明治の向こう   作:畳廿畳

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ご無沙汰してます
二ヶ月間文字通りプライベートの時間を一切作れなかった畳廿畳です

久しぶり過ぎてテイストが変わっているかもしれませんがご容赦ください


では、どうぞ







42話 横浜激闘 其の玖

 

 

 

 

 

 

祖国と民の負托に応えるため、未来を掴むために走り続ける、か……我ながら随分とデカい事を宣するものだ。

 

その気持ちに嘘は無い。

俺は十徳との約束を果たすため、その気概でいる。

利用できるものは何でも利用するし、そのためなら(おれ)は鬼にでも悪魔にでもなってやる。

 

だが所詮、俺の力では大それた事なぞ何一つ出来やしない。

 

理想を語る口なんか誰にだって付いている。

肝心なのは理想を現実にする力があるか否か、出来るか否か、その一点に限るのだ。

出来なくば、理想はただの妄想に堕落する。

石動雷十太のような愚物と同じになる。

 

そうなるつもりは無論ない。

俺の理想は、俺一人が掲げる独りよがりな夢ではないから、理想を妄想に成り下がらせるわけには決していかないのだ。

 

俺一人で事を為せないのなら、俺以外の力も使うまで。

己の弱さに卑屈になっている余裕などない。

立ちはだかる敵であろうと、関係のない路傍の石であろうと、理想に近づけるのなら喜んで頭を垂れよう。

 

 

「とは言え、まさかここまで好感触を得られるとは予想外だったわ」

 

 

正直、歯牙にも掛けられずに一蹴されると想定していた。

 

けど、思い返せば原作でも蒼紫は“最強”という二文字に固執していたんだった。

それが故に伝説の人斬り抜刀斎こと緋村剣心(しゅじんこう)に挑みかかったんだよな。

 

 

「ともかく、一難去ったということで一安心か……ん、もう一難去ったか」

 

 

蒼紫が駆け出して数秒後、連続的な銃声は変わらないが、ここへの銃撃はなくなった。

駆け出した蒼紫を見つけて標的をそっちに絞ったようだ、善也。

 

 

「! ッ~……」

 

 

少しだけ、ほんの少しだけ一息吐いて気を緩めたら、思い出したかのように突然痛みが身体中を駆け巡った。

 

痛い痛い痛い痛い。

銃弾が貫通した脇腹がクソ痛い!

癋見の螺旋鋲による傷口の近くに風穴を空けられたんだ、歯を食い縛っても声が漏れ出ちまう。

 

それでも鉄柱を支えにし、声のない呻きを上げながらなんとか立ち上がる。

 

ダメだ。気を抜くな、精神を張り詰めろ。

 

 

邪魔者(庭番)邪魔物(銃撃)もなくなったわね。これでやっと二人っきりよ、キャハ♪」

 

 

敵はまだいるのだから。

 

 

「……止めろ、あざとい」

 

 

しなを作りながらそう抜かす鎌足。

本当スゲーよ、仕草も声音も相変わらず女のそれだからちょっとクラっと来るものがある。

 

今は別の意味で頭がくらくらしているが。

 

 

「それで?俺と二人っきりになれた事がどうして嬉しいのか聞いても?」

 

「決まってるじゃな~い、そんなの--さ、ちゃっちゃと吐いて貰おうかしら」

 

 

意識の外から音もなく、大鎌の刃が俺の頭頂にてピタリと止まった。

 

力を少しでも入れれば、否、むしろ力を抜けば自重で俺の体を縦に真っ二つにしてしまえるだろう。

そんな大鎌を仰ぎ見て、次いで鎌足を見遣って考える。

 

 

後門の狼を退けることには成功したが、ほぼ無傷の前門の虎がいるのはかなりマズい。

さっきまでは蒼紫をどうにかすることしか頭に無かったから、今更になってマズい状況だと悟ってしまったのだ。

 

くそったれだが、今の奴の身体はベストコンディションだろう。

この後に控えている蒼紫戦、そして先程の正体不明の倉庫の爆発炎上事件の捜査を考えると、ここで文字通りの死力を尽くすことは避けたい。

 

身体を削るのにリスクが高いならば、取れる手段は一つ。

精神を追いやる。

揺さぶり、虚を突き、一気に制圧する。

 

俺は唾を飲み込み、口を開いた。

 

 

