指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第二十一話

 とあるインターネットTVチャンネルが主催した将棋番組。その名を神鍋歩夢熱血の七番勝負。プロ入りからC級2組、1組と一期抜けし今タイトル挑戦すら見えている期待の若手に7人の棋士が立ちはだかるといった番組。

 連盟のお墨付きを得た関係者は獅子奮迅の働きを見せ解説にイケメンタイトル保持者と人気絶大の女流二冠を呼び込んだ。更にB1の鬼棋士からタイトル登場、経験者まで含む6人の棋士を並べ7人目に主役が最も望んだ人物を置く。世の老若男女将棋ファンの目を引き付けるに十分なキャスト陣であった。

 このお膳立てに中二病気質の歩夢が喜んだのは言うまでもない。絶好調となった彼はここまで6戦全勝。そして最後の敵を前に高笑いをしていた。

 

「フッフッフ…ハハハハハ!この時を待ちわびていたぞ竜王(ドラゲキン)!」

「一応待っていたのはこっちなんだがな」

「む、むう?確かに勝ち進んで来たのは我…ええい!勝負だ前世からの(かたき)!!」

「受けて立とう」

 

 純白の衣を振り上げ顔の前に手を翳してポーズをとる神鍋。向かい合う八一も下ろしたてのダブルスーツを纏い珍しく伊達眼鏡を掛けての登場である。1年以上待った一方的な名誉挽回の機会に闘志を抑えきれず溢れさせた八一。中二病ではないが2人の背景に龍と騎士を幻視できなくもない。

 

「ところでそれはマントか?」

「如何にも。巨悪と戦う聖棋士(シュヴァリエ)に相応しい衣装よ!」

「まあ似合ってはいると思う」

「話が分かるではないか!行きつけの店に黒のマントも置いてあった。今度買ってきてやろう」

「遠慮しておく」

「そ、そうか、いらないか。似合うと思うのだが」

「ありがとう。それより」

 

 結構落ち込んだ様子を見せる歩夢に八一はそんなことより早く対局をしようと誘う。いそいそと上座に座り時計、扇子、水筒、ハンカチを並べて雪辱戦の準備完了だ。

 

「フッ、そう。我等は姿形など些細な問題!戦うことこそが世に生まれ落ちた時からの定められた宿命!」

「…早く座れ」

 

 ポーズを決め聞いていて恥ずかしくなる言葉を延々続けそうな気配を察した八一は一刀両断した。今の様子もネットに流れているのだ。同類と見られては敵わない。

 

 

 

 

 快進撃を続ける神鍋六段を最後に迎え撃つ棋士は九頭竜八一竜王。プロ入りしてから両者の対戦成績は神鍋の1勝。今回の対局はどちらが制するか大いに興味が湧くところだ。上座に座った九頭竜が駒を取り出し両者で並べること数分。振り駒の結果歩を揃えて先手を握った九頭竜の一手でライバル対決の火蓋が落とされた。

 九頭竜の角道を開く7六歩に対し即座に神鍋が飛車先を突きおもむろにマントを脱いだ。九頭竜のフォローによると神鍋なりに対局相手へ敬意を表しての行動らしい。その気遣いを面倒な技名を執拗に主張される私にも向けてほしいどす

 ノータイムで手が進み両者が打診受諾した戦型は角換わり。定跡通り進むこと10手目神鍋が角交換をしかけノーマル角換わりとなった。

 

 

 

 

「我が手中で復活の時を待て成虎よ。そして白銀の剣(シルバーソード)をポーンに装備!」

「さてさて」

 

 八一は腰掛け銀の動きを見せる歩夢に応じず銀を一端おいて桂馬を跳ねさせる。じりじりと陣形を整えていく両者。九頭竜が先に腰掛け銀を完成させると歩夢は8一飛と構え相腰掛け銀を目指す。

 

「行けポーン!竜王の入城を許すな!突撃せよ!!」

「くっ!」

「友軍の屍を越え跳ねよ天馬(ペガサス)!」

 

 直後相腰掛け銀とした歩夢は6筋の歩を進め開戦である。八一は手持ちの角を即座に投入。それに構わず歩夢は歩を伸ばし玉の頭上に迫るといった強気の攻めを見せた。

 突っ込んで来たと金を桂馬が跳ね飛ばすも歩夢の桂馬も同位置に跳躍する。争いが一段落した時に歩夢の駒台には金と角が載っていた。

 

「まだまだあ!」

 

 反撃の準備を進める八一に対し攻めこそ防御と強気の攻勢を止めない歩夢。八一の陣深くに角を打ち玉の退路を睨み残った金も攻撃に参加させる。そして馬を作った歩夢は八一の玉に迫ったかに見えた。

 

「ここだ!」

「いいや。ここからはこっちの番だ。少しはいいのを貰っていけ」

「な!?」

 

 しかしここで八一は2筋に叩きの歩を打ち込みと金とするや相手の攻撃を凌ぎつつ驚異の単騎駆けを命令。元一兵卒が敵地深くを横に一閃する。金と銀を喰らう大往生の末敵の守りをずたずたにした。当然歩夢の玉は左に追い出され丸裸となり持ち駒の連続王手に晒される。

 

「参りました」

「…」

 

 117手目に打たれた玉の頭上に金を打つ明確な詰みを前に頭を下げる歩夢。八一は返礼すると手汗を吸ったズボンの皺を伸ばし深く息を吐いた。

 

 

 

 

「それで八一は婿入りを承諾して帰ってきたわけ」

「了承してないですよ」

「小童がタイトルとれるかなるかなんて分からないのに」

「あの子ならそのくらいは行ける。姉弟子も指して分かっているでしょう?」

「…それでも嫌なら断れ」

「あれは直前の発言から察するに女将さんが何の利も示せなかった此方を手助けしてくれたものでしょう。そもそも16の学もない小僧に将棋以外の何を期待するんです?」

「世の中に8桁稼ぐ10代がどれだけいると思ってるのよ」

「探せばいるでしょう。ゴルフの…誰でしたかね?」

「知らない。八一のバカ!」

「…調べておきます」

  

 東京から大阪に疾走する新幹線の自由席。今回の対局で聞き手を務めた姉弟子と隣り合って座る八一の姿があった。

 昨日は北陸新幹線で東京に直行した八一から電話超しに事情を聞いていた彼女。対局前とあって詳しい追及を抑えていたらしいが今は遠慮なしだ。かれこれ道中の半分1時間を対局しながら八一は弁明に追われていた。

 

「はあ、もういい。どうせ公になってない口約束だし。疲れた寝る」

「着いたら起こしますね」

 

 何でも解説と話を合わせるのに疲れたらしい。背もたれに身を委ねて外を向くと静かになった。八一が慣れた手つきでリュックからケットを取り出して掛けると彼女は身じろぎして包まる。車内が寒かったのか頬まで引き上げるものだからその様は頭が銀色のミノムシ状態だ。

 

「…おめでと」

「ありがとうございます」

 

 新大阪前に姉弟子を揺り起こし寝ぼけ眼を覚まさない彼女の手を引いて大阪駅を経由し野田へ。狭い路地を通り清滝宅の門を潜った2人は灯りのともる玄関に消えた。

 その夜の新しい弟子を迎えるにあたっての家族会議。まずあいの下宿先で一悶着あったのは言うまでもない。

  




 人生で初めて将棋の盤と駒を買いました。ぺちぺち棋譜を並べてます

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