指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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 原作も隠す気はないようなので踏襲します。


第十六話

 関西将棋会館5階御黒書院に関西棋界の面々が集い指し初めの儀式を行う。八一がこの催しを経験するのは11回目。今年はタイトルを引っ提げた彼を負かしてやろうと挑む棋士が絶えない。新年早々最新研究を次々ぶつけられる彼の勝率は芳しくないが相手の策を正面から撃ち破った時は満足気な顔をしているので心配はないだろう。

 本来決着が着くまで指さない縁起物なのだがそれを皆忘れての全力全開である。

 

「……ぽ~」

 

 微かにその声が聞こえた瞬間一同の頬が引きつる。さっと彼を取り囲んでいた若手棋士、記者が散り各々将棋盤や機材、メモに向かい視線を落とした。時折八一にも向けられるそれは後は頼んだと言外に言っている。どうしてここまで上がってくるんだとはここにいる皆の総意である。

 

「おち〇ぽおおおおお!!」

 

 襖が勢い良く開けられ耳を疑う発言と共に入って来たのは着物を着た女性。右手に一升瓶、左手にも一升瓶。振り回されるそれの手が届く範囲に近寄れる者はいない。

 

「八一ぃいい!なかなか来ないから迎えに来たぞ!」

「せ、先生、待ってください」

 

 息を切らして部屋に入って来た姉弟子が駆け寄る女性の名は天辻埋。夏に会った時のお淑やかさは消え去り今の見た目は崩れた着物も相まって痴女である。最も彼女は酔っているのが普通で前回の素面が稀なのだが。被害に合う周囲には何の慰めにもならない。

 関西の棋士が一堂に集うこの場でこの発言をしてもまあしゃあないで済まされる強烈な存在。強く激しい碁が周囲の尊敬と敬愛を集める囲碁棋士。本因坊秀埋通称シューマイ先生である。

 

「八一、1人でお〇んぽしているなら何故下に来ない?私は悲しい!!」

「先程まで皆さんと指し初めしてたんですよ」

「何ぃ。一人だけずるいぞ。私もお〇んぽさせろ!」

「先生も指しますか?」

「おお、八一も私とおち〇ぽするか!」

「だ、駄目です!下に行きましょう先生!」

 

 彼女を尊敬して止まない姉弟子が珍しく無理矢理連れ出す暴挙に出た。逆の手で八一の裾を引っ張るので彼も周囲で待つ対局を背に渋々立ち上がる。

 

「下でお〇んぽするのか?私は上でも構わんぞ」

「…八一助けて」

「いつも通り強いので潰しましょう」

「先に行ってお酒用意しておく」

「先生真っ直ぐ歩いて下さい。下にたくさんお酒がありますよ」

「なにぃ!おち〇ぽがいっぱいだと!」

「はぁ」

 

 先生は気持ちよく酔えて幸せ。周囲も被害を免れて安堵。こうしてシューマイ先生係が固定化しているのであるが2人は知らない。

 到着した新年会会場でシューマイ先生の酌をして、突如戻した師匠の世話も行い、纏めて休憩室に送った弟子達には拍手が送られた。

 

 

 

 

 毎年恒例の波乱を乗り切った翌日。師匠を送り届けてそのまま清滝邸へ泊った八一は賑やかな朝を迎えていた。久しく日本家屋の一階から4人分の挨拶と朝の団欒の声が聞こえる。

 

「頂きます!!」

「八一君おかわりは?」

「ください」

「う゛ぅうう。しじみが効くうぅぅ!!」

「師匠うるさいです」

「八一海苔取って」

「どうぞ」

 

 ご飯に焼き鮭、ホウレン草のお浸し、しじみ汁の朝から手間の掛かった料理が並ぶテーブルに4人が揃う。久しく八一と桂香、銀子の3人で作った力作である。少し濃いめの汁物が良い味を出している。

 

