明治の向こう   作:畳廿畳

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原作主人公の内面を少し改変します
ご容赦ください



では、どうぞ










52話 戦後処理 其の肆

 

 

 

 

俺の声に応えたのは、宇治木だった。

 

 

 

「まず……観柳の手勢については、すべての駆除を確認した。使えそうな物を頂戴した以外は、死体も武器も何もかも捨て置いてある。刃衛については残しておくと不吉な予感がしてな。海に投げ捨てた。他、本件に関与した生存者は全員、現屋敷に留まってもらっている」

 

「どこ、まで……話した?」

 

「なにも。逆に此方からの聴取は全員に済ませてある。庭番の四人、前敵組織の鎌足、協力者の外印、一般人のエルダー女医とエミー女史。そして……人斬り抜刀斎」

 

 

ふむ、改めてまとめるとカオスな状況だな、ここは。

もう原作ブレイク待ったなしだ。

 

ま、今更だし別にそれはいいんだけどさ。

 

 

「驚きもしないとはな……抜刀斎のこと、知っていたのか?」

 

「ああ……知ってる、よ……なんも、かんもな」

 

 

宇治木の神妙な表情は、伝説の人斬り抜刀斎と知ったからか。

まあ俺も何も知らなければ、きっと同じような顔になっていただろう。

 

 

「何は、ともあれ……鎌足」

 

「はいはいは~い、私ここにいま~す。なになに?ていうか、さっきのは急にどうしたの?大丈夫なの?」

 

 

外印との追いかけっこを中断し、軽い調子で手を上げながら小走りで近寄ってくる鎌足。

何故かぶんぶんと振れる犬の尻尾を奴の尻に幻視してしまう。

 

 

「ここにいる、てことは……俺たちと、来る……てことで、いいんだな」

 

 

鎌足の不安げな質問を敢えて無視し、息も絶え絶えに問う。

すると鎌足は、心配そうな表情を消して神妙な面持ちで頷き、そして続けた。

 

 

「でも、宇治木(かれ)にも言ったけど、私は積極的に組織と戦うことはしたくないわ。色々と協力するし、背中は預けたいけれど……出来るなら、」

 

「いい、それで……」

 

 

組織と戦うことだけが俺たちの任務じゃない。

あくまで通過点。

多く抱える仕事のうちの一つでしかないんだ。

 

だから鎌足のスタンスは全然問題ない。

むしろ志々雄の望む世界に背を向けてくれたという事実だけで、俺は安心した。

 

 

「お前は……まだ、ゆっくり休め。じっくり、と……腰下ろして、な」

 

「ッ、……ふふっ。そんな身体した貴方に言われるなんて、なんだか滑稽ね……でも、ええ、ありがとう。貴方の側でゆっくりとさせてもらうわ」

 

 

本当に、どこからどう見ても女にしか見えない鎌足は、綺麗な笑顔を見せてくれた。

女の一番の化粧は笑顔だなんて戯れ言は、あながち間違いではないのかもしれないな。

 

なんて暢気な感慨が頭を過ったが、直ぐに切り替える。

 

 

次なる蒼紫を見て、続けた。

 

 

「お前らは、どうする……」

 

 

隠密御庭番衆の般若、癋見、式尉、そして御頭の蒼紫。

 

観柳の差し金で俺を暗殺するために横浜に送り込まれたのだが、それは観柳の目的の半分でしかなかった。

もう半分は、彼ら庭番の処分だ。

 

別働の刺客、さっき宇治木が言った「観柳の手勢」が横浜で待ち構えていて、俺を暗殺し終えた庭番どもを屠る手筈となっていたのだ。

 

だが、奴等は我慢しきれずに俺と蒼紫が戦っている最中に乱入してきて、あまつさえ蒼紫一人と争うことになった。

結果、蒼紫たちの暗殺任務は未達成、手勢どもの処分任務も蒼紫に全滅させられたことによって失敗に終わったのだ。

 

 

で、当の蒼紫たちが今後どう動くのか。

 

 

蒼紫とは再戦の約束をしてしまい、俺が勝ったら仲間になるという条件を示した。

逆に俺の負けは俺の死を意味するのだが……さて。

 

