指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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盤外四話

「師匠!指しましょう!」

「貴方は普段指せるのだから少し譲りなさいよ」

「天衣ちゃんこそ姉なら妹に譲ってよ」

「八一さっさと座る」

「なら4人でしますか?」

「…?」

「角桂馬香車の無い4人制将棋です。見るべき方向は3つ、王手による手番変化、双王手、裏王など独自ルールもあり単純な棋力だけでは勝てない…そうです」

 

 桜が舞い散る西の丸庭園で将棋盤を囲む。例年通り師匠達が来るまで八一とVSをと思っていたら余計な奴等がピーチクと騒いだ結果こうなった。八一が子供達にしてやられたと言う聞き慣れないルールを確認すること数分。ぶっつけ勝負だとばかりに開戦した4人将棋は皆恐る恐る手を進めながら既に2巡目だ。

 

「姉弟子?手番ですよ」

「師匠!教えるのはずるいです!ずる!時間切れです」

「黙れ」

「ぶううぅ!」

 

 あまり見ることのない距離角度の八一を眺めていて手が止まっていた。慌てて飛車の隣の歩を上げる。ここ数日はこんな調子でいけないと視線をずらすも小童の手に見逃せない物を見つけてしまった。

 

「ねえ」

「はい?」

「あれ、あげたの?」

 

 小童が鞄から取り出した物は八一と前竜王が竜王戦記念に揮毫した扇子。墨汁が少し散ったそれは彼が持っていた一品物に違いない。

 

「はい。丁度良い字も入っていたので」

「ふふーん」

「…ちっ」

 

 まあいい。余計な物もくっ付いていることだし私は八一が新四段になった時の物も竜王襲位後の物も一番に貰っている。一々目くじらを立てる私ではない。ただ少しだけ自慢気に勇気の字を指でなぞる小童にイラっとしただけだ。帰ったらネットで探してみよう。

 

「何だべっているのよ。早くしなさい」

「ふむ」

「は?下家を攻めなさいよ。セオリーでしょ!?」 

 

 八一は飛車先の歩を進め対面の天衣へ迫る。いい気味だと私も飛車を左に一閃させ同時に攻め立てることにした。八一も最後は私と戦いたいに違いない。

 

「ちょ、貴方助けなさいよ!」

「えーどうしようかな。お姉ちゃん下家だし。セオリーだよね」

「こぉの!」

 

 小童は八一への攻撃を匂わせるも開戦はせず高みの見物。私は飛車と銀を進めて八一の歩成を助ける。このまま行けば早速1人脱落。盤上に残った夜叉神の駒を喰いながら邪魔者を一掃。八一との一対一に持ち込めれば普段のVSと同じだ。

 

「…八一?」

「姉弟子にあんまり駒を持たれたら困るので」

 

 しかし龍となった八一の中飛車が頭の向きを変えて私の金を喰らう。ここぞとばかりに小童が私に攻撃してきた。特に一番弟子は死に体のくせに八一と小童の駒に隠れて再起を図ろうとしている。これはかなり腹立たしい。

 

「くっ、ああもう投了よ。3人してよくも」

「…」

「ししょー!私達2人だけですね!」 

 

 結局私と一番弟子は2人掛かりで詰まされ八一と小童の一騎打ち。かなり悔しい。だがこの将棋の戦い方は私にとって鬼門だ。乱戦の中話術を含め広い視野で上手く立ち回り勝ちすぎず負け過ぎず最後の決戦に備える。普段力押しが基本の私にとって慣れない戦いなのだ。

 

「八一覚えてなさい」

「貴方覚悟は出来ているのでしょうね!」

「遺恨が持ち越されるのもこのルールらしい…」

 

 結局勝ち越すまで再戦していたら師匠達が来てしまった。まあ八一は楽しんでいた様だしそこまで悪くない将棋だったかもしれない。

 

 

 

 

