明治の向こう   作:畳廿畳

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皆さん、ご無沙汰してます!
恥ずかしながら戻ってきました、畳廿畳です!!

2年ぶりの投稿です
今日よりリハビリを兼ねて、ぼちぼちと投稿を再開していきます

かつて読んでくださっていた読者様におかれましては、大変お待たせしてしまったことをお詫び申し上げます
また、初めて目を通してくださる読者様におかれましては、この前書きはどうか気にせずにスルーしてください(照)


さて、早速で恐縮ですが、本話は書き慣らし(?)というか、自分のペースを戻すために書きたかった内容のため、前話までの雰囲気とか流れとか、そういったものがズレている印象を抱かれるかもしれません
(2年も経っているから、前話までの感覚を引き継ぐのが出来なかったのもありますスミマセン)

とはいえ、話の内容は決してテキトーではありません
読んでもらえると幸いです


では、どうぞ




64話 白猫跋扈 其の拾弐

 

 

 

 

 

 

「貴様の顔を当分見なくて済むと考えると、こんなにも晴れやかな気持ちになれるとはな。見ろ、この澄み渡る晴天。正にうってつけの天気だ」

 

「俺に会う会わないの違いだけで気分がコロコロ変わるたァ相変わらず惰弱な奴だ。精神も鍛えたつもりなんだが、どだいお前じゃあ無理な話だったか」

 

「貴様程度では俺の刃の如き精神を変えることなど出来るハズもなかろうが。そもそも貴様には教えの才も武の才も無いのだ、人にせいにすることこそ惰弱だろうよ」

 

「刃か、どおりでポキポキ折れるわけだ。しかもナマクラときたもんだから持ち手の俺はほとほと使い道に困る。いっそ隊員の荷物持ちと野糞処理の係りになるか、ん?」

 

「……、図に乗るなよ。貴様が今まで上げてきた成果は俺たち、否、俺あってこそだ。その俺が指揮を執っての遠征任務となるのだから、貴様以上の成果を叩き出してやる。そうなればもう貴様はお役御免だ。隊長の座は俺のものとなる」

 

「おお、気張れ気張れ。少しは役に立てることを示さねぇと副長の座から蹴落とすぞ。無能な仲間は敵より厄介なんだ。ま、以前も言ったがお前が死ぬ分にはお前という害が無くなるからな、それはそれで御国の為にもなる」

 

「……ッ~!貴様は精々お上どもに媚びへつらいながら醜態を晒しておくんだな。その過程で誰かの暗殺に巻き込まれてみっともなくくたばるがいい!」

 

「あっははは!野糞が何か囀りよるww」

 

「なんだと貴様ァァア!」

 

「やんのかコラァァア!」

 

 

がッ、ごッ、がッ、と骨に響く殴り合いが勃発する。

 

 

 

 

 

当事者は誰あろう、狩生(おれ)と宇治木だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日前、陸軍省の襲撃犯を辛くも撃滅した俺たち白猫隊。

奇跡的に死者が出ることはなかったが、陸軍省は消火が間に合わず全焼。

 

近代陸軍の象徴たる省舎が燃え落ちたのだ。

 

また、死者は出なかったものの多数の負傷者が出たため、付近の診療所は軒並みパンクした。

近場の大きい商家や元武家の床を借りてすらいる程だ。

 

そんな医療最前線には、我らが恵嬢とエルダー女医がいる。

北関東の出征から帰還したエルダー女医はともかく、恵嬢は精神的に不安定になっているのだが、それを承知の上で頭を下げてお願いした経緯がある。

 

確かに彼女には、多くの人の人生を奪ったという重い事実を背負っている。

だが同時に、他者の命を救う術を持っている、というのもまた事実だ。

だから今は過去を見て俯くよりも、前を見て手を伸ばしてほしいと思ったんだ。

持てる術をもって、傷付いた人を助けてほしい。

 

 

「よくやるわね、あの二人は。あんなに血を流してまで、何をムキになる必要があるのかしら」

 

「暴力は最大のこみゅにゅけーしょんと、ある英国商人が言ってたのを思い出したよ。言葉の意味合いはきっと違うのだろうが、あの二人においては当て嵌まってしまう気がする」

