明治の向こう   作:畳廿畳

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そーれ
原作キャラ二人目どーん

では、どうぞ






4話 西南戦争 其の肆

 

 

 

 

政府軍の主力部隊が撤退を始めた。

 

それはつまり、薩摩軍が政府軍の総攻撃に耐えたということだ。

 

 

かつての幕末の志士、或いは旧幕の武士どもを迎え撃ち、凌ぎきったのだ。

それは何よりの戦果となるはずなのに、しかし生き残った薩摩の侍の表情は皆浮かない。

 

政府軍を追撃する者はおらず、地べたに座り込んだり、肩を落として下を見たりしていた。

喜色を浮かべる者は誰一人としていない。

 

 

それもそのはずだ。

 

 

撃退したのではない、敵が攻めきれなかったのだ。

 

被害は此方の方が少ないだろうが、今までに比べれば遥かに多い。

これが継続的に行われたら、近いうちに田原坂の陣地は崩壊する。

 

なによりも、此方の損害も激しい。

徴兵された兵士相手なら無双ぶりを発揮出来るのだが、こと抜刀隊が相手なら心身の疲労が半端ではないのだ。

 

 

おそらくもう一度二度ならまだ迎え撃てる。

だが三度四度となると?

あるいは抜刀隊の数がさらに増えたら?

 

 

そうなればお仕舞いだ。

 

数の暴力により今度は此方が蹂躙される。

 

もちろん、死ぬ間際には幾人かの敵を道連れにしてやる気概はある。

だが、それでも政府軍の進撃を抑えることは叶わない。

 

ここでの戦いはあと何日続くんだ?

我々はあと何日保つんだ?

 

いったいいつまで戦うんだ?

 

どんどんとマイナスの思考に陥ることも、彼らの顔が浮かない要因の一つだ。

 

 

そんな中、一人の侍がキョロキョロと辺りを見渡していた。

誰かを探すように。

 

その者が探しているのは、あの斎藤一と死闘を繰り広げた青年、狩生十徳(かりうじっとく)だ。

 

ここに来るまで十徳と他愛もない会話をしていた学友だ。

 

 

学友にとって十徳は友達であり、同時に好敵手であり、そして目標でもあった。

 

十徳の扱う剣は、型の無い我流のもの。

 

何度師範に矯正されても全く流派の剣術が身に付かず、やがて師範も匙を投げるほどの唯我独尊の男。

 

それでいて剣の腕は上位に食い込む。

 

おまけによく分からない価値観を持っている。

誰とも共有せず、誰にも理解されない価値観を彼は()()()()()持っていて、それを果たすためには誰が敵になっても構わないとさえ思っている節がある。

 

 

加えて、その容姿もまた自分を惹き付ける要因となっている。

 

髷を結わずに長くなるまで放置した銀、というより白い髪。

白磁を連想させるほどに白く華奢な体格。

気づけばいつも遠くを見詰める凛とした青い瞳。

 

 

今はもう居ない異人の父を持つ、混血児。

 

 

当然、この薩摩の地、否、日の本の地であの面貌は目立つ。

謂われない迫害もあったし、些細な切っ掛けで虐めもよくあった。

 

それでも、彼は自分を曲げない。

多くの人に受け入れられなくても、それでも薩摩の為にと意思という名の刀を研ぎ澄ます彼は、どうしようも無いほどに立派な侍なのだ。

 

そんな在り方が、時には自分もよく喧嘩をしたが、でもいつしか友達になって、そして掛け値ない目標となり、いつも彼を考えるようになっていた。

 

 

そんな彼が、こんなとこで死ぬ訳がない。

 

最初の方は確かに動揺してる様子だったけど、きっとまた自分の内にある何かに従ったのだろう。

 

翌日からはちゃんと戦うようになった。

 

昨日だって。

今日だって。

 

仲間が何十人も死ぬほどに今回の敵である抜刀隊は強かったが、十徳が死ぬわけない。

 

アイツは絶対に死なない。

 

そう信じるからこそ、学友は地に伏す死体を確認することなく、ただ目を前に向けて十徳を探して歩き続けた。

 

そして

 

 

「あ、おった!おーい、じっと、く……」

 

