明治の向こう   作:畳廿畳

39 / 69



新型義手の本領発揮です


では、どうぞ










37話 横浜激闘 其の肆

 

 

 

 

 

空気をぶち破り、屋根瓦の破片を巻き上げながら迫ってくる鉄球に――

 

 

「がああぁぁ!」

 

 

大きく上に振りかぶった大鎌を叩きつけ、地に縫い付ける。

倉庫一棟を震わす轟音が響き、見事に大鎌は鉄球を貫通して、そこに制止していた。

ほっと息を吐く間もなく、背後から急速接近してくる般若に意識を向ける。

 

速いッ、が、見失うほどの速度ではない。

十分に目で追い付けられ、かつ反応できる!

 

両手から繰り出される怒濤の鉤爪を武骨な刀一本で受け止め、時には躱し、時には隙を突いて反撃に打って出る。

奴の一撃は俺に当たらず、さりとて俺の攻撃も当たらない。

 

 

「ぜあッ!」

 

「ふ、はぁッ!」

 

 

空気を切り裂く音と互いの息遣いだけが響く。

 

クソ、原作キャラと実力が伯仲なのは喜ばしいことなんだが、今この瞬間においては全然嬉しくない。

もう一歩で届きそうなのに、それが全然届かない。

逆にヒヤリとする場面も多々あるため、非常に歯痒い。

 

しかも、標的の廃倉庫の方から銃声が聞こえた気がしたのだ。

空耳じゃなければ、おそらく戦闘が始まったということだ。

手筈では俺が先陣を切って突入することになっていたため、俺が向こうに行っていないのに戦闘が始まったということは、つまり不測の事態における戦闘が起きた可能性が高い。

すなわち、ここで俺が時間を掛けるわけにもいかないのだ。

 

だが、一気に攻勢に出れば此方も無傷とはいかなくなるだろう。

 

どうする、どうする?

このまま均衡を崩せるチャンスを窺い待つか?

 

……はッ、呆けたことを抜かすな。

無傷で原作キャラから勝利を掴み取ろうなんざ虫が良すぎるだろうが。

雷十太ごときを相手取った時ですら、その実辛勝だったじゃねぇか。

覚悟を決めた敵を相手にして自らの身を慮るなど、何様のつもりか!

 

剣戟の合間、一瞬の虚を突いて俺は間合いを取る。

訝しげに此方を見遣る般若と式尉を無視し、一つ、二つと深呼吸を繰り返す。

 

弱い俺は大なり小なり代償を払わなければ原作主要キャラには勝てないんだ。

だったら、一気呵成に攻め込むしか道は切り開けない。

 

命を賭けて、成果を掴み取れ!

全身全霊をもって、勝利を奪い取れ!

 

 

「--機関、起動」

 

 

黒マントを放り投げてから構え、呟く。

 

がこん、と歯車が噛み合う音が骨に響いた。

そして幾百幾千もの歯車が回転し始め、重々しいタービンの駆動音が徐々に臓腑を震わしていく。

 

本気で勝負に出るんだ。

後先のことは考えるんじゃねぇ、今は目の前の敵だけに集中しろ。

 

 

「ッ、ぐぅ、ぁぁぁぁ……!」

 

 

必死に精神を律してこの身に襲い来る辛苦に抗う。

 

熱が骨の髄を、五臓六腑を駆け巡り、意識に靄が掛かり始めてきたのが実感できる。

それでも、機関の回転率は落とさない、否、むしろ更に上げていく。

 

やがて右腕は高熱を帯び、次第に赤へと変色していく。

 

あぁぁああ……熱い熱いアツいあツいアついあついあついいいい!

 

全身の肌が焼け爛れるんじゃないかと思うほど、暑くて、熱くて、あつすぎる。

身の回りの空気も熱せられ、呼吸する度に喉が焼け溶けそう。

靄の掛かる意識に加え、熱で空気が歪んでいるのか、それとも眼球の水分が蒸発しているのか、視界があまりにも覚束ない。

 

意味が無いのは分かっているが、少しでもあつさから逃れたくて服を破り捨てて上半身裸になる。

 

 

「な、なんだありゃあ?!」

 

「……ッ?!」

 

 

でも、まだ()()()()

こんな程度じゃ、二人を相手にしての勝率は高くない。

 

もっと、もっとだ。

己の身を顧みるな、最大限の能力を求めるんだ。

 

