明治の向こう   作:畳廿畳

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ご無沙汰しております
畳廿畳です


ぼちぼちストックが貯まってきたので随時上げていきますね
(詳しくは活動報告にて)



舞台は戦後すぐの明治10年初夏
原作開始の凡そ一年前です


では、どうぞ





9話 明治浪漫 其の壱

 

 

 

 

 

数年前から頭角を現し始め、明治日本で最も勢いのある実業家。

多くの謎に包まれながらも確かな実績を積み上げてきて、今なお急成長を続ける大商人。

 

 

武田観柳

 

 

既に彼の影響力は明治政府ですら無視できない程に大きくなっている。

 

文明開化を成したとはいえ、未だ日本の近代化の道程は長い。

しかし武田観柳個人が広げた交易によって、海外の多くの日用品等が市場に流れるようになり、着実に西洋文化が市民の生活にも広がるようになってきた。

 

彼の商業は日本の財政に少なからずの影響を与える程に手広く、そして深い。

 

しかし、その実績ゆえ多くの目が彼に向き、そして疑問や謎が瞬く間に流布するようになった。

 

何故、浮浪者を屋敷の庭に住まわせているのか。

何故、国際港の横浜や神戸ではなく、東京に住んでいるのだろうか。

 

夜な夜な屋敷から聞こえてくる聞き慣れない音はなんなのか。

彼は何を売って莫大な富を手に入れているのだろうか。

 

しかし、疑問は募れど、その答えを知ろうと動く者はいない。

現状、武田観柳の商売で雇用が生まれ、彼の得た利益が少なからず近隣の店や地主に流れているのだ。

恩恵を受けているのだから、態々深入りする奇特な人間は居ない。

 

 

 

あくまで、一般人のなかでは、という括りの話だが。

 

 

 

 

 

 

陽が沈み、明るい月が顔を出して暫くの頃。

 

一人の警察官が武田観柳邸を訪れた。

 

 

「こんばんわ。夜分遅くにスミマセン、武田観柳殿に御取り次ぎ願えるかな?」

 

「観柳様は御忙しい方です。あぽいめんとを取ってから来てください」

 

「Appointmentね、慣れない英語は使うもんじゃないよ。昨日そのアポを取って今日来たんだけど」

 

「観柳様は御忙しい方です。あぽいんとめんとを取ってから来てください」

 

「九官鳥かな?しれっと単語も直ってるけど」

 

「観柳様は御忙しい方です。あポゥいんとめんトゥを取ってから来てください」

 

「……気色悪いアクセント」

 

 

これでは暖簾に腕押しか、と警官が溜め息を吐いて邸門を後にした。

ところが数歩歩くと、思い出したかのように振り返り門衛に告げた。

 

 

「そうそう。これから懇意にしている新聞記者と会う約束があってね。俺の情報を彼に渡す予定なんだ。内容は、武田観柳殿の実業家としての活躍の秘密」

 

「……」

 

「彼の得体の知れない財力の根源。そして、日増しに増える浪人と護衛。その護衛の中に含まれる、謎の敏腕戦闘集団。ホント、端から見ると彼は謎が多いね。けど、俺が掴んだ確かな情報を記者が欲しがっているんだ。その欲求は、きっと気分の良くなる白い粉を欲しがるのと変わらないかもね」

 

「!」

 

「見出しに大きく書かれることだろう。彼の財源の正体について。そうなれば彼は実業家としてだけではない、人生そのものが終わるね。きっと彼は新聞記事を見て怒り狂う。何か知っている者はいないかと周りを詰問して、顔色の変わる君を見つける。その時の表情を想像してごらん」

 

 

今まで眉一つ動かさなかった門衛から、息を飲む音がした。

 

 

「君らなら知っているだろう?観柳殿がどれ程恐ろしいか。例え君が私の事をすべて話しても、彼の癇癪は治まらない。君は無惨な姿を川縁に晒すことになるだろうさ」

 

 

月明かりが長い銀髪を照らし、口許に手をおいてクスクスと警官が笑う。

 