 

「なにそれ野蛮」

 

「……鎌足(おまえ)が言うと釈然としないがな、まあいい。覚えておくといい。師と宇治木の関係は、およそ常人には推し量れないものなのだ。余人には理解し得ない、どころか割って入ることも儘ならない。私とてそうだ。苦々しいが、あの二人のあの関係は、あの二人だけにしか理解できないのだ。本当に、羨ましいよ」

 

 

一方で当の陸軍はもちろん、あまねく行政官庁各省は上を下への大騒ぎだ。

前代未聞のテロリズム、被害甚大の襲撃事件なのだから、混乱に至らない方がおかしいというもの。

 

けれど、やはりと言うべきか流石と言うべきか、被害を受けた当の陸軍のトップたる陸軍卿山県有朋をはじめ、内務卿大久保利通、工部卿伊藤博文、大蔵卿大隈重信、大警視川路利良など、維新で名を馳せた猛者達の行動は迅速かつ的確だった。

すぐに関係者を参集させ、此度の対志々雄戦における責任及び指揮権を明確化させたのだ。

 

 

そしてその会合に、俺と緋村さんも呼ばれ、話をさせられた。

 

 

千載一遇のチャンスだったことは言うに及ばないだろう。

日本の国政を担う人たちが一堂に会する席上で、口を開ける機会などまたとないのだ。

この期を逃せばきっと“次”なんてあり得ない。

 

だからミーハーな気持ちなんて欠片も湧き出なかった。

教科書に載る偉人たちを目の当たりにしたとて、感動の気持ちは微かにも生じなかった。

 

このチャンスをモノにしなければ。

そんな思いで会席に臨んだのだ。

 

 

 

宇治木のロングフックをスウェーで躱し、鼻先を拳が掠めていくのを見遣った直後、上体の逸りを利用して爪先蹴りを放つ。

スナップを効かせた蹴足は狙い過たず、宇治木の顎をカチ上げた!

 

口腔内を切ったのか口から血を吹き出し、さりとて直ぐに体勢を立て直す宇治木。

親の仇を見るが如く、剣呑な瞳を湛えて俺を睨みつけてくる。

 

そして、一瞬の停滞の後。

再度宇治木が吶喊してきた。

 

 

 

故に俺は、詳らかに語った。

 

志々雄一派の脅威度。

テロリストという概念と実態。

現有戦力でぶつかることの危険性。

引いては今の明治政府が抱える脆弱性。

それら諸々を考慮した上での明治政府が取るべき選択。

 

そして世界秩序を視野に入れた日本の立ち位置と進むべき険しき道。

等々、都合半日。

 

いささか口にする内容が逸脱したきらいがあるが、おしなべて言いたいことは言えた。

遠慮して言葉を濁して誤解される、或いは意にも介されないぐらいなら当たって砕けろ精神で伝えたいことは全部ぶつけた。

 

結果は───分からん。

 

話を終えたら終始無音の時間が延々と続いたのだ。

 

とてつもなく重く、そして固い空気。

顔面を蒼白にしていた人もいれば、苦虫を噛み潰したような顔をしていた人もいた。

 

一通りの内容は川路大警視にも事前に話していたので、後で出てくる質問には大警視に対応してもらうのがいいか。

そう考えて、一礼してから退室したのだ。

 

 

あぁ、でも。

 

最後の最後、扉に手を掛けた瞬間に一つだけ言われたことがあった。

 

質問でも詰問でもなく、ともすれば俺に掛けられたかすら怪しかったその言葉は、一体誰が言ったのか。

 

 

──げにも不気味な鬼札の考え。近付き理解すべきと分かっていても、灯に集う蛾を思えば、どうして安易に出来ようか──

 

 

 

宇治木の渾身の殴打を頬に受ける。

 

脳が揺れ、視界がぐにゃりと歪んだ。

平衡感覚を失い、地につけている足の感覚が覚束なくなる。

 

が、その状態でも拳は振れる。

よろけた姿勢のまま、腕力だけで強引に拳を振り上げる!

