原作主人公との邂逅はもう少し先です
前話にて勘違いしてしまうような描写をしてしまい、申し訳ありませんでした
オリ主をブッ飛ばしたのは別の人です
なのですが、取り敢えず、どうぞ
ぐおぉぉ……いってぇ~。
これ折れてない?
大丈夫?頭蓋骨陥没してない?
俺の顔は普通に存在しているのか?
あまりの衝撃に目ん玉吹き飛ぶところだった。
防火壁を突き破り、外へと吹き飛ばされた俺はじくじくと痛む顔面を抑えてのたうっていた。
あまりの衝撃と痛みに涙が溢れ落ちそうだ……あ、今溢れ落ちた。
「ッつ~、なんだってんだ畜生……」
ふらふらと、覚束ない足取りで立ち上がると先程までいた倉庫を見遣る。
あの時、俺は確かに般若の必殺を確信した。
事実、般若はその首元に大鎌が迫っても駆ける速度を変えず、あと数センチで頸動脈に至るハズだった。
なのに急に横合いから側頭部に衝撃を受け、ここまでブッ飛ばされたわけなんだが、般若の仕業でないことはこの目で見て分かっている。
アイツは最後まで速度も動作も変えず、愚直に俺に突っ込んできていたからな。
式尉も癋見も動ける状態にはなっていないし、仮になっていたとしても、こんな衝撃を喰らわせる機動は取れないハズ。
ならばと思い付く限りの予想を脳内で挙げていくと、一つの最悪の想像が頭にこびりついた。
「……マヂかよ」
土煙がたゆたう防火壁の向こう、先程までいた倉庫から一つの影が靴音を鳴らしながら近付いてきた。
その人影を、俺は知っていた。
クソ、次から次へとなんだってんだ。
どんだけ俺を殺してェんだよ、観柳?!
必殺を期すのは常道だろうけど、いくらなんでもオーバーキルだろうが!
いや、落ち着け落ち着け。愚痴は一先ず置いておこう。
今は状況確認……は、もう済んだ。ならば次は手段の模索だ。
アイツを相手にするにはこの大鎌は不得手だ。
奴の超近接戦を相手に、この長リーチの大鎌は弱点にしかならない。
どうする?
手持ちの武器はこの大鎌だけ--いや、この義手があるか。
これならある程度の防御力を期待できるし……そうか、ならこの鎖を左手と左腕に満遍なく巻き付けて--っと、よし。
オーケー、即席だが防刃にはなるだろう鎖手甲ができた。
奴の超近接戦闘にも対処できるハズだ。
俺は大鎌を背負い、そこから延びる鎖を左腕と左手にぐるぐる巻きにした。
右手は義手だから何もしなくてもいいだろう。
これで最低限の備えができた。
両の拳を打ち鳴らし、前方を見据える。
クソったれ。
だが、まぁいい。
毒を食らわば皿まで、という諺もあるが、庭番食らわば頭領まで、だ。
この際とことんやってやんよ。
「四乃森……蒼紫ッ」
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江戸幕府には、諜報活動を主に行わせていたお抱えの隠密集団があった。
誰にも悟られること無く、時には正道で、時には邪道な方法で城下や他藩の情報を探り、また非常事態には江戸城警護という仕事を請け負う組織。
それが庭番。
そして、その最後の御頭が四乃森蒼紫だ。
幕末以前に、たしか齢15という若年でその大任を引き継いだ天才。
幼き頃より隠密として厳しい修練を積んでいて性格は極めて冷静沈着。
拳法、武術、剣術に秀でて、しかも智も備えているため文武両道。
幕末の頃は徳川最後の将軍である慶喜に仕え、江戸を火の海にして新政府軍を返り討ちにしようとした冷酷な
