明治の向こう   作:畳廿畳

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気付けば本拙作もこれで31話目

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では、どうぞ








31話 明治浪漫 其の拾伍

 

 

 

 

 

殺伐とした夜の事件ではあったが、終わってしまえば呆気ないというか何というか。

 

由太郎くんが今後どういった行動を取るかにだけ留意していれば、この度の一件は恙無く終えたと言っていい。

雷十太の逮捕及び原作勢との接触機会を絶ったことについても問題ないと断言できる。

そもそも一発キャラだし、重要なのは子供の未来であって、奴の将来と影響力なんぞに気を遣うつもりは毛ほども無いから。

 

雨は既に降り止み、殆どの民家からも洩れる灯りが無い町のなかを、俺は二つの木箱を抱えて小走りで浦村さん宅に向かう。

大事無い結果に終わったとはいえ最初は気色ばっていたんだ、早く帰って無事に終えたことを伝えねば。

 

で、玄関を開けて中に入った俺が見たものは

 

 

「…………」

 

 

柱に寄り掛かって眠りこける浦村ご夫妻とご息女。

 

この画を見たら何があったかなど直ぐに分かる。

どうやらずっとここで待っていたようだ。

それで耐えきれず、おそらく三人ともが同時に睡魔に襲われ、K.O.したんだろう。

 

また余計な心配をかけてしまった。

迷惑とか心労は掛けたくないと思っておきながら、結局はこの様か。

 

はぁ、やっちまったな、と溜め息を吐く一方で。

なんでかな。

不謹慎で大変申し訳ないんだけど。

少しだけ、ほんの少しだけ、嬉しく思ってしまった。

 

雷十太との一戦で、ふと頭を過ったあの気持ち。

雷十太を見て、自分を見失って理想に溺れてしまう可能性に危惧し、奴に怒りと嫌悪を向けた。

 

だけど、なんだかこの家族を見ていたら。

こんな赤の他人のために底知れないお人好しさを発揮する三人を見ていたら。

俺には、未来を見据えるために腰を下ろせる場所があるんだと知れた気がして。

だから、ふと笑みを溢してしまった。

 

……まぁ流石にこのままじゃマズいので、お三方の寝室から毛布を拝借して、彼らに掛ける。

浦村さん一人ならともかく、ご母堂とご息女を抱えて寝室に運ぶのはダメな気がするから、申し訳ないけどここで一夜を明かしてもらおう。

 

俺も寝る支度をして(猫耳と猫髭着いたまんまじゃん!?)、対をなす柱に凭れて座り込む。

蝋燭の火でちろちろと照らされる三人の初めて見る貴重な寝顔を呆と眺めながら、俺も次第に訪れる睡魔に身を委ねた。

 

 

 

明け方、ご夫妻の身を起こす音につられて俺も意識が覚醒し、起床した。

二人は最初は寝惚けていて呆としていたが、次第に意識が覚醒していくと慌てた様子で俺に問い詰めてきた。

 

予想した通りの事態になって、俺はついつい笑ってしまい、それでも何事もなかった……わけではないか。

まぁ一悶着あったが無事に雷十太を逮捕したので心配には及ばないこと、この通りかすり傷一つ無いですよと伝えて、むしろ玄関で寝てしまうような事態を招いてしまって申し訳ありませんと謝った。

 

お二方は相も変わらず微笑みながら俺の謝罪の言葉を丁重に断って、そして俺の無事を喜んでくれた。

 

 

 

今日からなお一層のこと、頑張ろうと思えた。

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

俺はポケットから煙草を取り出すと、マッチに火を点けてそれに灯す。

一息に紫煙を吸い込み、ぼんやりと虚空に吐き出して眉をしかめた。

 

不味い、気持ち悪い。

クソ上司に対するささやかな反抗として煙草をパチって興味本意で吸ってみたんだが、こんなものを好んで吸う奴の気が知れない。

西洋の物だからか?日本人の体には合ってないからなのか?

一回煙管(キセル)でも試してみるか?

