明治の向こう   作:畳廿畳

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57話 白猫跋扈 其の伍

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Well……、ごち、そうさま…でした」

 

「ありがとうございました。またお越しください」

 

「あ~、え~……no, gave up. Translate for me」

 

『ふふ。また来てください、て言ってくれたんですよ』

 

 

たどたどしい日本語を口にしていたのは一人の西洋人女性。

金髪のショートカットと赤い縁のある度の強そうな眼鏡をしたそばかすのある女性、エミー・クリスタルだ。

 

横浜で英字新聞の記者をしていた彼女は、とある事件に巻き込まれた後、その事件を追うこと、そしてそれの渦中にいる男を追うことに自分のジャーナリスト人生を使うのだと決意し、即日上司のデスクに辞表を叩き付けたのだ。

 

そして彼女は、同じくその事件で知り合った人たちと行動を共にすることとなった。

その一環として、今もこうして遠い地にまで来ていた。

 

 

『他言語を修得するのは実際に聞いて、使うのが一番早いですから。失敗を恐れずにどんどん使っていきましょう』

 

『それにしたって貴女は異常よ。こんな母音の多い日本語をマスターするなんて』

 

『仕事柄必要になるから必死で覚えました。他にも日常会話ならドイツ語とフランス語とスペイン語ができます』

 

『……医者を辞めても職に困りはしないでしょうね』

 

 

そうかもですね、と微笑んで答えるのも西洋人女性。

赤茶けたボブカットの髪と、西洋人にしては小柄な彼女は、エルダー女医。

 

横浜で慈善の医療活動をしていたのだが、緋村剣心との繋がりからとある重傷男性を手術したのが切っ掛け。

彼らと知り合い、そしてある人物の技術と知識に惚れ込み行動を共にすることとなったのだが、その詳しい内容はまた別の機会に。

 

とまれ極東の島国で出会った同郷人が仲良くなるのに時間はさほど掛からず、またエミーが日本語を解していない一方で片や堪能なエルダー女医が一緒にいるのは当然の帰結となるだろう。

 

だがやはり、今の日本で西洋人という外見はかなり浮く。

ましてやここの地ではなおさら。

引率役というか橋渡し的な役割というか、ともかくそういった日本人は絶対に必要になる。

 

 

「待て待て待て。何度も言うが小銭を置いて店を出るな。日本にちっぷの習慣は存在しない。店員が困るだけだ」

 

 

先程二人が出てきた団子屋から、二人を追うようにしてその人物が、一人の青年が出てきた。

 

白銀色の長い髪と、中性的な顔立ち。

白い肌と蒼い()()()が相まってどこか冷たい感じを漂わす青年は、少し汚れた着物をまとい、忌々しげに二人を見ていた。

 

 

「すみません。横浜の店でやっていたので、つい」

 

「しかも今回も払いすぎだ。路銀には限りがあると常々言っているのを聞き流しているのか?まったく……」

 

 

二人に置いていった小銭を返し、その橋渡し役の青年は呟いた。

 

 

 

三人がいるのは東北地方は福島県、会津若松。

新時代となって明治政府より徹底的な弾圧を受けたがため、政府に対する憎悪や嫌悪は他の地域よりも濃い地域。

 

それは士族にはもちろんだが、一般庶民の間でもある。

全ての会津人が政府憎しというわけではないが、戦争の爪痕は今なお物にも人の心にも残っているのだ。

 

 

「けど、目立っているというのに監視の目は見当たらない。ここなら志々雄一派の人員を増強させる温床地と考えられていたが、当てが外れたか、それとも予想通りか」

 

 

テロリストの温床地足りうるとして三人が偵察に赴いたのは、つい半月ほど前。

最初は地下武装勢力の拠点かもしれないという警戒心を持っていたのだが、今ではその警戒心もなしのつぶて。

警戒するのにも些か徒労感を覚えてきたところだった。

 

 

(関東一帯の通信拠点を潰した結果、相手が取る手段は二つに一つ。すなわち関東を捨てるか、他所から引き抜いて関東に当てるか)

 

 

会津に来る前に頭に叩き込んだ事前情報を思い返しながら黙考する。

 

 

(国政の中心地を監視の対象から外すわけがない。となれば前者はあり得ず、必然的に後者となるのだが……その結果がこれ、と断ずるのは早計か?それとも妥当か?)

