指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第三話

 道路脇に多くの駐車スペースが設けられ歩道を店舗の軒が覆う日本橋電気街。上から高校中学小学生といった見た目の三人組がPCショップを前に立っていた。しかしその中の一人が白いマントを着ているお陰で相当目立っている。

 白マントに白スーツの17歳は神鍋歩夢。八一より一期早く三段リーグを抜け今もC級2組順位戦でトップを走る関東所属棋士である。恰好からして独特な人物であるが内面もそれに似合った物となる。

 もう一人は他二人の腰程度の身長しかない子供。しかしその正体は齢10にして関西奨励会に所属する小学生。小学生プロ棋士の可能性も残す怪物。名を椚創多。

 最後は言わずと知れた九頭竜八一。八一と歩夢は小学生の頃から大会でよく顔を合わせる研究仲間。創多は奨励会時代に何故か懐かれた後輩である。

 八一と歩夢はパソコンの新調。創多はアドバイザーとして来ている。小学生に世話をかける年上二人。何と言えば良いやら。

 

「つまりですね。自作はお金をかける場所を選ぶことが出来るのです」

「すまん創多。俺にはお前が何を言っているのかさっぱりだ」

 

 機械系には人並みの知識しか持たない八一。創多のパーツ用語に頭を抱えている。事実創多に一人暮らしを聞きつけられるまで完成品を購入するつもりであった。

 

「くく我には分かるぞ。時空(とき)を歪める遺物(オーパーツ)こそ重要なのだと」

「流石ゴットコルドレン。お目が高いです。後はメモリ(万象の書架)電源(大いなる力の源)も良いのにしたいですね」

「ふーはっははは。お主見所があるな。我等関東棋士団(ゲートイースト・レギオーン)に入らぬか?」

「僕は八一さんがいる関西棋士団(ゲートウエスト・レギオーン)がいいです」

「そっか…」

「折角合わせたのに素に戻るの止めてもらえます!?」

 

 ゴットコルドレンなんかもう知りませんと店員に必要な部品を伝える創多。隣で加速度的に増えていく合計金額に顔をしかめる八一と青くする歩夢。下級プロ棋士の懐事情は世間の思っているほど良くないのだ。

 しかしここは自分への先行投資だと思い切る。数年もすれば性能が一段更新されると知り高い買い物であったと述べる後の二人である。

 

 

 

 

 大阪福島のとある2DKアパート。八一は中学卒業を待たずここでお試しを兼ねて一人暮らしをしていた。ちなみに両親、師匠や桂香さんとは三食を守れない場合直ぐに戻すとの約束があったりする。

 

「まずは姉弟子、防衛おめでとうございます」

「当然」

 

 空銀子は挑戦者供御飯万智山城桜花を三連勝で下し女流玉座を防衛。静岡での三局後大阪に帰った彼女は直接八一宅へ来たのだ。何でもない様に見せて隠れた目的は穴熊相手にげんなりした精神のリフレッシュである。

 VSこそ先約があり断られたが八一の一言で喜んでいることは紅潮した首筋から見て取れた。八一は無表情ド真面目ではあるが鈍感ではないのだ。

 

「八一は何をしてたの」

「これで研究をしてました。今も…ほら」

 

 何やらスイッチを入れ誰かに呼びかける八一。銀子からして見ればいつの間にか増えていたごついPCに言いたいことはあったが第三者が向こうにいると察し口を閉じる。

 

「戻ったか」

「歩夢。姉弟子も混ぜていいか?」 

「ふむ、新しい風を混ぜるのも良いだろう」

「問題ないそうです」

 

 部屋に対して大きめのPCデスクの上にはPCに繋がれた16インチのモニタが二枚。スリープが解除されたそれに将棋ソフトと神鍋歩夢の顔が映り姉弟子の顔に安堵の色が浮かんだ。八一を通してある程度の接点がある歩夢なら不安も少なかろう。

 

「矢倉崩し左美濃急戦の対策を立てる」

「それネットで見たことがあるかも。でもまだプロで使う人なんて」

「いるでしょう。ソフト研究に特化したプロ棋士が。あとは創多とか喜々と指してきました。更に言えばアマでは流行の兆しもあります」

 

 於鬼頭帝位はここら辺に一切の躊躇がない。人間相手の研究会も行わず一人でソフトに向かい膨大な局面を文字通り”学習”しているのだろう。表にこそまだ出さないが彼は必ず左美濃急戦を指せる。

