明治の向こう   作:畳廿畳

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前話を投稿して昨日までずっと日刊ランキングに乗っててUAもお気に入り数もかなり増えました

なんだったんじゃ?


とまれ、今話は短いですがどうぞ






59話 白猫跋扈 其の漆

 

 

 

朝日が室内を照らし始める早い時分にも関わらず、部屋の主は自らの机の前を忙しなく歩き回っていた。

 

その表情に余裕の色は無い。

頻りに目頭を揉んで、まるで頭痛の種を少しでも和らげようとしているかのようで、けれど眉間の皺は一向に減ることはない。

途中何度か立ち止まるも、直ぐ様思い出したかのように再び歩き出す。

 

 

「観柳さんよぉ。そんなに右往左往してても何も変わらねえぜ?少しは落ち着いたらどうだい」

 

 

部屋の入り口直ぐの壁に寄り掛かって腕を組んでる大男が、ぐるぐると歩き回る男に苦言を呈した。

 

その男の体型は異様だった。

背が高い、というより巨漢という単語が似合う図体をしているのだ。

裸の上半身は前後に大きく、特に腹部が大きく膨らんでいる。

身に付けているのは下だけで、その足は短い。

 

隠密御庭番衆が一人、火男(ひょっとこ)だ。

 

 

「これが落ち着いていられるか。お前の身内の帰還があまりにも遅すぎる。任務に失敗した可能性が高いと不安視するのは当然だ。むしろ貴様はどうしてそこまで落ち着いていられるんだ」

 

「お頭が居るんだ、任務失敗は絶対にあり得ない。仲間として信じて待つのが当たり前だろう」

 

 

観柳が落ち着いていられない理由。

それは、自分の立身出世の為の協力者である警官の暗殺が失敗したのでは、という疑念から来ている。

 

望んでいた人脈を築き上げ、維新の立役者の一翼を担った現大物政治家をさえ抱き込めた。

それだけではない。高級軍人や名のある資産家、商家とも仲良くなれた。

某警官のおかげで、政界に進出する機会を得られたのだ。

 

後はこの後ろ楯を使って一直線に進むだけ。

今までこそこそ使っていた阿片を一気に使い込む。

そうすれば近い将来、この国の頂点に君臨することができる!

 

なればこそ、よき協力者には不幸な事故に遭ってもらわなければならない。

思わぬところで躓きたくはないからだ。

 

 

「死人に口なしとはよく言ったものだ。だが、この様子では……」

 

 

刺客として送り込んだのは、大金をはたいて抱え込んでいた殺しの専門集団、隠密御庭番衆だ。

 

彼らは徳川幕府子飼いの部隊で、江戸決戦時まで温存されていた最終兵力だ。

その実力を実際に見たことはないが、推して知るべし事実である。

だからこそ、たかが警官を相手取るのに遅れをとるとは思えなかった。

 

 

いや、仮に遅れをとったとしても、それは問題ない。

 

 

何故なら庭番が仕留め損ねても、その庭番もろとも消す手筈だったのだ。

 

横浜には密輸入した武器兵器が数多保管してあるし、浪人どもも多数送り込んである

それらでもって邪魔者を消し去る。

警官も、庭番も。

武と知に長けるあの蒼紫(おとこ)は、警官同様に不確定要素なのだ。

もはや十二分に自分の勢力を広げられた今となっては、そんなものを抱えておく必要性はない。

 

故に、仮に庭番が失敗しても関係ない。

どう転ぼうとお互いに消耗するハズだし、そうなればもう此方のもの。

圧倒的火力で殲滅する。手負いの単騎を各個に潰す。

 

 

そう想定していたのだが、決行日を聞いて以降音沙汰が無い。

あまりに遅すぎるし、遣わした小間使いも帰ってこないという事態が起きている。

 

これは、異常事態だ。

 

 

(あの警官が独力で庭番と浪人どもの攻勢を凌いだ?あまつさえ、返り討ちにした?)

 

 

考える限り、その可能性は低い。

否、無いと言ってもいい。

 

危険を承知で自分に接触してきたのだ。

胆の座り様も、おそらく実力もそんじょそこらの警官とは一線を画すのは容易に想像できる。

 

だが、だからといって庭番に勝る実力を有しているとは思えない。

況してや西洋の最新火器を掻い潜れるとは到底思えない。

 

 

ならば、何が起きた?

 

 

 

ひとつ。

考えられるとしたら、蒼紫が裏切りに気付いて浪人どもと事を構えた可能性がある。

標的を当初の目標の警官ではなく、先手を打って浪人どもに攻勢を掛けていたなら……いや、だが。

 

 

(それでも回転式機関銃(ガトリング・ガン)があるのだ。いくら庭番の頭目といえど、勝てる道理はないハズだ)

 

 

観柳の回転式機関銃(ガトリング・ガン)への信頼は非常に厚い。

信奉のレベルと言ってもいい。

 

例え相手が名のある剣客侠客であっても、有象無象と何ら遜色なく簡単に殺せるのだ。

自分のような素人がハンドルを回すだけで群がる人を羽虫の如く軒並み潰せるのだ。

 

金さえあれば、簡単に力を手に入れられる。

 

 

そう信じて疑わない観柳の思考は、大局的に見れば正しい。

マクロの視点であれば正当この上ない。

 

