指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第十八話

 とうの昔に勝負事の世界で戦う覚悟はできていた。一時期を境に姿を見ない同年代、対局後力なく崩れる奨励会員、唇を噛みしめる後輩。他者を蹴落として一時の心を満たし満足することなく上を目指す。将棋が無ければ死んでいるのと同じだから。同じ境遇の相手から将棋を奪って進むのだ。

 

「何なんやその手は!」

「…」

 

 

 

 

 その日は関西将棋会館である対局が行われる。将棋雑誌が組んだお好み対局。その趣旨はプロ棋士になった弟子が初めて師匠に挑戦する師弟対決だ。史上最年少タイトル保持者でありつい先日の昇級も相まって注目が集まる八一を表に出した普及の一環でもある。

 

「おう八一、おはようさん」

「おはようございます」

 

 会館近くの小さな公園。ベンチに座り桜が舞う様をじっと眺めていた八一の後ろにどかっと座る今日の対局相手。重厚な棋風と熱い勝負魂を併せ持つ関西棋界の重鎮。タイトル経験こそないものの二度も名人挑戦者として名乗りを上げた強者。自分の尊敬する師匠である。

 

「道草は相変わらずやな」

「最近は控えていたのですが、つい」

「さよか」

 

 師弟二人並んで会館五階に着くと記者の質問に迎えられる。軽く答えながら部屋に着くと師匠から上座に向かって背を押された。自分が上座に座ったここ数ヵ月の対局で一番の違和感を感じる。

 盤を挟んで写真撮影をした後は記者の質問タイムだ。自分の小さい頃の話が主に師匠から次々流出する。その出だしが自分の付きまといなのでどう反応したものか。

 部屋の外にちらりと銀色が見えたので姉弟子のことも話したのだが結果ヤバい奴認定されるのは清滝一門である。

 最後の質問はいつものやつ。

 

「九頭竜竜王。対局へ向けて意気込みを一言お願いします」

「師匠に成長した姿を見てもらいたいです」

「清滝九段。意気込みをどうぞ」 

「弟子とはいえ相手はタイトル保持者。こちらが胸を借りるつもりでぶつかっていきたい」

 

 そう言ってニヤリとこちらに目を向ける師匠に八一は戦意を高めて視線を返す。

 

「「お願いします」」

 

 

 

 

 振り駒の結果先手は清滝九段。7六歩、8四歩と互いに指したところで清滝九段は6八銀と矢倉の構えを見せた。本格的な矢倉戦が見え隠れし師弟同士の熱い戦いを期待した周囲は静かに盛り上がる。

 しかししばらく定跡をなぞるものと思われていたところ九頭竜は不審な動きを見せる。6四歩と急戦を匂わせたと思えば7四歩でどっちつかずの運び。清滝九段は弟子のらしくない一手に戸惑った様で少し考え金を手に取った。

 

「うむぅ…?」

 

 九頭竜は更に4二玉と指し疑惑が深まる。しばし両者唸った後清滝九段は頭を振って飛車先の歩を交換、飛車を元の鞘に収めた。

 徐々に九頭竜の戦略が見えてくる。一歩交換と引き換えに角の睨みを通しつつ桂馬と銀、飛車を活用した超速攻、超攻撃的な将棋と思われた。

 

「いや、そんなに簡単にいくわけ」

「え…、350?」

「誤差だよ、誤差。序盤は弱いと言うだろ?」

 

 控室にソフトで評価値を見ていた棋士の声が響く。九頭竜が6筋7筋と歩を突撃させた時のことである。明らかに後手が無理な攻めをしているのに評価値が跳ね上がる。

 検討をしている棋士達の苦い表情の中で一人小学生の笑顔が浮いていた。

 

 

 

 

「何や、これは…」

 

 弟子は自分の問いに答えることなく銀を手に取った。早すぎると思われていた後手の仕掛けが何故か成立している。飛車の横利きを通して金銀4枚と角で受けてなお警鐘が止まらない。相手の角を確実に止める為に4六銀とするしかないと見える。

 考えうる全ての手がスパリと断ち切られる気がしてならない。外から見たら後手の攻めは綱渡りにしか見えないだろう。事実その通りだが目の前の弟子は一手損を多用するクソ度胸の持ち主。事前の入念な研究も働き丸太渡り程度にしか感じていないのかもしれない。 

 

「清滝先生。持ち時間を使い果たされましたので、これより1分将棋でお願いします」

「…」

 

 まだ持ち駒が多い自分にも分はある。あと数手八一の攻めを凌げば流石に途切れるはず。残り5秒で角を残して金を捨てた。すかさず自玉の上で争いが始まる。 

 

「何なんやその手は!」

 

 弟子は攻め手を緩めない。2枚並んだ銀の前に歩の代わりとして6三銀を打つという一手に思わず言葉が漏れた。自殺としか思えない。時間に追い立てられ取りに行くも八一の飛車と角が回り守りも固められてしまった。

 

 

 

 

「700からせ、1400」

「そんな馬鹿な!」

 

