指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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 放置ぷれい


第九話

 九頭竜八一は史上4人目の中学生棋士である。将棋界では言わずもがな世間一般でも少しは名の知れた存在。無愛想、世間に疎いなどの面もあるが変人の多い将棋界。そのくらいの欠点は個性と広報は判断した。逆に八一の隠せないある欠点はお偉方の目に止まる。

 東京千駄ヶ谷にある将棋会館の一室。八一をはじめ歩夢や若手プロ棋士が数人机に向かい背筋を正して筆を持っている。

 プロ棋士が参加する部活のうちの一つ書道部。大阪にも同様の部活があるにも関わらず八一がここにいる理由はこのままでええやろと放任されていた事が関東に漏れたからだ。

 

「字はその人を表すと言います。つまりこれが自分。これを変えると己も変わります。」

「はい、まずこれを真似て書いてね。」

「…。」

 

 無常にも先生に渡された用紙には八一の書いた下手な”逆境道”より遥かに達筆なお手本が。有無を言わさぬ先生に八一はこの程度の試練乗り越えずどうすると筆を取る。

 

「力を込めすぎだね。そこは川の様に滑らかに。」

「ぐぎぎ。」

「そんなにぷるぷるしなくても。」

 

 しんにょうの部分で力加減に苦戦する八一の隣では歩夢が自在に筆を操っている。ゼロか全力の八一に比べ歩夢の変幻自在なタッチは正に優雅。

 

「ふはは。我が友よ見るがいい、我が筆捌きを。」

「おい、汁を飛ばすな。」

 

 墨汁を扱うのに白いスーツは脱がない。そのくせ格好付けて書くものだから滴が飛び散りクリーニング代が掛かる。それが神鍋流。

 

「歩夢は何しに来たんだ。俺を笑いに来たのか。」

「彼はよくここに来ては自分の台詞を書き出している。流石は豆腐屋の息子。彼を勧誘したんだけど自分は騎士だとすっぱり断られてね。」

「完成だ。」

 

 なるほど豆腐屋は兎角、歩夢が自慢気に見せてくる用紙には無駄に綺麗な字で”ホーリーランス”と書いてある。名前欄は勿論ゴットコルドレン歩夢。相も変わらず自分を貫き書道を楽しんでいた。もう入部してしまえ。そして自分の悪筆は個性だ。

 

「まあ彼はおいて問題は君だ。」

「ぐぅ。」

「3時間みっちり教えよう。君程教え甲斐のある子は久しぶりだ。」

「お願い、します。」

 

 書道教室が終わるまで三時間延々と三文字だけを書き続けた八一。袖口と頬を黒くして最後に書いた作品は何とか及第点を獲得した。

 この日を境に八一のサインが激変。後にそれ以前に書いた独特なサインはプレミアがつく、かもしれない。

 

 

 

 

 朝早く大阪を出て午前中一杯を書道教室に費やした八一。午後は歩夢と原宿のカラオケでVSを行おうと大通りを南進していた。いつもは歩夢の下宿先を使うのだが今日は彼の師匠の事情もあって使えないらしい。関東の会館は検討以外の場所使用が制限されて少し不便だ。

 あの一局以来歩夢に対し負い目があった八一。その悩みは歩夢が平然と八一宅に来たことで有耶無耶になる。聞けば八一と玉座一次予選決勝で当たると思っていたから自粛していたと歩夢は怒った。

 

「次に我等が棋戦で当たるのは何時になるやら。」

「とっとこC1五段に上がったのはそっちだぞ。」

「我が敗退してなければ決勝で闘えたのだ!」 

「急に叫ぶな。周りに迷惑だ。」

「す、すまない。」

 

 唯でさえ一方の恰好で目立つ二人に周囲の視線が集中する。流石の八一も若者の街で向けられる生暖かい目は堪えた。

 歩夢にとって八一と予選の頂点で戦うというのは見逃せない物だったらしいがそれは熱血漢の八一も同じなのだ。

 少し歩いて場所を移し八一が先の話を続ける。

 