 

その妖艶な姿は男とは思えないほど似合っていて、ともすれば魔性の女とさえ見違えるほどに堂に入っていた。

しかし門衛は彼に見惚れることなど無く、嫌な未来を想像して冷や汗を大量に掻いていた。

 

 

「お喋りが過ぎたようだね。それじゃ--」

 

「お、お待ちください!直ぐに観柳様にお伺いしてきます。ですので、今暫しお待ちをッ」

 

 

そう言うや否や、門衛は邸宅へと駆け出した。

 

幾分かすると門衛が戻ってきて、観柳様がお会いになると言い、男を中に連れていった。

 

 

案内役の背を見ながら、男はとある部屋から出てきた一人の女性と目が合った。

落ち着きのある紺色の着物と艶のある長い黒髪。

整った顔立ちで凛とした美しい女性のハズなのに、その瞳はどこか憂いを帯びていた。

 

武田観柳と縁のある者なのだろう。

男は少しばかり焦るも、直ぐに落ち着いて目礼するが、女性は返礼することもなく、お互いがすれ違った。

 

 

「此方です」

 

 

案内役の男が告げるそこは、執務室だった。

扉の上に執務室と書かれた名札があり、扉そのものも重厚な感じがする。

 

ノックの後、部屋から許可の声がして扉を開く。

 

 

大きな机の向こう、革張りの椅子にふんぞり返って葉巻を吹かす男がいた。

 

上質なスーツに身を包み、小さな黒縁眼鏡の向こうにある薄く微笑んでいるかのような瞳で、入ってきた警官を見つめる男。

 

 

武田観柳その人だ。

 

 

「これはこれは。夜遅くに訪ねてくる珍客とは一体どんな無法者かと思ったら、まさか官がいらっしゃるとは!」

 

「御忙しいところ時間を設けてもらい感謝するよ、観柳殿。その御心の深さはお噂通りですな」

 

「ほぉ、そうですかそうですか。それで、本日は如何様な用事ですかな?忙しい身とはいえ、態々ここまで来られた客人には精一杯もてなさせてもらいますよ」

 

 

そう言うものの、観柳はもてなす気などさらさら無いことが分かるほどに、席から動こうとしない。

来客用のテーブルにも、もてなす物は何一つ置かれていない。

それどころか、観柳の両脇に控えている秘書か護衛か、とにかくその二人の視線は剣呑なものであるほどに、彼を遇するつもりは無いようだ。

 

戯けたことを抜かすなら容赦しない。

そんな空気だった。

 

 

「お構い無く。私もこれから記者と会う約束がある身でね。用件は手短に済ませるよ」

 

「あぁ、門衛に言ってた事ですね?しかし、それはあまり面白くない。貴方が何を話すか知りませんが、根拠の無い出鱈目は言うものではないですよ?」

 

「根拠の無い出鱈目か。そう思うなら記事にされても無視をすればいいのでは?」

 

「痛くもない腹を探られるのは誰しも不快ですから。それよりも、貴方が掴んだ確かな情報とやらを教えて頂けませんか?真偽は本人である私に聞いたほうが手っ取り早いでしょう」

 

「真偽ねェ……」

 

 

クスリと笑う警官に対し、観柳は訝しむような表情をする。

ふと彼は笑みを引っ込めると、隣の応接用のソファーに勝手に腰掛けた。

背凭れに。

 

その態度を見て、観柳の額に青筋が立った。

 

 

「別に真偽を確かめるために来たわけでも、ましてや証拠を掴もうと思って来たわけではないんですよ?」

 

「……ほう?では、な-」

 

「旧会津潘の高名な女医に作らせている阿片を財源としているとか、秘密裏に西洋火器を仕入れて軍や反政府勢力に売り捌いているとか、そんな事実はどうでもいいんです。何処で誰に何を売り捌こうと知ったことではないですから」

 

 

割り込まれた言葉と、それを言った男の目を見て、観柳の心臓が一つ跳ね上がった。

 

悪徳実業家とはいえ、武田観柳は生粋の商人だ。

商談における駆け引き、すなわち交渉術や弁論術、言葉の裏に有る真偽や内情を探る能力は人並み以上にある。

 

その経験則が、一切の間を置かずに告げたのだ。

 

男の瞳や声音から嘘の類いの色が……窺えない!