尤も、その一面からは想像出来ないが部下や身内に対しては情があつい面もあるようだが。
「頭領御自らお越しとは恐れ入る。あんたの参戦も観柳の指示か?」
「どうしてもお前を殺せと言われてな。だが、実際に手を出すつもりは無かった。あの三人で間に合う可能性もあると考えていた」
「当てがハズレて慌てて参戦したと?」
「いや、むしろ当たっていた」
「……あん?」
長身痩躯のイケメンが白マントを靡かせ、腰から小太刀を抜刀した。
小太刀。
脇差しより長く、
どちらかと言えば、防御用の刀である。
……本来は、だけどな。
「以前から観柳邸に出入りしていたお前を見て、そして調べて強者であることは理解していた。だが、確証が持てなかった。故にあの三人で試させてもらった。そして判明した」
「……なにが」
「剣客としての強さに非ず。お前の強さは刀一本に依る剣士などとは違う。調べた事が真実だと判明したのだ。当てが当たった故、こうして俺が直々に参った」
ん、ん~。
何を言っているんだろう、このイケメンは。
俺が剣客じゃないのはその通りなのだが、俺が強者?阿呆抜かせ。
三人を返り討ちにしたのもこの義手によるものだ。
俺個人の強さなんざ、たかが知れてらぁ。
「……要するに、俺を確実に殺すために出てきたんだろう?」
「極論はそうだ。そして三人の仇討ちの意味もある」
「御苦労さんなこって。その優しさ、俺のクソ上司にも分けてやってほしいぜ」
深く、長い溜め息を吐き出し、こきりと首を鳴らして拳を構える。
ホント、最悪な状況で涙が出そうだ。
蒼紫の強さは原作トップクラス。
二回原作主人公に負けているが、その実力はほぼ同等と言っても過言じゃない。
ましてや今の俺は身体中ボロボロ。
負けるつもりは更々無ぇが、厳しくなることは火を見るより明らか。
戦法と戦術を原作知識で知っている分かなりのアドバンテージがあるから、そこをどう上手く突くかが鍵となるハズ。
「行くぞ」
風に乗って届いた一言が俺の耳朶を打ったと同時に、とん、と軽いステップで奴は動いた--直後、いきなり目の前に現れた。
その動きは般若と同じだが、速度が圧倒的に違う!
気を抜いたら一気に呑まれる!
がん、と首筋に振るわれた小太刀を鎖手甲で受け、瞬時に意識を右に遣る。
迫ってきた拳を打ち払い、再度振るわれた小太刀を頭を傾けて避ける。
「ぅ、ぉぉおお!」
息つく暇もなく、蹴足の連撃が放たれた。
右足による高速の下段、中段、上段、の連続した蹴りをしかし、俺はまったくの同じ挙動で相殺した。
硬質なものがぶつかり合う音と衝撃が三度奏でられ、お互い微かに体勢を崩す。
「…ッ、」
「っぅ~!」
その一瞬の停滞の後、直ぐ様放たれるは強烈な後ろ回し蹴り。
空気を蹴り割く轟音と共に繰り出された蹴りに向け、俺も
蹴足が互いにぶつかり、そこを中心に空気が破裂したかのような空震が発生した。
びりびりと空気を伝って臓腑に衝撃が響く。
直ぐ様姿勢を切り返し、左足を軸にして独楽のように半回転。
都合五度目の右足による蹴足を、今度は大上段に向けてお互いに放つ。
これもまた互いに衝突し、衝撃を辺りに撒き散らした。
「ふッ!」
「……ッ!」
がん、と突き出された刃を義手で防ぎ、ストレートを鎖手甲でガードする。
返す刀で振るわれる小太刀を屈んで避け、膝蹴りをクロスアームでブロック--出来たが衝撃は殺せず、後背に吹き飛ばされた。
がああぁぁ!重い、クソ重い!
