なんでもできるうちの娘は、異世界ライフを落下からスタートさせる 作:オケラさん
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その日、洞窟の深部、未探索の魔境の地にてコボルトが消えた。洞窟の中に住んでいた全てのコボルトが、住処ごと消えた。
次に、ゴブリンが消えた。その次はオークが、オーガが。次々と消えていった。後に残っていたのは、巨大な破壊跡と抉られた内壁や地面。
未探索の場所であった為、一部を除きそれを人間達が知ることはない。少しダンジョンが揺れた後であり、ダンジョンにいる冒険者達が気にすることはなかった。
その異変は、どんどんと洞窟を侵食していき、やがては周辺を縄張りとしていた実質的なダンジョンボス、
いや、グラトニースネイクが弱かったわけではない。このダンジョンの生態系の頂点に君臨するだけの、力も知恵もあった。
だが、それはあまりにも異常であり、理不尽であった。
大蛇が最初に見たのはコボルトの大群。続いてはゴブリンの軍隊に、オーク、オーガといった魔物達。この程度ならば、気にすることもなく、まとめて薙ぎ払える。
雑魚がいくら増え、いくら知恵を働かせ、いくら群れたところで、絶対的な個には敵わない。低級で知能の低い魔物達が手を組んだことには驚いたが、その程度である。
奥から、巨大なミミズやカエル、モグラやアリなども出てきたが、全く問題ない。尻尾を一振りし、半分近くを壁に叩きつける。大きいというのはそれだけで武器であり、それだけで脅威となる。
続けざまに二振りし、雑魚の軍隊は壊滅状態である。ここまではよかった。それが出てくるまでは…
──それは、魔物達の軍が途切れた後にやってきた。いくつかの上位の魔物や巨大な魔物も出てきた後、うめき声とともに奥から這い出てきた。
─それは、動く泉であった。
─それは、悍ましき生死の縮図であった。
─それは、美しき生命の循環であった。
通路を押し進む濁流のように。しかし、這いずるようにゆっくりと。それは姿を現した。
泉というより、大きな水溜りのようでいて、だが言い表すならば沼であろうか?
そして、それの体は所々ゴボゴボと泡立っており、またそこからオークやオーガ、ゴブリンといった先ほどの魔物達が出てくる。
そしてそれらを、沼から伸びる無数の手が捉えて引き摺り込む。運良く捕まらなかったものは、先ほどの軍のようにこちらへと向かってくる。
ここにクトゥルフ神話について知る者がいれば、これを「アブホース」のようだ。と表現しただろう。
見るだけで正気を削るような、その姿は透き通るような青、神秘的に漂う白、幻視出来そうなほどの瘴気と異様さ。
本来なら悍ましいと呼ぶべきそれは、どこか神秘的ですらあり、矛盾しているようで、だがその事に違和感すら覚える。
大蛇はそれに魅入っていた意識を現実に戻し、ふと尻尾の方を見る。
頭の隅に引っかかった思いつきから、そうせずにはいられなかった。
そこには、先ほど自分が潰した魔物達の死体がくっついていた。
そう、『死体がくっついていた』のである。
反射的にそれらを振り落とそうとするが、死体が溶けたように蠢き、集まり、やがて一本の触手となって大蛇を捉えていた。
早くに気付くべきであった。いや、気づいていても手遅れだったかもしれない。
この魔物達は、それから生み出されていた。そしてその体を作っていたのは、それの一部であった。ならば分かるだろう。
あれは、魔物達の姿を模した触手でもってあたりを探っていたのだろう。触手だとバレにくく、また相手に取り付きやすい。
もしかしたら、分かりにくいが魔物達を繋ぐ細い触手でもあったのかもしれない。
物質体に囚われている、おおよそ殆どの生物にとって不定形な生き物とは天敵である。それが自分より大きいならば、逃げの一手を取るのが最善で賢い。何故なら、一度囚われたが最後、どれだけ藻搔こうが振り解けず最後には体を侵食される。
同じ理由で、小さなスライムは雑魚と同列だが、大きさや厄介さが上がっていくと、もはや対処は難しくなってくる。
まあ、ダメージが通らないこともないが、物理ダメージなど軽微。囚われる前にかけらも残さず吹き飛ばすなり、消しとばすなり、後は焼ききるなりして殺さねばならない。
当然、スライムからドロップできるものなど殆どなく、ゲーム風に言うならば倒すのが面倒な上に低確率のレアドロップしかしない、割りに合わない魔物なのである。
まあ、スライムの話はこのくらいにして、動く沼状のバケモノと化したリンは蛇を捉え、徐々に体を登り侵食していく。
「シャァァァ」
「う゛ぁ゛え゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」
最早魔物の鳴き声とも言えないその呻きは、聞いた生物を狂気へと引きずりこまんとするような恐怖を孕んでいた。
大蛇は、ここら一帯での支配者としての意地と矜持とそれらに反する理性での判断と本能からの警告とのせめぎ合いにおいて、正常な判断が取れなくなっていた。
だが、何も意地だけで撤退をしないのではない。
不意打ちで現れた異形。完全に後手な状況。そして、明らかに異様なそれらが、狂気へ誘うその声が、大蛇を混乱させていた。
大蛇は、尾に巻きついた触手を取り払うために触手ごと壁に打ち付け暴れまわった。
ダンジョンが大きく振動し、その大きな空間の壁や天井、はては離れた通路にまで亀裂が走りパラパラと崩れていた。
しかし、その触手が離れる様子はなく体を這い上ってくる。
まるでダメージなど受けていないかのように触手に傷は無く、大蛇の尾にだけダメージが蓄積していく。
「キシャァァァ!」
大蛇が全身の鱗を逆だたせ、威嚇のような声を上げる。次の瞬間、身体中の鱗が周囲に飛び散り、その質量と速度を持って単純明解な破壊を齎す。
そしてすぐさま、大蛇は熱線のようなものを口から吐き、尾を切り離した。そして地面へと潜っていく。
完全に潜りきった後、その場では残されたリンが大蛇の尾を取り込み、咀嚼するように潰しながら食べていた。だが、それから少しと経たずに変化は起きた。
周囲の壁の亀裂が大きくなっていき、通路が崩れて塞がれていく。そして大部屋の天井が崩落する。
それに巻き込まれたリンは、何かを掴もうとするように魔触を上へと伸ばし、ただ呆然と見上げながら押しつぶされた。
ん?こいつ主人公のはずだよね?
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