前話の後書きにて記した疑問に対して、多くのご回答いただきました
この場をお借りして、お答えを下さった皆様に御礼を申し上げます
本当にありがとうございました
これで心置きなく歴史上の人物を描くことができます
で、早速ですが本閑話に一人出ていただきます
恐らく知らない方が多いかと思いますので、是非ググってください
今後とも、メジャーな歴史的人物よりもマイナー(失礼かな)な歴史的人物を出していこうかなと考えています
なぜなら、筆者の考えは「こういう人が当時居たんだよ、どうか知っておいてください」というのが根本にあるからです
この度の登場人物は、正にその筆頭です
長くなりましたが、とりあえずどうぞ
幅十メートルに満たない川を下に敷く橋の欄干にもたれ掛かり、俺は頬杖をつきながら
「馬鹿馬鹿馬鹿!こっち寄せんな、気持ち悪い!そっちで処理しやがれ!」
「うるせえぇ、第一発見者はそっち側の人だろうが!ならそっちの管轄だろ!」
「最初はそっち岸にあったんだよ!だからそっちの管轄だ!わざわざこっちに寄越しやがって、やることがセコいんだよ!」
わーわーぎゃーぎゃー、と川を挟んで凡そ十人ずつの警官たちがお互いに大声で叫び合っていた。
かなり長い棒を両陣営ともに持っていて、それで川の真ん中ほどにプカプカと浮かんでいる
否、押し合っていた。
「やめろ寄せんな臭い臭い臭い!気持ち悪い!」
「テメェらそれが仏に対して言うことか!罰当たりにも程が……うっぷ、おぼろろろろ」
「うわああ、コイツ吐きやがった!誰か風呂敷と水を持って来い!いいか、絶対もらいゲロなんかすんじゃねぇぞ、絶対だぞぼろろろ!」
「課長ぉぉおお!」
「しめた!西署の奴等ゲロりやがったぞ!今だ、押せええ!」
「「おおおお!」」
まぁ、あれだ。
水死体は見た目が非常にあれで臭いもキツいんだ。
ブクブクに膨れ上がった体からは身元を特定しづらく、死因も判別が難しい。
そもそも、まず引き上げて署にもって行くというのが精神的にも肉体的にも辛いのだ。
だからといって警察が死体を選り好みなんてできる訳もなく、水死体であれ焼死体であれ歯を喰い縛って捜査するのが常である。
が、殊に眼前の状況だけは常ならぬらしい。
どうやら川を隔てて東署と西署で管轄が別れているようで、その川にあった水死体を押し付けて捜査から逃れようという魂胆のようだ。
千葉県警ェ……
大の大人が罵詈雑言を並べながら必死の形相で死体を棒で押し合う姿は非常に滑稽だ。
間にあるのが死体でなければ、きっと笑っていただろう。
「はぁ……」
あそこで騒ぎ合う警官らを見ていると(かなり不謹慎な事をしているが)死と隣り合わせに生きている自分たちとは違うのだなぁ、としみじみと思ってしまう。
東京を発って半月。
ほぼ不眠不休で此処、千葉一帯の情報拠点を潰し回っていたのだが、調べたところどうやら昨晩ので最後らしかった。
漏れもあるだろうが、千葉で計四つの拠点を潰したのだから志々雄一派にとっては相当な打撃となったハズ。
ただ当然と言えば当然のことだが、クソ眠い。
瞼が重すぎる。
初っぱなからぶっ飛ばし過ぎたようだ。
このペースだと身体が保たんと思った俺は、昨晩の襲撃の後始末を終えた明朝より一日を休養時間として設けた。
つまり、今日一日を自由時間としたのだ。
休むもよし、羽目を外すもよし。
今朝がた部下全員にそう告げると、全員が思い思いに身と心を休ませるために動き出した。
けれど、当の俺は具体的な行動に移っていない。
観柳が御庭番衆をぶつけてくると考えているため、変に休むわけにはいかないのだ。
ましてや今は俺一人。
気を抜くわけには決していかない……のだが
「くそ眠ぃ……!」
クソ、ミスった。
休養といっても集団行動のままとすべきだった。
このままじゃまともにものも考えられず、戦闘・行動に支障を来してしまう。
どうする、どうする?