「賢王戦は本戦まで勝ち上がる必要があるからな…一番早いのは毎朝杯、棋帝戦、駒王戦か?」

「それも全部予選組が違う。」

「なに、勝ち上がればいいだろう?」

「尤もだ我が友よ!」

 

 勝ち続けたらどの棋戦でも対局するだろうと指摘する者はこの場にいない。何だかんだ同世代で突出した強さを誇る二人の対局率は高いのだ。

 気分良くカラオケ店へ入る二人へ店員が不可解な確認をしてくる。心なしか店員の視線は二人からずれていた。

 

「三名様でよろしいですか?」

「二人で…。」

「うーん、本当は二人がいいけど。まあいいよ。」

 

 後ろから少女の声で返答がある。二人が振り向くとそこには不敵な笑みを浮かべる祭神の姿があった。薄く化粧を決めて高校の制服に身を包んだ彼女はすっかり原宿の子である。

 

「たまたま八一を見つけちゃって。」

「あー、我はお邪魔なら帰るぞ。」

「お、気が利くね。じゃ二人で。」

「いや、祭神。今から歩夢とVSをするんだ。すまんがまた今度な。」

「…分かった。またね八一。」

 

 歩夢をじっと見つめて返答した祭神。手帳に何やら走り書きすると破り八一に押し付け去って行く。それには電話番号とメールアドレス、見覚えのあるIDが書かれていた。

 

「これは、なるほど。執着されたわけだ。」

「あれが祭神雷か。強者の気配を感じたぞ。」

 

 天を仰いで過去の所業を思い出す八一。自分が三段リーグに上がる前まで姉弟子とパソコン画面へ向かった場面が頭に浮かぶ。二人して肩を並べ顔も見えない敵と対局した時、強敵認定したIDと一文字たりとも違わない。

 

「歩夢には届かないさ。ああ、二人でお願いします。」

「はいぃ。」

「む、お主顔が青いが大丈夫だろうか。」

「だ、大丈夫です。すみません。」

「うむ、体調には気をつけるのだな。」

 

 歩夢が八一のVS相手でなければ相手を追いやるまで彼女は諦めなかっただろう。強さこそ全ての有り様にやれやれと肩をすくめ料金を払う八一である。

 

「紅茶でいいな?」

「うむ。では始めるか。」

 

 集中しだすと遠くからかすかに聞こえる音楽も全く気にならない。ボックス席には3時間駒を指す音と時折漏れる呻り声、溜息が響いた。珍しく必殺技の一つも叫ばず感想戦まで終え深く息を吐いた歩夢はぽつりと呟く。

 

「我は敗退したが貴様は負けるでないぞ。」

「ああ。」

 

 

 

 

 竜王戦本戦出場をかけた6組決勝は千賀五段と九頭竜四段の対局となった。

 九頭竜は珍しく先手を引き当てると周囲の予想を外して端歩を突き更に角道を塞ぐ。そして飛車を6筋に振り四間飛車を盤上に出現させた。

 駒組が進み穴熊を組む千賀に対し居玉のまま九頭竜は4五歩と開戦。交換した角を盤に打ちつけた九頭竜に千賀は得意の受けを捨て飛車先の歩を突撃、相手の左翼に喰らい付く。ここまで九頭竜が後手だと言われた方が信じられる展開だ。

 中盤互いに玉へ迫る場面があるも決定打とならず飛車交換を機にどちらも受けに回らない殴り合いは更に過熱。103手目、乱打戦を制したのは九頭竜四段であった。

 感想戦で終盤の己が手を批評した九頭竜はあまり良くないと締めくくった。苦い顔(だと思われる無表情)の九頭竜は本戦への意気込みを先達を追い抜く気で戦うと語る。

 将棋界の新星は一段上の舞台に新たな手札を揃えて挑む。彼の竜王戦本戦に注目したい。

 




 駒王戦についてどこか記述ないかしら。あ、マンガ買いました。

 
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