機関回転数……向上。

熱エネルギー……増加。

 

脳髄に響く機関の駆動音はあまりに醜悪で、まるで自分の身体が機械そのものなのではと錯覚するほど。

それに、汗をかく機能が壊れたのか、それとも既に内臓に致命的ダメージを負ったのか、身体からどんどん水分が奪われているのはきっと気のせいじゃないハズだ。

 

そして、遂には右腕に巻いていた包帯が何かの弾みで着火し、その右腕が炎に包まれた。

 

 

「--、ぁぁぁぁッ、ぁぁぁあああ……!」

 

 

右腕が、火柱へと形を変えた。

 

燃え盛る右腕は生身の肉体を(いぶ)り、空気を伝う熱は一切の水分の存在を許してくれない。

血液さえも沸騰し、蒸発するのにそう時間は掛からないだろう。

 

ふと、右腕を包む業火から、一本の赤く変色した刀が出ているのが、ボヤける視界の隅に映る。

一切の装飾を排した、外印特製の(こしらえ)の無い抜き身の剣。

ただ普通に使用するだけでは、()()()()()()()()()()()の範疇から出ない代物。

 

それが、真価を発揮する時がきた。

熱を帯び、禍々しい赤色に染まりはじめ、凶悪な様相を呈しだしたそれは、志々雄真実の愛刀からインスピレーションを受けた外印が作った、熱と炎を宿す狂剣。

 

素人が作った、刀という枠組みから超越した刀剣。

特定個人しか十全に活用できない、不出来な刀擬き。

 

 

銘を、不知火(しらぬい)

 

 

九州に端を発する、怪火(かいか)の一種。

 

水平線の彼方にて見て取れるが、何人たりとも近づき確認すること(あた)わない、冥界へ向かう霊魂と噂される灯り。

 

明治の世において正体不明とされる焔火。

 

その名を冠する刀が今、炎を纏いて産声を上げた。

 

 

 

「おおぉぉああああ!」

 

 

そして俺も吠え、叫び、喚いて――――爆ぜた。

 

面の下では驚愕の表情を浮かべているであろう般若の基へと一足飛びで肉薄し、奴の眼前で炎とともに刀を振るった。

 

膨大な熱量と炎が俺と般若の間の空間に生まれ、奴の動きを封じた。

その瞬間を突き、俺は奴に追撃――ではなく、その脇を駆け抜けた。

 

 

目標は、式尉。

 

 

「がああぁぁ!」

 

「ぬッ、ぅおお!」

 

 

熱い熱い熱い熱い熱い熱い!

何も考えられなくなる。

早く切らなければ脳が焼ける、身が焦げる。

 

はやくコイツらを殺して機関を切らなければ!

 

炎を纏った刀を振り下ろし、式尉が必死になって避ける。

一撃、二撃、三撃と尽く避けられるが、その度ごとに奴の身体に裂傷と火傷を刻み付けていく。

 

そして、刀を上に振りかぶり、意識をそっちに奪った瞬間--

 

「……なッ?!」

 

 

奴の鉄球から千切り取った鎖を左手で展開し、奴の足に絡ませた。

拘束は至って粗雑、なれど一瞬の足止めならば十二分に叶う。

 

これで(しめ)ェだ!

 

爆音を奏でながら振り下ろした刀はしかし、咄嗟に割り込んできた般若によって防がれた!

極大の金属音が響き、衝撃をまともに受けた般若の足元は陥没した。

 

 

「ぐ、ッうぅ……」

 

「邪魔をッ……するなぁ!」

 

 

均衡をすぐに崩すため、さらに機関の回転率を上げ、熱量を増大させて炎を巻き上げる。

危機を直観したのか、般若が片方の鉤爪で俺の刀を防ぎ、もう片方の鉤爪で俺の胸部と腹部、あるいは脚を連続して斬り付けてくる。

肉を裂かれ、血を撒き散らせれ、その舞った血が炎によって一瞬で蒸発するも、その尽くを無視する。

 

己の身を顧みるな、ここで終わらせる!

 

やがて向上した腕力を確認した俺は無理矢理鉤爪の防壁を叩き割り、返す刀で般若の身体を斬り上げた。

 

くそ、浅い!