「あぁ、いいぜ。約束したからな。情報は公開しよう。ただ、どこからどう説明すればいいか分からないからさ、質問してくれよ。適宜答えてやっから」

 

「殊勝な心掛けね。じゃあまず、貴方たちは何者?」

 

 

俺は隠すこともせず、鎌足を見据えて答えた。

 

 

「東京警視本署麾下組織、特別捜査部隊。通称は特捜部。構成員は俺、狩生十徳を筆頭に計八名。創設理念は、お前ら地下武装組織の絶滅だ」

 

「っ?! そんな組織、聞いたこと…」

 

「ないだろうよ。大警視直々に秘密裏に創設されたものだからな。地下に潜み闇に蠢く組織をぶっ潰すため、俺たちも闇へと紛れたんだ」

 

「……そういうこと、ね。じゃあ次の質問。どこまで私たちを知っている?」

 

「どこまで、か。むしろ一つだけ分からない事があるんだ。それ以外は知っているつもりでいる。志々雄真実の決戦兵力十人の詳細についてもだよ……鎌足()()

 

「!!」

 

 

一瞬だけの、強い動揺。

肩が揺れ、腕が震え、頭上の大鎌がブレた。

 

その一瞬で、十分だった。

 

予備動作なしの、吶喊。

地を爆ぜて、鎌を掻い潜り、束を避けて鎌足に猛接近する。

 

度重なる戦闘により出来た多くの傷が激痛を生むが、歯を喰い縛って耐える。

まだ、戦闘行動に大きな支障は出ていない。

まだ、戦える。

 

そして、水月への掌底を全力で放つ!

 

だが

 

 

「…チッ!」

 

 

膝で防御された?!

五ヶ月前の戦闘の時みたいにはいかなかったか、やはり相応に警戒されていたようだ。

 

なら、と突き出していた掌でそのまま奴の膝を掴み、強引に引っ張って体勢を崩させる。

片足立ちの鎌足は此方に崩れて来、片や俺はその反動で奴の横を過ぎる。

 

そして、肩に背負っていた俺の大鎌を奪い取り、そのまま離脱。

間合いを取って一息つく。

 

 

「以前の轍は踏まないってか?ビックリしたぜ」

 

「あれ以来、体術も一通り齧ったのよ。大鎌、鎖分銅、そして拳法。この三つを掻い潜らなければ、私の身には届かないわ……いえ、それよりも。貴方、()()()()()の?」

 

 

構えて、問う鎌足に相対し、俺も大鎌を構えて答えた。

 

 

「あぁ、知ってたぜ。お前の体は男で、心は女だということを。もっと言えば、性同一性障害、或いは性別違和という疾患であるということも知っている。日本、否、世界的に見てもお前みたいなのは珍しいものじゃないぜ」

 

「……!」

 

 

驚愕に目を見張る鎌足。

その動揺は先程よりも遥かに大きく、隙だらけだった。

 

 

「その辛さも知っている…いや、そう言うと失礼か。その辛さに共感できるだけの知識はあるつもりだ、と言うべきか。知り合いにいるわけじゃないが、お前の苦しみは、それなりに理解できる」

 

 

汚い手なのは自覚している。

口先で相手の精神を揺さぶるとか、こんな姑息な手段、誰かに見せられるようなものでは決してない。

 

けど、命を奪い合う場なら綺麗事を言ってらんない。

ましてやばか正直に鎌足と正面からぶつかれば、不利になるのは明らかなのだから。

 

 

 

ふと、俯き、肩を震わせている鎌足を見遣る。

小刻みに大鎌も揺れ、一見またとない好機に見えるのだが。

 

 

 

どうしてか。

 

 

 

ざわざわと、その姿が異様に俺の警戒心を掻き立てていた。

 

 

 

鎌足の髪が微かにと動いているように見え。

 

 

僅かに聞こえる吐息は荒く。

 

 

鎌を持つ手は鬱血するほどに力強く。

 

 

 

 

やがて持ち上がった顔は

 

 

 

 

 

 

 

 

憤怒の形相に彩られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふ、うふふ。うふわはあはあはははは!」

 

 

その哄笑は臓腑の底から悪寒を走らせ、背筋を貫き、身を硬直させる。

その瞳は奥歯を噛み鳴らさせ、肩を震わせ、身を掻き抱かさせる。

 

