まぁ人並み以上にあるだろう。

だが、その程度だ。

所詮己の夢に溺れて陶酔する輩の威容など、鍍金(めっき)の如く容易く剥がれるってもんだ。

 

 

「もう生かしておかん!き、貴様は四肢を切り落として、泣き叫ぶ傍らで腹を切り開いてゆっくり殺してやる!」

 

「……曲がりなりにも剣客の言う台詞かよ。出来もしねぇ事を言うのは威嚇のためか?まったく……」

 

 

溜め息を一つこれ見よがしに吐いて、目を瞑りながら首をゆっくり振って呟くように言った。

 

 

「お前が俺を殺したいってのは最初っから分かってるって。今さら繰り返さんでもいいよ。俺もお前を殺したい気持ちに変わりはないんだからさ」

 

 

そうだ。

 

浅草で俺の大切な人を危機に晒され、大切な部下を甚振られた時の感情を、激情を、俺は決して忘れてないんだ。

 

 

「お前のその怒りにはそれ以上の怒りで、その殺意にはそれ以上の殺意でもって応えてやる。独り善がりにはさせねぇから安心しろ。精一杯の感情と気持ちをぶつけて

 

 

----臓物(はらわた)をブチ撒けてやんよ」

 

 

最後に目を見開いて宣した言葉は、雨音を切り裂いて闇夜に響いた。

 

 

怒気なんざ生ぬるい。

こちとら冴え渡った切れ味抜群の殺意を嫌というほどに味わってきたんだ。

ただ口だけで殺すだなんだとほざく輩には敵愾心こそ抱けど、怯む余地などない。

 

所詮何もかもが口だけの野郎には、何を言われてされようと腹立たしさしか芽生えないんだ!

 

 

「ぬ、……ぐぅ……ッ!」

 

 

ふと、見据えていた奴が苦虫を噛み潰したかのような表情のまま、少しだけ後ずさっているのが分かった。

まったく……なんて顔してんだよ。

 

 

「どちらかが死に、どちらかが生き残る……ここはお前の望んだ剣客の在り方を凝縮した展開なんだぜ?どうした、諸手を挙げて喜べよ。震えてないで笑えよ。ほら、こうやってさ」

 

 

にっ、と俺が笑顔を浮かべると更に青い顔をする石動雷十太。

ちょっと失礼じゃね?なんて冗談は置いといて。

 

やはり純然に戦闘経験の不足が甚だしいな。

何が切っ掛けかは知らんが、理想を追い求めるあまりに己の足元を見ることが出来なくなった阿呆か。

 

 

……あぁ、そうか。今気が付いたよ。

 

 

この腹立たしさは冴子嬢や宇治木の件もあるが、他にもあったんだな。

これは、同族嫌悪か。自己嫌悪か。

 

ともすれば、俺もコイツみたいになっていた可能性があるし、これからもなる可能性があるんだ。

高い理想を掲げて、それを追い求めるあまりに自分の事をよく考えられなくなるんだ。

 

自分に出来ること、出来ないこと。

それは、やらなければならないことと常に見比べなければならない。

決して混同してはならないんだ。

 

理想はあくまで目標であり、目的であり、言ってしまえば誰にでもそれは掲げられるのだ。

 

履き違えるな、掲げる理想に傲るな。

理想は成し得て初めて意味を成す。形となる。

語るだけの理想など、妄言以外のなにものでもないんだから。

 

 

もしかしたら俺がなっていたかも知れない、これからなるかも知れない姿を前に、一歩踏み出す。

それとは逆に、石動雷十太(あり得た自分)は一歩後ずさる。

 

 

 

 

「もう仕舞いにしよう。俺はお前みたいにはならないから、ここで後腐れなくきっちりと潰してやる」

 

 

 

 

そう言って俺はクソ上司がよくやる構えと似た構えを取る。

 

違いがあるとすれば、クソ上司は左手で刀を構えるが、俺はこの右腕そのものを構えていることぐらいだった。

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

「……ッ、おのれぇ!」

 

 

 

怒気と焦燥と畏れを含んだ声を漏らし、奴は新たな構えを見せる。

今までの飯綱とは違う。

明らかに間合いの外にいる俺に対して攻撃しようとしている意思と気構えが見てとれる。

 

 

その構えを、俺は知っている。

 

 