今の一撃は咄嗟に身を逸らして躱され、お面を叩き上げただけに終わった。

 

 

「がああ!」

 

 

だが、ここで攻勢を緩めなどはしない。

体勢を崩して後ろに数歩よろめく般若に追撃を掛ける。

 

屋根瓦を陥没させて吶喊し、空気を貫く蹴足を般若の腹部に叩き込んだ。

奴の身体の後ろで空気が円形状に震えたのが確かに見え、次いで後方に奴が飛んでいく。

 

それを見届けることなく、俺は即座に刀を返しながら跳躍し、眼下にある般若の身体に照準を合わせ、落下--刀で貫いた。

 

ぐしゃりと、肉を抉りその肉と血を焼く音が聞こえた。

 

 

「がッ、はあぁ……!」

 

 

炎を纏う刀を肩に突き刺し、屋根瓦に縫い付けたのだ。

 

これで……()()()!残り()()

 

そんな算段を着けた直後、背後から腰に衝撃を受け、何かと確認するまでもなく式尉によるタックルだと判断した俺は、膝、肘を思いっきり奴の身体に打ち付け、その拘束を弛ませる。

 

この近接距離じゃあ刀は却って不便――ならば!

 

 

「あぁぁああ!」

 

「お、らああ!」

 

 

正面に見据えた奴の頭突きを受けて立ち、その頭蓋にヘッドバッドをぶちかます。

 

ごがん、とどちらかの頭蓋が割れる音が聞こえたが、互いにお構い無し。

奴の拳が俺の頬を殴り付け、ぐしゃりと異音が骨に響くと、お返しとばかりに炎を纏って威力の上がった右腕によるボディブローを叩き込む。

 

衝撃が骨を叩き割り、臓腑を貫いたことが感触で分かった。

 

 

「ぐ、ふぅっ……!」

 

 

そしてくの字に身体を曲げた式尉の頭が俺の眼前にまで降りてきた。

そこに打ち下ろしの右(チョッピング・ライト)を叩き込む!

 

炎が奴の頭を貫き、空気が悲鳴を上げるとともに頭骨もまた悲鳴を上げた。

即座に二撃目のアッパーカットを奴の顎骨に見舞い、燃え盛る拳を突き上げた。

 

たたらを踏んだ奴はやがて仰向けにどっと倒れ、その無防備な胸部に

 

 

「がああぁぁ!」

 

 

渾身の右拳を叩き込む!

 

拳は胸骨を叩き割り、衝撃は内臓を通して屋根へと至った。

瓦が爆散し、材木がへし折れ、轟音を響かせながら式尉と俺のいる場所を中心にクレーターが一瞬だけ生まれ――

 

数秒後、俺と式尉はもちろん、屋根全部が崩壊して倉庫内へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっつぅ~……こりゃ乱用は厳禁だな。頻繁に使ってたら身体も燃えちまうし、なにより精神が参っちまう」

 

 

機関を止め、充分に冷却されたのを確認した後に新しい包帯を巻き直しながら、ぼやく。

 

先の戦い、舞い上がる炎によって半端じゃない熱量がこの身を襲い、皮膚はおろか骨や肉すら焼け爛れるんじゃないかと思うほど暑苦しく、息苦しかった。

それに、なんだか自分が獣になったような錯覚にも陥り、事実、とてつもない破壊衝動と暴力衝動に駆られていた。

 

外印の野郎、またとんでもない精神汚濁の装置(?)を付けやがって。

義腕は感情の振れ幅が大きくなって、喜と哀の感情が波になって身体に押し寄せて来たんだが、今回の義手は理性を吹き飛ばす獣性が波になって押し寄せて来た。

 

後先考えずに乱用していたら、いつか己を見失いそうだぜ。

 

 

「ぐ……あぁ、」

 

「ふぅ、ふぅ……が、ふッ」

 

「……」

 

 

ふと、暗闇の中に目を遣ると、呻く般若と式尉、そして白目を剥いて気を失っている癋見を見つけた。

全員崩れた天井とともに落下したようだが、何かの下敷きになっている者はいなかった。

 

痛み、流れ出る血を手で抑えながら、この中でまだ脅威に成りうる般若に近付いていく。

癋見は言うに及ばず、式尉も立つことすら儘ならない状態だ。

戦闘・行動不能で脱落と見なしていいだろう。

 

だが、状態を問うのなら俺だってかなり満身創痍だ。

身体中鉤爪による裂傷があり、脇腹は螺旋鋲によってくり抜かれ、額と頬も式尉の頭突きと拳打によってぱっくりと裂かれている。

三人を下すのに払った代償は、決して小さくなんかない。

 