 

有り得ない。

証拠は何一つ残していないし、バレて此処まで辿られる要素は無いはずだ。

 

なのに、この男は真実として話している。

まるで現場を見たかのように。

その目の色は疑っているとか、ましてや確信しているとかの類いではない。

 

さも()()()()として認識しているのだ。

 

その様子が、観柳の背中に冷や汗を流させた。

 

 

「……っ、はて。なんのことやら」

 

 

だが、だからと云って認めるわけにはいかない。

 

目の前の男の目的は(よう)として知れないが、それでも曲がりなりにも警察なのだ。

認めてしまえば、自分の命運を男の手に委ねることになる。

 

 

「生憎と仰る意味が-」

 

「アンタは今のままで満足しているのか?あぁ?」

 

 

再度、自らの言葉を遮る男の声。

敬語をかなぐり捨て、鋭く観柳を睨み付けるその瞳を見るに、此方が彼の地なのだろうとはっきりと分かる。

 

そんな彼の目線からは、もはや密売に関しては何も聞くつもりはないという意思を感じた。

 

 

 

「満……足?」

 

「あぁ、アンタは凄い。自分の手一つで大業を為し遂げ、いや、今なお日本の資本社会の先端を切り開き続けている。アンタの保有資産は、もう仕事を辞めて遊んで暮らせる程に有るだろう」

 

 

事実だ。

それどころか、慎ましくすれば人生をもう一度ぐらいは過ごせる程に有るだろう。

 

ならば、今の現状に満足しているのかと問われれば……

 

 

「否。満足するわけないよなぁ」

 

 

内心で、観柳は当たり前だと呟いた。

 

目の前で男がしたり顔なのが気に食わないが、同意せざるを得なかった。

 

 

「いくら富を得ようと、アンタの瞳に映る欲望の色は決して褪せない。どれだけ儲けようと渇きは癒えず、どれだけ稼ごうと疼きは治まらない。当然さ。アンタは座るべき椅子に座っていないからだ」

 

 

そう言うと、男はソファーの背もたれから立ち上がり、観柳に近付いた。

観柳の護衛が気色ばむが、観柳本人が手で制した。

 

男の言葉の続きを聞きたかったのだ。

 

金さえあれば世の中すべてが思い通りであると思い、巨万の富を追い求めてから早数年。

財力は言わずもがな、老若男女、武人達人関係なく簡単に人を殺せる武力も手に入れたし、自分に逆らう者はもはや居ない、否、居るべきではないほどに強くなった。

 

だが、しかし。

 

満足はすれど、充足はすれど、何かが一つ足りない気がしてならないのだ。

いくら富を築き、高価な品物で身を囲い、あらゆる物を手に入れようと、まだあと一歩進んでいないのではと焦燥する理由。

何をしても一つだけ手にいれてないような感覚に陥る原因。

 

 

もし、その答えが本当にあるのなら、是が非でも聞きたかった。

 

 

やがて執務机の前に来た男は両拳を机の上に置き、観柳の顔を覗き込むようにして上体を突き出す。

 

 

「自分でも分かってるんだろ?アンタの座るべき椅子は、そんな金で手に入る黒革張りのチェアーじゃない。自らの声で、椅子を仰ぎ見る万の民を従わせる事ができる、そんな椅子だ」

 

「万の……民」

 

「世界は食うか食われるかの帝国主義時代だ。生き残る為に、いずれこの国も帝国を名乗るだろう。その時、アンタはどう呼ばれる?このまま富を追い続けて『商人 武田観柳様』であり続けるか?それとも、こう呼ばれるようになりたくはならないか?」

 

 

 

 

