明治の向こう   作:畳廿畳

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ご無沙汰してます、畳廿畳です

本編再開を期待していた方はすみません
今回はオリ主が遠征している頃の神谷活心流道場での小話です
閑話にて初の原作ヒロインが登場します


では、どうぞ







閑話 神谷活心流

 

 

 

 

 

 

「たのもーー!」

 

 

 

東京府下町の一角に座す神谷活心流道場の門前にて、一人の少年が喉を震わせて叫んでいた。

声変わり前の少し高めの声なのだが、瞳には不退転の決意の色が感じられ、ただの少年にしては堂々としていた。

 

少年の声が三度、四度と続くとゆっくりと門が開き、一人の女性がそこから顔を覗かせた。

その女性は胴着を着ていて、竹刀を片手に持っていた。

大きなポニーテールを結わい付け、軽く汗をかいているところを見ると、先程まで稽古をしていたことが分かる。

 

 

「えぇと、どちら様かな?」

 

「塚山由太郎と申します。神谷活心流の門下に入りたく、参りました」

 

「……え"?!」

 

 

一瞬ポカンとした後、間の抜けた声が女性の喉から漏れた。

心底少年の発言に驚いたようだった。

それもその筈、今の神谷活心流は落ち目も落ち目。

門をくぐる者は神谷活心流を去る者か、警察関係者しかいないのだ。

 

それがよりにもよって、このタイミングで入門者である。

驚きもそうだが、逆に心配にすらなった。

 

 

「えと……あ、ご両親はどこかな?流石に君一人だけじゃダメっていうか、嬉しいんだけどご両親ともちゃんと話した方が……」

 

「父上の許可は貰っています。こちら、委任書です。お納めください」

 

「こ、これは御丁寧にどうも」

 

 

渡された書を開き、見るとそこには塚山家の当主直筆の入門依頼が書かれていた。

今は忙しいため息子と一緒に行けないが、何卒宜しく御願いします云々かんぬん。

 

 

「……って、塚山家?!有名な資産家じゃない」

 

「恥ずかしながら、この由太郎、嫡子にございます。どうか、入門のご許可を頂きたい」

 

「……むむむ」

 

 

素直に嬉しいことには嬉しい。

今は門下生が全員去り経営が苦しいというのもあるが、なによりも今は心に大きな影を射している。

一人でも新たに入ってくれれば、これを機に心機一転頑張れるというもの……なのだが。

 

 

「う~ん、取り敢えず中にどうぞ。入門の是非は置いといて、まずは道場を見ていって」

 

「……分かりました」

 

 

許可が得られなかったのが不満なのか、不承不承といった感じで頷く由太郎は、女性、神谷活心流師範代、神谷薫の後をついて行った。

やがて着いた道場はしんとしていて、綺麗に掃除されているのだが人の活気とは無縁な、まるでがらんどうの様な静けさを保っていた。

 

 

「はい、座布団。座って」

 

「ありがとうございます」

 

 

そうしてお互いが道場の真ん中で向かい合うようにして座った。

体験入門をしてもらうつもりはないようで、先ずは話をしようと思ったのだ。

 

 

「さて、由太郎くん。率直に言うと、私は君の入門を歓迎したいわ。今の神谷活心流は猫の手も借りたい状況にあるのだから」

 

「なら--!」

 

「待って、話を聞いて。君は今の神谷活心流の苦境を知らないわけではないでしょう?」

 

「……」

 

 

沈黙を、神谷薫は是と受け取った。

事実、由太郎は神谷活心流の現状をしっかりと把握していたのだ。

 

神谷活心流は、人を活かす剣を目指して創成された流派だ。

開祖は神谷薫の父君、神谷越路郎。

最初期はそれなりに門下生も多く、すなわち理解者が多かったのだが、越路郎の死、そして神谷活心流を騙る人斬り抜刀斎の暗躍により、多くの門下生が去ったのだ。

 

神谷活心流を騙る人斬り抜刀斎とは最近、近辺で辻斬りを行っている犯罪者で、自らをそう呼び、無作為に人を斬りつけている輩のことだ。

駆けつけてくる警官を返り討ちにしていて、既に死者も出ているとのこと。

 

もちろん、神谷薫は自分の流派からそのような犯罪者が出たとは思っておらず、騙りだと確信している。

だが彼女にとって由々しき事態であることに変わりはなく、神谷活心流を騙って暴虐の限りを尽くす人斬り抜刀斎なる存在には己の手で成敗し、汚名を返上しようと尽力しているのだが、未だめぼしい成果は得られていないのだ。