 

『此処に来て長いこと経つけど、随分と平穏無事ね。件の勢力はもういないんじゃないの?』

 

『そう結論をつけていいのかが分からん』

 

 

エミーの英語の疑問に同じく英語で答えた。

 

外国船に潜入して情報を搾り取る任務に就く事が多かったため、英語には明るいのだ。

 

 

『もうここで七ヶ所目。しかも怪しい場所の最有力地点。それで成果が無いんだから確定でしょ。北関東と南東北に敵はいない、て』

 

『何事も“無い”ことの証明は実質的に不可能です。居る居ないではなく、見当たらなかったという結論で一先ず落ち着いては如何でしょうか?』

 

『うん……そうだな。ここまででも大分時間を消費したんだ。そのように結論づけて次の目的に主眼を置くか』

 

 

彼ら三人の目的は二つある。

一つは埼玉県以北における志々雄勢力の確認。

 

関東一円の通信施設は十徳たちが半年を掛けて潰し回った。

十本刀の一角も潰したし、組織に大きな打撃を与えられ、そして関東から組織の目と耳を駆逐できたハズ。

 

だが、それで終わるほど柔な組織ならば日本は斯くも追い込まれていない。

必ずや関東の穴を埋めるべく人員が派遣される。

そう考えた一行は、ならばどこから来るかと更に考え、そして北からだと断じた。

 

何故か。

単純な話、西から送り込んだ最高戦力の一角である鎌足を屠った正体不明の敵を警戒し、今度は北から送り込もうとするだろうと考えたからだ。

 

実のところ、その予想は半分正解で半分不正解だった。

北関東及び北甲信越から工作員が流れ込んで来たのは事実だ。

だからこそ、三人はもぬけの殻となった通信拠点らしき場所を何ヵ所か見つけたのだから。

 

ならば、半分不正解とはどういう意味か。

それは何も、警戒が故に北から送り込んだわけではないということ。

関東以西の工作員は急遽別の目的地に移されたのだが、それを知る者は組織の上層部でも極僅かだった。

 

とまれ相手の思惑がなんであれ、一つ目の目的は果たされたと言って良い。

だからこそ、二つ目の目的に焦点が合わさるわけなのだが……

 

 

『今までも一応目を光らせていたし、()()()()とエルダーが聞いて回っていたけど見付からなかったのよね?結構な長期戦になりそうな予感だわ』

 

『事実、なるだろう。白人が目立つとはいえ日本とて広い。ピンポイントで()()()()()人物を探し当てるなんてーー』

 

 

『あ、あそこのお蕎麦屋さん。あそこにそれっぽい人、入りましたね』

 

 

『『……』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

開国以来、日本における最大の脅威は“世界”そのものであった。

 

“世界”とはすなわち“欧州国家”であり、その“世界”に“亜細亜”は含まれていない。

唯一“欧州”に食い込める存在があるとすれば、それはオスマン帝国のみであるが、その国も“瀕死の病人”と揶揄されるほどに衰弱著しい国家だ。

 

ギリシア独立戦争及びバルカン戦争などの、いわゆる東方問題や露土戦争などで、“欧州国家”群からは良いように利用されていた。

大国のオスマンですら、斯様な有り様である。

 

しかるに日本などという開国したばかりの小さな亜細亜の国家は、一瞬でも気を抜けばただの“世界”の“所有地”になり果てる。

 

故に外交も経済も内政も軍備も全てが綱渡り。

“世界”と戦うことなど今の日本には到底できやしないのだから、常に“世界”を見て動かねばならなかった。

何が切っ掛けで“世界”の意思が日本を食い物にしようと断じるか分からないのだから。

 

ただ、見つめる“世界”は何も遠い欧州の地だけではない。

 

むしろ、近くの“世界”こそが最大の脅威足り得る。

 

 

 

 

 

世界最大の領土を有し、世界有数の軍事力を持つ巨大国家。

 

 

 

大ロシア帝国こそ、日本にとって不倶戴天の敵なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[……何の用だ?]