 

 

(ふぅ。昨日貰った物には変な細工も無かったし、一連のS捜査中に仕掛けて来ると考えるべきか……であればかなり面倒だな)

 

 

観柳が俺を暗殺するために行動に出る時期は定かではない。

政界での影響力拡大に俺の力がもう要らず、自分の力でやっていけると判断した瞬間に殺しに掛かってくるハズだ。

その判断時期は生憎と俺じゃ分からんが、それでもこの長期遠征中は奴にとって絶好の機会なハズだから、おそらく御庭番衆を派遣するぐらいはしてくると考えるべきだ。

 

……上等じゃねぇか。

殺したいってんなら是非もない。

あと数ヵ月で、あと数人奴が友達を作れば此方が想定する奴の影響力拡大範囲に達するのだ。

その時になれば問答無用で動け、そして逮捕に漕ぎ着ける。

それまで生き延びれば、俺の勝ちだ。

 

 

長いままの煙草を捨ててそんなことをぼんやりと考えていると、足元にドデカイ蛙が腹を見せて倒れていることを思い出した。

なんて気色悪い蛙なんだ。

変な液体を身体中から吹き出しやがって。

 

足で腹をグリグリと踏みつけると、口から苦しげな声を漏らした。

どうやらまだ死んでないらしい。

存外しぶといものだ。

このまま踏み潰せばどんな音を漏らすのかな。

内蔵が口から出てくるのか、それとも潰れたそれが出てくるのか。

どちらにせよ気持ち悪いな。

 

 

「う……ぐぅッ、…踏む、な……」

 

 

蛙が喋った。

 

 

「もう、動け……ない」

 

 

もとい、宇治木が喋った。

しぶといクセして精神は(やわ)だな。

 

 

「どうしたどうした、初期の悪役。もっと頑張んねぇと原作まんまの噛ませ犬で終わっちまうぞ。一刀のもとに斬り伏せられんぞ」

 

「はぁ、はぁ……あぁ?なに、を……う、言って」

 

 

呼吸を整えながら宇治木はノロノロと身体を起こして立ち上がった。

あ、身体中から吹き出してる変な液体とは汗のことね。

 

 

「だいたい……何なんだッこの訓練は!使うのは刀ではなくこの模擬小刀だけ。格闘?組み付いて相手の意識を刈るだけじゃないか!」

 

「当たり前だ。斬った斬られただけの戦いはもう仕舞いなんだよ。俺たちは今後、あらゆる場面であらゆる方法での戦いが求められる。奇襲、潜入、捕縛、拘束等々、これはその土台なんだ」

 

 

と、宇治木に説いていたら後ろから部下が襲い掛かって来た。

背後から奇襲を掛けようとしたのは上々、だがバレバレ過ぎてただの強襲になっているのが減点だ。

 

咄嗟に振り向き、その手の袖を掴んで相手の勢いを借りての払い腰。

背中から地面に叩きつけられた男は、正しく蛙が潰れたような音を口から漏らして意識を落とした。

 

 

動作(モーション)が大きすぎる。気配を殺して近付いて、羽交い締めは最小限の動きで迅速に行えって何回言わせんだタコ」

 

「きゅぅ……」

 

「あとはお前だけだ宇治木。さぁ、選べ。根性見せるか、いつものように逃げるか」

 

「ぐ、うぅ、うおおォォ!」

 

 

おっと、まさか逃げずに向かってくるとは。

その心意気やよし!だが如何せん動きが丸見えだ。

行動が読みやすい。

 

襟を掴もうとしたのか、胸ぐらに延びてきた片腕を両腕で絡めるように掴み、そのままねじ曲げる。

 

 

「ぐぁッ……!」

 

 

余計な力は要らない。

人体の構造上、関節を曲がらない方向に曲げれば普通に痛いし、そこから逃れようと身体も一緒に流れに沿って曲がる。

 

必然、変な姿勢になった宇治木は無防備。

足を払って、ハイお仕舞い。

頭から地に叩きつけられた宇治木は口から魂のようなものを吐き出しながら白目を剥いた。

 

これで全員が気を失って地に伏している状態となった。

死屍累々とはこのことかな、死んでないけど。

 

 

