明治の向こう   作:畳廿畳

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前話を投稿した際、多くの方からたくさんの感想をいただきました
本当にありがとうございます
こんな私の復帰を温かく迎え入れてくださったことに、本当に感謝しかありません
これから細々と投稿していきますので、何卒宜しくお願いいたしますm(_ _)m


では、どうぞ








65話 白猫跋扈 其の拾参

 

 

 

 

 

 

大久保は、志々雄の生存に関して最も苦心惨憺してきた人物だ。

 

今は表沙汰になっていないが、嘗ての維新時に大久保や川路らは、中立の立場にいる人物を志々雄に暗殺させてきた。

新政府に属さない諸藩藩士や旧幕勢力を“反新政府”にまとめるためだ。

 

明確な対立構造を築き、その上で相手を強引に力で捩じ伏せ、自分達の正当性を完全なものとする。

他に挙がる声を完膚無きまでに根絶し、もって政府を唯一のものと喧伝したのだ。

 

故に、志々雄の存在はそれ自体が危ういのだ。

明治政府を根底から覆しかねない、巨大な爆弾なのだ。

 

 

なればこそ、処理をしなければならない。

 

 

善悪を問えば、確実に悪なる所業だ。

 

 

良いように使い、汚れ仕事をさせてきた上、最終的には裏切り、殺して、燃やした。

生きていたと分かったため、再び殺そうとすら画策する。

 

悪逆にして無道、極悪にして非道。

そう形容する他になんと言うべきか。

 

だが、だからといって自責の念に駆られるほど大久保の覚悟は緩くない。

例え悪であれなんであれ、近代日本を作り上げるには必要なことなのだ。

 

その果てに地獄に落ちることになるのなら、寧ろ願ったり叶ったり。

 

 

心を鬼にして、志々雄を殺そう。

 

 

何度でもだ。

 

 

だが

 

 

 

『状況を整理しましょう。当組織は日本全国にモールス信号機を活用した情報網を敷設していて、政界や軍隊、警察に潜ませている多数のモグラと併用して、政府の動向を細かに、かつリアルタイムで把握しています。そして、それをもって多くの人を暗殺してきました』

 

『通信拠点は各府県に最大で10個程、最低で1個。東京、千葉北部、埼玉、山梨、静岡東部、そして神奈川の拠点を粗方見つけ、そして潰しました。北関東及び南東北の拠点から敵工作員が関東に移動している、という情報を重ねると、関東一円の目と耳の機能は停止していると考えていいでしょう』

 

 

 

小規模の討伐を含めれば先の失敗した大規模討伐でかれこれ十と余回。

だが、それらが成功した(ためし)は無く、それどころか陸軍省は襲撃され、要職に就く者たちが不自然な死を迎えることもある。

 

事ここに至れば、否が応でも認めざるを得ない。

志々雄はあまりに強く、殺すことは至難であると。

 

川路大警視が発案した幾つもの暗殺計画は、その尽くが失敗に終わっていた。

片や向こうはいいように此方を攻撃してくる。

 

ならば動員令を出さないまでも、大阪の鎮台から兵力を出すか。

もはや諸外国の目を気にする余裕など無い。

むしろ攻撃を受けても動かない事こそ欧米に弱腰と足元を見られる。

なればこそ、国軍を動かしてでも志々雄を屠らなければならない。

 

その考えは即座に山県卿にぶつけたのだが──

 

彼は渋面をつくるだけだった。

 

 

 

『ですが、相手の守りは尚堅牢でした。大規模討伐が大敗北に終わったのは想定外でした。白状しますと、失敗も敗北も可能性の一つとして想定していました。しかし、それでもある程度の情報と成果は掴めると判断していたのですが、何も掴み得るものが無かったのは明らかな大敗北です。奴等は関東から駆逐されたことに然して動揺していなかった。組織は今もなお磐石でした』

 

『そして先日に起きた陸軍省の襲撃事件。奴等は討伐失敗によって人員を失った警察を無視し、陸軍を攻撃しました。幸い、白猫隊(われわれ)が築いた迎撃網が奏功したため襲撃者の全員を迅速に返り討ちにし、二人を捕虜として捕らえることができました。此方は死者も出ず、軽い火傷と擦過傷の軽傷者が数名のみ。物的損壊については、省舎の全焼という痛ましいものですが、命に比べれば安いものでしょう』

 