『武田観柳 首相閣下』

 

 

 

 

その響きに、その職に就ける名誉を想像して、観柳は雷に打たれた感覚に襲われた。

 

脳裏に、自らを仰ぎ見る万の軍勢と、頭を垂れている全国民が浮かんだ。

 

そして察した。

自分の中にある、満たされない欲望の正体。

それは「金銭欲」に勝るとも劣らない「名誉欲」。

 

なんて事は無い、人としてありふれた欲求の一つ。

長いこと心の内で燻っていた正体の分からなかったそれを、今しがた現れた異国の血を引いているであろう青年に呆気なく看破された。

 

それがとても爽快で、観柳は人目も憚らずに笑った。

 

 

「あははははは!なんと痛快で、なんと愉快なことでしょう!こんな若造に自分の本質を突き詰められるとは、豪商の武田も堕ちたものだ!あははははは」

 

 

困惑する護衛を無視して観柳は笑い続ける。

 

胸のすく思いだった。

いっそ清々しくさえあった。

 

望めば大抵の物は手に入る身でありながら、物を手に入れれば入れるほど、真に望むべき物が解らなくなるというジレンマに陥っていたのだ。

 

それを、こんな青年に看破されて気付かされるとは!

今までの自分はなんと道化だったのだろうか。

滑稽とは正しくこの事ではないか!

 

そして、一頻り笑った彼は大きく息を吐くと、目の前の青年を見た。

初めて青年を一人の客として、否、それ以上の存在として遇する覚悟を持って見た。

 

観柳の目の色が変わったことを理解した青年も、その目を見返す。

至近距離で互いの視線が交差する。

 

 

「青年。君の名を聞こう」

 

「狩生十徳。東京警視本署の狩生十徳だ」

 

「では狩生殿。君の言い分を聞こう」

 

「アンタが企む阿片を使っての政治と軍事への介入、それを手伝わせろ。アンタをこの国の首魁にいち早く据えてやる」

 

「く、くくく。本気でそれを言うのですか。本当に君は面白い人だ」

 

 

もはや弱味を握られている考えは霧散した。

汚職を率先してやろうなど、普通の官では有り得ない言動だ。

益々、目の前の男に興味が湧いた。

 

 

「軍や反政府勢力に対する武器の密売と、政府高官や軍関係者への譲渡を斡旋してやる。警察はもちろん、軍人や政治家にも顔が利くんでね。お望みの役職の人に甘い蜜を舐めさせられるぜ」

 

「そうなれば私の影響力は拡大しますね。それで、見返りは?」

 

「俺の斡旋により生まれる利益の1割を一月毎に寄越すこと。密輸した西洋火器を寄越すこと。欧州で車というものを造っている奴等に投資して、それを手に入れて俺に寄越すこと。この三つを一年以内に履行するんだ」

 

「くる、ま……?」

 

「そう、二台がいい。電気式と燃料式をそれぞれ一台づつ。使い捨てるつもりだから予備の部品も燃料もバッテリーも要らない」

 

「うむむ?単語がいまいち分からないのですが……」

 

「後で紙にして説明してやるから。要望はこれだけだ。俺から見れば、アンタの経済力からすりゃ簡単な取り引き内容だ。さぁ--」

 

 

ここにきて初めて青年が、十徳が極上の笑みを浮かべた。

口角をつり上げ、瞳の奥に燃え盛る炎を幻視してしまうほどに。

 

 

 

 

「伸るか、反るか」

 

 

 

ともすれば、それは悪魔との契約のように蠱惑的で、危険を十分に孕んでいるハズなのにとても魅力的で。

 

 

 

 

抗えない誘惑に、日本随一の悪徳実業家は

 

 

 

 

差し伸べられた彼の手に、応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









以降、原作キャラの設定はちょいちょい変えていきます
(今回の観柳の場合、様付けしなくてもぶちギレないとか、金銭欲以上に名誉欲を欲する、とか)


別にオリ主は闇落ちしてませんよ
ちゃんと目的あっての取引です




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