 

「ぐッ、ぅぅ……はぁ、はぁ。だが、お前ら三人を返り討ちにできたんだ。十分な費用対効果だ」

 

「……俺の顔を、ッ、見て……何も言わ、んのか」

 

「あん?何か言ってほしいのか? う~ん、敢えて言うなら……そうだな、いい面構えしてんじゃねぇの?」

 

 

足元に転がるマントを拾って首に巻き、上半身を隠す。

同じく足元に転がっている大鎌を拾い、その切っ先をフラフラと立ち上がって此方を睨む般若に向ける。

 

メタ的な発言になるが、般若は確実に初見殺しの存在だ。

腕に彫られた白黒色の入れ墨により、目の錯覚を引き起こさせて腕を実際より短く見せる「伸腕の術」。

あらゆる変装をこなす為、自ら頬骨を削って唇を削ぎ落とし、瞼を取り除いた醜い顏。

 

前者は、敵からしたら般若の腕が急に伸びるように見え、いとも簡単に攻撃を喰らってしまう。

後者に至っては、般若のお面を外されたら恐怖と混乱で戸惑ってしまうだろう。

それほどまでに、般若の素顔はおぞましく、原作では化け物と原作キャラに言われる始末だからな。

 

原作の予備知識がなければ、俺は恐らく般若に勝つことは叶わなかっただろう。

今もこうして眉一つ動かすことなく評せるのだから、斯くも情報というのは偉大なのだということを改めて実感できるぜ。

 

 

「入れ墨もその顔も、生半可な覚悟じゃできねぇ。そうすべきとお前が判断し、結果そうしたんだろ?ならその意気の表れを、見た目で判断するほどの愚を犯しはしないさ」

 

「……ふッ、ふふ」

 

 

あん?

なんか鼻で笑われたぞ?

 

 

「なるほどな。だからお頭は……」

 

「笑ったと思えば次は独り言か。それで、どうする?この場でお前にはもう勝ち目はないぜ。大人しく降るのなら、一応警察だし、無下にするのも吝かではないが?」

 

「冗談。事ここに至れば、もはや撤退は許されない。我らにあるは任務完了による生還か、失敗による死か。二つに一つしかないのだ」

 

 

乾坤一擲の覚悟か。

はじめは俺を甘く見ていてそんな気もなかっただろうが、直ぐ様死を前提とした気持ちに切り替えられるのはやはり流石だ。

 

奴は早々に立ち上がり、熱せられた俺の刀を握り締め、痛みから漏れ出る苦悶の声を噛み殺しながら肩口から引き抜くと、それを俺に投げ返した。

からん、と俺の足元に抜き身の刀が転がった。

 

 

「今のお前なら命じゃなくて意識のみを刈ることもできそうだが……そいつは失礼だよな」

 

 

くそ、まるで鏡を見ているようじゃねぇか。

 

俺も宇治木も、部下全員も。

ここ横浜での戦闘の意味を重々承知している。

命を擲ってでも任務を成し遂げろ、と。

言ってしまえば死兵になれということだ。

 

死を約束された戦法。

あの世への片道切符。

 

そんな相手を目の前にすることが、こうも心苦しいとは。

 

 

「結構。俺は最後の瞬間まで、お前の命から目を離さない。お頭のため、御庭番衆の名のため、お前を殺して任務を完遂する」

 

「……重畳」

 

 

奴が徒手空拳で構える。

それに応えるように、俺も大鎌を構える。

 

手加減も、躊躇も、しない。

腕や足だけをもらい終止符を打つ、などという考えも捨てる。

確実に殺して、後顧の憂いを断つ。

観柳に対して今後どう展開が変わっていくか分からなくなるが、もう今更だし。

 

すっ、と己の目から光が消えていくのを実感する。

そして暗闇の中にはっきりと浮かぶ般若を見据えながら、じりじりと間合いを潰していく。

向こうも片腕だけで構えながら、しかし必殺の信念を瞳に乗せて此方を睨んでくる。

 

そして、互いに爆ぜた。

 

 

「きいぃぇええ!」

 

「がああぁぁッ!」

 

 

高速で接近してくる般若を一息に両断せしめんとして、大鎌を水平に大きく振りかぶる。

 

極限にまで高めた集中力は、コンマ一秒の世界を延々と引き延ばし、己が目は般若の動きをミリ単位で精確に捉えていた。

故に、奴が俺の間合いを完全に犯した瞬間を把握し、そこに全力を注ぎ込むことができた。

 

