明治の向こう   作:畳廿畳

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一話だけ仕上がりましたので、どうぞ








41話 横浜激闘 其の捌

 

 

 

 

 

 

 

 

特に何か深い理由があったわけではない。

別にスキャンダルなニュースを探していたわけではないし、非日常を求めていたわけでもない。

 

ただ本当に単なる気紛れの一つで、夜の横浜を歩いていたのだ。

 

外国人居住地をぶらぶらと歩いてその外れまで差し掛かり、いい加減夜も更けてきたことだし帰ろうかなと思って踵を返そうとしたとき。

ふと、エミー・クリスタルは倉庫街の方から微かな喧騒を聞き取り、眉根をしかめた。

 

この時間帯に荷卸し、あるいは荷揚げをするなどということは聞いたことがない。

形ばかりの日本の税関も、この時間は対応外となるため埠頭から倉庫への荷物の運搬は不可能となるハズだ。

 

倉庫で誰かが夜遅くまで仕事をしている可能性もあるが、それにしてはかしましい。

仕事で奏でる騒音とは思えなかった。

 

 

「これは…何かあるわね」

 

 

皺の寄った眉は解消し、口角がつり上がるほどの笑みが顔に刻まれた。

 

非日常を求めていたわけではないが、僅かながらもその可能性がある匂いを感じたなら是も非もない。

常に胸の内を燻るジャーナリズムの精神が、その喧騒の核を見るべきだと彼女の心に囁いた。

 

むろん、その声に抗う理由など彼女には欠片も無かったわけだが。

 

早足に倉庫街へと向かう彼女の耳に更なる騒音、否、爆音が轟いた。

他にも銃声や怒声、甲高い金属音なども耳に入るようになり、非日常があるかも知れないという疑惑は、建物の倒壊音で期待へと変わり--

 

 

「……え?!」

 

 

通りの向こう、倉庫街の一角にある建物が突如爆破、炎上したのを見て確信へと変わった。

 

いったい何が!?国際港横浜で火災なんて…ッ!

 

ふと、驚愕を余所に一つ心当たり(と言うと語弊があるかもしれない)が思い浮かんだ。

 

あれはおよそ半年前のこと。

レオナ・マックスウェル商人の斬殺事件の上に引き起こされ、横浜の外国人居住地の一角を火の海に変えた、犯人も動機も何もかもが未だ不明の未解決事件。

 

そして、それに巻き込まれたZittokuという謎の多い警官。

片腕を亡くし、それでも不敵に凛と佇むその背中を思い出した。

 

 

「まさか…!」

 

 

呟きを溢し、エミーは駆け出した。

 

横浜での火災という点だけで関連付けて、あの青年がいると思うのは早計だろう。

だから、この心を急き立てる焦燥はあの青年とは関係ない。

あそこに負傷者がいたら大変だから、もしものために駆け付けているのだ。

 

それでも、全身包帯を巻いた青年の姿が脳裏から離れなかった。

 

暗闇の横浜倉庫街が明るく照らされる火災現場に、熱気が肌をチリチリと焼くほど近づく。

見上げる火柱は高くまで立ち上ぼり、巻き上がる黒煙は夜空に同化して星の粒を隠す。

 

 

「だれか…ッ、誰かいますか?!だれか--」

 

 

燃え盛る倉庫の前で大きく叫び、エミーは誰かいないか確認する。

身にまとわりつく熱気を振り払いながら、耳をつんざく炎上音に負けないよう声を張り上げる。

 

なまじ火災で身を痛め付けられ、隻腕となった人を知っているのだ。

火事の恐ろしさを知っているが故、必死になって安否を確認する。

 

 

「だ、誰か…声を出してください!誰か、助けを必要としてる人はいますかー?!」

 

 

それは、見るに堪えない人の姿を、もう二度と見たくないからか。

そんな悲劇を繰り返させたくないと思うからか。

 

ともあれ喉を潰さんばかりに叫び、目をひりひりと痛みつける煙に涙目になりながらも、彼女は走り続けた。

倉庫の回りを駆け、外壁が瓦解して中が覗けそうな場所に来れば息を止めて覗き込む。

 

