少し主人公が変?
いいえ、仕様です
では、どうぞ
さて、唐突だがここで一つ謎々を出そうと思う。
志々雄真実の工作員は日本全国に張り巡らされている、というのは原作からも、そして以前川路警視総監からも申し伝えがあったため、それは確実だ。
事実、原作主人公が東海道を使って京都に向かう途中、工作員にその行動を監視され、志々雄に報告していた描写があった。
で、ここで一つの謎なのだが、その情報はどうやって伝えている?
この時代、情報伝達ツールは早馬か伝書鳩が最も一般的な手段である。
だが、それは確実ではない。
情報の漏洩が危惧されるし、馬にしろ鳩にしろその育成にはかなりの費用と労力、時間が掛かる。
地下組織がそんなことをするとは思えない。
ならば人足による確実な情報伝達をしているのかと問われれば、それもまた否だろう。
確かに確実な手段ではあるが、それでは時間が掛かりすぎるし、日本全国を網羅するのは物理的に不可能だ。
だが、京都に本拠地のある志々雄一派は、大久保卿を筆頭に政治家の動向を詳しく把握している節がある。
つまりだ。
恐らく、否、絶対に「情報だけ」を迅速に伝える手段を持っているのだ。
人も鳩も馬も要さない、情報のみを遠隔地に運ぶ方法を必ず持っている。
荒唐無稽と侮るなかれ。
その手段は既にこの時代に確立されているのだ。
事実、かつての西南戦争時、明治政府は遠い九州の地の戦争情報をある最新機器を用いてリアルタイムで把握していた。
それが、モールス信号だ。
現在では電線の配線事業が主要都市間にて進められているが、当然一般人がその機器に手を触れられる機会は殆どない。
公的機関が利用するのが常だ。
なれど、志々雄一派がこれを有している可能性は非常に高い。
これがあれば遠隔地への情報伝達が画期的に縮まるのだから。
そしてこれがあるからこそ、東京の情報や原作主人公の動向もつぶさに志々雄に伝わったのだと考えられる。
むろん、これは決して安い物ではない。
個人はもちろん、小さな組織が手に入れられるほど流通量があるとも思えない。
だが、最新鋭の装甲艦を
本拠地にて使用していた描写も原作であったし。
そんなモールス信号機の配置場所は東京府は、おそらく首都近郊県や各県の交通要衝地、国際港や西欧文化の試験的導入地などだろう。
そして電線は、おそらく現在合衆国で本格導入が決まった海底敷設方法を流用していると思われる。
つまり、地中埋設だ。
地中といっても地面の表層部だから単に土を被せた程度だろうが。
流石にこの時代にはまだ無線のモールス信号は生まれていない。
つまり、海中であれ地中であれ敷設した電線を利用しているということは、信号機は安易に持ち運べないということ。
奴等がどの程度の量のモールス信号機を持ち、どのように配備しているかは不明だが、決まったポイントに配備していることは前提条件上明らかなのだ。
故に俺たちは、確証は無いが確信の有った捜査を裏から続けた。
その結果、東京、千葉、埼玉、山梨、静岡の合計12ヵ所に奴等の情報発信地を見つけることができた。
無論、襲撃した。
表向きには、志々雄一派の力を削ぐために。
裏向きには、このモールス信号機を手に入れるために。
俺の構想が実現されれば、こいつは絶対に必要になる。
いずれ日本が大陸に進出するようになれば、俺たちみたいな密偵には必要不可欠になるのだ。
それに、構想が実現されなくても公共機関による情報伝達システムは早めに確立されるべきである。
テロリストからタダで手に入るのならこれほど美味しい話はないだろう、有り難く回収させてもらう。
警察がそれでいいのかよ、とかもう思わない。
使えるものは奪ってでも使わなければならないんだ。
国内の武装勢力から奪った物をどう使おうと、諸外国にとやかく言われる筋合いなんざ無いしな。
ただし、当然大きなリスクもある。
これは時間との戦いでもあるからだ。
各所の情報発信地から送られる信号はどこにも経由されること無く、直通で京都のアジトに行くようになっているらしい。
だから横の繋がりは使用者でも把握しておらず、俺たちは各地域で常に一からの捜査をしなければならない。
つまり、京都の方で関東に点在する情報発信地に不穏な動きがあると見られ、各所に当地からの撤退及び機器の破壊を命じられる事も十分にあり得、そしてそうなったとき、俺たちはモールス信号機を手に入れる機会を永遠に逸してしまうのだ。