拳も蹴足も一撃一撃が超重てぇ。
交える拳と足がその都度悲鳴を上げる。
骨の軋みがいやに頭に響く。
向う脛が折れそうでポーカーフェイスなんてしている余裕もない。
惜し気なく表情を歪めて痛みを堪え、地を削りながら着地する。
「……やはりお前は強い」
「っづぅ~……あん?」
「初見で俺の戦法を理解し、慌てることなく対処する。簡単なようで困難なそれをなし得るその技量。やはりお前は俺の見立て通りだ」
どうしよう。
初見じゃないなんて言えないけど、勘違いで強い奴認定されるのは堪ったもんじゃない。
まぁ訂正はしないけれど。
さて、今の蒼紫の言った戦法についてだが、奴の基本的戦術は拳法と小太刀を組み合わせた近接戦闘である。
防御に特化した小太刀は間合いが狭い。
だが、その間合いに相手が入るまで食い込めれば、一転して攻勢に転じられる。
しかも、その距離は拳法の間合いと等しい。
攻防一体の戦闘スタイルこそ、四乃森蒼紫の戦法なのだ。
「見立て、てのはなんだよ。それにさっきの、当て、てやつも」
「観柳邸に出入りするようになってから、お前の素性は一通り調べさせてもらった。元薩州藩士で西南戦争に参加していた狩生十徳」
「……へぇ」
「両親ともに薩摩人でありながらその髪色と肌色、調べるに易かった。特異な外見と思想から藩の中でつま弾きにされて薩摩示現流を破門。そして我流の剣を身に付けた。それでいて実力は薩摩の侍の上位に食い込むほど」
「……」
「あらゆる武器を使いこなし、政府軍兵士を血祭りにあげた。白銀色の自身を敵の返り血と己の血で赤く染め上げる姿から、敵味方から白鬼と呼ばれていたそうだな」
なにそれ初耳なんですけど。
俺、鬼って呼ばれてたの?
え……うわぁ、なんか……なんか釈然としないんだけど。
「そんなお前が今では政府の犬として公務に励む?戯れ言を。お前の本質は修羅、羅刹の類いだ。戦場に身を置くために、公僕となったのだろう」
「……はあ?」
「観柳に接触し、武器と資金を独自に得、警察組織内で己が手足となれる部隊を作った。その目的はただ一つ……戦いを渇望する魂の声に従っている、違うか?」
「はあ?」
「最初は落胆したものだ。戦場で敵味方から恐れられるほどの戦働きをした剛の者が、私欲に駆られて観柳に接触したのか、と。維新志士の中にはそういった者も少なからず居るため、お前もそういう類いかと思った」
「はぁ」
「だが違った。半年前の横浜での騒動、石動雷十太一派との戦闘、そしてこの五ヶ月間に及ぶ地下武装勢力との戦闘。お前は常に戦いの中に身を置いてきた」
「はぁ」
「俺も同じだ。維新の最中、俺たち御庭番衆はずっと江戸城警護に就いていた。戦乱の渦から離れた場所で、ただ生きていた。故に渇望していた。戦場を、求めていた」
「はぁ」
「あるいはお前の在り方に憧憬を抱いているのかも知れない。己の磨いた武と技を、命を懸けて振るい続けるその姿に」
「はぁ」
俺ずっとはぁ、しか言ってないな。
しかし何言ってんのコイツ、なに極大な勘違いしてくれちゃってんの?
戦いを渇望?んなもん求めてねぇよ!
好き好んで戦いを仕掛けているわけじゃねぇんだし、やらなくて済むならやりたくねぇんだよ!
人を
あと少し目をキラキラさせんじゃねぇ、お前そんなキャラじゃねぇだろ。
随分と饒舌になってるし、なに?テンション上がってんの?
変な勘違いして俺に嫉妬して殺したくなってんの?
ふざけるんじゃない!
何度でも言おう、お前そういうキャラじゃないだろうが!