乱暴に振り回した拳は宇治木の顎に直撃し、一瞬だけ奴を宙に浮かした。

 

そこに追撃を掛けるべく拳を繰り出す。

足は地に着いておらず、体勢は伸びきったまま。

そのあまりの無防備さ故、必中と大ダメージを確信するのは当たり前だった。

 

 

 

警視本署主導による討伐隊が壊滅したことを鑑みれば、工作員やモグラはまだ居るだろうし、下手したら通信拠点もまだ残っているかもしれない。

つまり、此度の陸軍省襲撃者を捕縛したことは近いうちに奴等にバレるだろう。

 

そうなれば、どうなる?

確実に消しに来る。が、生半可な戦力をぶつけたところで返り討ちに会う可能性が高い。

そう考えて一等の戦力をぶつけてくるハズだ。

 

危険を考慮して一時様子を見る?有り得ない。

志々雄真実というカリスマ的存在を奉るならず者集団だ。

襲撃失敗という醜態には、それを帳消しにし得る成果を求める。

だからこそ、この機会に“大久保利通を暗殺”しに来る。

 

原作で大久保卿を暗殺しおおせた下手人。

緋村さんを圧倒する剣技の才を見せた青年。

 

感情を欠落させた、最強格の剣士。

 

 

瀬田宗次郎

 

 

 

だが、ダメージを喰らったのは俺が先だった。

意趣返しのつもりか、足のスナップだけで俺の顎をカチ上げたのだ。

 

己の口から吹き出た血の霧を視界に収めた瞬間、即座に状況を理解した。

そして飛びかけた意識を気合いで繋ぎ止めると、ぐんと腰を下ろして体勢を立て直す。

 

思いっきり腰を下ろし、肩幅ほどに足を左右に広げる。

下ろした両腕は敵を迎え入れるかのように横に大きく広げて構え、前を見据える。

すると眼前に同じタイミングで、同じ構えを取る宇治木と目が会った。

 

武術のイロハを教えたのは俺だ。

構えが似通うのは当たり前だが、まさか同じタイミングで同じ動作をするとは。

 

互いに口端から流れる血を意に介さず、不覚にも笑み合ってしまった。

が、それも刹那のこと。

直ぐに拳の応酬が始まった。

 

 

 

だが、瀬田宗次郎がいつ如何なるタイミングで来るかは分からない。

 

大久保卿が史実通りの日に暗殺されるとは限らないから、その日だけを警戒すればいいハズもない。

(つうかそもそもその暗殺日を覚えていないのだが)

つまり此方は辛抱を強いられる長期戦を想定しながら、常にいつでも対処できるように構えていなければならないのだ。

 

なまじ大久保卿が死ぬ最悪の未来を知っている分、現在進行形で相当な神経を磨り減らしている。

元凶を取り除くことは今は出来ず、さりとて護衛のために残る白猫隊を縛り付けるのは得策とは思えない。

 

ならばどうするか。

 

そもそも俺は瀬田宗次郎に勝てるのか?

あの緋村さんにすら一度勝った相手だぞ?

そんな奴を相手に、大御所を守りきれるのか?

 

 

 

ぐしゃり、と互いの頬から嫌な音が響く。

 

頭蓋に木霊して脳髄を揺らす一撃。

視界が明滅し、外界からの音が一瞬遮断される。

 

むろん、お互いそんな些事に気を留めることなどするハズもなく。

直ぐ様もう片方の拳で反対側の頬骨を貫く。

それと同時に同じく自身の反対側の頬に激痛が走り、戻りかけていた視角と聴覚と平衡感覚が再度狂いだした。

 

それでも尚、拳の応酬は続く。

 

止まることなく、留まることなく。

 

口内を占める鉄の味をまだ感じてるってことは、味覚はまだ狂ってないんだなあ、なんて阿呆な考えが頭の片隅を過ったのはご愛嬌だ。

 

 

 

そんな俺が選んだ策が、戦力の二分割だ。

 

普通なら、見えない敵を前にして戦力を分けるなんて愚の骨頂。

戦力をむやみやたらに分けて争いに臨めば、各個撃破されるのがオチだからだ。

 

それは洋の東西を問わないし、時代すら問わない常識である。

 

それでも俺はその愚行を決心した。

 

思考を放棄したわけじゃないし、睡眠は取っているから鈍っているわけでもない(食事は最近摂れていないが)。

しっかりと考えた上での策だ。

 

