明治の向こう   作:畳廿畳

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なんて

スーパーサイコ野郎との血で血を洗う残酷戦闘回です
ご注意を

では、どうぞ




6話 西南戦争 其の陸

 

 

 

 

駆けて、駆けて、駆けて-

 

草に、樹の根に、水溜まりに、死体に足を取られながらも走り続けた。

 

ただひたすらに、ただ我武者羅に。

覚束ない脚に必死に喝を入れて、全速力で走る。

 

 

「あぁクソッ、走り辛ェ!」

 

 

途中、脇腹に突き刺さっていた刀を引き抜き、思った以上に血が出て気持ち悪くなった。

 

あまりの痛さに涙が出てきた……けど、弱音は言ってらんねェ。

奴を野放しにしてたら、薩摩軍は歴史に汚名を刻むことになる。

それは絶対に阻止しなければならない。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 

血が足りないのか、体力が消耗しているのか、刀を持つ手が震えて上手く握れない。

 

このまま長い得物を使っても、存分に活用できそうもねェ。

それに片手だし、取り回しが上手く利かん。

 

 

「くそ、背に腹は代えられないか…どこぞの刀匠ごめんな、さい!」

 

 

ぱきん、と綺麗な音が鳴った。

刀の腹を樹の幹に叩きつけ、半分ほどに割ったのだ。

 

よかった、根元から折れなくて。

道中に武器を拾う猶予さえ惜しい今はこれだけでやるしかないのだから。

 

だが、やれるか?

俺一人が駆けつけて事態は収拾できるのか?

さっきは二対一だから善戦できたんだし、後に救援が来たから撃退できたのだ。

武器もコンデションも満足いってない俺が、単身で奴の凶行を阻止できるか?

 

 

「ええい、ゴチャゴチャ考えんな!もうやるしかないんだ、覚悟は疾うに決まってんだろうがッ!」

 

 

弱った心に再び喝を入れた俺は、腹の底から思いっきり大声を出して己を律した。

 

そして、刃衛が踏み荒らしたであろう小道を全力で駆け続けること30分ほど。

最初は微かに、だが近付くにつれてはっきりと耳に入ってきた。

 

悲鳴と叫び声、そして腸が煮えくり返るほどに忌々しいあの笑い声が。

 

あそこの藪の向こうか!

 

藪を一息に飛び越え、中空から視界に捉えたものは

 

苦し気に踞る一人の警察官と、その首筋に刀身を当てている刃衛。

彼らの周りには既に事切れてるであろう抜刀隊の警察官が数名。

 

 

間に合わなかった……クソ、クソ、クソッ!

 

 

 

クソッたれが!!

 

 

 

 

「刃衛ェェェエエ!!」

 

 

 

 

「うふわはあはは!やはり来たか、狩生!」

 

 

 

 

藪を飛び越えた勢いそのままに、奴の頭上から折れた刀でもって斬りかかった。

 

それを奴は薄気味悪い笑みを一層深めて、柄で受け止めた。

折れた刀と柄がぶつかった瞬間、二人を中心に砂煙が舞い、円形状に空気の震えが生じたように見えた。

 

ここで距離を置けば奴の術中に嵌る。

実力差も体力差も歴然としているんだ、この零距離で一気に畳み掛ける!

 

 

「ふッ!」

 

 

滞空中に体勢を変え、両足を刃衛の上腕に巻き付ける。

ついでに膝蹴りで奴の顎を打ち抜き、平衡感覚を奪う。

そして胡坐の形で奴の片腕を股に挟み込むことに成功した。

 

奴の刀を持つ腕をこれで封じ、そして一気に上体を後ろに反る。

 

 

「むうッ?!」

 

 

一瞬の浮遊感覚。

俺はバク転のように、奴は前転のようにして身体が宙を舞った。

 

奴はそのまま流れるように足を振り回し、そしてから盛大な音を立てながら墜落した。

 

 

「……ぅッ!」

 

 

初めて聞く奴のダメージを負った声。

いや、ダメージというよりも衝撃で肺から声が漏れただけと見るべきか。

 

ならば尚更、俺は攻撃の手を緩めない。

挟み込んだ奴の腕はそのままホールドしているため、思いっきり固め技に入る。

 