『政府省舎を攻撃する、という意味を奴等が理解していないとは思えません。すなわち、奴等は政府に対して宣戦布告したということです。国家を相手に、戦争を始める意思を示したのです。諸外国への警戒を理由に軍を動かさずにいるのはもはや不可能です。国家としてはいかなる攻撃にも応える義務があり、早急に軍を動かして対象を撃破するのは道理なはずです』

 

 

 

極めて不味い状況下にあることは理解してくれた。

ここで軍隊を動かさなければならない理由についても同意してくれた。

 

されど尚、軍事行動の発令は決して認めてくれなかった。

何故かと抱いた疑問に答えたのは、しかし山県ではなかった。

 

川路より紹介された、かつての逆賊の徒。

薩摩が育て上げた、白銀の青年。

 

狩生十徳だった。

 

 

 

『ですが、皆々様も薄々勘づいているとは思いますが、例え陸軍をぶつけても志々雄真実には届きません。否、そもそもぶつけるべき相手がどこにいるかも分からないでしょう。表立っての決起や内乱とは根本から性質が異なる、この異質な形態の争いには、陸軍では対処できません。地下武装組織(テロリスト)との戦いは、従来の反乱鎮圧のような“軍隊の投入、交戦、勝利”という軍事力を背景にした単純なものではありません。寧ろ、それは蛇足と言ってもいい』

 

『敵を見つける、或いは痕跡や証拠を探し出し、相手の詳細を探る諜報活動、すなわち情報戦。敵の根城になっている地域に潜り込むため、当地に住まう人たち──無論、敵の手先も含まれます──に認められる為の人心掌握、すなわち心理戦。奴等の資金源や人材源を突き止め、これを凍結させて組織の行動を止める貿易阻止、すなわち経済戦。他にも宣伝工作や背後関係の洗い出し、敵首魁の人物分析、組織の行動分析等、これらを制した上でなければ当地にいるテロリストを殲滅したところで意味はありません。残った人間が資金を持って再び地下に隠れ、組織を建て直すからです。或いは、また別の人間が似たような事をするからです』

 

『テロ攻撃をすべて阻止することは実質的に不可能です。陸軍省の襲撃を予測できていましたか?仮に誰かに進言されても、事件前にそれを真に受けた自信がありますか?“想定外”の事をすべて“想定内”に収める……言うは易しですが不可能でしょう。何故なら、例えば今この瞬間にも、誰一人として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えている人がいないからです』

 

 

 

このままでいれば、政府は確実に弱体化していくだろう。

そして遠くない将来、志々雄に潰される。

その前後に必ず自分も殺してくる。

 

ならば、どうすればいい?

 

どうすればこの苦境を打開できる?

 

外には決して弱音を漏らさず、態度や表情にすら出さない。

なれど、この窮状を打破できる手が無いかと藁にも縋る思いで常に懸命に考えていた。

 

それこそ寝る間を惜しんで悩み続けた結果、気付けば体重は二桁も削れ、顔もやけに老け込んでしまっていたほどだ。

 

 

故にこそ、川路から紹介された()()には大きな衝撃を受けた。

 

 

淡々と、粛々と語られるその内容に、大久保は頭を叩かれた気分になった。

そして軽い混乱に陥る。

 

事も無げに語る目の前の青年は、自身でその意味を理解しているのか?

否、違う。そうではない。

どうして平然と、その考えを述べることができるのだ?

 

言っている内容は分かる。

上野の討伐や西南の役などの過去の内乱を鑑みれば、なるほどテロリストなる存在との戦争は異質な形態である、という結論は理解できる。

 

 

情報戦──分かる。

 

心理戦──分かる。

 

経済戦──分かる。

 

宣伝工作、人物分析、行動分析──分かる、分かる、分かる。

 

点と点が分かり、結ばれた線が何を示しているか分かってしまう。

 

 

”陸軍省襲撃と同じ魔の手が一般市民に、しかも無差別に向けられる”ことが、あまりにも痛手で、とてつもない急所であることが、嫌でも分かってしまうのだ。

 

 

 

『組織の主要人物(十本刀)を纏めているのは志々雄のカリスマ…求心力と威厳によるものでしょう。他にも、恐らく一時的な契約関係みたいなものもあるでしょうが、それにしたって根本には“志々雄の強さ”に対する畏怖や敬意に類するものがあるハズです。つまり、損得の感情がそもそもない。志々雄の強さが示されている限り裏切りは起こり得ず、志々雄が生きている限り組織は何度でも甦る可能性が高い』