御庭番衆に狙われても行動に移されない、それでいて休息できる都合のいい場所なんてあるか?……あ、目の前にあるじゃん。
そうだよ、ここなら絶好じゃないか。
ということで、降りてきました。
川を挟んで死体を押し合う警官らの横の土手に俺は寝っ転がった。
警官らの訝しげな視線に晒されるが構わない。
周りの野次馬からの引かれた視線を感じるが気にしない。
ここなら奴等も大胆な行動に移れないだろう。
警察の権威の近くで休ませてもらいます。
草の匂いが鼻をくすぐり、心地よい水の音が心を安らげてくれる。
はふぅ。
あぁ……
あぁ……
……
「草がチクチク痛い……」
なにこれ、全然気持ちよくない(泣)。
テレビや本では気持ち良さげにしてるシーンが多いのに、リアルでやると全然じゃん。
あと天上の日光強い。
暑くはないけど瞼貫通する。
おちおち寝てらんねぇよ、これじゃぁ……ん?
「こんな所で寝るなんて、褒められた行為ではありませんよ?」
草のチクチクと日光から逃れようと体を横にしたら、俺の横で座っている少女が目に飛び込んできた。
だれ?
見た感じ年は10を過ぎてるようだけど、なんか利発そうな瞳をしているなぁ。
縫い合わせの多い和装と、キリっとしていながらどこか苦労の色がある瞳とが、なんかマッチしているような。
まぁなんでもいいや。
瞼は変わらず重いから、もう見てらんない(言い方)。
「見逃してくれ。半月近く続いた仕事がさっきようやっと終わったんだ。だから少し、仮眠を取りたくて……警官も忙しいんだよ」
「あ、そうでしたか。私の早とちりだったんで……って警察官?貴方が? 警察官のお召し物ではないようですが」
「うん……仕事の内容が内容だから、この服にしてるんだ」
あぁ、この体勢なら寝れそうだ。
腕を枕にして体を縮める。
「あの人たちがやっている罰当たりなお仕事ですか?」
「……あれと俺は無関係だよ。俺は、東京から来て偶々あれを見かけただけの、ちょっと特殊な仕事をする……警官」
「特殊なお仕事?それは何なんですか?」
あぁ、眠い。
俺はさっきから誰と話しているんだ?
夢と現実の区別がつかないんだが、今俺は何を話してるんだ?
あぁ、もう意識がーー
「国家の敵を…帝国の誕生を、邪魔する奴をしょっ……ぴく」
「てい、こく……?日本はまた、変わるのですか?何故変わるのですか?変わったらどうなるのですか?」
「くぅ……」
「ちょ、寝ないでください。教えてください、日本は今後どうなるのですか?貴方様は誰を敵としているのですか?」
……
…………
………………ハッ、やべぇ寝てた?!
咄嗟に起き上がった俺の目に写ったのは、茜色に染まる千葉の町並みと小川。
ひぐらしの鳴き声が哀愁を漂わせながら、俺の耳に届いていた。
川縁を見ると、件の警官らと死体の姿はとうに見えず、どうやらどちらかの署が泣く泣く死体の捜査を行うことになったようだ。
「あ~がっつし寝ちまったのか。ざっくり三、四時間ぐらいかな。まぁおかげで幾分か頭もスッキリしたが、結局御庭番衆は来なかったのか……重畳だな」
「それは何よりですね」
「って、わぁ!」
え、誰?なにこの娘?!