腕ひしぎ十字固め。

 

当然、極めて降参を求めるなんて生易しいことをするつもりはない。

ここで終わらせるつもりだから。

 

 

「らァッ!」

 

 

渾身の力を込めれば、関節が折れる音が響いた。

 

だが

 

会心の一撃だというのに、あまりの生々しい音と感触に一瞬、動きが止まってしまった。

人を斬る感覚には慣れてしまったが、骨を折る感覚は初めてだったのだ。

だから、思わず眉をしかめてしまった。

 

 

たかが一瞬、されど一瞬。

 

普通、腕を折られたら激痛に襲われて動けなくなるハズなのに、奴は一瞬の停滞もなく、行動を起こしたのだ。

 

狂ったような笑い声を上げて。

 

 

「うふわははは!」

 

「ッ?!……があぁぁ!」

 

 

さっき刃衛の投擲した刀が突き刺さった脇腹に、奴が無事な腕の手を抉り込んできたのだ。

 

あまりの激痛に叫び声を上げてしまった。

 

痛いいたいイタイいたい……ッ!!

 

ぐちゃりぐちゃりと奴は感触を楽しむかのように手を弄ぶ。

体感的にも視覚的にもおぞましく、9割の理性が警鐘を鳴らす。

これは、コイツは危ない!早く腕を振りほどいてこの窮地を脱するんだ、と。

 

だが、残りの一割の理性が微かに告げる。

逃げるな!此処で戦え!と

 

何か根拠が有るわけじゃない。

ただの勘で、十徳(からだ)が培った本能ともいえるものだ。

酷くあやふやで、不確かな動機。

 

だけど俺は、この十徳(からだ)に従った。

 

激痛に苛まれる叫び声をそのままに、俺は足を振り上げて、そして寝転んだままの奴の顔面に踵を叩きつけた。

 

ぐしゃり、と今度は鼻骨がへし折れた音がした。

 

ふと腹を抉る力が弱まったと感じた瞬間には既に奴の手を振り払い、片膝立ちになると、されど距離を取ることなく追撃に移る。

 

離れて仕切り直しなんてダメだ。

一息でも間を置いたら奴の狂気に呑まれる。

なんとしてでも此処で討つ!

なんとしてでも此処で終わらせる!

 

上体を起こしても痛みで立ち上がる事が出来ないから、屈んだ態勢のまま未だ寝そべる刃衛の顔面に折れた刀を突き付ける。

 

奴の顔は醜悪だった。

鼻は折れ曲がり、歯が数本砕けていて、血を止めどなく流しているのに狂気を湛えた笑顔は相も変わらず。

 

それが酷く怖くて、恐ろしくて、なによりも腹立たしかった。

だから顔面を狙ってのし掛かるように刃を突き付けたのだが……

 

 

「嘘だろオイ……!」

 

 

あろうことか、奴は迫り来る刀を歯で受け止め、噛み砕きやがった!

 

マヂかよ。

つくづく人間辞めてるとしか思えねェ荒業をしやがるッ。

 

ポッキリと鍔本から折れた刀を見て呆然とした俺を奴が見逃すハズもなく、無事な手で脇差しを抜き、直ぐ様片膝立ちに起き上がると体当たりしてきたのだ。

 

 

「しまッ……!」

 

「うふわははは!」

 

 

屈んだ態勢じゃ避けられないし、刀もオシャカで防げない。

クソ、クソ、クソ!

 

 

「がああァァ!」

 

 

背に腹は変えられない、足ならまだ二本ある!

一本ぐらいくれてやれ!

 

刃先と、それが狙う心臓との間に片足を上げて割り込ませた。

向こう脛に刃を食い込ませて防ぐ暴挙に出る。

 

瞬間、嫌な音が身体中に響いた。

 

骨を貫き、脹ら脛(ふくらはぎ)の肉を掻き分けて見事に足を貫通した凶刃。

 

 

「……ッッぐぅぅ!」

 

 

そこで歯を食い縛って足に力を入れて筋肉を縮小させ、刃の進行を止めた。

 

あまりの痛さに視界が明滅して、気が狂いそうになる。

溢れ出る血の量に思わずぞっとする。

 

けど。

それでも。

 

残りの一本の足で身体を支え、奴の突進を地を削りながらもなんとかバランスを取りながら受け止め続ける。

 

痛みを堪えるために己の噛み締め過ぎてしまったのか、歯が欠けたのか、それとも舌か唇を切ったのか。

そんな小さな口内の痛みが、狂いそうな程の痛みを越えて俺を現実に留めてくれた。

 

 

ここで止まったら殺される。

死にたくなければ足掻け。

 

 

殺されたくなければ、殺せ!