 控室は既に一非公式戦の観戦模様に非ず。序盤から高評価値を叩き出し続け6三銀打からソフト最善手そのままをなぞる九頭竜を見る目には恐れが混じっている。

 

「九頭竜竜王はコンピュータか!?」

「いいえ。研究通りです」

 

 小学生の男の子が高い声で異論を唱える。彼と盤を挟む鏡洲は清滝九段の側に立って検討しているが表情が無い。どのように変化させても椚に切られ遡っていくと2筋の歩交換が悪く思えるからだ。聞けば2人してこの1年温めた戦法だと言う。そんな物をお好みマッチに持ち出してくるとは九頭竜の本気度が分かる。

 序盤戦術の常識に一石を投じる重大な対局が師弟戦で現れてしまった。将棋はそんなに簡単な物じゃないと必死に変化を探す棋士達の長考で静まり返る控室。

 そこに高い声で小さな口から恐ろしいことが告げられる。

 

「格言、意味ないですよ。柔軟な思考を縛るものです。これからどんどん破られるでしょうね」

「そう、なのかもな」

「評価値2500…」

 

 持ち駒を使った反撃を止められ玉を龍に追い立てられる清滝九段の姿を見た鏡洲は呟いた。

 

 

 

 

「負けました」

 

 気が付くと頭を下げる師匠を目にして慌てて頭を下げ返した。どんな対局でも常に勝ち気はある。だがこの1局だけは不純な想いを抱いて挑んだ。感想戦に入り最初から駒を並べているとぽつぽつと師匠から言葉が漏れる。   

 

「何もしない選択をお前は許さんか」

「…師匠は自分の目標です。上にいてください」

「番勝負の心構え、封じ手、二日制の対局、連戦の調子維持、取材対応、ファンサービス、タイトル保持者の立ち振る舞い。何一つ教えられんかった儂やぞ」

「師匠のお陰でタイトルを取れました。師匠の教えは間違っていません」

「今日封殺しておいてまだ戦えと言うか」

「…」

 

 棋士になって初めて不純な考えを抱いて今日の将棋を指した。本格居飛車党の中でも鋼鉄流を汲み取る師匠にとって矢倉は命そのもの。そこを弟子に突かれた悔しさは廻って師匠の力になるのではないかと切り札を切ったのだ。この想いは決して悟られてはならない。

 沈黙が続き八一は疎まれたかもしれないと盤に目線を落とす。するとこつんと額を小突かれた。驚いて顔を上げると笑みを浮かべた師匠の顔が目に入る。

 

「儂1人じゃ感想戦にならへん。見てないで意見をくれんか」

「…っ!」

 

 八一は必死に駒組みの場面まで戻すと師弟二人他所を放って盤に熱中した。終局後師弟の感動場面を期待した記者達は苦笑いである。数10分後それは凍り付くことになるのだが。 

 

「こんなところですか」

「こりゃよっぽど事前研究せな指せん。そこが救いか。ところで八一」

「はい」

「儂は弟子に初めて負けてとても悔しい」

「はぁ…」

 

 負けた悔しさは少し分かる。自分も天衣に真剣勝負で負けたら相当衝撃を受けるだろう。好物のおつまみくらいなら作るのだがと次の言葉を待って後悔する。

 

「何か一つ弟子に勝る物が欲しい。ならば今こそ竜王戦の敗北を覆す時!すぅぅぅ――……オシッコォォォォォォォォォォォッ!!」

「!?!?」

 

 その場に膝上が皺だらけのズボンを脱ぎ棄てパン一になった50歳は廊下へ疾走した。八一は至近距離でもらった絶叫のせいで対応が遅れる。

 

「オシッコでりゅぅぅぅぅ!」

「あんた九段の大先生だろ!何やっとんのや!!」

「と、止めろ。外に出してはいかん!内々で処分しろ!」

 

 騒ぎを聞きつけ控室からぞろぞろ出てきた棋士達が徒党を組んで妨害に走るも敵は無駄に華麗なフォームで横をすり抜ける。リズムゲームで培ったフェイントや!とかなんとかもうめちゃくちゃである。

 

「く、九頭竜竜王!清滝先生を止めて下さい!」

「負けました」

「何がですか!?」

 

 何だかんだ行ったれと煽る者までいる中上着を犠牲に若手棋士の拘束を振りほどいた清滝九段。窓を開けて身を乗り出しその若々しさを解放した。

 

「ウヒョ―――――!」

 

 その日将棋連盟における清滝一門の発言力は地に落ちた。

 

 

 

 

「何で私が師匠の後始末を」

「まあまあ」

 

 清掃と謝罪に追われた2人が帰路についたのは夕方。VSの約束を念押しされ姉弟子と自宅に続く路地で別れる。そして自宅入口でうずくまる小さな影を見つけた。

 

「あ、あの。くじゅりゅりゅやいぢっ!」 

「大丈夫か?」

「くひゅ…くじゅ……先生でいらっしゃいますよね!?」

 

 物語は加速する。

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