無論、猛り狂う炎によって中を確認することはできない。

諦めて別の位置を探そうと、再度声を張り上げながら走ろうとしたとき。

 

がしゃん、と覗ける穴の横から何かが突き破って出てきた。

エミーの横を通ったそれは後方に飛んでいき、地に落ちて転がると、やがて勢いを無くして静止した。

 

 

「…え」

 

 

()()を見て、エミーは呆然と呟いた。

 

見覚えのある()()は、ちょうど人の頭ほどの大きさをしていて。

見覚えのある()()は、頭髪のような大量の白い糸を絡めていて。

見覚えのある()()は、目や耳や口などと同じ形をしたものを付けていて。

 

 

見覚えのある()()は、いつか見た白銀の青年の顔そのものだった。

 

 

 

それを理解して、初めて絶叫した。

 

 

 

このとき、エミー・クリスタルは気が付かなかった。

 

自らの叫び声よって、掻き消していたのだ。

 

 

 

燃え盛る倉庫の中から出てきた、狂人の哄笑を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐッ、あああぁ!」

 

「かはッ……!」

 

 

暗闇の倉庫の中、俺と蒼紫の苦悶の声が響く。

 

何棟目かの倉庫の壁をぶち抜いたとき、その衝撃で蒼紫の右手を離してしまった。

その瞬間を突いて、奴は俺の肩部に小太刀を突き刺しやがったのだ。

 

おかげで俺の足は止まってしまい、右腕も微かに離れた。

直ぐ様歯を食い縛ってヘッドバットをぶちかまし、拳を握り締めて渾身の右フックを奴の頬骨に叩き込んだのだが、それ以上の追撃は出来なかった。

 

互いに覚束ない足取りでフラフラとすると、俺は片膝を着き、奴は鉄骨の支柱にもたれ掛かった。

 

クソったれめ。

なんなんだよ、あのバランス感覚は!

倒れる兆しなんて無かったし、拳や肘、膝で常に攻撃を仕掛けてきやがって!

挙げ句の果てには骨に届くまで小太刀を突き刺しやがって!!

 

 

「げほッ、がはッ…!」

 

 

肩から小太刀を引き抜き、呻いていると、蒼紫も苦しげに噎せていた。

どうやら多少はダメージを与えれたらしい。

 

はッ、ざまぁ!

痛快だぜ、イケメンが苦しげに顔を歪ませ……てもイケメンはイケメンでしたなにこれ全然痛快じゃない。

 

 

「ッはぁ、はぁ。どうでい、少しは効いたかよ」

 

「……あぁ、こんなに痛手を負ったのは久しぶりだ。お前との戦いは、色んな意味で新鮮味に溢れている」

 

 

どこの食レポだよ。

嬉々として言いやがって。

 

俺は奴から奪った小太刀をくるりと掌で返し、逆手で握る。

今の奴は徒手空拳、片や俺には小太刀がある。

チャンスはまだ続いている。

この期を逃すハズなど毛頭ない。

 

そう意気込み、皮肉の一つでもぶつけてやろうかと口を開こうとしたが。

 

 

「……あ?」

 

 

ふと、微かに多勢の足音と、何か重い物を牽引する音が耳に入った。

その音はどうやらこの倉庫に近付いているようだった。

 

鎌足か?

いや、宇治木の言からすると横浜の志々雄一派勢力はほぼ排除できたハズだ。

手勢をこの瞬間まで別の場所に残置させておく理由はないから、その線はほぼ無いと考えていい。

鎌足ではないとすると、別勢力か?

 

……ふッざけんな!

志々雄一派のならず御庭番衆すら相手取ってるんだぞ?!

これ以上の戦線拡大とか鬼畜にも程があるだろう!

 

しかも何故よりにもよって皆一様に横浜にッ……横浜に…

 

そう考えたとき、つと一つの可能性が頭を(よぎ)った。

 

何故庭番共(コイツら)はわざわざ人目のつきそうな横浜で俺を殺そうとした?

隠密のプロフェッショナルであるコイツらなら、そんな選択肢は最初から除外するハズ。

 

なのに、なぜ?