どう動くのか、なぜここに居るのか。

色々と聞きたいことがある。

 

 

「……」

 

 

腕を組みながら目を閉じている蒼紫に、般若、癋見、式尉が伺うように顔を向ける。

 

やがて静まり返った室内に響いたのは、重々しく口を開いた蒼紫の声だった。

 

 

「貴様の誘い……受け入れよう」

 

 

目を開き、黒い鋭利な眼光が俺の隻眼を貫く。

 

その答えに、あまり驚きは無かった。

 

 

「戦わなくて、いい……のか」

 

「貴様との再戦は一先ず預ける。貴様と共にいれば、戦いの機会は簡単に得られるのだろう?ならば、そこで自己を磨く。まだまだ貴様に挑むには早かったようだからな」

 

「……あ?」

 

「だがその前に、落とし前を着けなければならない。正式に貴様の下に降るのは、それ以降だ」

 

 

蒼紫の言葉に、般若たちは驚きも焦りもしなかった。

どうやら蒼紫の答えは既に下知されていて、彼らも納得していたのだろう。

 

負けた相手に降る。

きっと俺には計り知れない気持ちがあったのだろうが、それを圧してなおリーダーに付き従うとは、本当に美しい信頼関係があるんだな。

 

 

とまれ、問題は解決した。

 

一番の厄介事と考えていた庭番どもについて整理できたのは非常に嬉しい。

肩の荷がスッと降りたようだ……が、まだ気を抜けない。

 

 

「落とし前……てのは、観柳のこ、とか……」

 

 

頷く蒼紫に、俺も頷いて言った。

 

 

「なら共、同……戦線だ。俺たち、も……奴に、しなきゃならん、事が……あるから」

 

「……そうか」

 

 

タイミングもシチュエーションも上々だ。

近く観柳に対してアクションを起こそうじゃねぇか。

 

俺は吐息を一つ出して、視線をエミーとエルダー女医に向ける。

 

 

『ふう……エミー、ありがとう。君の、おかげで、俺はまだ……歩けそうだ』

 

 

ザマぁ無い。

いちいち悄気て、誰かの言葉が無ければ立ち直れないなんて、不安定にも程がある。

 

けど、それももうこれで終わりだ。

もう二度とぶれない。

 

 

『さっきの、質問……答えは、もう少し、待ってくれ。一言、二言じゃ……伝えられ、ないんだ』

 

『ま、まあそれはいいけど……あんたホントに大丈夫?急にどうしちゃったわけ?』

 

『……気合いを入れた、だけだ。それより…、エミー、君は……今後、どうしたい? 俺たちは-』

 

 

レオナ・マックスウェルの例もある。

志々雄一派が俺たちの尻尾を掴むために、西洋人といえども関係無しに手を出してくる可能性がある。

 

出来ることなら、此方で守れるよう引き入れたい。

彼女の知見と西洋人というある種の特権、そしてジャーナリズムという彼女の在り方は、諸刃の剣だが欲しい人材である。

 

それ故、此方の事情を説明し、説得しようと口を開いたのだが。

俺の言葉より先にエミーが答えた。

 

 

『着いて行くわ。あ、彼女(エルダー)と一緒にね』

 

 

……

 

 

『え、いや……え?ありかたい、けど……あれ?事情……』

 

『うん、だから後で詳しく教えてね。あ、もちろん安心しなさい。聞き逃げなんてしないわ。何を知っても私は変わらない。あんたの全てを伝記に起こす。だから近くで見続けるわ』

 

『……』

 

 

なんか……男らしいね、君。

 

何も事情を知らないのに、まず自分のしたいことを芯に置いて、それから事を知ろうだなんて。

ぶれない在り方がカッコいいよ。

 

 

『あ、あの!私も同道します!』

 

 

と、エミーに一方的に肩を組まれているエルダー女医が一際大きな声で意思表示した。

どうやら無理やり連れていかされる、というわけではないようだ。

 

 

『俺の、経過……観察か?』

 

『それもあります。けど、それだけではなくて……私、外印さんの技術と知識を学びたいんです』

 

『へ……?』

 

 

外印の技術と知識?