 

『志々雄は二十台後半。元々の化け物染みた剣の腕と明晰な頭脳に、経験が実り始める年頃です。組織の拡充のため弁論術や交渉術を身に付け、カリスマに更なる磨きがかかり始める。組織内に盲信者や狂信者が着実に増え続ける。であれば、組織内では志々雄を神格化したプロパガンダが形成されているハズ。つまり反政府思想を持った者たちの集まりに、()()()()()()()()()()()()()()()()が加わるということ……甦るどころではありませんね、際限なく増え続ける可能性があります』

 

『地下武装組織は閉じられた組織です。競争の無い市場から良い製品が生まれないのと同じように、競争の無い研究環境で良いアイデアは生まれない。想像できますか?人一人が考えた物は、商品であれ料理であれ、武器であれ作戦であれ、限界があります。多方面から多くの知見をぶつけて無駄を淘汰し、形成していく。そうして初めて、何事につけても“良いもの”が出来上がるんです。なのに、彼の組織の在り方はあまりに“理想的”過ぎます。理想的な形に一足飛びで辿り着いているようにすら見える』

 

『我々に感知させない、日本を網羅するほどの徹底した情報網を構築し、適切に運用している。討伐隊を殲滅し得るほどの戦力を独自に確保ないし育成し、彼らを従わせている。広く、深い組織を運営できるほどの資金源を有し、資金ネットワークを確立して現金や武器に変えている。そして、()()()()の誰もが思い付かなかった戦法を考案し、実行した。外部に極秘のシンクタンクがあるのか、それとも一派の頭脳陣が超人的なのか』

 

 

 

 

『明言します。今までとまったく違う戦争の形態を示し、明治政府を追い詰めている志々雄真実は、その組織は、今現在の日本の、明治政府を含めた如何なる組織よりも秀逸です。個々の力もまた強く、彼らが政府の転覆に本気になれば容易く政府は瓦解するでしょう。テロリズムに対する理解を深めなければ──この国の統治機構には、志々雄を首魁とする“王府”が君臨することになります』

 

 

 

 

 

すらすらと、立て板に水のように紡がれる言葉。

示される志々雄と組織の分析結果。

 

繰り返される“分かってしまう”内容に、抱いてしまう感情は二つ。

 

恐怖と、疑念。

 

新たな戦争の形態を知ってしまった事に対する恐怖?

恐ろしい未来が現実になってしまう可能性に対する恐怖?

 

否、だ。

 

もちろんそれらもあるが、げに恐ろしきは、今まで誰一人として“分かっていなかった”事態を、さも当然の如く“分かっている”ように語る目の前の青年に、恐怖していたのだ。

 

幕末以降、世は激動の様相を示している。

この時代は、いわば変革が当たり前なのだ。

 

だが、誰一人として未来を知っての行動はしてしない。

皆が皆、望む未来を夢見て行動していたのだ。

故にこそ、目の前の青年の、確かに未来を知っているような言動と行動に、大きな恐怖を覚えてしまうのだ。

 

何故、本来誰も分からない事態に、斯くも堂々と向き合える?

何故、斯くも堂々と語れる?

何故、その変化に対応できる?

 

弱体化の一途を辿っていた今までとはうって変わり、彼が警察に加わってから状況が鮮明に“分かる”ようになった。

 

今までとは違った戦争の形態が分かった。

志々雄一派の全貌が朧気ながら分かった。

 

今まであまりに無知でいたことが分かった。

今もなお危険な状況にあることが分かった。

 

数々の判明に独力で至り、その全容を訥々と語る目の前の青年は、一体なんなのか。

 

何を見て、何を思っているのか。

 

狩生十徳という男が、どうしても分からなかった。

 

 

 

 

 

その後に語られた、彼の国家観。

 

日本の国家生存戦略。

 

尚語られる恐ろしい話を聞いて、その考えはより強固なものとなっていった。

 

 

 

本当に不気味な鬼札の考え。

 

近付いて理解すべきだと分かっていても、あまりに重い内容。

灯に集う蛾は、一寸でも距離を誤ればその身に火が移り、焼け死んでしまう。

 

 

自分達もそうなってしまうのではないかと、どうしてか考えずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 









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