横浜での暗殺は、もしかしてコイツらの本意ではない?

だとしたら、この足音は…!

 

 

「蒼紫、お前ら……まさか」

 

 

観柳の指示で、横浜で俺を殺そうとしたんじゃないだろうな。

そう詰問しようと口を開いたが、それより先に門扉が勢いよく開いた。

騒音と共に現れたのは、如何にも破落戸(ゴロツキ)といった風の男ども十数人。

 

そんな輩どもが倉庫に雪崩れ込んで来たのだ。

しかも奴等の先頭には、気のせいじゃなければ非常に忌々しい物まであった。

 

 

「よ~。随分といい感じにボロボロになってんじゃねぇか、四乃森蒼紫に狩生十徳」

 

 

スキンヘッドの男が下卑た笑みを浮かべながら言った。

 

 

「貴様らは…観柳の」

 

「おうよ、俺たちがここに来たのは……まぁ言わんでも分かるよなぁ?」

 

「ッ…!」

 

 

やっぱりか。

観柳が横浜に限定させた理由がよく分かったぜ。

此処ならアイツの密輸品を貯蔵している倉庫があるから、人さえ集められれば簡単に俺たちを殺せると踏んだんだろう。

 

俺は瞠目している蒼紫に代わり、男共に問うた。

 

 

「何故、今になって出てきた?俺たちのどちらかが潰れるのを待った方が理に敵っているだろ」

 

「ホントはそのつもりだったんだがよぉ。ちんたらと延々に戦い続けるわ、よく分からねぇ集団ともおっ(ぱじ)めるわで、もう待てなくなったんだよ。これ以上待ってたら期を逸しそうでよぉ」

 

 

よく分からない集団?

観柳は志々雄一派の存在を認知していない?それとも配下に言い伝えていない?

 

 

「…で?もう形振り構ってられないから出てきたと?」

 

「おう。()()さえあればどんな武者も剣豪もイチコロだからよ。早いとこ終わらせた方がいいと思ったったわけさ……てことでよ、早速始めんぜ」

 

 

男が指し示した()()は、俺にとって西南戦争で何度も相手してきた代物だった。

時には爆破し、時には奪取した忌々しくて憎々しいそれは、薩摩の侍を何人も屠ってきた戦場の悪魔。

 

近い将来、進化したそれは戦争の形を根底から覆す存在となる、まさに怪物。

 

回転式機関銃(ガトリング・ガン)

 

それが俺と蒼紫目掛けて、火を噴いた。

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

「なん…なの、よ」

 

 

十徳と青紫によって出来上がった倉庫の穴々を見遣りながら(暗視の能力は並みの為、よく見えてはいないが)呆然と呟く鎌足。

 

どうしようか本気で悩んでいる様子だった。

殺したハズの、しかし生きていたあの青年を追うべきか、それとも逃がしたべーたなる男を探し出すべきか。

 

重要度で考えれば、選択すべきは前者だ。

自己申告のため疑わしいが、少なくとも実力はピカイチであるためそれなりの情報は握っているハズ。

であればやはり白銀の青年を捕らえるべきなのだ。

 

理屈でもそうだし、感情的にも是だった。

 

殺し損ねた相手であり、己を組伏せた男。

素性も、実力も、何一つとして不明な謎解き青年。

 

地獄の辛苦の果てに死なせてしまったと思い込んでいた人が、生きていたのだ。

夢でも霊でも幻でもなく、確かに己が身を地に叩き伏したのだ。

 

ここで見失えば、大きな失態だ。

組織としてあるまじきことであり、また個人としても逃がすことは出来ない。

 

上手く言葉には出来ないが、しっかりと首根っこを押さえ付けておかないといけない気がしてならないのだ。

 

 

「なら、この穴を行くしかないわね」

 

 

そう呟き、自らの大鎌と()()大鎌を背負う。

 

そして延々と続く暗闇に入り込もうとしたとき、鼓膜を震わす連続的な銃声が轟いた。

 

その轟音に一瞬身を震わせるが、音が暗闇の穴の向こうから響いているのを理解すると、眉に皺を寄せた。

 