 

 

「自分で言うのも口惜しいけど、今の神谷活心流は評判が地に落ちているのよ。門下生という理由だけで後ろ指指されることだってきっとある。そうなることを分かった上で君を入門させるのは忍びないの」

 

「後ろ指指されるのは承知の上です」

 

「えっ?……いやいや、ほら、例えば前川道場とかは?あそこはここら辺じゃ一番大きな道場だし、そこは訊ねたかしら?」

 

「はい。僭越ながら、此処に来る前に入門を申し願いました」

 

「……えと、此処に来たってことは」

 

「はい、追い出されました。前川道場に限りません。全ての道場を追い出され、神谷活心流が最後なのです」

 

「どう、して……?」

 

 

愕然として呟く神谷薫に対し、由太郎は苦笑して答えた。

 

 

「入門理由……いえ、剣の道を志す理由を問われ、その回答をしたところ、すべての師範に『そんな理由で剣の道を歩ませるわけにはいかない』と言われました。『考えが改まったらまた来なさい』とも言われましたが」

 

「剣の道を志す理由? 私にも教えてもらえる?」

 

 

ごくり、と唾を飲み込み神谷薫は少年に問うた。

多くの師範に追い出されるほどの理由とは、一体。

 

 

「俺のかつての師が再現し体系づけた真古流剣術、その体得が、俺が剣の道を志す理由です」

 

「真古流……?」

 

「はい、すでに失逸した剣術流派です。僅かに残された古文書を先生が発見し、十年の歳月を掛けて読み解き、体得された剣術を、俺は身に付けたいんです。そのための下準備をしたいのです」

 

「下準備?」

 

「恥ずかしながら、俺は剣術のけの字も知りません。故に、先ずは剣がなんたるか、から学ぼうと考えたのです」

 

「……」

 

 

なるほど、と頷いた。

目の前の少年の剣を志す理由に納得し、そして追い出された理由にも納得した。

自らの掲げる剣術流派を学ぶのではなく、ましてや知らない流派を独自で学ぼうと言うのだ。

そりゃあ追い出されるわけだ。

 

だが、それでも神谷薫は全てが腑に落ちたわけではない。

 

 

「一つ聞いてもいいかしら。その真古流を学びたいのなら君の師に指導してもらうのが手っ取り早いし、筋が通っていると思うんだけど」

 

 

そう誰でも疑問に思うことを軽く聞いたのだが、当の由太郎は過剰に反応した。

歯軋りをし、太股の上に置いた握り拳を強く握りしめたのだ。

 

 

「先生は……先生は、捕まりました。非道な警官によって、今は刑務所にいます」

 

「……え?」

 

「真古流は先生が開祖です。故に多くの賛同者、そして同門の志を探していたのですが、その過程で先生を疎ましく思った警官によって、その理想を頓挫させられたのです」

 

「……」

 

 

いささかきな臭くなってきたわね、と神谷薫は小さく苦笑した。

なるほど確かに捕まっていれば教えを乞うことは叶わない。

それは分かる、分かるのだが--

 

 

「由太郎くんはもしかして、その警官に復讐したいの?それが、真の目的なんじゃないの?」

 

「……ッ!」

 

 

びくん、と震えた由太郎の肩を見て神谷薫はやはりか、と呟いた。

当たってほしくない予想が的中してしまった。

 

 

「入門する道場はどこでもよかったんだね。君が欲しいのは稽古をする環境と相手。その真古流剣術の体得はあくまで手段の獲得であって、本当の目的は復讐か……そりゃあ追い出されるわよ。私怨で竹刀を握らせるわけにはいかないもの」

 

「……ッ!!」

 

 

先程よりも強く歯を噛み締め、手を握り締める。

俯いているため表情は分からないが、震える肩からその感情は、二十にも満たない少ない人生経験しか積んでいない神谷薫でも手に取るように分かった。

 

でも、と神谷薫は一つのことに気が付いた。

彼は今まですべての道場に追い出されたと言っていた。

それはつまり、すべての師範に真実を話していたということだ(嘘か誠かはこの際置いといて)。

一つ目、二つ目ならともかくそれ以降、ましてや最後のここ神谷活心流の自分に対して、包み隠さず話す必要はないのではないか。

何故なら、黙ってただ剣道を学びたいと言い、一頻りの基礎を身に付けたらとっとと辞めればいい。

それがもっともズル賢いやり方だ。

 