 

最初は喜んで彼を呼んだが、その声は次第に尻すぼみになった。

 

 

「っ……、大丈夫か?!傷だらけじゃなかか!」

 

 

目にした彼は満身創痍で、今にも倒れるんじゃないかと思ってしまうほどにボロボロだった。

 

銀色の髪は返り血と泥でどす黒く汚れていて、所々覗ける四肢も痛々しく見えた。

 

学友は慌てて彼に駆け寄る。

 

 

「ん?あぁ、致命傷は避けちょおから大丈夫じゃ。じゃっどん少し手当てがしたか」

 

「あ、あぁ。直ぐにすべきだろ。お前ほどの奴が、こがいになるなんて…」

 

 

苦笑いする友を見て、やはりこの戦いは厳しく苦しいものとなるのだろうと、学友は漠然とした不安に襲われた。

 

 

「そん左腕。服ごと血で真っ黒に染まっちうが、大丈夫がか?動かせっか?」

 

「いや、もう動かせねぇし戦いにん使えん。暫くは右手一本になるのぉ」

 

「なっ、一大事じゃなかか!」

 

「仕方なかろぅ。寧ろアイツ相手に左手一本で生き残れたんじゃ、安か買い物じゃった」

 

「お前……ホント誰と戦ってたんじゃ?」

 

「天下御免の最強警官、かな」

 

 

あ~おっかなかった、とぼやきながら彼は木の根に腰を下ろし、巾を取り出して口と片手を器用に使って切り裂き、肩の止血をしていった。

 

その表情はいつもと同じ、呆としながらも何処か遠くを見ているようだ。

けど、学友にはその目がなんだか喜色を浮かべているように見えた。

 

 

「なぁ十徳。なんかお前楽しんではおらんか?」

 

「ん?ん~……うん、そうさな。そうかもしれもはん」

 

 

鼻を搔きながら、彼は苦笑して言った。

 

 

「自分の事で踏ん切りが着いて、この世界の真実ば知って。前より前向きに生きようち思ったんよ」

 

「なんだよ真実ち……それになんじゃ、生きようっち。俺たちは今、戦争ばしちょっ。命なんざ疾うに捨てちょうぞ」

 

「無論。じゃっどん、そいでも俺たちはまだ生きている。生きてる奴は、たぶん生きるべきなんだと思う」

 

「……はぁ。ホント昔からよく判りもはんな、お前は」

 

 

そうか?と聞く十徳に、学友はそうだよと呟きながら、その横に腰掛ける。

 

目の前には命を失い野に打ち捨てられた大量の亡骸。

見上げる空は薩摩の侍共の心情を代弁しているかのように、今にも泣き出しそうな曇天となっている。

吐く息は白く、時おりそれを手に当てて僅かな暖を取る。

 

ふと、学友は今並んで見ているこの景色でも、彼と自分とでは見えているものは違うんじゃないかと思ってしまった。

それを確かめる為にちらと十徳の目を盗み見ると、やはり此処ではない何処かを見詰めているように見えた。

 

それでも、その見詰める瞳に曇りは一切無く、あまつさえどこか愉しげな気に見えた。

 

それが少しだけ怖く感じた。

 

ふと、手当てを終えた十徳が立ち上がると、目の前にある大量の死体に足を向けた。

何をするのかと見ていると、果たして武器を調達し始めた。

 

 

「そういえば手ぶらか?」

 

「使ってん使ってん全部壊されてもうたからなぁ。落ちてる物ん大抵使いきってやったわい。だから此処まで足ば運んだんじゃが」

 

「……はぁ?」

 

 

素っ頓狂な声を上げて目を丸くする学友。

 

十徳が溜め息混じりに告げた先の戦いの一端を知るにつれて、大量の氷を背筋にブチ込まれた感覚に襲われた。

 

刀剣類を悉く破壊するだと?

銃弾を容易く回避するだと?

大木をへし折る平突きを繰り出す?

いったい何なのだ、その化け物は。

 

そんな奴を相手に、落ちている武器を使い捨てのように用いて、半日耐え凌いだだと?