「酷いです。人に興味を持たせながら、自分は寝てしまわれるなんて。御預けを言われて放置された犬の気分です」
「えと、ごめん。でも君は……」
だれ?と聞こうとするより先に、少女が立ち上がって御辞儀した。
「申し遅れました。私は畠山家が長女、畠山勇子と申します」
「これは御丁寧にどうも。俺は東京警視本署の狩生十徳。ところで、興味って?寝る前に俺何かした?」
「はぁ、本当に覚えてらっしゃらないんですね。狩生さんは御自身の職についてと、この国の未来について少しだけお話ししてくれました。質問をしようとしたら、日を改めて詳しく教えてあげる、と約束して寝てしまわれたのですよ?」
「んん?!」
マヂか、俺そんな約束しちゃったのかよ!
寝惚けてたあまりに余計な事をしちゃったのか。
睡魔に勝てなかったとはいえ。
で、この娘は甲斐甲斐しく俺が起きるのを待っていたわけか。
ええ娘やん(確信)。
「ゴメンね勇子ちゃん。約束は守りたいけど、明日には他所に行っちゃうからーー」
「では約束を破られるのですか?」
「うぐッ」
ダメだ。
そんな捨てられた子犬みたいな目で俺を見上げないで。
「なら今日これから御話をお聞かせ願えませんか?母に言って夕食を共にしていただきましょう」
「いや、それは急すぎるし!迷惑だから」
「大丈夫です。ささ、行きましょう」
むんず、と袖を掴まれて引っ張られる俺。
かなり強引な娘だなぁ。
流石に振りほどくのは気が引けるし、御母堂に断られれば彼女も諦めるだろう。
いたいけな少女と交わした約束を破るのは心苦しいが、別の機会を作って心行くまで話をすればいいんだ。
だからまぁ、今はこの小さな手に引っ張られよう。
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勇子ちゃんの御母堂は眉をしかめるどころか喜んで俺を遇してくれて、夕食を御馳走させてもらうことになってしまった。
御母堂からは娘と話をしてくれるだけで有り難いとのこと。
聞くところによると、どうやら勇子ちゃんは幼い頃に亡くなられた御尊父の教鞭の影響で、人一倍政治や歴史、国際情勢に興味を抱いているらしい。
子供で、しかも子女でそのような趣味を持つことに周りからは変人を見る目を向けられているようだが、そんなことはどこ吹く風。
彼女は常に歴史や今起きている国内外の大きな事件について、大人たちに聞かせてとせびるようだ。
そして当の御母堂は、自分では彼女の知的欲求を満たせてあげられないことに忸怩たる思いを抱いていたのだという。
だから、俺のような現職の警察官は是が非でも話を聞かせてやってほしい、とのこと。
それはまぁいいんだけども……勇子ちゃん凄すぎない?
小学生低学年くらいの御年でそこまでの知的好奇心を持つとは、お兄さんビックリだよ。
てゆうか原作に居たっけ、この娘?
アニメは見てないから知らないけど、少なくともオリジナルでは居なかったハズ。
となれば史実に実在した人か?
畠山勇子。
俺は彼女を知らない。
一般人として
それでも、彼女から垣間見える芯の強さとか稚拙ながらも大胆なる行動力を見ると、どうにも後者な気がしてならないのは気のせいか?
「この度は突然押し掛けてしまい申し訳ありません。日を改めてお伺いしたかったのですが、何分今日を逸すると次はいつになるか分からないので」
「お話は娘から伺っております。あの娘が無理矢理お連れしてしまったのでしょう?私どもの方こそ、謝らねばなりませぬ。誠に申し訳ありません」
「滅相も御座いません。変な事を吹き込んでしまったのは私の方ですから。御夕飯まで御相伴に預からせて頂けるなんて、本当に面目次第も御座いません。あ、これつまらないものですが、近場で買ったお豆腐とお野菜です」
「あらあら、なんてこと。そんな事してくださらなくてもよろしいのに。いえ、本当に受け取れませんよ。質素ですが我が家にある物で賄わせてください」
「いえいえ、どうか御受け取りください。何もお渡しできずにお邪魔するなんて、そんな失礼なことできませぬゆえ。どうかどうか」
「そんなそんな、本当にすみません。ではお代だけも………」
「いえいえ…………」
「いえいえ……」
…………
いつまで続くんだ、このへりくだった話し合いは?
