指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第二十二話

「雛鶴あい!小学4年生です!よろしくおねがいします師匠!」

「よろしく。部屋はキッチンの奥の和室を使っていい」

「はい!」

 

 東京から帰った次の日の昼下がり。玄関のチャイムが鳴らされ新しい弟子がやって来た。あいを彼女の自室となる和室へ案内して間取りを説明する。彼女はちゃぶ台の前にちょんと座って借りてきた猫の様になっていた。

 

「玄関入って右がトイレと風呂」

「あの。左の鍵がかかった部屋は?」

「俺の部屋だ…すまない。鍵付きの方が良いよな。配慮が足りなかった」

「いえ!弟子の身でこれ以上お手を煩わせるわけにはいけません!」

「しかしな」

「いいんです!」

「…いつでもかわるから言うように。あとパソコンを置いてあるから好きに使って良い」

 

 八一はそのうち心変わりするだろうと話を進める。

 

「家事はできるか?」

「はい!そこは自信があります!」

「じゃあ交代制で」

「全部やります!内弟子は身の回りのお世話を対価に師事するんですよね?」

「そうなんだが。まあこっちの事情だ。俺にもやらせてくれ」

「はあ」

 

 カチコチの姿勢からビシッと手を上げてやる気を見せる弟子に苦笑して生活の上での約束を決めていく。東京での対局がある時は基本留守番という決まりを最後に全10項の条約は紙に書き出して締結。次いで短期目標の設定である。

 

「まずは序盤戦術の習得は勿論、自分なりの将棋の勉強法を見つけてもらう」

「勉強法?」

「仲間と研究会を開くもソフトで勉強するも良し。道場をまわるのも良い。折角本とネットだけの環境から移ったんだ。自分に合った新しい割合を模索すること。弟子入りしたとはいえ自習の時間は多いぞ」

「将棋仲間ですね!私にできるかな」

「おま…あいを放っておく勝負師はいないだろう」

「し、信じますからね!」

 

 将棋で繋がる仲間という言葉に引かれたのか目をキラキラさせたかと思えば不安で言葉を小さくする。かと思えば一言で調子を戻す。元気なことだと八一は感心する。

 

「まずは4月始めの入会試験全勝を目標にする。少し事情があってかなり難しくなっているはずだ。が、負ける気で挑むことは師として許さない」

「はい!」

 

 竜王の弟子という事もあるが天衣の前例もあって、あいに興味深々の幹事から”楽しみにしててください”などと言われたからなのだが伝える必要はあるまいと口を閉ざす。

 

「さてと。次はあいの姉に顔合わせだ」

「お姉さん?」

「あいにとって年下の姉弟子だな」

 

 

 

 

「八一君…ええとその子は?」

 

 ごきげんの湯に風呂道具を持って現れた八一とあいを迎えたの番台の飛鳥。小声で天衣ちゃんじゃないよね…などと混乱を隠せていない。

 

「こんにちは。この子は新しい弟子の」

「雛鶴あいです!」

「えぇ!」

「飛鳥さん?」

「あ…もう天衣ちゃんはもう上にいるよ。お父さんは作業中」

「いつも通り先に遊んでいきます」

「うん」

 

 階段を上がる八一とあいを見送る飛鳥の表情は苦い。俯きぐるぐると廻る思考の渦で光る自分の感情を見つけてはっと顔を上げる。その目には強い意志が宿っていた。

 

「何か用かしら。稽古を延ばして新しい弟子を作っていた先生?」

「急な連絡ですまなかった。そのうち埋め合わせはする」

「別に。怒ってないし」

「そうか」

 

 道場へ入ると1人長椅子に座っていた少女が歩み寄って来て一撃。八一が低頭平身に徹する気配を察したのか早々に切り上げ隣に立つあいを睨みつけた。 

 

「貴方が雛鶴あいね?私は夜叉神天衣。一応貴方の姉弟子らしいけど…よろしくはしないわ」

「雛鶴あいです。ええとお姉ちゃん?」

「はあ!?」

 

 純粋に親しみを込めて距離を詰められた天衣は不意を突かれて普段の言葉の壁を作ることに失敗。予想外の呼称に対する動揺が収まらず更に懐への侵入を許しそれが元で更にキョドっている。

 

「私1人っ子だからお姉ちゃんに憧れてたんだ。よろしくね!」

「話を聞きなさいよ!何で笑ってるそこ!」

「上手くやっていけそうだな」

「眼科に行ったらクズ先生!?貴方そこに座りなさい。踊ってあげる」

 

 道場で棋士が揃えばやることは対局。天衣が何故か慕ってくる妹分を将棋で突き放そうと考えたのだろう。八一としても元々その考えだったので手間が省けたと側から見守る。

 

「…?」

 

 天衣の振り駒で先手を取ったあいがノータイムで飛車先の歩を進め続けることに少し疑問を覚えた天衣。それしか指せないなど露程も思わず銀を繰り上げ飛車を振りあいの表情を読む。すると隠すことなく苦い表情を浮かべるあいが目に入り罠なのかと疑う天衣。

 これまで散々驕った所に痛い杭を打ちつけてきた八一の行いが作用している。それを見て中々面白いことになったとほくそ笑む八一である。

 

「飛車が向かい側に…」

「パンサーよりは演技が上手ね」

 

 飛車による2筋の睨み合いを置いて玉の囲いを目指す両者。未知の戦いに対応せんと守備優先のあい。天衣はじわじわと歩を位に到達させ相手を誘う。

 張り詰めた糸を切った手はあいの8五桂。しかし天衣が直ぐに穴を塞いだ為攻撃が続かず小康状態へ戻る。対して天衣の逆撃は小駒達が露払いした4筋に移動した飛車が盤を縦断することで明確に示された。

 

「さあ本性を見せなさいな」

「くぅぅ」

 

 終盤になるにつれてあいの読みは鋭くなり猛烈に玉へと迫るが天衣は冷静に対処する。一片の油断も無くあいの玉を端に追い込んで圧殺した。序盤の大幅な有利を最後まで譲らなかった天衣の勝利である。

 

「まけました」

「先生?」 

「あい。終盤の読みは特筆すべき物がある。これからやるべきことは分かっているな?」

「はい…」

「天衣も最初よく気を抜かなかったな。一番大事だがこれを貫くことも難しい…偉いぞ」

「ふん!」

 

 2人の組み合わせは予想を上回る効果を発揮しそうだと八一は頷く。目の前で騒がしく感想戦を始める弟子達の姿はそう思わせるに十分だった。先程と一転激しい切り合いが始まった盤を見て八一はふと考える。師匠は自分達を見て何を思っていたのだろうかと。

 

「何ぼっとしてるのよ。師ならちゃんとしなさいよ!」

「師匠!」  

 

 そして数秒考える間もなく弟子達に咎められる。賑やかな2人の前では前を向くこと以外は許されないらしい、と八一は賑やかな感想戦に混じることとした。

 

「嬢ちゃん達1局どうや?」

「1局願えますかな?」

「えと師匠?」

「行ってこい」

 

 一段落したところを見計らった様に客の1人が声をかけて来るとそれを切っ掛けに竜王まで巻き込んで振り飛車党対九頭竜一門の戦いが勃発する。将棋道場に昼から通う常連がここ数ヵ月メキメキ実力を伸ばす天衣に続き現れた新顔を見て勝負心が疼かないわけがないのだ。

 

「人の道場で本当何してんだよ八一?」

「すみません」

 

 新顔の歓迎騒ぎは道場の主が不機嫌顔で上がって来るまで続いた。

 




予約しようとしたらエンター連打しちゃって誤爆しました

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