指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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盤外二話

 7月半ば大阪駅に直結した大型複合施設。200強のファッション、雑貨店を目当てに多くの人が集う。その内の一つに銀子と桂香の姿があった。二人は朝からメンズ物を探して幾重もの店舗をはしごしては長考を繰り返す。

 

「これなんてどう銀子ちゃん?」

「女子受けしそうで嫌。」

「ああ、去年の伊達眼鏡はねー。」

 

 桂香さんがネクタイの並んだワゴンからネイビーのドット柄を手に取る。なるほど確かにグレーのスーツに合う。既に休憩も含めるも見繕い始めて5時間経つ。やはりさっきの黄色が良いかなと商品に指を滑らせる。

 

「いっそシルバーとかどうかしら?さっき買ったネクタイピンと合わせて周りのライバルに差をつけるの。」 

「もう、桂香さん!あ、これ。」

 

 色鮮やかな陳列の中から赤のストライプに手を伸ばす。燃え上がる情熱を落ち着いた外装で覆う。彼を体現した装いではないだろうか。

 

「良いと思うわ。」

「うん…。」

 

 私同様服装に興味の無い彼は今の対局服に深い拘りは無いだろう。彼にしては頑張ったダブルスーツの選択は店員の助言に違いないし渡せば付けてくれると思う。

 装いの変わった彼にインタビューがとんで私の贈り物だと公言してくれたり?

 

「ぅう…。」

「決まりね。」

 

 

 

 

 その後桂香さんと帰宅するも長時間の外出疲れと外の高い湿度、気温を前に今夏初めて体調を崩した。帰宅してクーラーを入れ自室で横になっていると聞き慣れた階段を上る足音が耳に入る。慌てて今日買った商品を隠して身嗜みを整えているとドア超しに八一の声がした。

 

「姉弟子、起きてますか?」

「起きてる。」

「氷とタオルを持ってきました。」

 

 寝癖を枕に押し付けて隠し入室の許可を出すと部屋の温度差に顔をしかめた八一が入ってきた。視線が部屋を一周したのは無粋な物でなくリモコンを探しているのだろう。枕の下に隠したので絶対に見つからない。

 

「どうぞ。」 

「ありがと。」 

「設定は27度にして下さい。この先辛いですよ。」

「今だけ。」

 

 火照った体に冷えたタオルが心地よい。交換した氷嚢を手に部屋を出ようとする八一に迷った末あの話題を投げかけた。違う。本当はもっと他愛もない話をしたい。

 

「ねえ。」

「はい。」

「本当に弟子をとる気?」

「はい。」

 

 自分の質問に困った顔をしつつ言葉数少なくも正面を向いて答えてくる八一。彼が考えなしに行動したとは思っていないし理解者でありたいと思っている。ただ相手が女の子という一点が気に入らない。ここは一度その子に立場を分からせる。

 

「今度ここに連れて来なさい。一応姪になるのだし。師匠も孫と聞いて煩いの。」

「本人に聞いておきます。あまり社交的な子ではないので。」

 

 返答は芳しい物で無かった。彼が自分以外の子を守る構図に少し、いやかなりイライラする。

 

「甘やかしすぎじゃない?」

「8歳の頃の姉弟子も似た感じでしたよ。」

「…うるさい出てけ。」

「水分はとってくださいね。失礼します。」

 

 望んでもない言葉が口から出てしまった。理不尽な命令にも従って出ていく八一を止める術はない。階段を下る音が止み静けさが訪れた。部屋が一気に冷えた気がして冷房を止める。

 

「バカ。」

 

 枕下に並べた将棋雑誌の中から一冊を取り出しいつものページを開いた。この一冊を誤魔化す為に興味もない将棋雑誌を適当に並べている。

 

 

 

 

 週刊将棋2015年10月7日号【インタビュー】九頭竜八一四段

 大型新人棋士の強さに迫る (文・構成 鵠)

 

―四段昇段おめでとうございます。三期目にして三段リーグを15連勝、最終成績16勝2敗一位の成績で戦い抜いたご感想は?

 

「最終日に喫した一敗の悔しさは忘れません。」

 

―まず定番の質問です。得意の戦法は?

 

「相掛かりと一手損角換わりです。」

 

―半年リーグを戦うにあたってコンディションの維持が大切だと思います。休息法などはありますか?

 

「休みには姉弟子(空銀子女流二冠)と将棋を指してます。他ですか?棋士室に来る人なら誰とでも。貴方もよく指しますよね。将棋以外?…サッカー観戦ですかね。昔に一門で見に行って以来の趣味です。速攻シーンとか見ていて楽しいですよ。」

 

―棋士としてサッカーから発想を得るのですか?

 

「自分は何も考えずに見ています。意外、ですか。生で応援していると細かいことは考えにくいので。普通に楽しんでますよ。」

 

―中学生棋士として注目されていますが将棋を初めて指したのは何時ですか?

 

「恐らく3歳の時です。父と将棋盤に向かう写真がありました。朧気に父と兄に挑んでは負けた覚えがあります。その悔しさは今でも思い出せますね。よくある話じゃないでしょうか。」

 

―清滝鋼介九段に弟子入りした切っ掛けは?

 

「6歳の時福井の将棋イベントに来ていた師匠と指導対局をしたことです。二枚落ちでどうだと言われたので喰らってやろうとしたらタコ殴りにされました。」

 

―その後大阪に住み込みで弟子入りしたのですね?

 

「はい。毎日将棋を指す相手がいる環境に身を置けました。最初は一勝も出来なかったですが。」

 

―ここまで誰かに負けた話が多いですが。

 

「お陰で自分には伸びる鼻もないですね。」

 

―空銀子女流二冠がよく話に出てきますが九頭竜さんにとってどのような存在ですか?

 

「掛け替えのない存在です。」

 

―最後にプロデビュー戦は山刀伐尽八段との対局ですが心意気は?

 

「最後まで諦めずに戦います。」

 

―ありがとうございました。 

 

 

 

 

 たった三期、されど三期、時間にして一年半。変化の少ない表情筋の下で激しい感情を隠していたことを身近な者は知っている。

 一期目は10勝で残留。二期目、神鍋歩夢との最終戦を残して12勝するも敗れ次点。(腹立たしいことに八一が認める)ライバルに追い抜かれた直後三期目の成果であった。

 大切に本をラックへ戻してベッドに倒れこむ。

 

「バカ八一。」

 

 そも全18戦の三段リーグで昇段確実と言われる15勝の壁を破る時点で入口に立ててすらいない私との差は明確。そして八一はプロ入りし今も上へ登り続けている。

 彼との距離を実感させる一品を何度も見てしまうのはたった一文のせいだ。自分でもつくづく度し難いと思う。

 

 

 

 

 一月かけて竜王戦決勝トーナメントで上位組の高成績者相手に5連勝した八一。8月11日に関西将棋会館で行われた射森文明八段との挑戦者決定三番勝負第1局。ベテランに挑む若者は燃え上がる闘志にシルバーとオニキスでアクセントを加えた装いで登場した。

 

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