お待たせしてスミマセン
ちょっと死んでました
お詫びと言ってはなんですが、今日からなるべく間を開けずに投稿していきます
今話は実写映画をベースにしてますが、観ていなくても大丈夫です
とまれ、どうぞ
「方治さま。例の存在は見つかりませんでした。討伐隊の到着を確認した後、周辺を囲み、その包囲網を狭めていったのですが、人影一つも……」
「隊員からも絞ったのだろうな?」
「もちろんです。何人も殺す前に尋問しましたが、何も喋りませんでした。口を割らなかったのではなく、本当に知らないようでした」
「そうか……」
下がれ、と十本刀が一人、“百識の方治”が報告を上げてきた部下に言うと、黙考に耽る。
此処は、兵庫県は摂津鉱山。
嘗て多くの鉱石を産出し、日本に流通させていた数少ない資源地帯だ。
今は廃れて久しく、周りにある村落も全てが既に朽ち果てていた。
だが、それでも少量の鉱石は産出される。
志々雄一派が掘り当てたのだ。
それを支那で金銭に変え、彼らは活動資金としているのだ。
この情報に誤りはない、事実だ。
だが、決して“重要な資金源”ではない。
資金源となるのは、他の地にこそある。
決して此処が組織の生命線というわけではないのだ。
だが、東京から遠く、京都や神戸港に近い、という立地的好条件に加え、一派の主要人物が度々目撃される地、という情報が
政府連中は、確信する。
“摂津鉱山を潰せば組織に大打撃を与えられる”と。
警察が討伐隊を動員したという情報を警察内部から得られた瞬間に、もはや勝利は確定していた。
数多の罠を敷設して、支那から帰ってきた十本刀も布陣させて待ち構えた。
志々雄様ご自身にも登場してもらい、敢えて作った生存者に見せて、“志々雄も訪れるほどの重要地点”だと更に誤認させた。
(まさかその生存者があの狼だとは、偶然とは恐ろしいと考えるべきか、それとも流石だと感心するべきかは分からないが)
ともあれこれで地方警察、そして中央警察である東京警視本署の力をかなり削ぐことに成功した。
自分の策で衰弱していく明治政府の様を想像すると、喜悦が込み上げてくる……ハズなのだが。
どうしても腑に落ちない点がある。
此度の討伐隊の包囲撃滅作戦の目的は、確かに明治政府の弱体化にある。
だが、もう一つ別の目的があった。
それは
(なぜ姿を見せぬのか……)
関東一円の通信拠点を破壊した正体不明の敵勢力だ。
不明敵勢力の行動は、西から送る我らの決戦戦力を誘引するかの如く横浜を最後まで残しておいた。
そして遂に送り込んだ十本刀が一人、鎌足との連絡も途絶えてしまった。
この時ばかりは、我ら頭脳陣も一時混乱状態に陥った。
最高戦力の一角が落とされた。
しかも、何処の誰とも未だ分からない敵に。
追加の戦力を出そうとも考えたが、未知数の敵に戦力を小出しにするなど愚の骨頂。
十本刀の一人を落とせる力を有する相手には尚更だ。
鎌足を失ったのは痛いが、ここは相手を掴むことを最優先にするべきだ。
故に、横浜に偵察隊を多数派遣したのだが。
鎌足が拠点としていた倉庫に多数の仲間の死体と、無惨に壊されたモールス信号機を発見したこと。
関係のない倉庫が多数壊され、あまつさえ爆発炎上していたこと。
所属不明の多数の人物の死体が打ち捨てられていたこと。
横浜で壮絶な戦いが繰り広げられたであろうこと。
そんな事しか判明せず、敵の正体が杳として掴めないのだ。
所属不明の多数の人物の死体が気になり調査を命じたが、恐らく無関係だろう。
自らの存在の隠匿に注意を払っている連中のことだ、死体をそのままにしておくハズもない。
情報の中に埋もれていたが、武田観柳も絡んでいたらしい。
大破した倉庫の殆どが、奴が所有する倉庫だと判明したのだが、恐らくその死体は奴等の手勢だろう。
大商人、武田観柳。
その経済力に目をつけ、一回だけ私が直々に接触を試みたのだが、
自己顕示欲と自尊心が異様に高い。
誰かの下に降る、なんてことはできないだろう。
協力関係を築いたとしても、立地的に危険すぎる。
すでに警察から内部を犯されているだろうし、奴の行動は規模が広すぎる。
全てを此方が把握するのに相応の時間と労力が掛かってしまう。
仮に協力関係を結んでも、変なところで我らの情報が警察に漏れる可能性もある。
故に奴とは接触を絶ったのだが……調査をする上では最悪もう一度接触するべきか。
だがそれは後程検討しよう、今は相手の尻尾の形を推測するのが先決だ。
思考を鋭利に研ぎ澄ませろ。
この正体不明の敵は明治政府の策によるものか?
