明治の向こう   作:畳廿畳

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本当にありがとうございますm(_ _)m

また、誤字指摘して下さる方もありがとうございます









今話はところどころお見苦しい点があるかもです



どうぞ





55話 白猫跋扈 其の参

 

 

 

 

 

木刀による一撃が空気を裂き、対象に迫る。

今の状態で出せる全力を乗せた剣閃はしかし、対象に届く前に止まった。

 

身に届く前に、掌で受け止められたのだ。

 

空間を破裂させたような音が響き、一撃を放った者の顔が驚愕に歪んだ。

木刀とて全力で放てば凶器になる。

殺すつもりはないが、さりとて手で受け止められるほど柔なものではないハズだ。

 

見ると、攻撃を防いだ男は醜悪な笑みを浮かべていた。

 

瞬間、身体に怖気が走った。

生理的な嫌悪感と恐怖心が背筋を駆け、口から悲鳴が漏れ出る。

だが、そんな猶予すら相手は与えてくれなかった。

 

気付けば肩に激しい痛みと衝撃が襲ってきていた。

相手の巨駆巨腕から、納刀された刀による一撃が叩き込まれていたのだ。

 

 

「がっ……は、!」

 

 

あまりの痛みに動きが止まる。

 

腕が斬り落とされたのではと思うほどのこの激痛は、生まれて初めてのもの。

耐えられるハズもなく、膝から力が抜ける。

 

 

「おおっと。お(ねむ)にはまだ早いぜ、お嬢ちゃん」

 

 

だが、崩れることは許されなかった。

胸ぐらを掴まれると、巨駆の男と同じ目線にまで持ち上げられたのだ。

当然それは足が浮くほどであり、呼吸も儘ならなくなる。

 

 

神谷薫の顔は、痛みと呼吸困難で酷く歪んでいた。

 

 

「ふ~む。兄貴から聞いていたが、まあまあ整った顔立ちしてるじゃねぇか。剣道なんつう惰弱なもんをやってるんだ、どんな醜女かと心配していたが良かったぜ」

 

「……ッ、は……!」

 

「なぁおい。剣道は心身ともに鍛えるんだろ?ならお前の心も大分強いんだよなあ。がはは、何人に耐えられるか見せてみろよ!」

 

 

どん、と大男が薫の背中を床に叩きつけると、おもむろに自らの帯に手を掛けた。

呼吸ができず、視界も霞んでいるものの、薫はその大男の所作を見て、悲鳴を上げた。

 

 

「テメェ……、木偶の坊が!ふざけんじゃねえぞ!」

 

「んんん?まだ喋る元気があったとはな……いい加減寝ろや、くそガキ!」

 

 

大男が振り向きざまに床に倒れていた少年、由太郎を蹴り飛ばした。

眉をしかめたくなる音が響くと由太郎の身体は床を勢いよく転がっていき、やがて壁にぶつかって止まった。

 

 

「由太郎、くん……!」

 

 

苦しげに漏れ出た薫の声に、由太郎は答えない。

咳き込み、苦悶の声を漏らすばかり。

 

両腕で防いだものの、何倍もの体格差がある大男の一撃だ。

折れていてもおかしくはないだろう。

 

 

「ふん。大人しく寝ていれば怪我もせずに済んだものを、餓鬼の分際で足掻き続けやがって……」

 

 

大男―――偽抜刀斎は吐き捨てるように言った。

 

 

 

 

 

=========

 

 

 

 

 

神谷活心流道場の使用者は師範代の薫と、唯一の門下生の由太郎だけのため、道場内は常に静けさを保っていた。

 

だが、今はその常ならぬ時。

倒れている薫と由太郎を取り囲むように、周りには偽抜刀斎を首魁とした暴力集団の一味がいるからだ。

 

 

 

 

 

 

今日もいつもと変わらない日だった。

 

朝早くに来る由太郎を迎え入れ、いつものように実力でもって躾をして。

見様見真似の剣術でヒヤッとさせられる反撃をしてきて。

大人気ないとは分かっていても、それを何とか根性で捩じ伏せて。

 