本能的に畏怖を覚えさせ、嫌悪を掻き立てさせる、白黒逆転した目を持つ狂人。

獲物の怖がる様子、人を斬る感触を好む快楽殺人鬼。

 

鵜堂刃衛。

 

 

 

その男の笑いが止むと、一人の女性を見据える。

 

 

「うそ…でしょ、Zittoku」

 

 

狩生十徳と同じ顔をした頭部を見つめ、呟くエミー。

茫然として、座り込んでいた。

 

首の切断面からおびただしい量の血を流し、光のない瞳がただ地面を見詰めていた。

 

 

「あんな飄々としてた、アンタが…殺しても死にそうになかった、アンタが…冗談、でしょ?」

 

 

震える手が、支えを失った頭部にゆっくりと伸びる。

 

触れたところで、意味なんてない。

抱えたところで、意味なんてない。

 

分かっている。

だがそんな理屈も関係無しに、無意識的にエミーは十徳の頭部へと手を伸ばし、そして。

 

 

「一般人がいたとはな。それも、異人とは……うふふ、いいね」

 

 

これ見よがしに、刃衛が頭部を蹴っ飛ばした。

燃え盛る倉庫の壁をぶち破り、中へと入っていく。

 

 

「異人の斬り心地…しかと味わせてもらおうか!」

 

 

刀を振り上げ、エミーの頭頂に狙いを定める。

 

エミーはこの期に及んでも刃衛に目を向けることなく、悲壮な顔のまま、伸ばした腕をそのままに十徳の頭部があった場所を見詰めていた。

 

そして、炎の灯りによって禍々しく照らされる刀がエミーの頭へと一直線に振り下ろされた--瞬間。

 

燃え盛る倉庫の壁を突き破って出てきた、()()()()()()()()()が刃衛へと飛び掛かった。

 

 

「な……ッ!この、機巧(からくり)風情が!」

 

 

ぶつかり、組伏せようとするその身体を片手で制し、心臓へと一突き。

眉をしかめたくなる音が響き、確かに心の臓がある場所が貫かれた。

 

されど、首なき身体は止まることなく、猛然と刃衛へと掴み掛かり、その首を絞めようとする。

 

皮膚を破り、肉を裂いて臓腑を貫いた感触に、しかし刃衛は笑みを浮かべることもなく、直ぐ様己に伸びる腕の片方を掴み上げ、それを()()()()()

 

次いで、もう片腕。

 

腕が舞い、血が飛散するのもお構い無しに、両の足を両断。

一瞬にして猟奇的な死体を作り上げた。

そして、支えを失った胴をその後背から刀で貫き、地に縫い付けた。

 

胴体だけでも動きを止めないそれを一瞥し、そして炎上を続ける倉庫に向かって刃衛が叫ぶ。

 

 

「宿敵を模すだけでも不届き千万。それに加えて邪魔までするとは…その愚行、万死に値するぞ!人形師!」

 

 

燃え上がる炎によって奏でられる騒音に負けず劣らずの大音声が響くと、それに応えるようにして倉庫の壁が一際大きく破砕し、そして中から、人ほどの大きさの炎の塊が出てきた。

 

蠢くその炎の球体は止めどなく回転を続け、やがて音を立てて()()()()

 

火の粉が飛び散り、熱気が霧散する。

そして、その炎の球から出たのは、髑髏のマスクを被った人物。

 

外印だった。

 

 

「宿敵、か。貴様は師にかなり執着しているようだな。まったく、本当に師の周りには敵が多い……なればこそ、この師を模した戦闘用機巧には十二分に意義があるというもの」

 

 

炎の球体を破裂させる際、彼は腕を振るった。

その腕の先、指の先には極細の糸、斬鋼線がある。

 

それが今、炎の光を浴びて煌めきながら外印の回りを漂っていた。

 

 

「貴様の思惑は知らないし、知るつもりもない。何かをしたいと言うのなら、好きにすればよい。それこそ師を殺そうと動いても全然構わんさ。その時の師の心の波動を見られるのなら、私にとっても好都合だからね。ただ--起動実験には最後まで付き合ってもらうよ」

 

 

そう言って、片腕を大きく誇示するかの如く突き上げた。

すると、残った倉庫の壁がすべて吹き飛び、中から更に人影が出てきた。

 

二振りの刀をそれぞれの手で持ち、ガラスの虚ろな瞳で刃衛を見詰める狩生十徳。

それが、一、二、三四五…合計で九体、外印の後ろに佇んだ。

 