 

 

その男は、あまりに憔悴していた。

大きな体格の割りに顔は痩せこけていて、無精髭と汚れで一際老齢に見えてしまうほど。

 

疲れからか目には覇気が無く、落ちた両肩が悲壮感を漂わせていた。

 

 

『……何語だ?』

 

 

白人のその男の言葉は、彼には分からなかった。

英語なら解せるが、そのどちらでもない様子だったのだ。

 

 

『……やっぱり、フランス語です』

 

 

唯一、言語を解せた様子のエルダー女医が小声で言った。

 

 

『インテリゲンツァ(インテリの語源。ロシア語で知識層者の意で、外国の知識に富んだ学生が主)はロシア語を嫌ってフランス語やドイツ語をよく使うそうです。彼もその一人なのかもしれません』

 

『へぇ~。それも十徳からの情報?』

 

『……はい』

 

 

複雑な表情で答えるエルダー女医と、ホント何者なのよアイツは、と呟くエミー。

 

 

日本人(ヤポンスキー)風情に付き従うとはな。どこの国のビッチか知らんが、随分と堕ちたものだ。恥ずかしくないのか]

 

『なんと言っているのかは分からないけど、嘲られていることはなんとなく分かった』

 

『奇遇ね。私もそんな感じがしたわ。エルダー、なんて言ったのかしら?』

 

『ぅぇ……』

 

 

二人の剣呑な雰囲気に当てられ冷や汗を流すエルダー女医。

言われた内容にカチンと来たのはエルダーも同じだ、だがそれよりも両サイドから感じる怒気の方が身を震わせる。

 

 

『ヤポンスキーはロシア語だろう?そこだけ母国語を使うとはな。まあそれでコイツがロシア人だということは判明したわけだが……訳すのに窮するぐらいの内容なら敢えて聞く必要もない。だから、俺の言葉をそのまま伝えてくれ』

 

『え……あ、はい』

 

 

エルダーの返答を受けると、座りながら此方を睨んでくる白人男性に詰め寄った。

そしてその顔を覗き込むようにして顔を近付ける。

 

冷たい、どこか作り物めいた蒼い瞳に男の訝しげな顔が映る。

 

 

『お前の事情は大方予想が着いている。ツァーリズムの打倒を目論むも失敗。犯罪者と見なされ国外逃亡。シベリアからウラジオストク、そして日本。一時的に身を隠し、期を狙って再起を図っているのだろう?』

 

[……!!]

 

『農民の中に入り込んで皇帝専制体制の悪癖を説いて回っていた。だがロシアの農民は今も昔もこれからも、異常なまでの保守的かつ相互監視的風潮に支配されている。多くのインテリゲンツァが自警団に捕縛され、処刑された。革命を説いて回った農民に裏切られて』

 

 

そうだろう、ナロードニキ?

 

そう訳された言葉がエルダーの口から聞かされた瞬間、男の顔が怒気で真っ赤に染まった。

音を立てながら椅子を倒して立ち上がる。

その背丈はやはり平均的日本人より高く、痩せているとはいえ肉の付きかたから今なお屈強さを感じさせる。

 

だが、それも一瞬。

直ぐに怒りは萎え、視線は下を向いた。

すとん、と自ら直した椅子に座り直して呟いた。

 

 

[……皮肉なものだ。猿の国が必死こいて産業革命を為しているというのに、祖国は権威と伝統に固執している。変化を受け入れない]

 

 

呟く声は悲哀に満ち、その姿はやはり痛々しかった。

大きな絶望を経験した者が見せる、諦観の様子だ。

 

 

 

 

ロシアの学生は西欧に留学するのが常である。

 