 

「これって、回転式機関銃(ガトリング・ガン)?誰が、何に?」

 

 

いったい横浜で何が起きているというのか。

 

金をちらつかせたり力を行使したりして殆どの人間を倉庫街から追い払い、襲撃者を待ち構えていた。

だからこの倉庫街は無人の地となっているハズで、回転式機関銃(ガトリング・ガン)が使用されるハズもない(有人の地であっても普通は使われないが)。

ましてやそんな物を配置した覚えもない。

 

考えられるとしたら、先程白銀の青年と共闘した相手、隠密御庭番衆か。

 

その存在は知識として頭に入っている。

庭番は幕府の解体とともに消されたハズだが、生き残りがいたということか。

そして現状争っている青年に対して回転式機関銃(ガトリング・ガン)を持ち出した、ということか。

 

 

「筋は通る、か。でも何かしっくりとこないわね……え?」

 

 

ただ謎の襲撃者を捕縛するだけの任務だったハズが、どうやら少し事情が込み入ってきたようだ。

そう考え、大穴を潜ろうとしたら、銃声に紛れて微かに誰かが駆ける音が聞こえた。

心なしか、叫ぶ声も。

その音は同じく大穴の向こうから聞こえていて、気のせいか次第に大きくなってきて--

 

 

「……ぉぉぉぉおおおおお!」

 

「え?え?え?なになになに?!」

 

 

それは、紛れもなく白銀の青年だった。

 

脇目も振らず、壁を突き破って襲ってくる弾雨から逃れるため、必死に両腕両足を動かし、作った道を戻ってきているのだ。

 

 

「ちょッ、きゃあ!」

 

 

そして、大穴の前でテンパっていた鎌足を拐うように抱き抱え、鎌足を引きずり出したときに出来た大穴に飛び込み、転がった。

 

 

「いっつぅ~。もうッ、なんなのよ!」

 

「が、はぁ…、」

 

 

鳴り止まない銃声を背に、時折近くの壁や備品に当たる弾丸を警戒しながら、二人して背を低くして鉄柱の影に隠れる。

壁を突き破ってくる弾雨から死角になる場所に背を預け、座り込んだのだ。

 

 

「ッッ、くそ!」

 

 

拳を床に叩き付けて悪態を吐くのは十徳。

脇腹に手を当てて大きく眉をしかめた。

 

被弾したのだ。

幸い弾丸は腹の端を抉っていっただけで内臓には影響がないようだが、放っておいていいものではない。

早めに処置をしなければならないのだが…

 

 

(俺は阿呆か?!なんでッ、なんでわざわざ助けたんだ?!)

 

 

内心で激昂していたのは、被弾した理由。

回転式機関銃(ガトリング・ガン)が弾を吐き出す直前には、もう逃避のための行動に移っていた。

開けた倉庫内ではダメだ、穴に飛び込んで身を隠せる場所まで走る!

そう瞬時に判断し、踵を返して走り出した瞬間だった。

 

呆然と立ち尽くしていた蒼紫が目に入った。

 

それを見て、勝手に手が伸びて、蒼紫の腕を掴んでから駆け出した。

そのワンアクションのせいで、腹部に被弾したのだ。

 

先ほどまで、殺す敵と見ていた相手だ。

助ける道理などあるハズもなかった。

むしろ、囮にすればあの時点で回転式機関銃(ガトリング・ガン)を制圧できていた可能性すらある。

 

もはや自分でも訳が分からなかった。

 

 

「なぜ……助けた?」

 

 

三本の柱にそれぞれ鎌足、十徳、そして蒼紫が並んで座っていた。

苦しげに呻く十徳に対して蒼紫が問う。

 

 

「今そのことで絶賛苦悶中だ。なんで俺はお前を助けた?わけが分からん」

 

「…おかげで腹を撃たれたようだな」

 

「端を抉られただけだ。ヘソを増やされたわけじゃない」

 

「ちょっとちょっと。私も居るのよ、どういうことか説明しなさいよ。あれは御庭番衆のじゃないの?あと助けてくれてありがとね」

 

「あれは蒼紫(コイツ)の雇い主の物だ。どういたしまして」

 