人間関係に焦点を絞って語るには愚か極まりないが、例えば商人として物流という世の流れを見る者ならば、その視点は必要なのだ。

 

他にも国家という視点で見るならば、まず第一に財源について考えなければならない。

何故なら今は弱肉強食の植民地時代。

強い軍隊を持たなければ世界への発言権を有し得ないのだから、軍隊を持つために資金を捻出しなければならない。

 

でなければ白人国家に凌辱される。

玩具のように弄ばれ、料理のように舌鼓を打たれ、そしてゴミのように捨てられる。

比喩でも例えでもなく、本当にこの時代の有色人種に対する偏見は凄まじいものなのだ。

有色人種は「人」ではないのだから。

 

とまれ、大局を見る者にとって金を第一に考えるのは妥当であり、至極真っ当ではあるのだが、殊今回に限って見ればこの観柳の思考は誤りでもある。

 

まず、回転式機関銃(ガトリング・ガン)が真に威力を発揮するには開けた地でなければならない。

そうでなくとも、ある程度の地を把握して利を得ていなければならない。

固定点火力は移動に難があるため基本は動かず、確保している射線に入る全てを撃ち殺す、という事を前提とした武器なのだ。

 

倉庫街という障害物の多い地ではその威力も半減、否、ほぼ意味を成さない可能性すらある。

 

加えてもうひとつ、観柳にとって不幸な事実がある。

 

原作でも観柳の裏切りに会った蒼紫は、両足を回転式機関銃(ガトリング・ガン)により貫かれていた。

原作主人公との死闘の直後、そして開けた大ホールでの銃撃という二つの悪条件下から、蒼紫は成す術もなく銃火に捕らわれたのだ。

 

だが今回は違う。

 

地理的条件は十全なる意味を成さず、十徳との戦闘の直後であってもその疲労を隠せる程の精神的高揚を得ていた。

十徳という目映いばかりの存在を意識し、溢れんばかりの心情に至っていた。

 

要するに、はっちゃけていたのだ。

テンションあげあげだったのだ。

 

こうなれば回転式機関銃(ガトリング・ガン)など、蒼紫にとっては身を涼める扇風機ぐらいにしか感じなかっただろう。

無論そんなことを露とも知らない観柳。

精々が、裏切りの攻撃を命からがら逃げ、感情の赴くまま此処に押し掛けてくる事も考えられる、というぐらいだった。

 

 

(商人たるもの最悪の状況を想定しなければ……差し当たり、この男を削っておくか)

 

 

もしもの時の為に戦力は抱えておきたい。

そう言って一人だけ残させるよう言った結果、蒼紫の指示により火男が観柳邸に待機となった。

 

もしもの時。

蒼紫が何を想定していたのかは不明だが、少なくとも観柳の考える“もしもの時”とは一致していないだろう。

 

なにせそれが、この時なのだから。

 

復讐を胸に現れた蒼紫に対し、無理矢理にでも交渉の席に座らせるための材料。

あるいは足を止めさせるための人質。

 

五体満足で居られるよりかは四肢の一つや二つ、眼球の一つや二つは取っておくべきだろう。

される張本人は言わずもがな、見る第三者もそんな状態の人間が近くにいては、思考も行動も鈍るハズだ。

 

 

そうと決まれば善は急げ。

 

窓辺に侍る二人の秘書に命じる。

その懐にある拳銃でもって火男の片足をそれぞれ撃ち抜け。

 

その意を込めて片腕を上げた時になって、漸く気がついた。

 

今まで会話していた火男が、此方を見ていない。

自分の背中の向こうを見て、何かをしげしげと見ていたのだ。

 

 

「……?」

 

 

なんだと思って振り返ると、先ず目に映ったのが二人の秘書。

懐に手を伸ばし、今にも拳銃を取り出そうとしている瞬間だった。

飼い慣らした忠犬の、実に甲斐甲斐しい行動は十分に他人に誇れるレベルだ。

 

次に映ったのが、その二人の間にある部屋一番の大きな窓ガラス。

陽光を浴びればキラキラと光る美しいガラス細工は、観柳自慢の逸品だ。

 

そのガラスの向こう、つまりは外にあるものが最後に目に映ったもの。

 

なんとも形容しがたいそれは、恐らく人間を真下から見たときに見えるであろう、人の形をしたものだった。

だが、なぜ?

あれが人だとしたら、なぜあそこに人の裏面(?)がある?

 

ここは三階で、あそこは外。

 

訳がわからない。

なぜ、あそこに人がいる?

 

なぜ、それがどんどん大きくなってくる?

 

 

混乱の極致に達した観柳は、やがてけたたましい音と共に窓ガラスを割って入り込み、秘書の二人をものの見事に押し潰して転がり込んできたそれを見ても、なかなか平静には戻れなかった。

 

 

やがて秘書二人を押し潰したその二つの人影が立ち上がると、漸くその正体を把握できた。

 

 

 

短く切り揃えられた白銀の髪と、それを覆い隠すように深く被る警帽。

顔の半分を覆う包帯と、それが巻かれていない半分に見覚えのある顔。

 

 

帽子のつばから覗ける、一つの鋭利な蒼い瞳。

 

 

 

 

忌々しい警服に身を包んだ、かつての協力者。

 

 

 

 

 

 

狩生十徳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじゃま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 











陸軍省の事件はチョイト後回しに



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