東京から千葉、埼玉、山梨と反時計回りで関東を半周するのに二ヶ月半掛かった。
富士山麓を西側から迂回し、駿府に辿り着いて調査をして更に半月。
予定より少し遅れてしまっているので、ここ駿府での捜査は迅速に終わらせなければならない。
そして、後一月半で東海道を東進して沼津、伊豆、箱根、小田原、平塚の順に調べていき、最後に東海道を外れて横浜に入り込む算段とした。
捜査地域はこれまた確証が有って選定したわけではない。
ただ東海道の宿場がある地域なら、可能性として高いだろうと考えた結果だ。
「狩生。索敵の網に男が一人引っ掛かったぞ。尾行した結果、山道の外れの洞穴に入って行ったそうだ。その洞穴は人為的で、見張った結果、そこに複数人の男が出入りしていることが分かったとの報告だ」
ほらな。
主要街道なのだから奴等の目が光っているのは確実なのだ。
「よし。今は時間が惜しい。早速今夜にでも強襲を掛ける。見張り人員に子細情報をまとめ上げさせ、一人はいつも通りに地元警察に話を着けさせるよう向かわせろ。それと二人を先行して沼津に送れ。残りは見張り人員の援護だ」
そう号令を一気に下し、戦闘準備に取り掛かる。
なお、駿府以西に行かない理由は二つある。
一つは東京から遠く離れるのはマズいからだ。
東海道上はもちろん、他の日本各所に点在する情報発信地を見付けていこうとすると、必然的に東京から離れることになる。
それではいざというときに動けなくなる。
いざ、とはいつか。
具体的に言うと、大久保卿暗殺事件の時だ。
これを阻止するためには、その時には既に東京に戻っていなければならない。
そして志々雄真実一派筆頭の強さを持つ青年、大久保卿を暗殺した下手人、瀬田宗次郎を迎撃する。
そのためには、東京から離れ過ぎるというのは宜しくないのだ。
歴史改変?
上等だよ。
もとより
二つ目の理由は、京都から派遣される十本刀との邂逅の危険性。
あくまで可能性の話だが、情報が急に途絶えた各地の調査に十本刀が派遣される可能性は十分にある。
そしてそうなった場合、十本刀が利用する経路は東海道である可能性が高く、鉢合わせする可能性もまた高いのだ。
奴等と遭遇すれば、逃げるなんて選択肢は俺にはない。
一人残らず潰してやる。
一本残らずもぎ取ってやる。
だが、優先順位はモールス信号機の方が高い。
争って時間を掛けるのは得策ではないのだ。
断腸の思いだが、今は私的な感情に流されるべきではない。
私益よりも公益を見据えなくてはならない……ま、実際に会ってしまった時にどうするかは、その時の状況次第なんだがな。
動きやすい洋装の格好をして、腰回りには拳銃、ナイフ、髑髏のマスク、そして背に大型シャベルを負う。
洞穴の広さにも依るが、シャベルや刀よりもナイフ、あるいは徒手空拳の方がいい場合もある。
準備を完了させた後、俺は同じく装備を整えた宇治木を伴い、件の場所に向かった。
当地に着くと、そこは踏み均されていない山のなか、4メートルほどにそそり立つ崖の遥か前の茂みだった。
崖は横に10メートル程で、白い岩肌が露出している。
その岩肌の一点に、日の光が当たっていない人丈はあるだろう真っ黒な窪み、というか亀裂があった。
「ここからじゃ見えやせんが、あそこに木製の扉があるんでさあ。今中にいるのは最低4人。簡単に辺りを調べましたが、裏口は見付からなかったですぜ……どうしやす?」
「日没とともに突入する。突入班は俺を含めて3人、他は突入後に俺たちの知らない抜け道を使って逃げる奴がいないか監視しておけ。それから各自、あそこの利用者と思わしき者が接近してきたら全て拘束しろ。いいな」
「「「応」」」
「作戦内容及び段取りは全て今まで通りだ。突入班、突入後は人・書類・機器をそれぞれ奪取するから分担を決めておけ。監視班、開始10分を経過しても俺たちが出てくる様子が無かったら構わない、内部にありったけの爆薬を放り込んで俺たちごと吹き飛ばせ」
「「「応」」」
「よし。総員、作戦を開始せよ」
部下の勇ましい返事を聞き、直ぐ様散開させる。
後ろに残ったの宇治木と一人の部下。
他2人は暗い森の奥へと進んでいった。
木々から溢れる陽は赤焼けていて、もう一時間もしたら日が没するだろう。