 

 

「ぜあぁぁァッ!!」

 

「むぅッ?!」

 

 

気づけば地を削る勢いを削ぐことに成功し、一瞬の静寂が生まれていた。

 

今だ!

 

腹の底から絞り出した声を上げて、俺は片足で思いっきり地を蹴り、その勢いのまま奴の顎に飛び膝蹴りをブチかます。

 

奴の口から白い何かが何個が溢れ落ちたが、気にする余裕はまったく無い。

地に降りると直ぐ様柄だけの刀でもって、ふらつく奴に追撃する。

 

原作で神谷薫が使用した下段技、膝拉(ひざひし)ぎ。

 

片手で柄尻を持ち、もう片手で鍔本を持って、柄の腹で敵の膝を打ち抜く技。

今の俺は片腕しか使えないが、それでも無理矢理の力業で断行して、その結果--

 

 

「ぐぅ……!」

 

 

奴の膝の皿を打ち砕くことに成功した。

 

ハッ、ザマァ見やがれ!

その笑顔、初めて曇らせてやったぜ。

 

だが、ここで終わりというわけには行かない。

 

奴がふらつき尻餅を突いて、俺はその眼前に腰を落とす形となっているのだ。

 

超至近距離において、お互いが睨み合って一瞬の停滞が生まれた。

唯一の武器であった柄もへし折れ、マトモな武器と言えば足に刺さったままの奴の脇差し一振りのみ。

奴の目に見える武装は大小それぞれの鞘が二つ。

 

おまけにお互いが満身創痍だ。

ともに片腕片足が利用不能に陥り、最悪のコンディションとなっている。

 

なればこそ、選択した戦法こそが生死を分ける。

鞘を抜いてくるか、徒手空拳でくるか。

 

俺は……

 

一瞬の俊巡。

 

 

そして

 

 

ぐしゃり、と音が鳴った。

 

 

同時にお互いの上体が弾け飛ぶ。

奇しくも俺の拳と奴の拳が互いの顔面に炸裂したのだ。

 

 

「……ッ、!」

 

「は、あ……ぁッ」

 

 

脳が揺さぶられ、視界が暗転する。

平衡感覚を損ない、嘔吐感に苛まされるが、無理矢理それを嚥下する。

 

踏み留まれ、歯ァ喰い縛れ!

 

俺は傾いだ上体を踏ん張って戻し、再度渾身の握り拳を振るう。

それに交差するように奴の拳も振るわれた。

 

そして、やはりまたも互いの頭蓋が激しく揺れた。

 

 

「が、はぁッ……!」

 

 

頬骨から嫌な音がして、口内が鉄の味を占める。

 

クソったれェ……脳内がシェイクされて今にも吐きそうだ。

俺はともかくお前は一応剣客だろうが、なんで拳で応戦してんだよ?!

なんて叫ぶ余裕なんぞなく、今度は下からのアッパーカットを振るう。

 

奴の拳より早く届いたそれは、しかし奴があろうことか顎に力を込めて受け止めたことによって勢いが相殺された。

 

 

「がッ…あ、ッ?!」

 

 

骨が潰れるような音が聞こえた直後、拳に激痛が走った。

マヂかよ、顎骨で拳を潰しやがった?!

 

マズイまずい不味いマズい、両腕が使えなくなった!

指がだらんと落ちてひしゃげてやがる!