だが、由太郎はそれをしなかった。

真実をすべて話し、入門の可否を相手に委ねる

それは、きっと彼が誠実だから。

復讐という私怨に囚われながら、しかし根っこの部分ではきちんと礼儀を重んじているのだ。

 

そう気付いたとき、神谷薫は自然とどうするべきか思い至った。

自己満足で、勝手なことだけれど、それでも--

 

 

「……。そうですよね、そんな奴の入門を許可する人はいませんよね。すみません、お騒がせしました。俺はこれで……」

 

「待って、由太郎くん。私は君に一言も出ていってとは言っていないわ」

 

「え、でも」

 

「確かに君の剣道を志す動機はちょっと物騒だけれど、だからってこれだけで追い返すのもまた違っていると思うの。だから教えてくれないかな?君の恩師と真古流剣術について。入門の可否はそれを聞いてからにするわ」

 

「……」

 

 

今までの道場ではここまで話して大概が追い返されるか、考えが改まったらまた来なさい等といったことを言われ、引き取りを願われるかだったため、神谷薫のこの言葉には心底驚いていたようだった。

だが、硬直は数秒だった。

直ぐに気を取り直して由太郎は語った。

 

あの小雨が降る夕方に起きた騒動から、夜にかけての忌々しい事件の流れを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、神谷薫は由太郎の師、石動雷十太の異常性を悟り、そして件の警官は彼が言うほどの悪徳ではないと理解した。

 

由太郎は自分の窮地を救ってくれた恩師の武威に魅せられたのだろう。

大きな理想を一人で追う姿に惹かれ、恩師に全幅の信頼を寄せるようになったのだろう。

 

故に、恩師の行動は全てが正当化され、神聖化され、それに異を唱えて邪魔する者が彼にとって悪なのだと思うようになったのだ。

 

これは、なかなか難しい問題だ。

雷十太の異常性を説こうにもきっと彼は信じないだろうし、そもそも解けるだけの絶対的な確証があるわけでもない。

 

 

「剣は凶器、剣術は殺人術か……間違ってはいないでしょうけど、少なくともそれは神谷活心流とは正反対だわ。真逆ですらある」

 

「……剣は人殺しの道具ですよ?どうやって剣で人を活かすんですか?」

 

「それを見付けるのが私の、私たちの道なのよ」

 

「なんですか、それ。師範代の薫さんも分からないの?」

 

「答えは一つじゃないということよ」

 

 

さて、どうしたものか。

雷十太についてはやぶ蛇だろうから、悪し様に言う警官について話そうかしら。

そこから彼の考えを解きほぐせればいいのだけれど。

そう考えた神谷薫は、思ったことをつと言った。

 

 

「それにしても不思議ね、その警官は」

 

「……確かに、あの奇怪な右腕はもちろんですが、異様な強さを持っていたのは不思議です。そこらの警官の強さなんて知れてますけど、奴は明らかに一線を--」

 

「あぁ、そうじゃなくて。不思議なのはその警官の言った内容よ。随分と懇切丁寧に君に助言をしてたじゃない?それが不思議なのよ」

 

「え?」

 

「え?自分で言ってて気付いてないの?」

 

 

お互い、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして見合った。

何を言っているんだ、そりゃ君でしょう、と口にせずとも通じ合った瞬間だった。

 

 

「あ~、まぁ当事者からすれば挑発されてるようにしか聞こえないか。第三者だから分かるのかしら……由太郎くんの聞き間違いじゃなければ、君の説明からはその警官はこう言っているように聞こえたわよ。俺を越えてみろって」

 

「……え?」

 

「恩師と同じ道を歩めば俺は越えられない、だからもっと見聞を広めて剣の道を歩んで強くなれ。結構親身になって助言をしていたように聞こえたんだけど……」

 

「いや、え?そ、それはないですよ。だってアイツは先生を捕まえた悪い奴で……」

 

「良し悪しは別として、その人は由太郎くんのことを思って助言をしたんだと私は感じたよ?実際、その内容は正鵠を得ていると私は思うし」

 

 

(きっとその人も、由太郎くんの恩師に対する執着を理解したんだろうね。そこから目を覚ましてほしいから助言した……けど)

 

 

挑発するのはどうかと思うよ、とまだ知らぬ警官に内心で苦言を呈した。

もっと親身になって説得すれば、恩師に対する異常なまでの固執を改めされられるんじゃないかな、と。

 