夜まで続くそんな稽古(?)が一段落して、さあ今夜も人斬り抜刀斎を捕まえるために出掛けるぞ、と気合いを入れた直後だった。

 

道場に招かれざる客が乱入してきたのは。

 

情欲を孕ませた瞳で薫を舐めるように見続けた大男は、自らを人斬り抜刀斎と名乗った。

 

 

『烏滸がましくも我が神谷活心流を騙る貴様に天誅を下し、二度と斯様なことを囀ずれないよう、この地を取り上げてくれる。

俺こそが神谷活心流の正当なる後継者として、この地を管理してやるのだ』

 

『だが案ずるな、神谷活心流は寛容である』

 

『貴様が我が所有物と成り、我が足元でのみなら神谷活心流を語ることも認めてやろう。

故に、貴様はただ股を開く()になっていればいいのだ』

 

 

筋骨隆々でありながら顔面を髭で覆う不潔極まりない大男は、下卑た笑みを顔面に張り付けながら、そう言った。

 

それは、薫にとってわけの分からない戯言、譫言(うわごと)だった。

道場に押し入ってきた大男は気違いで、狂言を弄する狂人だった。

 

 

『なにを……!』

 

 

そして、激しい怒りで目眩がした。

 

神谷活心流は父が発起し、育て上げたものだ。

それをあろうことか娘の自分こそが偽物だと宣うこの発言は、呆気を通り越して激憤を薫に生み出したのだ。

 

だが、今は見るからに多勢に無勢。

大男の周りには十人以上のならず者がいる。

しかも大男含め、全員が物騒な武器を持っているのだ。

 

それを見たからこそ、薫は感情に任せての無茶な行動をしなかったのだが……

 

 

『何をしている五兵衛。血判を頂くのが先だと言っただろう。慰みものにするのは後にしろ』

 

 

背後から聞こえたその声に、薫の心臓が一つ高く鳴った。

 

そして、頭が真っ白になった。

聞き慣れた、いつも頼りにしていた声のハズなのに、その内容があまりにいつもと掛け離れていたのだ。

 

耳に届き、脳が理解した内容が信じられなかった。

上手く呼吸ができなくて、異様に動悸が激しくなる。

 

きっと、違う。

今の声は知っている人のそれに似ているだけで、絶対に同一人物じゃない。

 

さっきのは急なことで頭が変に働いてしまっただけなんだ。

落ち着いて考えれば、きっと別の、全くの別人が……

 

 

『それと、やるなら早めに済ませるんだ。夜が明けて泣き叫ぶ声が漏れ聞こえれば、例え白眼視されている小娘でも様子を見に来る者もいるハズだ』

 

 

だが、意識して聞いてみれば尚のこと、記憶のなかにある声と一致してしまう。

別人であってほしいという願いは、呆気なく崩れ去る。

 

薫はゆっくりと、小刻みに震える身体ごと振り返った。

 

視線を床から上げていき、やがて視界に入った人物は、薫が唯一心を許していた老人、比留間喜兵衛本人だった。

 

 

 

比留間喜兵衛。

 

一年前、薫が一人で道場を経営しなければならなくなっていた時、門前で倒れていたのを介抱したのが出会いの切っ掛けだった。

 

柔和な物腰、好好爺然とした雰囲気の彼は、薫に助けてもらった恩義に報いるため、彼女の道場に奉公人として住み込むことになった。

炊事や掃除などの家事全般、赤字を抑えるための帳簿記録、そして人斬り抜刀斎騒動が起きてからの薫のメンタルケアをしていた老人だ。

薫が喜兵衛を全面的に信頼するようになるのも、むべなることだった。

 

 

故に、自身が助けられることも、薫の信頼を得るのも、全ては弟の偽人斬り抜刀斎(五兵衛)と計画した、道場の土地を奪うためのものだったと知ったとき、彼女の心を襲った衝撃は、如何ほどか。

 

喜兵衛は薫を見て嗤う。

 

御し易い小娘が、騙された気分はどうだ?