それってつまり、機巧芸術家としての技と知?

 

 

『なんで、また……』

 

『貴方の手術を手伝っただけ、というのは謙遜でもなくて、本当に本当なんです。ほとんどを外印さんがやって、しかも私の知らないやり方で、迷いもなくて。私の医者としての未熟さを見せつけられたんです』

 

 

絶対比較しない方がいいよ、アイツの技術は色々と突き抜けてるから。

なんて、そんなアドバイスは結局言えなかった。

 

だってメッチャ燃えてるもん。

瞳がらんらんとしてるもん。

気付いてないのか、握り締めてるカラスの仮面(なんだそれ?)にヒビが入ってるもん。

 

 

『だから、エミーさんを一人にはしませんよ。通訳もしますし、フォローもします……ダメ、ですか?』

 

『ダメ、じゃないし、有り難いけど……外印が、教示なんて』

 

『あ、それについては大丈夫です。「師を補助できる人材を作れるのは願ったりだ。むしろ此方からこそ頼みたいぐらいだ」と言ってもらいました』

 

 

軽いな外印。

門外不出の技術と知識なんじゃないのか?

いや、さっきの外印の話を聞くに、そうとも言ってられない時代になっている、ということか。

 

笑えないくらいに時代を超越している外印の能力が誰かに継承される……

 

……

 

まあいいんじゃね?

もう原作ブレイクどころの話じゃなくなってしまうが、それを心配する道理は無いよな。

 

 

んん。

取り敢えず二人の人材は確保できたわけだ。

最悪、日本から離れてもらうことも視野に入れてたんだが、重畳重畳。

 

 

『了解。二人とも……歓迎、する』

 

 

迎え入れる以上、当然だが二人の身は絶対に守らなければならない。

任務の性質上、ほとんどの時を危険と隣り合わせにいるのだから、常に傍にいてもいいというわけにはいかないだろう。

 

そしてエミーは日本語の習得を、逆に俺らも英語を習得する。

それまでは俺とエルダー女医が間に入る形になるだろう。

 

ま、それら諸々は追々決めていこう。

 

 

俺はこの場にいる全員に、この場にいる全員を協力者として受け入れることを宣した。

 

 

皆がそれぞれの思惑を果たすことを善しとし、その過程で俺たちの手助けを(結果として)してくくれるのなら何をしてもいいと言った。

無論、限度というものがあるが、彼ら彼女らの目的を第一に考えることを認めよう。

 

 

「敵を平気で抱き込むとは。末恐ろしいと感嘆すべきか、阿呆かと嘆くべきか……はッ、そんなものは今更か。ならば、そうと落ち着いたのなら次の話だ。どうする?」

 

「ああ……(まま)だ」

 

「……は?」

 

「飯だ、飯。腹が減った。外印……腹が減った」

 

「ふむ……ちょうど朝飯時ではあるな。だが申し訳ないが師の手術で多忙だった故、今は何も用意出来ていないのだ。材料はあるが作るのに暫し待ってもらう必要があるぞ。この人数だからかなりの量にもなろう」

 

 

俺は頷き、宇治木の肩を借りながら歩き出した。

漸くマトモに動かせる様になった口で、みんなに告げる。

 

心なしか顔を赤らめている外印は殊更無視する。

 

 

「皆、手伝え。皆で作って、そんで……皆で食べよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の血刀で切り開いた道の先に、誰もが悲しむことなく幸せに生きていける新しい時代があるのなら。

 

そう思って、否、願って、祈って、信じて、思い込んで。

刀を振るってきた。

たくさんの人を殺めて、たくさんの人の未来と幸せを奪ってきた。

 

老若男女問わず、場所と時を選ばず、天誅の告示のもとに斬り伏せてきた。

 

全ては痛みと苦しみにもがく人々を助けるため。

苦難の時代を終わらせ、新たな時代を築くため。

 

 

 

 

殺して、殺して、殺して…………

 

 

 