一派を相手にできる戦力と後ろ楯を鑑みれば、警察あるいは陸軍と考えるのが妥当だろう。
十本刀を討てるともなれば、精鋭部隊といってもいい。
だが、この可能性は無いと断言できる。
何故なら警察にも陸軍にも相当数の鼠を送り込んでいるのだが、この敵に関する情報を掴んでいないのだ。
敵の動きを見るに、一派に関する情報をかなりの質で保有しているのが分かる。
関東一円の我らの拠点を順繰りに潰し回り、敢えて横浜を最後まで残していたのは我らの決戦戦力の存在と実力を知っているからこそだ。
だが、そういった情報(決戦戦力や通信拠点の存在等)を警察ないし陸軍、引いては政府が
手駒のみが情報を掴んでいて、母体となる組織がその情報を吸い上げていないなど
消去法的に、我らと同じような地下勢力の存在としか考えられないのだが、これがまた厄介なのだ。
まず、日本に存在する地下武装勢力は殆どその実態を掴めている。
というか下部組織として既に吸収している。
さすがに末端全ては把握していないが、我らにバレずにここまでのことをできるとは考えられない。
戦力的には
糾合していない組織がある?
あるかもしれないが、その存在が今回の敵とは考えづらい。
何故なら強力な戦力を有し、かつ自らの存在・所業を隠匿するならばそれ相応に大きく、そして経済的にも余裕がなければできないだろう。
だが、我々は日本中に情報網を敷設している。
此度の被害で関東に大きな穴が出来、それを補うため北関東以北はがら空きとなってしまったが、今までその情報網に引っ掛からなかったのはおかしい。
大きな組織は動けば必ず引っ掛かったハズだ。
だからこそ、不明敵勢力は個人的なものという結論に至ってしまう。
たった一人で何百、何千の兵力に比する力。
文字通り一騎当千の存在。
一つの可能性が浮き彫りになった。
緋村抜刀斎だ。
この可能性に行き着いたとき、さしもの私も心臓が一つ跳ね上がった。
だが、持ち前の鋼の如く強靭な意思の力で動揺を捩じ伏せ、思考を続けた。
志々雄様が引き継いだ抜刀斎の前任者。
つい以前まで調査対象者としていた特級危険人物。
人殺しを忌避し、斬れない刀を腰に帯びて全国を流浪する元長州派維新志士。
伝説の人斬り抜刀斎。
奴ならば、我らの存在を関知していても不思議ではない。
むしろ納得するぐらいだ。
恐らく我らの目が解かれたことを察してから本腰を入れて動くようになったのだろう。
官職を嫌っているが故に政府と足並みを揃えていないのかもしれないが、恐らくはその超人的な力量を鑑みて個人で動くことの方が利があると踏んだ可能性もある。
あまりにも綺麗に筋が通る。
綺麗すぎて逆に疑いたくなるほどだ。
だが、考えられる内ではこれが最もあり得る可能性だ。
そんな答えを導き出したときだった。
私の手元に、警察に潜り込ませた鼠から二つの情報が届いた。
曰く、大規模討伐隊による摂津鉱山への動員の兆しあり。
曰く、白猫と呼ばれる特別捜査部隊なる空白部署あり。
前者は、此方の策にまんまと向こうが掛かったことによるものだ。
吊り上がる口角を押し留めるのが難しかったが、後者は……なんだ、これは?