真古流剣術の秘剣中の秘剣、飛飯綱。

先の飯綱を鎌鼬のごとく飛ばす斬撃だ。

その斬撃は視認できず、その威力はともすれば飯綱を凌駕するほど。

出鱈目な力や技、体を有する者はこの世界に多数いれど、飛ぶ斬撃を放てる者はこの石動雷十太をおいて他にいないだろう。

 

もっともその脅威も、当たればの話なんだがな。

 

原作知識で正体も事前モーションも知っているからそれほど焦ることもなく、ましてや拳銃の弾丸を見極められるよう日頃から訓練している俺にとっては、物珍しさはあれど恐怖は抱かなかった。

 

上等、来るなら来いや。

 

その技を放った瞬間、出し得る限り最高の推進力を肘から出して肉薄し、腕一本もらい受ける。

二度と殺人剣を誇らしげに語れぬ体にしてやる。

 

 

そう覚悟を決め、正面に構える自分の姿を幻視して集中力を限りなく高めていくと、ふと背後から一つの小さな足音が微かに聞こえた。

それは次第に大きくなっていき、されど体格からかそれほど煩くなく、むしろ息を切らす音の方が大きかった。

 

 

「――――先生ッ!!」

 

「「--ッ?!」」

 

 

振り返って確かめる必要もない。

この場で誰かを先生呼ばわりする者なぞ一人しかいない。

声変わり前の、子供特有の高い声……塚山由太郎。

 

そんな彼の登場に、俺は一瞬の動揺を見せてしまった。

そして石動雷十太は俺の動揺を見据え、笑った。

 

クソ、出来れば彼が来る前に事を終わらせたかった。

運命の修正力なんつぅふざけたものがあるかもしれないと警戒していたからだ。

だのに、彼は来てしまった。

しかも俺の後ろからという最悪に近いシチュエーションで、だ!

 

原作で塚山由太郎は右腕を失う悲劇に見舞われた。

何故か。ただ石動雷十太と原作主人公との闘いを、主人公の後ろから見ていただけだ。

ただそれだけなのに、当の先生たる石動雷十太の飛飯綱の余波を喰らって右腕を斬り落とされたのだ。

しかもその石動雷十太は悪びれもせず、むしろその事態を嘲笑すらしていたのだ!

 

 

このシチュエーション、このタイミングはマズい!

 

 

「テメっ、後ろに……!」

 

 

俺が叫ぶより先に、石動雷十太は歪な笑みを浮かべたまま呟く。

 

 

「秘剣――」

 

「ッ!……バッカ野郎が!!」

 

 

やはりここでも変わらないのかッ……!

奴は弟子の存在など歯牙にも掛けていない、俺もろとも飛飯綱で切り刻むつもりだ!

 

ふざけんなよバカヤロー!!

 

俺は咄嗟に右拳を地に突き立て、蒸気機関を起動させる。

内蔵するエンジンとピストンのけたたましい駆動音が響き、右腕が赤黒く変色していく。

何万rpmか分からないほどに煩く、そして早く回転するファンが大量の熱気を俺の背後に撒き散らす。

 

凄まじい熱量がこの身に襲いかかり、骨子に機巧の調律が響く。

空気が震え、空間が高温で歪み、視界にも意識にも靄が掛かる。

 

そんなボヤける空間の向こうに、刀を振るった奴の姿が目に入った。

 

 

「飛飯綱!!」

 

 

鼓膜を破かんほどの甲高い音が響き、確かに空間が断裂した。

 

そして、雨水を切り裂きながら一直線に此方に向かってくる斬撃。

靄が掛かった空間を切り開く一陣の風が迫ってきたのを視認した。

後ろに塚山由太郎がいるから避けることはできない。

抱えて退避する余裕もない。

ならば、この身を晒してでも斬撃を受け止める!

 

腕を亡くす痛みと喪失感、そして敬愛する師に裏切られる絶望を、みすみす眼前でもたらすような事をしてたまるか!

 

 

「があぁぁぁ!!」

 

 

僅かな余波すら後ろに流すことなく、全身全霊でもって迎え撃て!