 去年より3人増えた為若干狭く感じるシートの空き場所一杯に広げられた弁当箱。定番のお握りから凝ったデザートまで。毎回そのレベルを上げていた食事事情は認めたくないが小童の参戦により数段上がっている。

 

「お嬢様!肉巻きをどうぞ」

「自分で取るからいいわよ。ん、まあまあね」

「このからあげいつものと違わへん?」

「マヨネーズを入れて柔らかくしているのです!」

「あいちゃんは料理上手やなー。八一今からでもうちに預けんか?」

「ちっ」

 

 余計なことを。うちはヨーグルト派なのだ。私はソースで潰すからいいが八一に変な味を教えるな。私がどれだけ苦労して桂香さんの味に近づいたと思っている。本当にふざけるなと言いたい。

 

「今度は肉じゃがを練習しましょ。大丈夫、八一君の舌は関西に染まっている」

「分かった」

「呼びましたか桂香さん?」

「いえ何も―。はい砂糖の卵焼きあるわよ」

「いつも別々にすみません」

 

 一応八一の出身は福井だ。しかし味噌の好みは赤から白、肉は豚から牛寄り、海鮮丼よりスタミナ丼と胃袋を改造されていたりする。卵焼きは最後の砦にしか見えない。桂香さんの10年に渡る偉大な成果だ。

 

「む、桂香さん私にもお好み焼きを教えてください!」

「駄目」    

「む、おばさんには聞いてません」

「頓死にたいようね小童」

「こわっぱじゃないですぅー!雛鶴あいっていう名前があるんですぅー!」

「…」

 

 こいつはそのうち頓死させる。 

 

 

 

 

 先日のアフタヌーンティーは最高だった。落ち着いた雰囲気の店内で中身を空けるまで分からないジュエリーボックスを思わせるタワーと宝石を連想させる小粒のスイーツ。少し露骨すぎたかもしれないと思い返す度に顔が赤くなる。

 八一の反応は悪くなかったはずだ。彼もあの性格態度でいて甘味は大好物。苺を贅沢に使ったそれを食べては頷いていたので喜んでいたのは確か。何にせよ至福の時間であったことは間違いない。いつもの私ならこの前進にしばらくは満足して行動をためらう。だが今日の私は更に一歩踏み込むと決めたのだ。

 今更、本当に今更ではあるが確認する。私は八一との関係を深めたい。それは将棋という絶対の道から分岐して肥大し続けた願望。幸いと言っていいのかは分からないがこの2つの欲求は相乗効果がある。将棋が強くなれば僅かだが彼に近づけるし単純だと思うが関係が進展したと思えば将棋で良い成績が出る。

 ならばこれは将棋が強くなる為の手段ともとれる。今まではVSとか糖分摂取だとか言って将棋に託けて色々と誘ってきたが今日私は前進するのだ。舞い上がっている今の私なら調子に乗れる。私は進める。

 スマホを手に取り登録者が2桁いくかいかないかの電話帳を開く。数秒戸惑った後震える指先で一番下の名前を押した。

 

「はい」

「八一、来週の火曜何か予定入った?」

「前から姉弟子が空けておけって言ってた日ですね?大丈夫ですよ」

 

 当然だ。八一のスケジュールを把握して小童の試験後、それも平日を1日指定した。これで真面目な八一が気後れする可能性は少なく邪魔も入らない。更に私の中学校はその日本当の創立記念日だ。

 

「クラスの子から聞いたんだけどユニバに新しいアトラクションができたんだって」

「はあ」  

「それで…」

 

 バクバクと心臓が鳴る中遠くからかすれた自分の声と八一の返事が聞こえた。完全勝利とは言い難いが私の勝ちだ。きっと来週は夢の様な時間を過ごせるに違いない。…本当にそうだろうか?こうした遊び場に私と八一は2人で行った覚えが全くない。パーク内をさ迷って延々と行列に並びただ疲れて帰る私達の姿が目に浮かんだ。

 

「け、桂香さん!助けて!!」

「はいはい。八一君と何かあったのね」

 


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