「色々と言いたいこと山の如しなんだけど、訂正するにしても何にしても、悠長にしていられる時間は無いんだ。お前の胸中は……まぁ納得はできないが理解はできた。が、悪いが此方にも事情がある。俺の前に立ち塞がるってんなら、お前にも容赦はしないぜ?」
「異なことを。もとより俺もお前を殺しに来たのだ。お前の修羅さながらの生き様、その身でもってより鮮明に語ってみせろ。でなくば、ここがお前の墓場になるぞ」
修羅はお前が後々になるんだろうが、尽く自分と重ねるんじゃねぇ。
蒼紫が構え、内心で舌打ちを何回もしてから俺もマントを再度捨てて両の拳を構える。
左足を前にし、右足を後ろに。
拳を軽く開いた状態にして、それを顎の前にもってくる。
踵を浮かせ、膝を軽く曲げて全身がバネになっているイメージをし、そして瞳をそっと閉じる。
先程の一連の攻防は奴にとって挨拶程度だったと考えるべきだろう。
本来の奴の動きはきっともっと速い。
拳も脚も早く、そして重いハズ。
つまるところ、隠密御庭番衆頭目、四乃森蒼紫の実力は俺より上ということだ。
今の俺のコンディションなら尚のこと不利的状況にある。
ましてや変な勘違いをしているから、相手は下手したらいつも以上にやる気に満ちているかも知れない。
今の俺は満身創痍だ。
御庭番衆三人を相手に致命的な傷を負うことは無かったが、それでも身体の至る所から出血している。
今のところ戦闘・行動に支障はないが、手負いであることは大きなハンディキャップになる。
馬鹿正直に正面からぶつかれば、敗北は必至だろう。
状況は、クソだ。
絶体絶命、万事休すと言ってもいい。
けど、あぁ……、いいぜ。
実力は格上?敗北は必至?万事休す? ハッ、上等だよ。
最初から此処、横浜での戦いは地獄のようになると想定していたんだ。
今さら隠密御庭番衆頭領が加わったところで、地獄に変わりはしねぇんだ。
「『右翼は押されている。中央は崩れかけている。そして撤退は不可能。状況は整った。これより反撃する』てな。此処は俺の墓場じゃない、未来へ進むための橋頭堡なんだ。これしきの窮地で俺が止まると思うなよ」
つと瞼を持ち上げ、確と蒼紫を見据えて、睨んだ。
終始蒼紫が攻勢に出ているのに対し、十徳は常に防戦一方だった。
拳、あるいは小太刀を両の腕で防ぎ、時には躱し、時には相殺する。
常に動き回り、ヒット&アウェイで仕掛けてくる蒼紫をはっきりと捉え、致命傷だけでも避ける。
拳がぶつかり合えば空気が鳴動し、足がぶつかり合えば衝撃が木霊する。
その度に骨身と臓腑に鈍痛がもたらされ、歯を喰い縛って耐える。
事実、左腕と両足からは骨の軋む音が悲鳴として上がり、見てみればきっと赤く腫れ上がっていることだろう。
頑丈を誇るハズの右腕すら、時折ぐしゃりというあまり聞きたくない音が何度も聞こえてきた。
腕と足、どちらか折れて使い物にならなくなるのも時間の問題だった。
「ッつぅ~……くそ! お前ホント何製の身体してんだよ。硬すぎだろ」
「硬さで言うならお前のその右腕も同等だろう。その腕は一体何だ?小太刀を防ぐからくりは何だ?」
「お頭!そいつの右腕は普通じゃない!式尉の鉄球を物ともせず、炎を纏わせる異様な腕だ!油断召されるな!」
「……ほぉ?」
崩れた倉庫から這う這うの体で出てきた般若が、蒼紫に忠言を投げ掛けた。
その言葉を耳にした蒼紫は興味深そうに、しげしげと十徳の右腕を見遣る。
「その包帯の下には、左腕のような即席手甲ではなく正真の手甲を武装しているのか。それに、炎を纏うだと?……面白い。その奇術、どこまで通ずるか見せてみろ」
「……はッ。上等だよ、この戦闘狂め」
蒼紫の挑発にも取れる本心に対し、十徳は一瞬の躊躇もなく右腕の機関を起動させ、応えた。
短時間内での連続使用は、きっと心身両方に多大な負荷を掛けるだろうことは分かっていた。
いつか前触れもなく、ぷつんと糸が切れるかのように自意識が途絶え、知らないうちに獣性に身を委ねる事態になるだろうと、薄々ながらも把握していた。
それでも。
今こそを全力で生き足掻かなければ死ぬのだ。
未来を心配して今死ぬぐらいならば、己が未来を捨ててでも今を掴み取る。
その選択に、峻巡は無かった。
「ぐ、あ、あ、……ぁぁぁあああ!!」
暗闇に響いたのは、十徳の絶叫だった。