その間に俺たちは扉が見える位置にまで移動し、そしてそれを確認した。
やはり見張りはいない。
微かに木材の扉の隙間から光が漏れていることから、中の扉付近でランタンか蝋燭を使用しているようだ。
光量から判断するに内部構造はシンプルな可能性が高い。
入って直ぐの一部屋ないし二部屋程度だろうか。
断定するには早計かつ証拠不十分だが、今まで襲撃した情報発信地の系統から類推するに、あながち間違いではないと考えられる。
っと、そろそろ日が没するか。
「もう10分、15分で作戦開始だ。お前ら、マスクを被って片目を瞑れ」
既に辺りは暗くなり始め、森の奥から闇がじわりじわりと近付いて来るのが分かる。
向こうの人員の増加は認められない。
誰一人近付いていないのか、それとも監視班が捕縛しているのか。
あるいは此方が抜け道で、別にある正面口から既に人の出入りがあるのかもしれない。
事前調査が不充分なのは自覚している。
けど、それを押して尚急がなければならないのだ。
クソ上司と主人公の衝突から一週間以内が、暗殺事件日なのは原作で覚えている。
だから、それまでには東京に戻っていなければならない。
まだ猶予があるのは分かるが、残りの襲撃ポイントを考えるとゆっくりもしていられないのだ。
と、そこまで考えていたらいつの間にか辺りが完全に暗闇に没していて、遠くにある扉から漏れる明かりだけがはっきりと浮かぶ世界となっていた。
振り向き、部下の様子を確認すると、二人とも片目を開けて頷く。
コイツらにも暗視力の向上の訓練を課していたから、それなりに動けるだろう。
暗順応も直ぐに出来たようだ。
俺たちは拳銃とナイフを両手に持つと、茂みから這い出た。
音を立てず、辺りを警戒しながら動き、果たして誰にも察知されることなく扉の前まで来ることができた。
部下二人が辺りを警戒するなか扉に耳を当てると、微かに人の話し声と布切れ音が聞こえる。
話の内容は聞き取れないか……ん、これはモールスの打信音だ。
どうやら情報発信地で間違いな……!
やばッ、中の人間が近づいてきた。
後ろの二人にハンドサインで洞窟から出て身を隠すように伝える。
慌てても決して音を立てず、気配を殺しながら動き、なんとか窪みから出た直後に扉が開いた。
「じゃあ俺は行くから、何か情報を掴んだらまた来るぜ」
「おお、気を付けろよ」
どうやら一人の男が此処を出ていくらしい。
どうする?
このままここに隠れていても直ぐに鉢合わせしてバレるぞ。
今もモールスを打信をしているから変に行動を起こしたら情報が京都に洩れる(既に洩れている可能性もあるが)。
だからと言ってもう茂みに戻ることも不可能……クソ、早く打ち終わりやがれ!
トン・ツー・ツー・トン・トン
紡がれる電信音に苛立ちが募り、そして着実に洞穴から此方に近付いて来る足音に焦りが生じる。
ツー・ツー・トン
タイミングが悪すぎらぁ。
この際だ、一気に強襲を掛けるか?
いや、送信が途切れる時点で何かあったと考えられる可能性が大だ。
そういったマニュアルもあるかもしれない。
クソ、早く早く早く……!
トン・ツー・トン・ツー・ツー………
終わった?!おわぁ、来た!
何も知らずに男がひょっこり洞窟から出てきた。
気配を殺すため身を屈めていたから、俺は見上げる形となっている。
……まだ、バレていない!
ナイフと拳銃を捨てて、飛び上がりざまに思いっきりカエルパンチを放つ。
「--ッ??!」
眉をしかめたくなる音が響き、男は操り人形の糸が切れたみたいに膝から崩れ落ちた。
クリーンヒットだ。
流石カエルパンチ、世界の頂点を取れるわけだぜ。
なんてふざけるのも束の間、それを音が立たないように受け止める。
「おい、どうした?」
中から男への声が掛けられる。
変な音が響いたから不審に思ったのだろう。
さて、このままで様子を見に来る一人二人を順繰りに落としていくか?
いや、時間を与えて不測の行動を起こされる可能性もある。
一気呵成に突入すべきだ。
俺は拳銃とナイフを拾って向かい側に身を潜めている二人に手招きし、閉じられた扉の前に再度立った。
「おい?何かあったか?」
扉の向こう、一人の男が声を掛けながら近付いて来る。
ちょうどいい。
俺は扉に耳を当てて、足音からタイミングを計測する。
次第に大きくなる足音と声。
……
…………
………………今!