気付けば手は血まみれ。足には血だまり。

目には血の色が、鼻には血の臭いがこびりつき。

 

 

振り向けば、どす黒い血の池に無数の死体が浮かんでいた。

 

 

血と死体しか無い、凄惨な道。

歩めど歩めど、決して振りきれない地獄絵図。

光ある未来のためなら如何なる辛苦も背負おうと、心に誓ったハズなのに。

 

維新を終え、願っていた新時代が到来したのに、この“血と死体”はどうしても振り払えなかった。

 

耐えようと決心して、堪えようと奮起して、死体を積み重ねてきた。

大丈夫だと言い聞かせて、未来のためだと自己暗示して、更に死体を積み重ねて。

 

 

 

愛した人すら、そこに積み重ねて。

 

 

 

結局自分は、何一つ手にしていない。

 

 

この血にまみれた身体を置く場所は、新時代に到底あるハズもなかった。

 

だが、その事に後悔はない。

 

自ら選んだ道なのだ。

地獄に落ちる所業を幾度しようと、どんなに重い罪を背負おうと、決して悔いはない。

 

 

例え、時おりこの胸に去来する形容し難い鋭い痛みを味わおうと、慚愧の念に苛まれることはない。

 

それが自分への罰だと云うのなら、喜んで受けようと思っている。

心に決めた望みを果たす為の代償ならば、どうして拒絶しようか。

 

 

これから先、何年でも、何十年でも、甘んじて受け入れ続けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その心積もりに、今も変化はない。

あるわけがない。

 

だけど、一つだけ気付いたことがある。

 

 

()()は、端から見るとこのように映るのかと。

 

 

まるで過去の自分を見ている様だ。

 

遥か遠い夢を胸に秘め、あらゆる艱難辛苦を乗り越えようと決心する。

夢のため、自らの犠牲も厭わず、傷だらけになりながら邁進する。

 

未来のため、他者の命を奪う。

我を優先して、他を亡きものにする。

 

しかして決して悪意に陥ることはなく、人を殺すという意味も罪も十全に理解しているが故に、例え死後地獄に落ちることになっても、例え人々に忌み嫌われることになったとしても構わない。

望む未来を手に出来るのなら、どんな苦行も悪評も耐える。

 

そんな、自分が抱いた覚悟と同じものを、白銀の青年から感じ取った。

 

 

故に、かつての自分を重ね見る。

 

そして、思う。

 

自分の辿った道筋を、彼もまた辿るのかと。

 

巻き込まれた側の人間からすれば悪以外の何物でもない災厄を振り撒き、自分は覚悟という名の自己弁護と自己正当化を支えにしてこれからも歩み続けるのか。

 

自分と同じ、血と死体しかない道を歩むのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『奴の背中は格好の標的だ。無防備に晒してくれるのなら是非もない。いつか後ろから心臓を突き刺してやる。だがその為には、見失わぬよう着いて行かねばなるまい。奴の作った道を、確と着いて行かねばなるまい。奴がどのような道を辿り、どこに行き着こうと関係ない。そこに奴が居るのなら、追いかけねばならぬのだ』

 

 

部下の一人、宇治木殿が言った。

 

その言葉とともに、部下たち全員が宇治木殿の後ろで頷いている。

物騒な言葉とは裏腹に、どこか暖かみのある決意表明だ。

上司と部下という一般的な関係とは明らかに一線を画している。

 

そう思わざるを得ないほどに、目の前の男たちからは熱い忠道の意思が感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『師の心は溶岩のようにおぞましく、おどろおどろしい。だがそれの如く熱く、輝いている。その熱と彩りと輝きが私を魅了して止まない。触れれば火傷どころではない、近づくことすら儘ならない。だからこそ、私は斯くも滾る。知りたいと、手を伸ばす。欲しいとすら、思ってしまう。万人が師の在り方を醜悪と評すかもしれない、ならばせめて私だけは美しいと称えよう』

 

 

機巧芸術家、外印殿が言った。

 

外印殿は彼を師と呼んで、称えている。

その関係性はよく分からないが、普段は死んだ魚のような腐った瞳をしているのに彼の話をするときは打って変わって獣のようにぎらつくため、本当に彼に心酔しているのだと云うことはよく判った。