さて、なんで俺らがこんな事をしているのかと云うと、まぁ見て分かる通り訓練をしている……のではなく、その予行演習というか発破を掛けているというか。

この近接戦闘をベースにゆくゆくは潜入や各種工作、尋問、無力化、隠蔽、追跡、撹乱、超遠距離射撃等々の訓練を、つまり(カウンター)テロの訓練をしていきたい。

そのための予行演習であり、今日から始まる五ヶ月間に渡る本格的なS捜査に向けての発破掛けなのだ。

 

本来なら軍隊がすべき訓練なのだが、今の時代は大規模戦闘ドクトリンしか存在しないからこんな訓練はどこも採り入れたりしない。

だから俺たちがやって、この実用性をこれから証明し、そんでもって軍部にでも売り込もうかと考えている。

今の情勢不安定な日本には、この戦闘スタイルも必要だと思うんだ。

 

 

「やぁ十徳くん。精が出ますね」

 

「署長、いらしてたんですか」

 

 

俺が宇治木の口から立ち昇る魂(?)を掴んで口に押し戻していたら、後ろに来ていた署長が声を掛けた。

 

 

「もうそろそろ出発の時刻ですからね。お見送りに来ましたよ」

 

「え、あ、もうそんな時間……態々すみません、直ぐに準備を整えます」

 

 

やべぇやべぇ。

朝一から始めたコイツらへの気合注入に夢中になっててすっかり時間を忘れていた。

 

 

「本当はもう少しゆっくりしていてほしかったんですが……」

 

「……スミマセン」

 

「いえ、いいんですよ。それほど重要かつ猶予の無い任務ということなのでしょう。手伝えないのが歯痒いですが、どうか気を付けて」

 

「ありがとうございます。大丈夫だとは思いますが、署長もお気を付けください。御母堂や冴子さんも……」

 

「任せてください。家族を守るのが大黒柱の役目ですから。あ、そうそう。冴子から伝言を預かってきましたよ。昨日の今日でいきなり長期遠征になったから不安がってましてね」

 

「伝言……ですか?」

 

 

今日は学校が休みということもあり、冴子嬢は少し遅くまで寝て(早朝、寝惚け眼でご母堂に寝室に運ばれて寝直したようだ)、片や俺は出立の準備があるから早めに家を出たため、彼女とは昨晩から何の話もしていないのだ。

 

 

「はい。『お礼の言葉をまだ受け取ってもらっていませんので、ちゃんと帰ってきてください』とのことです。ふふ、話の前後は聞いていないので分かりませんが、これはあの子が狩生くんの無事を願ったという事でしょうかね」

 

「あ、あはは……どうなんでしょうね」

 

 

婉曲的には願ったのかもしれないけど、あくまで言葉を受け取らせるために無事に戻って来い、という意味ではないだろうか。

つまり、俺本位ではなく言葉本位なんじゃないかな……なにそれ泣きそう。

ま、まぁでも、言葉本位であっても俺の無事を求めてくれたのは大きな進歩だよね。

以前なら、あわよくば死んでと思われても不思議じゃなかったからネ。

 

んん!

まぁ何が何でも負けるつもりはないからな。

観柳にも、志々雄にも。

 

俺は寝転がる阿呆どもにそれぞれ往復ビンタを見舞って意識を戻させ、急いで支度するよう指示を出す。

もちろん、俺も自分の支度のために一旦デスクへと駆け戻った。

 

持って行く荷物は特注のバックパックに一通り積めてあるから、これを背負えば基本は完了だ。

義腕は昨日の雷十太との戦闘で使い物にならなくなったので今朝方外印のアジトに送り返してやった。

半日で壊れたんだけどどうしてくれるん?といったことや、近くツラを拝みに行くといったことを書いた手紙を添えて。

 

後はシャベルをベルトに引っ提げて帽子を被り、布で覆い隠した大鎌をバックに括り付ければ仕舞いだ。

 

 

 

 

 

数分後、俺が本署の前庭に戻ると部隊の全員が整列していた。

宇治木を筆頭に、計七名。

俺を含めて八名の、特殊捜査部隊。

通称特捜部。ついでに蔑称は白猫隊。

 

 

「くそッ、遠征前に好き勝手叩きつけやがって……まだ頭がくらくらするぞ」

 