 

「ここはどうやら師にとっての死が一番近い場所。ならば、師の光り輝く心を理解するにはうってつけの場所ではないか」

 

「…」

 

「不気味の谷を乗り越え、心を入れるべき最初の人形はやはり有象無象のそれではなく、師を模したそれであるべきだとは思わないかい?」

 

 

表情は、マスクを被っているため分からない。

だが、その声音にはかなりの喜悦が含まれているのが分かるほどに、弾んでいた。

 

一方の刃衛は外印を見ていない。

現れた九体の十徳の人形を見詰め、眉に寄っていた皺が一気に無くなり、狂喜に顔を綻ばせた。

 

 

「んふ、んふふふふ!一体だけなら奴との決闘を愚弄された気分だったが、こんなにも多くの奴に構えられるとなると、なかなかどうして!気分のいいものじゃないか!」

 

「ふむ…その喜悦、我が人形に対するものではなく、人形の素となった師に対するものか。自分で言うのもなんだが、斯様な狂人に執着されるとは師も大変だな……いや、師だからこそか。正も狂も飲み干した師だからこそ、そういった輩に惹かれるのかもしれないな。無論、私も含めて、だがね」

 

 

狂人の狂態に溜め息を一つ吐き出す外印。

 

 

「御託はいい、人形師。その出来損ないの機巧共をさっさと動かしてみせろ!」

 

「血気盛んだな。だが、この際その献身に感謝しようか!」

 

 

突き上げていた腕を、外印は刃衛に向けて勢いよく振り下ろした。

すると、後背に控えていた九体の十徳人形が一斉に跳躍し、刃衛へと斬り掛かった。

 

狂気の機巧芸術家と狂気の快楽殺人鬼による戦いが、ここに始まった。

 

 

 

 

 

刃衛に向かって、傀儡(くぐつ)の十徳たちが襲いかかる。

正面から、左右から、そして上方から。

 

無機質な瞳と無感情な気配から繰り出される怒濤の斬撃。

 

その刀捌きは人形とは思えないほどに流麗で、力強い。

両の手に携える刀はなまくらとはほど遠く、十分な切れ味を誇っているため、その剣閃に触れればたちまち触れた部位が両断されるだろう。

 

空気を斬り裂く、九体の十徳がもたらす嵐のような攻勢。

 

されど、その刀が捉えるのは空気か。

 

 

「うふ、うふふふ……!」

 

 

或いは刃衛の衣服の端だけ。

 

猛速で迫る刀の数々を、しかし刃衛はそれを上回る高速で躱していく。

哄笑を上げながら、嬉々としてすべての太刀筋を見極めながら避けていく。

 

避け、躱し、時には受け流し、身体に一寸たりとも刃を掠らせない。

 

そんな怒濤の攻防がどれほど続いただろうか。

一瞬の空隙を突き、刃衛が一体の十徳の懐に入り込んだ。

 

瞬間、四つの斬撃が放たれ、その四肢を根本から斬り飛ばした。

支えを失った胴体が崩れ落ちる--直前、さらに一つの剣閃が煌めき、その首を刎ね飛ばした。

 

刎ね飛ばした四肢と舞い散る血、飛散する機巧の各種部品を無視し、刃衛は刀を振り上げて中空にある十徳の頭部を刺し貫いた。

なんとも形容しがたい音とともに頭蓋がひしゃげ、十徳の頭部が地に固定される。

 

傀儡の瞳は変わらず色を湛えることなく、呆とした視線がただ地を眺めていた。

 

自らが作り上げた惨劇を、しかし刃衛は一瞥することなく、縫い付ける刀から手を離して切り刻んだ十徳が持っていた刀を代わりにとばかりに拾い上げ、更に襲い掛かる十徳に相対し、

 

 

「うふわはははははは!」

 

 

不気味な哄笑を響かせながら刀を振るい続ける。

二体目、三体目と同様に切り刻んでいく。

 

血が舞い、四肢が飛び、部品が弾ける。

悲鳴も断末魔もなく、狂人の笑い声のみが木霊する。

 

やがて幾本もの刀の墓標が出来上がった。

無論、その墓標には例外なく十徳の頭部が貫かれているのは言うまでもない。

 

その光景は、あまりにも常軌を逸していた。

 

 

