指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第一話

 ビルの隙間から差す陽光が和らいでくる秋分。中学校脇にある公園で朝から日向ぼっこに勤しむ少年が一人。しかしつつじ色の瞳を虚空に向けてブツブツ呟く様はとても見れた物ではない。出勤登校する大人子供の中から見かねた彼の同級生が声をかけた。

 

「おいクズ!遅刻するぞ」

「誰がクズだ」

「ああ?お前放っておいたら学校行かないだろうに」 

 

 少年の何やら触れがたい雰囲気は鳴りを潜めた。騒がしい同級生と対照的に静かに学び舎へ歩を進める彼の瞳は鮮やかな赤に戻っている。

 

 九頭竜八一は世間一般の中学生とは事情が異なる。6歳の頃から将棋の為大阪に住み込みをして9年。小学生の時から対局の度に学校を休み対局が無くとも姉弟子と学校をさぼる。

 八一の傍に年下の前例があった為本人は特に意識していなかったが何気なく周りに話して引かれたこともある。

 特にここ一年半はプロ入りの登竜門たる三段リーグで苦戦。そこに住まう鬼達との首の絞め合いは文字通り心身を削っての闘いであり自分でもかなりピリピリしていたと思う。

 

「それでデビュー戦は何時なんだ」

「今月末、渋谷で山刀伐八段と」

 

 誰だそれとスマホを弄りだす輩を放って脳内の駒を動かす。八一としては自身が注目されようが将棋を指すことに全てを賭け耐えて耐えて敵陣を撃ち貫くのみである。

 驕る程自分は買えたものではなく常に敵は格上。関東というアウェー、経験の差、自分との相性。自身に不利な条件を並べては不敵に笑う。

 

「お前、ニタニタ気持ち悪いぞ」

「…」

「痛っおま、何しやがる。イテテ、ギブギブギブ!」

 

 自分でも少しは傷つくこともある。まずは目の前の不届き者に物理的制裁(ヘッドロック)を加えることにした。

 八一のスマホに姉弟子からメール着信のランプが灯ったのはこの後のことである。

 

 

 

 

「ただいま」

「遅い」

 

 古い日本家屋のガラス戸をがらがらと開けると奥の部屋から一喝。やれやれと荷物を2階に持って上がり急いで下に降りる。制服のまま姉弟子の待つ部屋に向かった。

 障子を開けると和室の中央には将棋盤の前に正座する制服の少女。清滝一門の姉弟子、名を空銀子。2年前に女王と女流玉座の二冠を達成した2歳年下の姉である。

 自分が向かいに座るや否や彼女は対局時計のスイッチを叩く。持ち時間は15分切れたら30秒のVS。幼少の頃から幾千万と変わらないレギュレーションである。

 

「…調子は良くなりましたか?」

「うん。もう大丈夫」

 

 パチ。タンッと駒を指す音と時折電子音を挟み互いにぽつぽつ話す。二人とも世間で言えば不愛想だが盤を挟めば自然と話せた。それほど身に沁みついた日々のルーチンであり多少の諍いなどこれで解決する。

 

「後で軽い物を作るので食べてください」

「ありがと。お好み焼きがいい」

「重いから駄目です」

「ケチ八一」

「ケチで結構」

「クズ八一」

「クズじゃないです。九頭竜です」

 

 朝から久しく体調を崩した姉弟子を桂香さんに任せて登校したものの生活力皆無の彼女。何をしでかすか気がかりで仕方なかったところに呼び出しである。火を扱えば全て消し炭のソースかけになる以上ソース直飲みをしかねない。

 一戦目は八一の一手勝ち。次の一戦を行おうとする自分にぽつりと姉弟子が声をかけてきた。続く言葉を待つがなかなか彼女の口は動かない。

 

「何でもない」

「では横になって待っててください。すぐ済みますから」

「うん」

 

 いつもと違いやけに素直な彼女に首を傾げつつ台所に立つ。メニューはよく世話になる肉うどんである。麺の上の肉は牛肉。さらにたっぷりのネギをのせて完成だ。

 2人して遅めの昼食を食べていると玄関が開く音が聞こえた。

 

「銀子ちゃん遅くなってごめんすぐご飯…あら八一君?」

 

 台所の戸口から顔を覗かせた女性は清滝桂香。師匠の一人娘にして年上の妹弟子である。もっとも小さい頃から何かと世話になった2人は彼女に頭が上がらないので八一と銀子の様な関係には無い。今も昔も彼女は清滝一門のヒエラルキートップである。

 

「早退しました。もう理由を言わずとも帰してくれます」

「先生も苦労するわね」

 

 続けて銀子に小声で注意する。

 

「あまり八一君を困らせちゃ駄目よ銀子ちゃん。私が遅れたのも悪いから今度一緒に料理しましょ」

「わかった」

 

 八一に関することで銀子が他者の言う事を聞くのは桂香のみ。そも銀子は清滝一門以外に相談する程の縁が無い。銀子本人も必要と思っていない為門戸が開かれることは無いだろう。

 その時八一の体に悪寒が走ったが彼の味方は何処にもいなかった。

 

 

 

 

 数日後東京渋谷千駄ヶ谷にある将棋会館で行われた玉座戦一次予選。史上四人目の中学生プロ棋士九頭竜八一は中盤まで山刀伐七段の攻めに苦戦するも終盤相手のミスを逃さず冷静に突き形勢逆転。初白星をあげB級棋士を喰らう鮮烈なデビュー戦で世間を賑わせた。

 




 原作九頭竜は熱男。こちらは冷血(熱男)

原作の詳しい月日時と差異があると思いますが独自設定です。(あんまりな矛盾をしでかしていたらごめんなさい。

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