 

 

「ふはははは!死ねェ!」

 

「なッ……!」

 

そして奴は、自分の顎が砕けていることも厭わず、片足での驚異的な跳躍の後、無事な片手が俺の首を捉えたのだ。

 

 

「あ……か、…ッ!」

 

 

首の骨が軋む音が頭に響く。

窒息させる気じゃねェ、コイツ首の骨をへし折るつもりだ。

 

呼吸が出来ないのはもちろん、みしみしと嫌な音が頭蓋に響き、ボヤける視界が次第に黒く染まっていく。

奴の腕を振りほどこうと掴んでいた腕から次第に力が抜けていき、それでもなんとか倒れないよう片膝で踏ん張っているが、身体中が鉛のように重くなって、直ぐにでも倒されてしまいそうだった。

 

霞む視界に写るは、鬼気迫る表情の刃衛のツラ。

 

ふらふらと唯一動く右腕を奴の腕から離し、ゆっくりと奴の後頭部に回して後ろ髪を掴む。

 

 

その笑顔が、その笑い声が

 

 

 

 

忌々しい!

 

 

 

 

「----!!」

 

 

もはや声にならない叫び声を上げて、最後の力を振り絞って掴んだ奴の頭を引き寄せる。

 

そして、相討ち覚悟の渾身のヘッドバットをブチかます。

 

 

「がはッ!!」

 

 

何かが割れる音がした。

俺の頭蓋からなのか、奴の頭蓋からなのか。

漏らした苦悶の声は、どちらのものなのか。分からないけど、今は分かりたいとも思わなかった。

 

首を絞めていた奴の手が微かに緩んだ瞬間を突き、わざと自らの足を崩して腰を落とした。

 

奴の後頭部を掴んだまま、俺は自ら仰向けに倒れてゆき、奴は俺に引っ張られるようにして俺の上でうつ伏せに倒れてくる。

 

俺と奴の間に無事な足を滑り込ませ、足の裏に奴の腹を乗せ、後方に蹴り上げる。

 

巴投げだ。

 

普段なら回転中でも姿勢を制御して無事に着地するだろうが、今の奴は満身創痍。

片腕片足しか使えない今はバランスも取れず、結果--

 

ろくな受け身も取れず、背中を思いっきり叩き付けてやった。

 

 

「ぐぅ……ッ!」

 

「が、はぁ……」

 

 

だが。

 

満身創痍なのは自分も同じだ。

ろくに保身も考えずにぶん投げたから俺も呼吸がままならない。

 

それに、今のは致命打に程遠いという事が分かる。

仰向けに倒れていて見えないが、近くで奴が呻きながらも立ち上がろうとしているのが分かる。

 

苦悶の声を漏らしながら、起き上がろうとして、しかしどさりと倒れる音がして。

何度かそれが繰り返される音を聞いていて、俺も立ち上がろうと思うのだが、

 

そう思うけど……ダメだ。

 

もうダメだ。

身体が言うことを聞かねェ。

視界はボヤけるし、血を流しすぎたのか身体が鉛のように重くなって、四肢はおろか指一本動かすことすら儘ならない。

それなのに身体は俺の意識を無視して、尋常じゃないほどに震えているのが分かる。

 

あぁ、寒い。

身体の芯から凍える寒さだ。

歯ががちがちと鳴って、身体が萎んでいくように縮こまっていく。

 

もはや我慢することもできず、垂れ流すように吐瀉物が口内を犯し、口から溢れ出てきたのが分かる。

顔をべたべたにしているのは血か、それとも涙か鼻水か。

 

いや、もうそんなのどうでもいい。

意識まで呆としてきた。

何を考えるのも億劫だ。

瞼も凄く重くて、このまま寝ちゃいたいぐらいだ。

 

仰向けに倒れている俺の頭上で、黒い影がゆっくりと近づいてきたのが分かった。

どうやら、奴は立ち上がることに成功したようだ。

 

ゆっくりと、ふらふらとだが着実に此方に近付いてくる影を呆と眺めながら、思う。

 

 

クソッたれめ、テメェなんかが薩摩に来てんじゃねェよ。

大人しく本州で暗殺稼業に精を出してやがれ。

 

お前さえ来なきゃ、まだまだ戦えたのに。

 

 

 

お前さえ来なければ

 

 

 

 

影が俺を覗き込むようにして立ちはだかったのを見たのが最後。

 

 

俺の意識はプツンと途切れた。

 

 

 

 

 

 






自分で書いてて「うへぇ……」て何度もなった

笑顔じゃないよ、顰めっ面だよ


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