咄嗟に一歩下がって、今にも開かれようとした扉を思いっきり蹴っ飛ばした。
蝶番が破砕し、扉は盛大な音を立てて吹き飛んだ。
無論、扉の向こうにいた男を巻き込んで。
「突入!突入!突入!」
内部に身を踊らせ、拳銃とナイフを構えながら突入していく。
壁面に掛けられたランタンによって照らされる内部の構造は、思った通り20畳ほどの広さの一部屋だけだった。
そこにいる奴等は今吹き飛ばして気を失っている奴を除いて、パッと見で三人。
一人はモールス信号機を置いた机の前に座っている男と、その横に立っている男。
その二人が右手側の壁面にいるのに対し、残りの一人が左手側の壁面に寄り掛かって立っていた。
どちらも此方を見て驚愕に目を見開いている。
最優先すべきは信号の遮断だ……となれば、先頭にいる俺が右手側の二人を討つべきだ。
扉を蹴飛ばし、室内に突入して状況を確認して最適解を導き出すのに、コンマ数秒。
その直後にはすぐに行動に移る。
引き金を引き絞り、座っている打信手の肩を撃ち抜く。
そいつの悲鳴を聞く間もなく、直ぐに照準をずらして隣の男の肩を銃撃する。
部屋に響く銃声は鼓膜を震わせ、その後に二人の上げる悲鳴が部屋に響いた。
それに構うことなく俺は崩れ落ちた二人に銃とナイフを構えながら近づき、信号機が無事なことを確認した。
その途中で二発の銃声が後ろから聞こえたが、どうやら宇治木らも一瞬遅れだが状況を理解して残りの男を撃ったのだろう。
「異常なし」
「此方も異常なし」
信号機は打信中ということもなければ壊れているということもなく、正常な待機状態となっていた。
ほっと胸を撫で下ろした俺は、苦悶の声を漏らして呻く二人を後ろ手で拘束し、武器を持っていないことを確認してから全ての身ぐるみを剥いだ。
後ろをちらと見遣ると、向こうもいつも通りのことをしていた。
俺は宇治木に監視班を連れてくること、それから出入り口に二人配置するよう指示をして、血を流しながら倒れている二人に向き直る。
二人ともひどく青褪めた顔で此方を見上げてくる。
片一方は泣きじゃくってすらいる。
そりゃぁそうだ。
俺たちは今、外印が被っているような髑髏のマスクを被り、全身黒一色の服を着ているのだから。
不気味を通り越しておぞましい存在に、撃たれて身ぐるみを剥がされたのだから。
「さて。お前らに聞きたいことが幾つかあるが、その前に一つ。古高俊太郎という名は知っているな?」
「……っえ?」
「幕末期、新撰組局長による激しい拷問の末に秘密を暴露し、池田屋事件を引き起こしてしまった維新志士だ。五寸釘で足に穴を開けられたり、その穴に蝋燭を立てられて傷口を熱せられたりして、重要な秘密を漏らしてしまった人だ」
「……ッ!?」
まぁ真相は分からんがな。
でも俺が言いたいのはただの歴史講釈じゃない。
「何が言いたいのかというと、つまりどんなに心身が強い人間でも所詮は人の子。凄まじい痛みを延々与え続けられたら、そりゃあ喋っちまうってもんだ……そこで、だ」
俺はくるりとナイフを弄ぶと、その切っ先を一人の男の眼前に突きつける。
人を痛みつける趣味はないし、むしろやりたくなんかない。
見る分にもやる分にも、胸糞が悪くなる。
けど、だからといって何もしない訳にはいかない。
笑え。己を偽れ。
さんざん人を殺してきた身だ。
今さら善人ぶって、眉をしかめていられるか。
最後の最期まで、我を貫き通せ。
悲鳴を上げる
「お前らは幾つの穴が開けられるまで、黙っていられるかな?」
だから、ほら。
喜悦を言葉に乗せろ。
話数のご指摘や時代背景上のご指摘等、本当にありがとうございます
また、高荷恵嬢との関係に理解できない、納得できないという声をたくさん頂きました
次話で明治浪漫編が完結します(明日投稿予定)ので、それを期に勉強して色々と修正しようと思います
当然、それと平行して物語も進めていきますが、それなりに時間を頂きたいです
では、また