 

鎌足の疑問と感謝の言葉に、十徳が律儀に答えた。

だが、当然その答えに納得できなかった。

 

 

「はあ?!御庭番衆が誰かに雇われてるってだけでも問い詰めたい事態に加えて、その雇い主に殺される?一体全体どういうことよ?」

 

「簡単な話だ。立身出世を果たした雇い主は、武と知に長けた手駒が目障りになったんだ。いつか自分の身を危機に晒すのでは、と危険視するようになった。だから、先手を打ったっつうわけ」

 

 

珍しい話ではない。

小心者が権力を手にすると、その権益と身の保全を考えるあまりに疑心暗鬼に陥り、親しい者までも自分の命を狙う敵に見えてしまうのだ。

 

有名な例をあげれば、ソビエト連邦のヨシフ・スターリンが代表的か。

第二次世界大戦を通じて最もソビエト人を殺したのは、敵国のドイツ軍ではなく自国の指導者だったというのだから、権力とは斯くもおぞましいものなのだ。

 

 

「で、どうするよ蒼紫」

 

 

鎌足の質問を打ち切り、蒼紫に十徳が問う。

 

 

「お前の雇い主はお前を不要と、危険と判断して抹殺に動いた。それでもお前は、嘗ての任務の遂行に殉ずるか?」

 

「…貴様との戦いは、俺個人の意思に依るところも大だ。放棄など…ッ」

 

「立派な武心だな。その在り様に敬意を表するよ…じゃあ一つ提案なんだが」

 

 

鉄製の柱に弾丸がぶつかり、甲高い金属音が断続的に響くなか、十徳が続けて言った。

 

 

「俺との戦いが済んだら、俺の所に来いよ。お前の、お前らの武と技と知、俺とともに祖国の為に使わんか?」

 

「…はあ?!」

 

「いやさ、お前観柳に裏切られて今はフリーだろ?だから勧誘してるんだが…」

 

「貴様はッ、阿呆か?命のやり取りをしている相手に、よりによって勧誘だと?」

 

 

十徳との戦闘により大小様々な傷を負っている蒼紫が訝し気に問う。

当然のリアクションだな、と十徳は内心で頷く。

 

 

「あぁ。今の警察組織(おれたち)には余裕が無いんだ。コイツら不穏な地下武装組織を根絶するには人が足りなすぎる。お前らの実力と経験は、絶対に御国の為になる」

 

「なんか~、不穏な言葉が聞こえたんですけど~?」

 

「黙ってろテロリスト」

 

 

コイツら…という下りで鎌足を親指で指し示した十徳に対して、鎌足が食って掛かるが一蹴。

 

 

「戦いの場が欲しいんだろ?ならうってつけだ。なんなら何時でも俺が相手になってやるし。認めたくはないが、俺たちが似た者同士だと言うのなら、共に居るのもいいと思うんだが?」

 

「…俺は、俺たちは、常に抱えられた者に捨てられてきた。現に今もッ……今さら国に仕える気など」

 

 

此度の観柳の件は言うに及ばず、幕末期にも一度、旧幕府に裏切られていた。

 

江戸城守護の任に就いていた彼らは当時、本気で江戸決戦をするつもりでいた。

江戸に新政府軍が入り込んできた際、江戸に火を放って混乱に陥れ、敵首級を尽く刈り取る。

守るべき江戸の民を犠牲にして(実際は避難民の救助策も有った)勝利を掴み取ろうと算段を立てていたのだ。

 

だが結局、大将軍徳川慶喜は彼らの意思とは真逆に江戸城の無血開城を実施した。

 

江戸城の開城とは、江戸にある武力の放棄を意味する。

すなわち、隠密御庭番衆の放棄も含まれる。

 

故に殺害をもって、決戦戦力の放棄を示した。

 

だが四乃森蒼紫は、処刑場に連れられ悲嘆に暮れていた同胞を救うべく、嘗ての仲間だった旧幕の者達に斬り掛かった。

 

何人かは犠牲になったが、救い出せた者もいた。

亡くなった者も皆、一様に満足そうな顔をしていたらしい。

 