 

 

迫り来る斬撃を確と見据えて、構えて。

左足を思いっきり地に叩きつけ、腰を捻り、振りかぶった右腕を解き放ち

 

 

 

殱腕撃と飛飯綱が衝突した――

 

 

 

 

直後、眼前の空間で爆発が起こり、臓腑に響くほどの音と振動が轟いた。

 

びりびりと空気を伝って衝撃が木霊し、木々や葉をざわつかして落ちる雨粒を吹き飛ばす。

爆心点直下の地面は蜘蛛の巣状にひび割れ、捲り上がり、衝突の凄まじさを物語っていた。

 

 

「……、チッ!」

 

 

それを眺める余裕など俺には無く、直ぐ様跳び退いて塚山由太郎の前に降り立った。

 

 

「由太郎くん、怪我はない?」

 

「な、お……お前、」

 

「よし、無いようだな。悪いけど、今はここでじっとしててくれ。多少ムサいだろうけど我慢しろよ」

 

 

痛がったり暴れたりする素振りは見せないことから勝手に判断したが、どうやら余波は受けていないようだ。

 

まず一安心だ。

原作の二の舞にはならなかったことに。

そして殱腕撃が飛飯綱に勝るとも劣らない威力を有していたことに。

 

だが、油断はもちろん満足すらしていられる状況ではない。

俺は変わらずに発熱と発煙を続ける右腕を構えて前方を見据える。

再度刀を振りかぶっている奴を、見据えたのだ。

 

 

「ぬぅん!」

 

「ぜぁあ!」

 

 

一陣の身を斬る風が熱気で歪む空間を切り裂きながら飛来し、それを一歩踏み込んで迎撃する。

更に肉薄してきた斬撃を、もう一歩踏み込んで殴り飛ばす。

 

地を踏みつける足は地鳴りを、打ち払う拳は空震を。

 

時には正拳突きを、時には裏拳を、またある時は突き上げを。

 

決して撃ち漏らしがないよう極限の集中力で、一歩一歩ゆっくりと、しかし確実に進みながら巨腕を振るう。

その度に空間が炸裂し、臓腑に響く轟音が奏でられ、地と空間を揺らす振動が生じる。

 

オーバーヒートなのではと心配になるほど、拳を振り抜き殱腕撃を放つ度に大量の熱と蒸気を発する右腕。

 

気付けば俺と塚山由太郎のいる空間は完全に蒸気に包まれていた。

右腕から発せられる熱気は半端ではなく、ましてや直に伝わる熱量はまさに灼熱地獄。

身体中を巡る血液が沸騰するのではないかと思うほどにこの身は滾り、呼気は暑い空気を吸い込んで更に熱い息を吐き出して。

 

 

 

骨も臓物も神経も何もかもが熱によって溶けるのではと思うと、それがどうしようもなく()()()()()

 

心も身体も燃え盛るほど、どんどん自分が高揚し始めているのが分かる。

 

 

 

そんな気分を更に高めてくれるかのように、辺りに立ち込める蒸気を突き破って斬撃が迫る。

それを確と見据えて打ち払い、一歩一歩進んでいく。

 

自分は今まで後背にいる少年を守るため、斬撃を打ち払っていた。

そのことだけに感覚を研ぎ澄ませて集中していたハズだ。

 

なのに、どうしてか。

今はもう、そのことに考えを巡らすことすらできなかった。

もう頭は何かを考えることすら億劫に感じていた。

 

 

今はただ、この死のダンスを楽しみたかった。

 

 

当たれば五体満足ではいられないほどに恐ろしいハズの攻撃も、何故か嬉々として迎え撃つことができる。

 

踏み出す一歩や立ち回る一歩のステップが心地よくて、振るう巨腕がこの上なく頼もしくて、楽しくて。

 

 

あぁ、こんなにも死が多く迫ってきているのに。

 

こんなにも死が撒き散らされているというのに、俺はこんなにも高揚している。

 

 

先ほどまで心を占めていた怒りの感情は疾うに失せ、今は俺の、俺だけの、観客なんて誰もいない、寂しくも血沸き肉踊るこの舞踊に身も心も任せたかった。

 

 

くるくると回る己が身に四方から迫る殺人の刃。

 

 

それを爆音や激震とともに薙ぎ払い、打ち捨て、殴り上げ、叩き付け。

そして一歩一歩進んでいく。

 

 

 

 

軋み(悲鳴)を上げる右腕に目も耳もくれず、俺は身体を襲う燃え滾る程の熱に浮かされ

 

 

 

 

笑いながら躍り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












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