古き良き日本人の掛け合いで最初は新鮮味があったけど、一向に話が進まんからツラい。
まぁでも、申し訳なく思っているのは事実です。
無理矢理とはいえ連れて来られる事に拒否を言い出せなかったのだから。
「狩生さん、いつまでそこで駄弁っているのですか?早く此方に来てください。そしてお話を聞かせてください」
「ささ、どうぞ。お上がりください。直ぐに夕食の支度をなさいますので、あの娘のお相手を宜しくお願いします」
「はい、お構い無く。では、お邪魔します」
畠山家のお宅にお邪魔した俺は、約束通り勇子ちゃんとお話をするために向かい合うように座り、一息ついてから口を開いた。
「じゃあ約束通りに話をしよう……と言いたいところだけど、生憎と俺は口が上手い方じゃないからね。だから勇子ちゃんの質問に答える、というのでどう?」
「そうですね。その方が私も助かります。ありがとうございます。アトウソツイテゴメンナサイ」
「ん?なんて?」
「いえ、何でもありません。では早速なんですが、十年以上前に各地で起きた維新とは、なんなんですか?どうして起きたんですか?」
「おぉぅ、いきなり難しいこと聞くのね……んん、ざっくり言えば、当時の日本の統治機構である幕府と、それを打倒しようと行動を起こした緒藩との争い、かな。何故起きたかと聞かれると、一概には答えられない」
「どうしてですか?」
「オッケー、順を追って説明していこう。まずーーー」
そうして始まった俺のなんちゃって講義。
そして随所に勇子ちゃんから質問が飛んできて、俺はなるべく真摯に、包み隠さず答えた。
無論、国家機密については話さないし、余計な未来の事についても話さない。
ただ淡々と、彼女の質問に対して、未来の教科書で得られた知識をもって返していた。
それで思ったんだが、彼女は本当に賢い。
ずば抜けていると言ってもいい。
歴史の話が維新から今へと至ると、次は国際情勢について質問攻めされたのだが、そこでの彼女の理解力というものに俺は御世辞抜きに舌を巻いてしまった。
「これは……!!」
「大雑把な日本の周辺地図だ。ここが日本の中枢である東京府。ここが商業の中心である大阪府で、日本の歴史の中央である近畿及び京都府。で、ここが今俺たちがいる千葉。そしてこの列島そのものが、日本国だ」
「ここに……私達が、いるのですか?」
まだまだ日本地図を目にする機会は少ない時代だ。
ましてや周辺国が分かる小さな極東地図など、軍関係者以外ならまず見ないだろう。
だから俺は紙を用意してもらい、そこに簡単な地図を書いたのだが。
するとどうだろう。
彼女は食い入るようにそれを見詰め、そして凄まじい回転速度で脳を回している。
それが分かるほどに、ぶつぶつと呟きながら地図を絶え間なく指差して考えに没頭しているのだ。
「これが……日本」
「日本を含めたここら一帯は亜細亜と呼ばれる。そして日本は亜細亜の最も東に位置する国。だから極東の島国といえば、それは日本のことさ」
「……亜細亜とは、なんなのですか?亜細亜以外は、否、世界とはなんなのですか?!」
地図から俺に移った彼女の黒く輝く瞳は、普段と変わらないハズなのに、なんでか俺は全てを飲み込むブラックホールを連想して、大きな頼もしさと少しの畏怖を感じてしまった。
純粋すぎる瞳が、どこか危ないと思うのは気にしすぎだろうか。
そんな若干の不安を隠しながら勇子ちゃんの知的好奇心に応えるために、俺は紙を継ぎ足して簡単な巨大世界地図を描き上げた……んだけど、これ間違ってるね。
朧気な記憶を頼りに描いたから大陸そのものが不正確だし、今の時代の欧州の各国がちょっと分からん。
オスマン帝国の国土ってどんなん?