 

相手が相手なら、目の前の十徳も十徳だ。

頼もしいと思う反面、やはり底の知れない強さに薄ら寒いものを感じた。

 

 

そんな学友の胸中など知る由も無く、十徳は着々と装備を整えていった。

 

袖で血糊を取った刀を腰に差し、帯も結い直す。

敵指揮官の拳銃を手に取り、弾丸を確認した後、ホルスターも拝借して肩に掛け、そこに拳銃を入れた。

 

同じく敵兵の誰かが趣味で持って来たのか、装飾過多なダガーが有ったので後ろの腰に差す。

 

政府軍兵士の標準装備である小銃に弾丸を詰めて背中に掛け、予備弾丸を袂に入れる。

銃剣を他の小銃から二本抜き取り、足袋の上からサラシで巻き付ける。

 

 

「ん、一丁上がりじゃ」

 

「重装備じゃのう。動き辛くはなかか?」

 

「少し重か。じゃっどん一時の休戦ば明けるまでには慣れるじゃろ」

 

 

11日の政府軍の総攻撃は、双方に大きな被害と損耗をもたらした。

結果、両軍は戦線整理と兵員・物資補充の為に一時休戦となったのだ。

 

 

「抜刀隊……増えるのかのぉ」

 

「増える。抜刀隊が薩摩の侍(俺たち)の白兵戦に対抗出来ると、政府軍は今日の戦いで理解してもうた。ほいたら更なる数を全国から集めることちなるじゃろう。こん休戦も、そん為の時間稼ぎの一面もある」

 

「……わっぜか、苦しいのぉ」

 

「あぁ、ほんに」

 

 

今日の戦いを更に上回る規模の敵の襲撃。

 

だが、それだけではない。

 

薩摩軍の敵は政府軍だけではない。

 

 

飢えと、渇き。

 

寒さと、乏しさ。

 

 

多くの兵が既に満足のいく食事を取っておらず、喉の渇きも雨で誤魔化している。

しかもその時おり降る雨が体温を奪っていき、体が凍って手足の感覚が薄れていくのだ。

雨避けに使える物など無く、拭える物さえ無い。

 

各種武器弾薬も送られてくる量が日に日に減ってきて、仕舞いには石で応戦しなければならない日が来そうな予感がするほど。

補充要員も無く、また熊本城を落とせたという吉報もない(熊本城は現在政府軍が籠城している。守備兵は少ないのに思いの外堅牢で、薩摩本軍は手を焼いていた)。

 

何もかもが足らず、相手の方が潤沢。

 

しかも時間は相手の味方をしている。

 

今更ながら暗い現実に溜め息を吐いた学友は視線を足下に落とし、しかしいきなり身に襲ってきた得体の知れない恐怖心に顔をバッと上げた。

 

 

それは、まるで心臓を直接手で鷲掴みされたかのよう。

 

それは、まるで幽霊がすぐ傍で息を耳に吹き掛けたかのよう。

 

 

 

それは、まるで狂気の暗殺者が後ろから凄惨な笑みを浮かべて近付いて来たかのよう。

 

 

 

十徳も、各種の武器を拝借した仏に手を合わせていたが、咄嗟に振り返り

 

 

驚愕

 

 

そして一瞬の間を置いて、跳躍--抜刀

 

 

 

 

 

 

 

「伏せろォォォオオ!!」

 

 

 

 

 

 

 

剣閃は屈んだ学友の脳天ほんの数センチ上。

 

 

 

そこを通った瞬間

 

耳をつんざく金切り音が響き、脳天を貫こうとしていた刀が宙を舞った。

 

 

 

慌てて後ろ上を振り向く学友。

 

学友の傍に着地した十徳は刀を構えながら睨み付ける。

 

 

学友を挟んで十徳と向かい合うそいつは飛び退き、笑い、言った。

 

 

 

 

 

 

「うふ、うふふ。うふわははは!失敗、防がれた。中々の連携だったぞ、小僧ども」

 

 

 

 

 

其処に佇むは、狂気の快楽殺人者

 

 

 

 

 

鵜堂刃衛

 

 

 

 

 

 

 






斎藤一は史実でも抜刀隊として西南戦争に参加していました

二人目は……どうでしょうかね




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