 

根底にあるその心酔の原理は不明だが、外印殿が彼について語るときは本当に楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は彼の瞳と腕を奪った。けれど彼は、自分のことを擲って私の為に叫んだ。引張ってやると、傍に居てやると……っふふ。あんな姿でそんなこと言われたら、もう惚れちゃうじゃない?だから私は彼の隣で、彼の瞳となる、腕となると決心した。そして彼が望み、作る世を、彼の隣で眺めるの。これは贖罪じゃないわ。そんなもの、きっと彼は望まない。だからこれは、彼に尽くしたいという惚れた女の覚悟よ』

 

 

鎌足殿が、微笑みながら言った。

 

聞くと、彼女は彼たちと敵対している組織に所属していて、実際に二度、彼と戦ったそうだ。

それなのに、今では組織を抜けて彼の為に協力すると心に決めたと言う。

彼の隣に在りたいと、澄んだ笑みを見せて言う。

 

惚れたなんだと甘い事を耳にするが、彼女の言う覚悟は嫌でも知覚できるほどに全身から滲み出ていて、嘘偽りは何一つ無いことが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『奴に対する感情を言葉で表すことはできない。何故なら多すぎるからだ。嫉妬、羨望、嫌悪、好意、憧憬、殺意……多種多様な感情がない交ぜになり、一括りに出来ないでいる。だが、そんな不鮮明な諸感情とは裏腹に、一つだけ明瞭に分かることがある。それは、奴が目標であるということだ。だから奴に勝つまでは、奴を越えるまでは、誰にも奴を殺させはせん。奴には生きてもらわねばならない。奴のいる高みに至るまでは、是が非でも生きてもらわねばならない』

 

 

隠密御庭番衆御頭、四乃森蒼紫殿が言った。

 

この男もまた彼と敵対していて、実際に部下とともに殺害に動いたと言う。

だが土壇場で雇い主に裏切られ、失意のうちにいたところを誘われ、そして今では彼の下に降る決意をしたそうだ。

 

彼と戦い、そして彼と刃衛の戦いを見て、何を思ったかまでは分からない。

けれど、彼のいる場所を高みと例え、そこに至りたいと切望する気持ちは、どうしてか少しだけ分かる気がする。

彼の戦う雄姿は、そうさせるだけの不思議な魅力を持っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アイツは色々と破天荒なのよ。ふらふらしてるかと思えば大きな体格をした白人をポンポン投げるし、片腕を亡くしたと気付いたときには優雅に珈琲なんか飲んでたし。今回だって、颯爽と助けに来てくれたかと思えば、あんな無茶な事をして。ほんッと、何を考えてるのかさっぱり分からない……でも、だからこそ知りたいと思うの。アイツの頑張る理由を、頑張ってきた過去を、そしてこれからを。きっとそんな運命が、私を日本に引っ張ってきたんだと思うの』

 

 

エルダー女医に訳してもらったのは、英国人記者のエミー・クリスタル女史の言。

 

彼女が彼と会ったのは今回が二回目で、素性も性格もまだよく分かっていないとのこと。

それでも彼女は、心から彼のことを思っていた。

顔を合わせた回数など関係無しに、彼の身を案じ、そして彼の事を知りたいと渇望している。

 

人種も国境も関係なく、彼女は根源的な何かを彼に刺激されたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分と同じ?否、断じて否である。

 

自分と彼は、確かに同じ道を辿っているのかもしれない。

 

血溜まりの上に立ち尽くし、全身がどす黒い血糊で彩られている。

辺りを見渡せば、殺してきた人たちの亡骸が無造作に打ち捨てられている。

 

 

だが、そこに居るのは彼だけじゃない。

 

 

彼と共に在りたいと思う人たちが、直ぐ傍に居る。

とてつもなく重い運命を、共に背負いし仲間が居る。

 

決して似ていない。

似て非なるどころではない、似ても似つかない。

 

彼の世界は暖かい。

死と絶望が漂う修羅道の中において、彼の周りだけが異様に暖かい。

 

狂人、鵜堂刃衛をして、そんな彼に感化されたのか、最後はあんなにも嬉しそうに楽しそうに死んでいった。

自分の信念と誓いを自ら封じて見届けた最期は、紛うことなく幸せそうだった。

 

 

「なら、何が……何を違えればこうも異なる?」

 

 

自分には無い彼の魅力というか、彼の在り方が、あまりに尊かった。

羨ましいというわけではない、別段望んでいたわけでもないからだ。

だが、それでも強く思う。

 

自分と彼で、何が違うのかと。

 

望みの質?周りの環境?偶然性?