オーストリア=ハンガリー帝国ってどこまで勢力伸ばしてた?
ドイツころころ形変わり過ぎ。
ポーランドってこの時代にはなかった気がする。
火薬庫と呼ばれる地域の国も位置関係が不明だ。
アフリカの植民地も今ぐらいから始まるんだよね。
インド(ムガル帝国?)はもう英国領で、東南アジアの植民地化はこれから始まる……ハズ。
中国もとい清国は現在進行形。
植民地(予定含む)は白い無地のまま、欧州(ロシアとアメリカも)には国名と国境を大雑把に描き、アジアは日本と一応清国と朝鮮の国名を書く。
う~む、我ながら酷い出来だな。
ちらりと勇子ちゃんを見ると、世界の広さに、転じて日本の小ささに唖然としているようだ。
「この欧州と呼ばれる地にある白人国家群が世界そのものと言っていい。何故なら、他の白い場所の殆どを領土にし始めているからね。西側からじわりじわりと侵食が進んでいる。日本に来るまでに、そう時間は掛からない」
「…………」
フリーズしたった。
う~む、刺激が強すぎたのか?
でも理解してるからこそ圧倒されたんだよな。
今ごろ必死に脳内で処理してるんだろう、ここは勇子ちゃんが再起動するまで待つか。
と、俺が筆を仕舞うと同時に御母堂がお夕飯を運んできてくれた。
御礼と軽い謝罪を述べると、再び始まる謙遜の応酬。
ようやっと食事にありつける段になって、勇子ちゃんも再起動を始めた。
そして口から溢れるは質問の数々。
ままま、続きは食後にね。
冷める前にお夕飯をいただきましょう。
「白色人種の国家ですか……白色人種とはなんなのですか?私達は違うのですか?え、黄色人種?何を仰ってるんですか、どこが黄色いと言うんですか?」
「東に大海、西に大陸……大陸からの脅威に備えるとしたら、この朝鮮なる場所とさはりんなる場所が重要ですね……え?さはりんは無視していい?なんでですか?交換条約?なんですかそれは?」
「ロシヤなる国家は巨大過ぎます。清国なる国家もまた巨大です。こうして見ると、日本とは斯くも小さいのですね……もし日本が他国に呑まれたら、私達はどうなるのですか?植民地に居る者は、どうなってしまうのですか?植民地とは、そもそもなんなのですか?」
「そういえば狩生さんの髪は白いのですね。狩生さんは異国の人なのですか?だから斯様に多様な事をご存知なのですか?お生まれはどこですか?え?薩摩?馬鹿にしているのですか?」
誰かこの娘止めて。
勇子ちゃんの質問攻めは止まることを知らず、俺の答えに被せて質問してくる始末。
ねぇせめて俺が言い終わってから質問して?
あとじっと俺の目を見詰めないで、覗き込まないで。
答えづらいから!