「今のうちに慣れておけ。遠征中も時間を見つけてやるからな」

 

 

先頭にいる宇治木のぼやきに適当に答えて彼等を見渡す。

 

全員動きやすい胴着から着替え、市井に紛れ込み易いよう思い思いの私服に身を包んでいる。

共通しているものは何もない。

刀を帯びている者はおらず、大きな筒を風呂敷で包んで背負う者や、特注のバックパックを背負う者。

腰回りに多種多様な工具類をぶら下げる者など、一見すると何の寄せ集めだと思いたくなる集団だった。

 

だが、そんなぱっと見バラバラの集団であっても、唯一共通しているものがある。

瞳だ。

鋭い眼光は剣呑な気配を醸し出し、全員が全員ただならぬ雰囲気を放っていた。

先程愚痴を溢した宇治木だって、その言葉はあくまで上辺(うわべ)だけのものだったということは最初から分かっていた。

 

彼ら一人一人には、横浜から帰ってからずっと叩き込んできた知識と技術がある。

まだまだ熟練者とは言えないが、そんじょそこらの警官には遅れを取らせるような鍛え方はしていない。

昨今の警察は軍隊にも負けず劣らずの肉体訓練と教育訓練を施しているところがあるが、俺のところだって負けちゃいないってことだ。

 

さぁ。

気合いは十分。

後は実戦を経て経験を積んで鍛えていこう。

幸いにも実戦の場は嫌というほど日本各所に点在しているんだ。

やれるところまでやっていこうじゃないか。

 

俺は咳払いを一つして、整列する部下を前にして訓示を述べる。

 

 

「これより我々は、日ノ本に巣食う害虫を駆除しに回るわけだが、その前に貴様らに一つ言っておかなければならないことがある」

 

 

全員の刺すような視線が今は頼もしく感じる。

背中に当たる署長の生暖かい視線にはむず痒さを感じるが。

 

 

「害虫には加減も容赦も必要ない。徹底的かつ迅速に駆除し、この国の秩序と民の安全を守り、そして回復させる。それが俺たちの使命であり、更にそれは己が命よりも重いものと知れ」

 

 

志々雄真実の存在は宇治木にしか伝えていない。

他の奴にも伝えてもいいのだが、いたずらに不安を煽る可能性もあるのでまだ伏せている。

今はまだ、各所に点在する不穏分子を鎮圧していく、という考えでいればいい。

 

 

「そして履き違えるな。俺にとっては貴様らもその害虫と変わらない。何故なら剣客警官隊などという税金の無駄遣い極まりない部隊に長く居たからだ。貴様らはそこで何をしていた?祖国に報いていたか?民衆の為に働いていたか?自分ではなく、祖国と民を第一にしていたか?」

 

 

答えは聞くまでもないだろう。

治安と安寧を脅かす側にいたのは、覆しようのない事実なのだから。

身じろぎ一つすることもなく聞いていた部下の瞳が少しだけ揺れたのを俺は見逃さなかった。

 

 

「聞け。害虫を駆除する貴様らは正義の執行者などではない。同じ穴の狢だ。貴様らと武装組織は、等しく祖国に害悪をもたらしてきたのだ。すなわち、俺にとってはどちらかが潰れても国のためになるとすら思っている」

 

 

ちら、と部下の瞳から怒気が溢れた。

それは、俺に向けられているものではないことは直ぐに分かった。

誰に向けられたものかを言うのは不粋というものだろうな。

 

そして、先頭に立つ宇治木だけは、変わることなく鋭い眼光のままに()()()を見続けていた。

少しは、成長したようだった。

 

 

 

 

 

「貴様らが他の害虫共と違うと囀ずるのなら、己が意思で国と民に身命を捧げると決意したとほざくのなら、行動でもってその意を示せ」

 

 

 

 

 

 

 

「自らの意思で祖国の門を叩き、警服を身に纏った以上は相応の貢献を為せ。為せぬ無能なればここで死ね。死にたくなくば、死に物狂いで報国せよ。死に物狂いで奉公せよ」

 

 

 

 

死に物狂いで、戦い抜け――

 

 

 

 

 

 

 












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