 

「然り。我等はファッションに敏感でなくてはならない」

「まあ対策を練るにこしたことはないでしょう。と言っても先に攻める、まともに相手をしないに帰結するのですが」

「こうこうこう、などどうだ?」

 

 画面上の盤面で玉の囲いが不十分なまま開戦。主導権を渡さず柔軟な指し方で守りを徐々に固めていく。その戦い方はまず玉の守りを固める将棋指しには慣れないものがある。

 

「やはり直接会ってした方がいいな。ラグが惜しく雰囲気もない。歩夢次何時こっち来る?なるたけ早いと助かるのだが」

「我もそう思う。明後日伺うとしよう」

「あんた達の会話はおかしい。この将棋星人共が」

「我はここで失礼する。ふーはっはは!」

 

 切りが良くなったところで不機嫌になった姉弟子を残して歩夢は退散。この後御機嫌取りにお高いスイーツを買いに走る八一であった。

 

 

 

 

 関西将棋会館5階には玉座戦一次予選第二戦に臨む八一の姿があった。対局相手はプロ編入を経てフリークラス、C級2組へと昇級した福山三喜。プロ入り対極の記録を持った両者の対局はメディアの格好の的となり報道は過熱する一方。

 初戦に経験したフラッシュの洪水が少年と対局相手を包む。前回同様光の中でむすっとした表情をして佇む少年はトップニュースの絵面としてどうなのだろうか。

 一言言葉を求められた相手は八一に向き直り笑顔で手を出してきた。

 

「私は負けないよ九頭竜君」

「…よろしくお願いします」

  

 中学生に負けてやるものかという闘志を感じる笑顔。アマタイトル大三冠に加えプロ棋士との優秀な対局成績からくる自信は壮年の男性に覇気を与えている。対する八一は変わらず仏頂面。

 記録係を務める創多が振り駒を行う為席を立った。慕ってくれる後輩の目の前で無様は晒せないなと八一は気を引き締める。

 

「福島先生の振り歩先です」

 

 創多が並べ終えた福島の歩を5枚取り手の中で混ぜる。放られた駒の結果は歩が五枚。結果を見た福島はポーカーフェイス、八一の口端はほんの僅かに上がる。

 

「歩が5枚です」

 

振られた駒を戻し時間となったら対局開始である。

 

「「お願いします」」

 

 対局は序盤から変化の激しい先手が2五歩居飛車の意志表示をした後両者が空けた角道を八一の角が一閃。両者は角を交換し先手は後手の一手損を咎めて早繰り銀による急戦を選択。対して八一が得意の腰掛け銀を捨て合早繰り銀に持ち込み殴り合いに入ろうとした時。

 

「君は真っ直ぐすぎる」

「よく知っています」

 

 福島の言葉と共に指された銀により先手は腰掛け銀へと変化。序盤の形勢は見るからに八一の不利となる。

 対局は中盤へ突入し全く動かない八一の玉と7筋まで寄った福島の玉が対照的である。

 八一は4筋の猛烈な攻撃を受けながら桂馬を狙って歩を進めると福島も別筋を責め立てる。敢えて一歩誤れば大崩壊を起こす崖っぷちでバランスを取り続ける強心臓が八一最大の強み。一手損が受け将棋であることも彼にとって良い要素でしかない。そして劣勢になればなるほど静かに燃える彼の瞳は赤みを帯びていく。

 40手目この日一番の長考をした八一はここから始まる泥臭い対局に心を躍らせ駒台に手を伸した。取った駒は角。

 

「これが俺の…。切り札だ!」

「っ!」

 

 敵陣の最奥ど真ん中に音高く叩きこんだ。劣勢時に角金交換の駒損を気にしない八一に対局を見ている者達は言葉を失う。

 

「負けました」

 

 先手福島は終盤まで駒を生かして寄せを目指すも九頭竜の△6九金に貫かれ徐々に勢いを無くす。そこに九頭竜の△8六歩から始まる反撃が刺さり対局は終了した。九頭竜プロ入り二連勝である。

 




 根本を理解していないので矛盾はあるでしょうが優しくご指導ください。(筆者の将棋知識は原作を読んだ時点で銀はゾウさんと知り感心するレベル)
 

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