と、四苦八苦答えを絞り出している間に、気が付けば夜も大分更けていた。
これ以上の長居は申し訳ないのでお暇させてもらおうとしたのだが、あろうことか勇子ちゃんと御母堂は泊まっていけと懇願してきた。
流石にそれは遠慮させていただいたが。
そんなに楽しんで(?)くれたのなら俺も嬉しいんだけど、いやはやこの娘の貪欲な知的欲求には頭が下がっちゃうよ。
「狩生さん。またいつか話を聞かせていただけますか?」
「応とも。また此処らに来たら寄らせてもらうよ」
俺もこんなに詳らかに話をしたのは初めてだったから思いの外楽しめた。
そうだな、この志々雄一派との騒動が一段落着いたらまた千葉に来ようかな。
俺は残念そうな顔の勇子ちゃんに後ろ髪引かれる思いを抱きながら、玄関で靴を履き慣らす。
「あの、最後に一つだけ教えてほしいことがあるんですけど、いいですか?」
「ん、なに?」
「最初にお会いしたとき、狩生さんは日本帝国が誕生するような事を仰ってました。それを邪魔しようとする者を捕まえる、とも。日本帝国とはなんですか?狩生さんはその誕生のために御尽力されてるのですか?それができたら、どうなるのですか?」
「う~ん、これまた難しいことを最後にぶっこんでくるねぇ」
正直、これについても語りたいのは山々だ。
日本の帝国化の蓋然性や方法論、将来(俺にとっては歴史だが)の展望等々。
勇子ちゃんならきっと理解できるという確信があるんだが、如何せん時間が時間だしなぁ。
それに自惚れじゃないけど、俺の考えを教えて、それ一色に思考を染めてしまうのは違う気がする。
俺の知ってる事は教えよう、けど俺の考えを教えたら、今の勇子ちゃんだとそれを是としてしまう気がするのだ。
俺は腰を折って勇子ちゃんの目線に自分のそれを合わせ、彼女の頭を撫でながら言う。
「勇子ちゃん、一つ宿題だ。今日の俺の話で、君はたぶん日本でかなり先進した知識と知見を得られたと思う。きっと、学校の先生よりもだ。だから学んだことをじっくりと、ゆっくりと噛み締めて考えるんだ」
「考える……?」
「そう、常に考えるんだ。答えが得られるまで考えて、得られた答えが正しいのかも考えて、更には他の答えも無いか考える。そうして、いつか俺と答え合わせをしよう」
頭から手を離すと勇子ちゃんは、あ、と呟いて少し名残惜しそうな顔をした。
その様子に俺は笑みが溢れてしまった。
「お題は、日本の将来についてだ。これからの日本が『歩むべき道』を自分なりに考えてみるんだ」
もちろん正解なんて無い。
自分の思う正解を筋道立てて説明できれば、それで正解だ。
あるいは『歩むべからざる道』を提示してくれたって全然構わない。
どんな答えを示してくれたって、きっと花丸をあげちゃうくらいだ。
かなり難しいと思うが、この娘にはそれだけの知識と視野があると確信している。
地図だって渡したし、必要な事はかなり書き込んである。
きっと、そう遠くない将来、彼女なりの答えを見つけられるハズだ。
「分かりました……私、頑張ります!いつかきっと、自分なりの答えを見つけます!……だから、その時は……答え合わせの時は、また、頭を撫でてもらえますか?」
なんて、気付いたら勇子ちゃんの瞳には涙が溜まっていて、その声は少し震えていた。
そんな不安そうに見詰める彼女の様子に堪らないほど胸がずきりと痛んだ。
「……ッ、」
「この娘は早いうちに父を亡くしたものですから、頼りになる男性に甘えたがるのでしょう。申し訳ありません狩生さん。何卒よしなに……」
答えるより先に御母堂がそっと俺に言った。
同時に、俺はさっきまでの自分に対する怒りが沸き上がった、
俺は、さっきなんて思った?
騒動が一段落着いたらまた千葉に来ようかな、だと?
この娘のこんな顔を、こんな目を見て、未だ「~に来ようかな」なんて呑気にほざくか?
ふざけんな!
この娘はこんなにも必死でいるではないか。
彼女の必死に応えずして、なにが頼りになる男性か。
「ごめん、勇子ちゃん。約束しよう。すぐに、またすぐ千葉に来るから。必ずまた会いに来るよ。その時は、もっといっぱい話そう。もっといっぱい遊ぼう!」
「はい……はいッ。私も、東京に行くことがあれば、必ず会いに伺います!」
俺は彼女と指切りげんまんをした。
また必ず会おうと、答え合わせをしようと。
つ、と頬を流れる彼女の涙は、しかし笑顔になった今では輝く宝石のよう。
俺は畠山家が見えなくなるまで大きく手を振り続けた。
本編の続編は、今週末か来週頭に投稿再開します
では、また