単なる実力の差?経歴?思考の差異?

時代の違い?役職?風格?信念?

 

 

「分からない……拙者は、間違えていたのか?」

 

 

尊く在る彼と孤独の自分とで正誤を問うならば、間違いなく彼が正だろう。

 

孤独であることを負い目に感じるつもりは毛頭無い。

だが、彼の眩しい在り方を前にすると霞んでしまうのだ。

自らの過去が、嘗ての自分が。

 

彼は強い。

実力もそうだが、きっとこれから大きな影響を各方面に及ぼすだろう。

自分の未だある縁故とは本質的に違う、世界を相手にする影響力だ。

 

それがきっと、自分と彼との違いなのだろう。

 

 

「拙者の行いは、正答ではなかったのか?」

 

 

もし、もしも自分が彼のように在れたなら。

 

あの激動の幕末をもっと早くに終わらせられたのではないか。

殺した人たちも、もっと少なく済んだのではないか。

 

もし、自分が彼のように尊く在れたなら。

 

敵をも救える人と成れていたのなら。

 

この国の未来は、もっと別の形にーーーー

 

 

 

朝焼けに染まり始める横浜の港町を眺めながら呟くと、屋内から騒音が響いてきた。

 

ばたばたと地下の方から伝わってくる喧騒は、何故か不吉な予感や最悪の事態を想起させない暖かさを感じさせる。

だからだろう、きっと彼が目を醒ましたのだ、という予想は間違っていないと確信できる。

 

 

彼と話をしたい。

尊い彼の思いを、信念を、その口から語られるすべての言葉を耳にしたい。

 

だがその反面、彼と面と向かい合いたくないという思いもある。

きっと自分の卑小さを自覚してしまうかもしれないからだ。

 

二つの相反する思いが錯綜し、明確な答えを出すこともできずにテラスから見える風景を眺めること数分。

いつしか喧騒は鳴りを潜め、多くの人の気配を背に感じると、初めて朝日に背を向けて室内を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに、白銀の青年がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後年

 

 

あるイギリス人の女性記者が書き記した一冊の手記が、とある道場にて代々受け継がれていることが判明した。

 

 

その手記は、一人の青年の伝記だった。

 

 

そこには非常に多くのことが書かれているが、その具体的内容については、ここでは割愛しよう。

 

ここで述べるのは、以下の二点のみ。

 

一つは、影響度について。

 

彼が没して以降も、その名と存在は非常に多くの方面に影響を与えていた。

市井はもちろん、警察、軍部、果ては内閣府。

多くの人たちに狩生十徳という存在は認知され、時には敵となり、時には頼もしい友となった。

 

だが悲しいかな、当時にも後世にも、彼の真意を正確に把握していた者は極僅かだった。

しかし、彼の内面が記されたこの書物が出たことで、初めて多くの人が彼の内面に触れられた。

 

その影響は、日本国中を駆け巡るほど大きかった。

 

 

もう一点は、興味深い一文について。

 

作者のイギリス人女性は、彼が横浜で繰り広げた死闘について詳しく書き、そして最後にこう締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『横浜での壮絶な闘争を経て、彼の戦いは終わった。身を削り、魂を震わす一人の戦いは、ここで終わったのだ。そしてここから、彼等の新たな戦いが始まったと言える。彼等の戦いは、ここから始まったのだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










ネタばらし注意!


十徳と剣心の会話シーンは有りません!!

次話から、閑話を挟みながら増強された白猫隊の水面下の活動に移ります



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