「ふむ。その技量、師に執着するだけのことはあるな。人形すべてを潰されるとは想定外だったが、まぁいいでーたを取らせてもらったと思うことにするよ」

 

「たわけめが。剣客侠客でもない貴様が操る人形など、動きが単調かつ雑把ゆえ分かりやすいのだ」

 

 

ぐさり、と九体目の十徳の頭部を貫いた刀を地面に突き刺し、刃衛が外印を見遣る。

 

 

「だが、まぁいい練習をさせてもらった。奴を此の様に切り刻み、刺し貫き、縫い付ける想定ができたのだ。今の俺はすこぶる機嫌が良い。うふ、うふふ、うふふふふ!」

 

「貴様の機嫌など知りはせん……が、やはりそうか。一体につき一本の指では操作に限界があり、かつ私が剣士の動きを熟知していない弱味も露呈するのだな。ふむ、これもまた、よい勉強になった」

 

「うふふふ。辞世の句は詠み終えたか?貴様には斯様な舞台を作ってくれた礼をしなくてはならぬからな。痛みと苦しみの果てにくる死を、くれてやろう」

 

「それは遠慮する。私にはやらねばならぬことがあるのだからな。もう十分だ。貴様とこれ以上関わるのは時間と労力の無駄でしかない故、ここらでお暇させてもらうよ」

 

 

外印の発言に、ぴくりと刃衛の眉が動いた。

 

 

「…逃げられるとでも?」

 

 

斬り飛ばした十徳の(かいな)から刀をもぎ取り、切っ先を外印に向ける。

 

この場に居合わせた以上、少しでも自らと戦った以上、途中退場など認めない。

己か相手の死によってしか、この戦いからは逃れられぬのだ。

そう言わんばかりに、眼光鋭く外印を睨みつける。

 

 

「勘違いしていたようだ。どうやら貴様の殺意は師を最上位としていても、関係ない相手にも振り撒くほどに有り余っているのか。生粋の狂人というのもむべなるかな」

 

 

肩を竦めて、首を振る外印。

 

人形が無くても外印は戦える。

戦力としても、人形が有ろうが無かろうが大差はない。

有れば有る戦いをするし、無ければ無い戦い方をするだけだから。

 

だが、ここで師に執着する狂人とこれ以上戦うのは無益だし、何より師にぶつけなければ()()()()

 

 

“宿敵”と奴は言った。

つまり、並々ならぬ感情を師に向けているということ。

それは奴の今までの人形に対する異常攻撃からも判断できるため、嘘ではないだろう。

似たような感情を師も持っているのか、或いは一方的なのか判断は付かないが、それは重要ではない。

 

要は師の()()()()()()に、空気を震わせ身を竦ませるほどのこの狂気をぶつけてくれればいい。

そうして師の心の有り様を鮮明に映し出してほしいのだ。

 

そうすれば、再び師の心を垣間見ーー!

 

 

「殺し合いの最中に考え事とは、随分と余裕だな」

 

「しまッ……!」

 

 

突如眼前に迫った刃衛。

その腕から放たれた一閃が外印の肩口を切り裂いた。

 

決して油断していたわけではない。

ただ少し、己の欲望に意識が浸かってしまったのだ。

たかが一瞬、されど一瞬。

そこを突かれた。

 

 

「…~!」

 

 

咄嗟に刃衛の頭上を飛び越え、彼の背後に着地する。

背後は炎上する倉庫だったため、逃げ場が前方にしかなかったのだ。

 

直ぐ様両腕を思いっきり振り上げた。

未だ繋がったままの人形の胴体が浮かび上がり、次いで振り下ろされた外印の腕と同じタイミングで、それらが刃衛に向かって飛んでいった。

 

だが刃衛はもはやそんな残骸に興味を抱かないのか、完全に無視して外印に肉薄してきた。

堪らず外印は後方に飛び退く。

 

その際、今なお呆然として座る西洋人女性とすれ違った。

そして思った。

 

これは使える、と。

 

この女を間に挟んで奴と対峙すれば、奴の興味と凶刃は女に向かうハズ。

その隙を突いて人形に繋がったままの斬綱線を引き戻し、攻勢に転じる。

もはや師へぶつける画策は後回しだ。

まずはこの窮地を脱する。

 

 

そう算段し、実行し、果たして狙い通りに狂人の瞳が女を貫いた。

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

どうやら自分は地獄の釜を覗いてしまったらしい。

 