「八一。そう言えば午後から何の仕事で連盟に呼び出されとるんや?」

「自分も聞いてないです」

「わしも月光さんが内容を教えてくれへんかったから気になって」

「お父さん。八一君もそろそろ自分で仕事くらい選べるわよ」

「いや八一もまだ16歳や。そのうち変な仕事に引っかかって将棋を疎かに…いや、ないわ。わしは酷く酔っておる様だ」

「ほら心配ないわよ」

 

 興奮したせいか顔を青くして突っ伏した師匠を桂香さんに任せて皿を片付ける。隣で洗った食器を拭くのは姉弟子。見ない間に随分と家事を出来る様になったらしい。 

 

「八一。時間まで上でVS」

「はいはい」

 

 慣れた足取りで急な階段を姉弟子に続いて上る。数時間後少し慌てて玄関を出る八一の姿を近所の猫が目撃している。

 

 

 

 

「急な呼び出しをしてすみません竜王」

「新年おめでとうございます会長。仕事を回して頂けると聞きましたが?」

 

 連盟の理事室。男鹿さんを傍に付けた連盟会長月光聖一九段と向き合う。彼は役職上関東の指し初め式に出席するので今年会うのは初めてである。机の上に置かれた山積みの書類が彼の忙しさを物語る。

 

「ああ、明けましておめでとうございます。早速本題なのですが竜王はネット将棋を指しますか?」

「少しは覚えがありますけど…」

 

 祭神のことを思い出す。竜王戦前までは彼女が暴走しない程度に指していた。こちらの余裕が無くなって触っていなかったが大丈夫だろうか?

 

「それは上々。見て頂きたいものがあります。男鹿さん」

 

 会長がそう言って男鹿が隣から差し出した物はタブレットPC。表示されたページは連盟が運営するネット将棋サイトのイベント欄。大きなフォントで棋士Zは誰だ?と書いてある。

 

「これがどうしました?」

「今年から始めるイベントです。名を隠した棋士が月変わりでサイトのユーザーと平手早指し対局。勝利者は棋士Zの名を当てる権利を得る。正解なら豪華賞品といったとこですね」

「読めてはきましたけど、良いのですか?」

「2週間足らずで竜王が出張って来るとは誰も思わないでしょう」

 

 昔から割とお茶目なところがある人である。続いて何より公開した時の話題性が抜群であること、駒王戦や毎朝杯をはじめとする早指し成績が良好なこと、スポンサーの強い推薦など次々背景を述べる。

 止めに八一の闘争心を煽る一言。

 

「断ってもいいですよ?」

「引き受けました。止めろと言っても無駄です」

「ああそれとアマ段位免状に署名して行って下さい。取り敢えず今日は50枚でいいですよ。竜王の業務です」

 

 踵を返し退出しようとした八一を会長の一言が引き留めた。仕事を終えくたくたになって退出した少年を見送って男鹿と会長はささやく。  

 

「会長。男鹿はやりました」

「ええ、これで少しはゆっくりできます。ありがとうございます男鹿さん」

「やりました」

 

 通達がギリギリなのはそういうことである。 

 少し躓いたがやるからには徹底的に。先の不調時に帝位、玉座、賢王と落とし竜王戦予選が免除されて順位戦と稽古以外に1月の手が空いていることを幸いと借りた端末でサイトにログインする。

 コラボする将棋世界からユーザーに与えられた棋士のヒントは男性棋士のみ。初戦八一は少し考えていい機会だと飛車を振った。アマチュア棋界の流行は既に掴んでいる。どうせなら徹底的に暴れてやろうと端歩を突いた。

 

 

 

 

 初代棋士Zの正体は終ぞユーザーの手で暴かれることはなかった。正確には月半ばに角交換系を指し始めた時点で犯人の名は棋士Z候補に挙がっていたのだが最初から一切回答の権利が与えられなかった。

 初代棋士Z対局成績74戦74勝1中断局。

 

「遅い」

「少し待って下さい。もう終わるので」

「あと5分」

 

 200は指そうと思っていた対局数が少なくなった主な理由である。

 




 原作八一君はあまりに字が下手で仕事を免除されている可能性がある。
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