何故なら、瀬田宗次郎が東京(こちら)に来るということは、当然だが瀬田宗次郎はその時京都(あちら)に居ないということだ。

 

志々雄真実の片腕、十本刀最強の男が京都に居ない。

その瞬間を突けるのは、なにものにも替えがたい好機だと判断したのだ。

 

 

"百識"の方治

 

"盲剣"の宇水

 

"明王"の安慈

 

"刀狩"の張

 

"破軍(甲)"の才槌

 

"破軍(乙)"の不二

 

 

その間に残る十本刀を屠る。

 

六人全員なんて贅沢は言わない。

だが蒼紫たちと京都残留組の庭番(維新時に江戸に赴いた蒼紫達とは別に、京都に残って諜報活動を続けた庭番がいたのだ)に、宇治木ら旧剣客警官隊を合流させれば何人かは刈れるハズだ。

いや、刈ってもらわなければ困る。

 

俺が瀬田宗次郎を迎え撃つから。

 

死に物狂いで、命に代えても大久保卿を守り、瀬田宗次郎を討つ。

護衛で身動きを封じられるのは俺一人にする。

だから宇治木(コイツ)らは身命を賭して働いてもらわなければならないのだ。

 

ここが対志々雄戦の山場と判断したのだから。

 

 

 

腰と軸足の回転を目一杯乗せた極大の一閃。

大気に轟くは拳が奏でたとは思えない炸裂音。

 

そしてその度に頬を貫く激痛が身を襲う。

頭蓋が揺らされ、視界が暗転する。

あまりの一撃に意識が飛んだって可笑しくない。

 

六度か七度か、下手したら二桁に及んでいるかもしれない拳の応酬。

果たしてそれは何秒続いたのか。

 

ふと、どさりと何かが倒れる音が微かに聞こえた。

明滅する視界の隅に、大の字に倒れている宇治木の姿が映った。

 

 

「はあ、はあ……ぐ、ぅぅう」

 

 

肩で息をしながら、苦しげに呻いている。

どうやらまだくたばっていないようだ。

つくづくしぶとい奴だよ、まったく。

 

一息入れて、宇治木の身体を足で小突く。

 

げしげし

 

 

「相変わらず弱っちいな。勝てないまでも苦戦させるぐらいになれよ、さもなきゃどうして十本刀に勝てるっつうんだよ」

 

「ッ、…くそ。どの口が、~ほざくかッ」

 

「こんなん掠り傷レベルだ。それに、お前が当てたんじゃない。俺が敢えて避けなかったんだ。思い上がるな」

 

 

ペッ、と気色の悪い血を口内から吐き捨てる。

片方の鼻の穴を塞ぎ、ふんとかんで鼻血を吹き捨てる。

 

まあ嘘ではない。

躱そうと思えば躱せたのは事実だ。

 

だが、それを言うなら宇治木もそうだ。

躱せ──たかは分からんが、少なくとも攻撃を止めて防御に専念することは出来たハズ。

 

お互いに甘んじて拳を受けていたのだ。

 

 

「鬼畜にも程があるぞ。……ッ、遠征前にしこたまッ、殴りおってからに、~っぅぅ」

 

「お互い様だ。ほら。手ェ貸してやっから、とっとと起き上がれ。そんでもって準備しろ」

 

 

俺の手を掴んだ宇治木を引き起こし、勢いでよろける奴の腰を支えて歩かせる。

 

まあ、なんだ。

俺もコイツも、下手したらこれが今生の別れになるかもしれない。

 

勿論お互い心配なんてするタチじゃないし、そもそも死ぬつもりもさらさら無い。

むしろお互いに死んでくんねぇかな、ぐらいにすら思ってるから。

 

最期になるんだとしても、こんな感じのコミュニケーションのがいいんだ。

 

 

「──くそ、貴様は必ず俺が殺すからな。遠征が終わるまでの余命と覚えておけ。だから──」

 

 

「、ッははは!あぁ、そうだな。俺を殺すのはお前だもんなぁ。だから──」

 

 

 

 

 

 

 

「「勝手に死ぬんじゃねぇぞ、クソ野郎」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









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