白猫。
東京警視本署のトップ、川路大警視の性質は一通り調べてある。
奴は徹底的な数値合理主義者だ。
十の人間を助ける為には九人の命を自ら屠ることを即決するような男だったハズ。
そんな男が手の届く範囲に人の居ない部署を作る?
有り得ない。
この組織は絶対に何かある……が、差し迫った話ではない。
今は討伐隊に対する迎撃網を考えよう。
幾ら緋村抜刀斎が政府と足並みを揃えないとはいえ、敵の重要拠点に多くの警察が動員されると知れば動かない訳にはいかないだろう。
況してや志々雄様が現れるかも知れないのだ。
身を隠しながらの可能性もある。
ここで捕らえよう。
向こうが先に仕掛けた誘因作戦を此方がしてやるのだ。
これほど気味の良い話もなかろう。
さあ、来い、緋村抜刀斎!
ここに貴様の墓標を立ててくれようぞ!
だが、方治の意気込みも冒頭での如く中折れしてしまったのだ。
多数の警官の屍の上を、腕を組んで歩き回りながら黙考を続ける。
(抜刀斎と不明敵勢力を結び付けるのは早計だったか?)
しかし奴の気質はそれなりに精査してある。
人殺しをするのも、見るのも忌避するようになっているようで、かつ大きな戦があると必ずそこに現れるらしい。
神風連の乱や西南の役でも近くを訪れたという報告を聞いている。
此度もそうなると考えていたが、我らを警戒している?
いや、警察は本気で志々雄様を討つつもりだった。
政府からすれば本気だったし、抜刀斎からしても我らの蠢動を止められる絶好の機会だったハズ。
現れなかった理由があると考えるのが妥当か。
横浜で大きな傷を負ったか?
だから討伐に追い付けなかった……なるほど、理には適う。
だが希望的観測に過ぎる。
派遣した工作員が奴を見つけられずにいるのだ、手傷を負わせても討ち果たせてはいないし、重傷ではないと考えるべきだ。
ならば、他の可能性は?
止められたか?だが、誰に?
(……陸軍か?)
長州出身で殆ど固められている陸軍ならば、未だ縁故がある可能性は確かに高い。
だが、陸軍は我らの情報を掴んでいないし、況してや緋村抜刀斎と繋がりがある、などの報告は受けていない。
我らにバレないように隠匿して……いや、それが出来るならそもそも鼠も捕らえられている。
陸軍との繋がりはない、と思う。
だが、何かが引っ掛かる。
仮に、仮にだが、
馬鹿馬鹿しい理屈だが、緋村抜刀斎と陸軍上層部は旧長州藩同士という切っても切れない縁があるのだ。
繋がりが無いと断じるのは、あまりに難しいのだ。
……待てよ。
上層部?縁?
確か、維新時には現陸軍卿と繋がりを持っていたハズだ。
例えば個人で、口外せずに緋村抜刀斎と繋がっているとすれば……
濃厚だな。
陸軍卿、山県有朋。
陸軍そのものではなく、奴が個人的に緋村抜刀斎を使役ないし雇用している。
なるほど確定はできないが、当たってみる価値はある。
違ったとしても、明治政府に大きな打撃を与えられるだろう。
緋村抜刀斎。
貴様を我ら最大の敵として認識しよう。
明治十一年、晩春。
東京警視本署討伐隊、文字通りの全滅。
ただ一匹の狼を除いて。
一つの誤解がどう展開されるのか