だがその一方で、その警官に対して少しだけ興味が湧いた。

先述したように、今は神谷活心流を騙る人斬り抜刀斎が巷で辻斬りとして暴れている。

神谷活心流はあんな人斬りを輩出したことなどなく、無関係だと何度も言っているのに総じて警察は神谷薫に対して当たりが強い。

それも仕方がないと言えば仕方がない、件の人斬り抜刀斎によって警官も数人犠牲になっているのだから。

 

故に、人斬り抜刀斎(犯罪者)を見るような目で神谷薫を見てくるのだ。

 

警察の事情はそうなのだが、神谷薫にとって警官とは自分の言うことを信じてくれない嫌な奴らなのである。

だが、この目の前の少年に対して心を慮って助言する警官がいるとは、少し見直した気分になっていたのだ。

自分の警官に対する固執した考えをこそ改めなければならないのかも、と彼女は思った。

警官も十人十色ということか。

 

 

「実際、その人は君の恩師が憎くて捕まえたわけじゃないでしょ?ただ仕事をして、残された君が君の力で張ってほしいから、色々と言ってくれたんじゃないかな」

 

「それは違います、薫さん。アイツは先生の力と理想に嫉妬して先生を捕まえたんだ。警察という職権を乱用したふざけた悪い奴なんだ」

 

「む、由太郎くん。この際だから言うけど、君の恩師は人殺しを是としてたんでしょ?なら捕まって然るべきじゃないかしら。その警官は寧ろ立派なことをしたと思うよ」

 

「なッ、先生は人殺しを是としていたんじゃない。先生は先生の理想を愚弄した奴に誅罰を下したんだ……!」

 

「自分の考えを否定されたら殺すの?それは人としておかしいわよ。ましてや人殺しの術を身に付けていたのだから、尚更危険じゃない」

 

「先生はずっと一人で大きな理想を抱いて戦っていたんだ!その同志を集めるために声を掛けたのに、それを無下にする方がおかしいだろ!」

 

「それがその警官の言う視野狭窄なのよ……!自分の考えが、先生の思想が第一だなんて烏滸がましいのよ。だから見聞を広めろって言われたんじゃない!」

 

「あんな警官の言うことを真に受けること自体がダメなんだ!薫さんもあんな奴の肩を持つのかよ?!」

 

「この……!!」

 

 

師範代とはいえ齢20も満たない娘である。

持ち前の負けん気と我の強さから段々と語調が荒くなっていき、それに伴い話もヒートアップしていった。

 

 

「先生がー先生がー、って君の主張はどこにあるの?!恩師を信奉するのは勝手だけれど、一から十まで恩師を模倣するの?!それこそ同じ轍を踏むことになるじゃない!……あぁッ、これその警官も同じこと言ってるじゃない!」

 

「先生の考えは間違っていないんだ!弟子の俺が引き継いで何がおかしいんだよ!先生の意思を受け継いであの警官に目にもの見せてやることが忠義じゃないのかよ!」

 

「それで同じ刑務所に入りたいって言うのならどうぞご自由に!たいした忠義心じゃない、刑務所にまでついて行くなんてね!美しすぎて腹立たしいわ!」

 

「なんだよ、先生との絆を馬鹿にすんな!俺が修行すればアイツを殺せるし、それをアイツも望んでいるんだろ?!上等じゃないか!」

 

「あぁもう!そんな危険思想を抱いた子供を野放しに出来るかぁ!その狂信的なまでの恩師第一主義を叩き直して、本音は知らないけれどその警官の思いを叩き込んでやるわ!そこに直りなさい!」

 

 

お互い座布団から立ち上がり、胸ぐらを掴む勢いの至近距離でギャーギャーと騒ぎ合っている。

そして神谷薫が竹刀を持ち、更にもう一本持ち出して由太郎に投げつける。

門下生に迎い入れるつもりはなくとも、その捻れた思想を叩き潰さねば気が収まらないようだ。

 

 

 

 

 

この日、昼頃から始まった喧騒は夜遅くまで続き、周りの民家から苦情が来るまで二人の怒号は鳴りを潜めなかったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ちょっと原作とは違う由太郎くん
狂信者っぽくなっていますが、ご容赦を
後々にいい感じに絡めていく予定です(出来るとは言っていない)

近い内にまた閑話を上げます……が、一つ確認したいのですが
原作に出ない歴史上の人物って出していいのでしょうか
ジョン・ハートレーとは違い、ガチで登場人物として出してよいものか、ちょっと教えてほしいです


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