フランスやドイツ、イタリア、オーストリア=ハンガリーなどの政治や文化、芸術に触れ、多様な事物を学ぶためだ。

多くの年若い学生が見聞を広げ、知識を深めていった。

 

そして、自国の後進性を痛感した。

 

産業革命の波に抗い、皇帝を戴く徹底した権威主義を御旗とする祖国は、あらゆる面で他国に劣っていたのだ。

人民の生活は他国に比べてあまりに貧しく、しかし帝室は保身のため、これを改めようとせず産業の発展を阻害してきた。

 

おかげでパリやウィーン、プラハ、ブダペスト、ヴェネチアなどのような芸術の発信地も生まれず、異国文化と交流できる地も育まれなかった

あまつさえ軍事の発展すら遅れ、バルカン諸国及びオスマン帝国にすら手を焼く始末。

(英仏を中心とした国家がオスマン帝国を裏から支援していた為である)

 

 

全ては帝室の保身と権威への固執が為に起きた弊害だ。

 

 

欧州各国が目に見える発展を遂げているというのに、祖国は自国民への締め付けを強めていくだけ。

産業を忌避し、農業に縛り付ける。

そんなの、自分の首を絞めていることと変わらないのに、それでも皇帝は我が身可愛さで愚策を続ける。

 

 

それは、絶対に許されることではない。

 

祖国を私物化することは、害悪に他ならない。

 

 

この国に皇帝などは、もう要らない。

 

 

そうして多くの学生がこの志を胸に、革命の活動を始めた。

 

全国の農村に散らばり、農民に革命思想を説いて回った。

皇帝主義(ツァーリズム)という悪弊は国家を腐らせ農民の命を貪る。

帝室が存在する限り、豊かな生活は送れない。

 

 

人民に、真なる導きを。

 

 

人民の中へ(ヴ=ナロード)、を合言葉に。

 

 

故に、Народники(ナロードニキ)

 

 

 

[お前の言う通りだ。農民はみな学がない、変化を根本的に恐れている。お前らは革命を果たしたというのに、俺たちは守るべき農民からすら敵視され、自警団に突き出された!国家反逆と皇帝侮辱の罪で首吊り……何百、何千もの同志がッ、()()に殺された!!]

 

 

歴史的に答えを言うならば、この啓蒙運動は失敗に終える。

農民の多くは彼ら学生をむしろ敵視し、その考えを頑なに否定した。

 

真に国と民を思って起きた全国的なこの活動は、その国と民に拒絶され、やがて形を変えていった。

 

 

それこそが、暴力主義(テロリズム)

 

 

後に、このナロードニキの流れを汲んだテロリズムが、当時の皇帝を爆殺する事態に発展するのだった。

 

 

[俺たちとお前らの……間に!一体なんの差がッ……!]

 

『そんなものは知らん』

 

 

 

一言だった。

 

たった一言で、男の嘆きの声を切って捨てた。

 

 

エルダーが翻訳した仏語を聞きながら、彼は続ける。

 

 

『聞け、ロシア人。俺たちはお前の愚痴を聞きに来たのではない。俺たちがお前のような奴を探していたのには別の理由がある』

 

 

 

[……だろうな。何が目的だ]

 

 

 

 

 

 

 

『俺たちの目的は貴様らの目的の向こうにある。すなわち、貴様らの目的である帝政ロシアの打倒については協力できると考えている……少し話をしようぜ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

極東の島国、日本にて。

 

 

 

ロシアの脅威に抗う日本人と、ロシアの帝政を打倒しようとするロシア人との邂逅。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな同盟が生まれるまでに、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

般若(ghost)、本当に十徳にそっくりね。仕草も表情も言葉遣いもしっかりと似てるし……しかも、予め与えられた知識であそこまで大胆不敵に演出できるなんて』

 

 

『変装のプロフェッショナルとは聞いていたけど、違和感なんてさらさら無いです。これが噂に聞くNinja……amazing!』

 

 

 

 

 

 

 














メインは当然“るろうに剣心”ですが

こういうバックボーンも書きたかった








ちなみに登場したロシア人は完全オリキャラです




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