燃え盛る倉庫から知人の頭部が突然飛び出してきて、それが誰かに蹴られて。

突然のことに理解がまったく及ばなくて、ふと怒声と何かが切断される音が耳に届き、ゆっくりと顔を上げたら、そこには四肢を斬り飛ばされる首の無いZittokuがいたのだ。

 

 

「っ……」

 

 

あまりの凄惨な殺戮事件を目の当たりにして、私は言葉を失った。

 

この光景は果たして現実なのだろうか。

確かにZittokuは人の好奇心を刺激するくせして満足に約束を果たさず、しかも余計に好奇心を刺激させる上に無自覚に人の神経を逆撫でして。

死んでも死ななそうな奴だし、実際に爆発事故の現場に居て片腕を亡くして、火傷も負ったのにけろっとした顔で仕事をするような奴だけど。

 

それでも流石に、これは酷すぎるわよ。

 

彼はこんな酷い目に会わなければならないほど嫌な奴では、流石になかったハズだ。

 

 

「っ!!」

 

 

次いで、肩をびくりと震わす狂人の怒号が鼓膜を貫いた。

 

誰かと話しているようで、けれど私の頭は上手く回らなくて、内容はさっぱり理解できなかった。

燃え盛る建物から一人の髑髏マスクを被った者が出てきたようだけど、それすらも理解を要するのに時間が掛かってしまった。

 

けど、そんな私でもある一つの光景を目の当たりにして、脳が再起動したのを知覚した。

 

髑髏マスクの者の後ろから現れた、多数のZittoku。

虚ろな瞳をして生気を感じさせない、まるで人形のような青年たち。

豪炎を背に理路整然と並び、二本のソードを持ちながら不気味に佇む白銀の男たち。

 

直感した。

Zittokuとの付き合いは極僅かだけど、確信した。

彼らは、否、あれらはZittokuなんかじゃない。

あれらは本当に人形なのだ。

もとより十徳が複数人居ることからして可笑しな話なのだから。

 

そう思い至った瞬間に、Zittokuの人形たちと狂気のソードマンの斬り合いが始まった。

まるで多勢に無勢の趨勢のなかで、しかしソードマンは高らかに嗤いながらソードを避けていく。

 

そうして再び、狂気の体現者により地獄が具現された。

 

 

Zittokuたちの首が飛び、四肢が舞い、血が撒き散らされ。

刎ね飛ばされた頭部がソードによって貫かれ、そのまま墓標のように地に突き刺さる。

 

その数は次第に増していき、やがて九つの頭部が貫かれたソードが地表に生み出された。

 

 

「うふ、うふふ、うふわはあははははは!」

 

 

哄笑を上げる狂気を湛えた一人のソードマン。

その身の毛もよだつ笑い声と地獄の光景に悲鳴が漏れ出そうになるが、喉から声が出ることはついぞなかった。

 

 

「おっと、忘れていたよ----殺すのをね」

 

 

いつの間にか目の前に来ていた狂人が、ソードを振り上げて私を見下ろしていたのだ。

 

 

突然の事態に、頭が理解に追い付かなかった。

その凶刃を振るう狂人の笑みを、ただ呆然と見上げることしか出来なかった。

 

目の前に転がる偽物のZittokuたちの死によって感覚が麻痺していたのだろうか、自分に降りかかる死に対してとんと鈍感になっていた。

 

あぁ…ここで私は死ぬのか。

なんか、やけに現実感が無いなぁ。

故郷のお父さんとお母さんに私の死は伝わるかなぁ。

こんなことになると分かっていたら、遺書ぐらい書いといたのに。

 

心残りは…色々とあるわね。

色々とあるのに、色々とあるハズなのに、今はどうしてか、あの不思議な白銀の日本人の顔しか頭に無かった。

目の前に転がる()()なんかじゃなく、本当のあの人。

 

どんなにボロボロになっても凛と立ち続ける、おかしな警察官。

 

叶うならば、もう一度あの背を見たかった。

 

 

そして、そんな走馬灯もいよいよ終わりが近づき、頭蓋を叩き割るソードが眼前に迫る--

 

 

「--ふえッ?」

 

 

よりも先に、一陣の風が自身の前に滑り込み、甲高い音を奏でてそのソードを防いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間に合ってよかったでござる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











この連休に執筆するんじゃ~


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