温い言葉を掛けていた儂の心中では、常に貴様を嘲っておったのだ。

それなのに貴様はのうのうと笑顔を見せ、あまつさえ感謝までしおって、滑稽にも程がある。

道化な小娘、真相を知って気分はどうだ?悔しいか?悲しいか?

 

 

聞くに堪えない喜悦を孕んだ喜兵衛の言葉を、薫は耳を塞いで遮りたかった。

周りから響く嘲笑があまりに嫌で、蹲りたかった。

 

だが、その行動より先に動いた者がいた。

 

 

塚山由太郎が、五兵衛に木刀で叩き掛かったのだ。

普段の礼儀正しい姿からは想像できない、荒々しい言葉とともに吶喊した。

 

 

『黙って聞いてればごちゃごちゃとッ、……テメェが神谷活心流の継承者なんて絶対認めない!神谷活心流は、俺の嫌いな神谷活心流の師範代は!薫さんじゃなきゃダメなんだよ!』

 

 

 

塚山由太郎。

 

彼の心には、十徳によって逮捕された大恩ある師の存在がある。

家族の命を救ってくれた石動雷十太の存在が、常に心にある。

 

だが剣道を学ぶにあたり、師の存在を打ち明けると多くの人が眉根を寄せて、由太郎を門前に追い返した。

師の在り方は間違いだと、君の考え方は誤っていると。

由太郎にとって聞き入れられない忠告をし、引き取りを願うのが常だった。

 

薫も似たようなものだ。

納得も理解も出来ていない理念を掲げているし、師の在り方を非と断じている。

あまつさえ、諸悪の根源たる警官を是ではないかと言っている。

 

だが、それでも道場に居ることを許した。

事情を知ってなお、間違っているという性根を矯正したいという意思であることは分かるが、それでも門下生になることを許したのだ。

由太郎が感謝の念を無意識のうちに抱いていても、不思議ではない。

 

つまり、由太郎にとって薫は“嫌な人”であるのと同時に、“良い師範代”でもあるのだった。

 

 

だからこそ、神谷活心流の看板を奪うような輩が許せなかった。

面白おかしく嗤い続ける集団が許せなかった。

 

 

 

 

 

だが、相手は荒くれ者。

 

如何に剣における秘められた才を持っていても、多勢に無勢。

容易くあしらわれ、地に叩き伏せられた。

 

それを見た薫が漸く動けるようになり、同じく木刀を持って挑み掛かったのだが、結果は冒頭の如く。

 

 

周りには歪な笑みを漏らしている大勢の下衆たち。

そして、一番近くには恐怖そのものを体現したかのような醜い大男と、信じていたハズの老人。

 

身内とも言える由太郎は壁際で倒れもがき、呻いている。

 

絶体絶命だった。

これから起きることを、剣道以外は疎い薫でも否応なしに理解できてしまった。

理解できてしまったからこそ身が竦み、倒れた身体をどうすることもできなかった。

 

 

「んじゃ、さっさと血判頂いて全員で回すか。ま、最初は俺からだからよ。一突きで入口も奥も破けちまうだろうが、なに、最初に痛みを叩き込めば後は無痛で済むから安心しろ。精々心地よい声音で泣き叫んでくれや」

 

 

「ぃゃ……いや、……いやあぁぁあ!」

 

 

悲痛な叫びを上げ、涙を目に浮かべる薫。

 

無理と、無駄だと分かっていても、由太郎は這いつくばりながらも必死に手を伸ばす。

薫さん、薫さんと痛みに侵された身体を押して、呟くように。

 

それぞれの言葉は嗤い声に掻き消され、やがて男たちの性の宴が催されそうになったその時だった。

 

 

 

空気を乱す騒音が聞こえた瞬間、喜兵衛の後頭部から聞こえてはならない音が響き、何かに突き飛ばされたかのようにその老体が勢い良く吹き飛んだ。

 