“隠密御庭番衆万歳”

“お頭の道に栄光あれ”

 

その声と顔を、忘れる時はない。

 

研鑽を積み、漸く訪れた戦舞台に訪れた悲運。

裏切られ、理不尽な理由で処刑されそうになった悲劇。

此度もまた、好敵手足りうる存在を前にして訪れた裏切り。

 

必然と握る拳に力が入り--十徳の言葉で揺れ動いた。

 

 

「可笑しな話だけどさ。俺の上司は新政府に敵対した新撰組の生き残り。俺は新政府に仇為した薩軍兵士の生き残り。俺たちに混じっても、お前の経歴は別段珍しくもない」

 

「…ッ!」

 

「また日本の統治機構に仕えるのが嫌だって言うなら、考えを改めればいい。お前が、否、俺たちが仕えるのは祖国と民。俺たちの研鑽した総ては、祖国と民の負託に応えるため」

 

「……」

 

「また裏切られるかもっていう心配なら…まぁ俺も無いでは無い。使い捨てにされる可能性が十分にあるからな。でも--」

 

 

 

それでも俺は、この国の未来の為に戦い続ける。

 

 

 

蒼紫から目を離し、正面を見据えて言ったその言葉に。

微かに、十徳の両隣から息を飲む音が聞こえた。

 

 

「例え捨てられ、裏切られても、それがなんだってんだ。もしそうなったら、一人でも戦い続けるさ。一人になっても、未来を掴むために走り続けてやる。それが俺の掲げる正義だ」

 

「貴様は…」

 

 

掠れた声で呟く蒼紫が続けようとしたとき、一際大きな騒音が耳に届いた。

破壊された門扉の向こうに見える、燃え盛る倉庫の一棟。

轟音とともに弾け飛び、火だるまとなって夜の横浜倉庫街を照らしていた。

 

 

「ちょっとちょっと~今度は何?隠密の次は透波(すっぱ)でも来たの?」

 

「武田の忍集団が生き残ってる話は聞いたことねぇ。ま、なんであれ、また招かれざる客なんだろうな。多分、俺にとって…はぁぁ(クソデカため息)」

 

「…ふ」

 

「あ?蒼紫、今お前笑った?絶対笑ったよな今?!」

 

 

原作でも、そして今までの戦いの中でも常に冷静沈着でいて、表情筋が凍死しているのではと思えるほどに感情を表に出さない蒼紫が笑った?

そのことに慌てて詰問しようとする十徳を制するように、蒼紫は立ち上がって告げた。

 

 

「貴様の勧誘、確かに魅力的だ。これほどまでに争いの火の粉がポンポン舞い込んでくるなど、その運気羨ましい限りだ」

 

「欲しけりゃくれてやるよ、こんな運気。しかもまだ部下は役立たずだからよ、一人で乗り切るしかないのが現状。だから共に戦える仲間を絶賛募集中なわけ」

 

「生憎と、言った通り貴様の首を獲る任は棄てておらん。“強者の首を獲る”。それが俺の掲げる正義だからな」

 

 

背を向け、そう告げた蒼紫に残念だ、と十徳が言おうとした矢先。

だが、と続けられて言葉にはできなかった。

 

 

「だが、もし俺が負けたなら、一考してみよう。貴様といれば、絶えず戦いの中に身が置けるのだろう?」

 

「戦いの場なんざそこら中に転がってらぁ。嫌と言うほどに放り込んでやるよ」

 

「そうか、ならば--」

 

 

小太刀は無い。無手だ。

 

だが、忘れることなかれ。

隠密御庭番衆御頭は全身これ凶器。

拳法一つで剣士に伍する実力を持っているのだ。

 

その蒼紫が、拳の状態を確かめるように掌の開閉を繰り返し、続けた。

 

 

 

 

「露払いをしてこよう。それが済んで邪魔物がいなくなった時に、再度その首を狙う。貴様がそこで死ぬか、それとも返り討つか、その結果で答えを出そう」

 

 

 

そう言って、猛獣も斯くやと思うほどの身のこなしで弾丸を躱しながら、倉庫を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 












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