集中力は他の情報をシャットアウトする。

傷の痛みも、周りの音も、鼻を突く血の臭いも、なにもかもの情報を脳へ送らせない。

神経、意識が視覚にのみ注がれ、ただただ般若をこの一撃で屠らんとする覚悟が、これを成させた。

 

般若が一歩を踏み込んだ瞬間、俺も一歩を踏み出した。

そして全力の大鎌が轟音とともに空気を切り裂きながら、奴の頸部へと吸い込まれていく。

 

明確な殺意と、確実なタイミング。

 

故なる必殺の確信。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、衝撃とともに吹き飛んだのは俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

 

そこには、赤い髪をした一人の男がいた。

そして傍らには一人の日本人男性と、奇妙な仮面を被った西洋の女人もいる。

 

三人はここ横浜で出会い、小さな騒動に巻き込まれていたのだ。

原因は、奇妙な仮面を被った西洋の女人(名をエルダーという)にある。

黒装束に同じく黒の高帽子(シルクハット)を被るこの女人は流浪の医者で、今は横浜の外国人居留地に身を置いているのだが、彼女の存在を疎ましく思った現地勢力との武力衝突が騒動の内容だ。

 

あわや天然痘がばら蒔かれ、横浜の一角が死に追いやられるほどの危機となっていたが、ここでの具体的な内容は割愛するとして、結果としてエルダー女医側に赤髪の流浪人が付き、また喧嘩の強い俥屋(人力車の運転手のこと)の青年も付いたことにより、騒動は現地勢力の壊滅によって終わった。

 

主犯の日本人医師の身柄も拘束し、翌日に俥屋の青年が神奈川県警に突き出すとのこと。

外国人居留地でのことだが、日本人の犯罪のため問題なく身柄を引き渡せるらしい。

 

さて、そんな三人が騒動も一段落したことだし、取り敢えず今晩は解散しようか、という話をしていたところ、赤髪の流浪人がただならぬ異変を察知した。

微かに聞こえた気がした銃声、しかも複数回。

心なしか音のした方の夜空が赤く燃え上がったような気がし、その後に何かの倒壊音が聞こえた。

これは銃声以降に耳に気を配っていたため、確かに聞き取れた。

 

どうかしましたカ、と片言の日本語で流浪人に様子を問う女医だが、考えに耽っている流浪人は答えない。

 

気のせいか?と自問するが、是も非も下せないと瞬時に判断し、問い掛けてきた女医と俥屋の青年に微笑みながら後の事は任せると伝え、ゆっくりと慎重に異変の中心地であろう倉庫街へと歩を進めた。

 

女医と俥屋の青年が戸惑い、どうしたのかと尋ねるが、微苦笑を浮かべながら宿に戻るよう優しく、しかし拒否を許さない堅い声音だった。

 

嫌な予感がしたのだ。

胸騒ぎがして、無意識に駆け出しそうになる足を必死に堪え、歩き出した。

 

もしあの銃声が空耳じゃなければ、もしあの夜空を照らした炎が気のせいじゃなければ、きっと先程関わっていた事件よりも大きな事件であるに違いない。

 

先程の事件とて、決して小さいものではない。

天然痘が国際港横浜にばら蒔かれたならば、その影響は人的にも絶大だし、国際的にも甚大な影響を与えただろう。

だが、もしあそこで起きているであろう騒動がそれを優に上回る代物だったら?

いや、銃声が何度も轟いたのだから、もはや騒動などという規模に収まっていないのではないだろうか。

 

それは、もはや紛争だ。

 

まだ何も分からない状況だし、当然全てが気のせいである可能性だってある。

全てが杞憂で済む事なのかもしれない。

先程の騒動で気が立っているから大袈裟に考えている、という可能性も少なくない。

そもそも流浪人が赴く必要性など皆無なのだがしかし、このとき既に彼の頭に「様子を確認しに行かない」という選択肢など無かったのだ。

 

気のせいであれば、それでいい。

杞憂であれば、溜め息一つで済む話だ。

 

だが、人の生き死にが関わる重大事である可能性が僅かながらもあるのならば、捨て置くなどということは彼にはできなかった。

 

 

 

人を斬れない刀を帯びた人斬り抜刀斎が騒動の、否、紛争の渦中へと歩いていった。

 

 

 

 

 










  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。