倒れている薫の身体を飛び越え、その後ろに控えていた一人の男を巻き込み、壁へと突っ込んでいったのだ。

 

 

「……は?」

 

 

偽人斬り抜刀斎、改め五兵衛が間抜けな声を漏らした。

いきなりの事態に彼を含め、仲間全員がポカンとした表情を浮かべる。

 

次いで床に落ちた()()が立てた音が、一層彼らを混乱させた。

 

 

 

それは、小振りな十手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェ……!」

 

 

五兵衛が威嚇するように唸る。

彼の睨む先には、警服を身にまとった一人の男がいた。

 

白銀の長い髪を靡かせ、深く蒼い()()瞳を持つ青年が、身長を優に越す長さの警棒を携えながら、ゆっくりと道場に入ってきたのだ。

 

何者だ――そう五兵衛が誰何するより先に反応したのは、やはりと言うべきか由太郎だった。

 

 

「お前……かり、う……なんで、」

 

「―――」

 

 

身を捩り、痛みをこらえながら問い掛ける由太郎に対し、されど彼は、十徳は見向きもせずに歩み続ける。

 

 

「かりう、……じっ、とく! おいッ……!なん、で……」

 

「狩生……十徳?」

 

 

無視され、声に怒気を孕ませながら更に言葉を掛ける由太郎。

その声に反応したのは五兵衛だった。

 

無論、五兵衛は十徳の存在を知らない。

名前も何もかも知らないが、警官が来たということは嫌でも分かる。

故に、さてどうしたものかと思案するが、生憎と五兵衛は考えることが苦手な性分だった。

 

奸計や悪巧みは専ら兄の喜兵衛に任せている。

その喜兵衛が気絶している今、判断を下すのは自分しかいない。

無い頭を絞って、絞って、やがてたどり着いた答えは、やはりと言うべきか“殺して埋めよう”という単純明快なものだった。

 

ヒョロそうな体格で、見える肌は病人のように白い。

殺すことなど、赤子の手を捻るほど容易かろう。

殺して黙っていれば、警官も分かるまい。

 

そう判断し、五兵衛は薫を捨て置いて十徳の前まで歩み出る。

 

 

「なんのつもりで此処に来たのかは知らねぇが、見られたからには黙って帰すわけにはいかねぇ。それに、兄貴に手を出した以上、無事に帰すわけにもいかねぇ……狩生と云ったな?」

 

「……」

 

「警官相手に俺たちが手を出さねぇと思ったら大間違いだ。ものの数秒で物言わぬ(むくろ)に……!」

 

 

してやる。

 

そう言おうとし、白木鞘から抜いた真剣を十徳に向けた瞬間だった。

 

五兵衛の刀を持つ手に衝撃が走る。

そして甲高い音が響いた直後、からんと再び何かが床に落ちた音がした。

 

それは刀身だった。

たった今、五兵衛が向けた刀が折れ、その刃が落ちたのだ。

 

 

驚きから目を見張り、次いで十徳を見ると、長い警棒を軽く回していた。

身体の前で、横で、はたまた後ろで。

確認するかのようにゆっくりと警棒を回す姿は、まるで準備運動のよう。

 

否。まるで、ではない。

 

事実、振り回し終えた十徳は警棒を後ろ腰辺りにやり、構えた。

誰がどう見ても、明らかな臨戦態勢だった。

 

 

「テメェ……調子に乗るなよ餓鬼が!刀一本折ったぐらいでいい気になりやがって、その警棒ごと身体を叩き折ってやらあ!」

 

 

手下から新たな刀を奪い、気炎を吐きながら五兵衛も構える。

刀を折るという挑発に加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()が異様に腹立たしかったのだ。

 

もはやただ殺すだけでは許さない。

最大の苦痛を味わわせた上で殺してやる。

 

そう判断し、刀を構えたまま一歩を踏み出した刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

弧を描くように豪速で振るわれた警棒が、五兵衛の側頭部を直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











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