指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第二十六話

 師匠が熱を出してダウンした為こっそり将棋道場を引き受けることになった。地方の小さな将棋大会で審判役をこなし大移動を行いながらの研究三昧だったらしい。幸いにも肺炎などではなく順位戦に向けて気合いが入りすぎただけらしいが大事を取って休んでもらう。無理でもやりかねない人だから周りが止めないといけないのだ。

 

「みっ、みじゅこち…水越澪です!」

「貞任綾乃と申しますです!」

「しゃうおっとぃずぁーうだよ!」

「この子はシャルロット・イゾアールちゃんです。シャルちゃんって呼んでます」

 

 その八一の前には近所の老人達に混じって場の平均年齢を大幅に下げている小学生が数人。八一の覚えが正しければ彼女達は弟子の将棋仲間である。

 

「あい?」

「す、すみません。皆で何かお手伝いをできたらって…」

「あの!私なんでもします!」

「しゃうもすうー」

 

 見た目通り活発そうな澪が真っ先に手を挙げて発言しシャルロットと名乗る少女も真似して跳ね出した。しかし金銭が発生する指導を任せるわけにもいかず肝心のお客さんも主の不在を知ってか疎らなのだ。

 

「…見ての通り暇しているんだ。折角来てくれたのだし1局相手してくれないか」

「うわぁ、本当ですか!?」

「ご、ご指導よろしくお願いしますです」

「…むぅ」

 

 何故か機嫌の悪い弟子を急かして将棋盤を4つ寄せ身体の小さいシャルロットを重ねた座布団に座らせる。手合いは澪、綾乃の2人が2枚落ちを望んだが1人が首を傾げるだけ。綾乃に聞けば師である加悦奥先生が開く教室に通う初心者だそうなので駒を6枚落とすことにする。

 

「「お願いします!」」 

 

 指導対局は人によって傾向があるが八一は基本的に指導対局で手を抜かない。それは苦境に追い込まれた人は素、つまり最も得意で信用のおける選択を選ぶとの考えからである。八一が不器用なりに考えた指導方法だった。シャルロットを除いてきっちり3人を負かして感想戦に入る。

 

「2人共筋がいい将棋だった。澪…ちゃんは攻めに勢いがある。ただ盤全体を見て離れ駒に注意しようか」

「は、はい!ありがとうございます!」

「綾乃ちゃんはもう少し伸び伸びと指してもいいと思う。時に感覚を信じて自分で考えた手を色々試すのも大事だ」

「頑張るです!」 

 

 そして自分の弟子に向き直る。端的に言って気の抜けた将棋をされると相手にされていない様で悲しい。何より盤上から意識を外して出した失着はただの読み間違いと同列にしてはいけない。

 

「体調でも悪いのか?」

「だ、大丈夫です!もうしわけありません!」

「ならもう1局だ」 

「は、はい!」

「しゃうはー?」

「…シャルちゃんはいい桂の使い方をする。今の対局は楽しかった」

「ふんどしのけぃーおー!」

 

 ニコニコと笑うシャルロットに毒気を抜かれた。弟子の隣を見れば澪と綾乃は驚いた顔をしている。そこで対局前に自分が言ったことを思い出した。

 

「すまない。席は自由に使っていいから研究会でも…」

「い、いえ!もう1局おねがいします!」

「です!」

「おねぁいしまうー!」

 

 言い出した手前断る理由も無く指導第二局は始まった。今回は弟子も早々に定跡を外してこちらに負荷をかけてくれる。身体を前後に揺らして全開のあいとその友人達に応えるべく駒に手を伸ばした。

 

 

 

 

 5月初めのある日。八一の姿は千葉県の幕張新都心に位置するコンベンション施設にあった。平日の仕事が続き連れて行けない弟子の膨れ顔に見送られ大阪から新幹線で東京へ。そのまま一泊して車で千葉入りしたのだが京葉線から続く歩道を見れば人の山。今日の朝に大阪を出ていたら下手すれば遅刻していたかもしれない。

 運営に案内されてブース近くの控室に入った八一を迎えたのは2人の棋士だった。

 

「あ、九頭竜先生!お久しぶりです」

「やあ八一君。元気してる?」

「おはようございます。鹿路庭さん、山刀伐さん」

  

 今日の仕事はIT関連企業主催の複合催事で組まれたお好みマッチの解説。山刀伐八段がアマ5段の人気俳優と対局し聞き手は鹿路庭女流二段が務める。八一は初の解説役なので顔には出さないが緊張していた。ネット配信されるそれの視聴者は兎も角現場の客層が将棋のルールも知らない人も多いと聞きどう解説したものかと昨晩は悩んでいたりもする。

 

「いやー。お相手の俳優さんイケメンだからテンション上がっちゃうなー。あ、勿論ボクの本命はキミさ!」

「はあ」

「ジンジンの言うことは大抵聞き流して大丈夫ですよ」

「じ、じん…?」

 

 あまりに砕けた呼称に口が詰まる八一。聞けば山刀伐は鹿路庭に一から将棋を教えたと言えるほどの関係らしい。弟子でもない棋士を1人育て上げたと言う目の前の男の評価を一段上げる。

 

「それよりも…」

「九頭竜竜王、山刀伐八段、鹿路庭女流二段は段上にお願いしまーす」

「ちっ!」

「ひっ」

「珠代くん。口調口調」

 

 背後で仲良くひそひそ話す2人にお似合いの組合せだと思いながらステージへ向かう八一である。

 軽い紹介を経て定刻通り人気俳優と山刀伐が飛車落ちで対局を開始した。八一と鹿路庭は後方の大盤を使って司会解説の役だ。

 

「まず挑戦者久東さんは5筋、真ん中の歩。山刀伐八段は7六歩、角の通り道を開けました。次は…これを竜王はどうみますか?」

「迷いなく中飛車を選びましたね。プロ相手に駆け引きを避けて得意な戦型を選ぶのはいい手段です」

「このまま臆せず攻めてほしいですね」

 

 慣れた口調で説明を進める鹿路庭に八一は感心する。大盤の駒を動かしながらも画面に流れるコメントを拾い質問で周囲を巻き込み飽きさせない姿は人気が出るわけを物語っていた。

 

「えーと。この歩はどういう意図で打ったのでしょうか?」 

「今の手は大人気無いですね。怪しい手で撹乱させに来ました。挑戦者の手が想定以上だったのでしょう」

「なるほど。甘い顔をしてこすいですね」

「2人共さっきから僕に辛くない?」 

「ここで画面の向こうの皆さんにどちらが勝って欲しいかのアンケートです」

「好きな方に入れてください」

「ちょっとー?」

 

 カンペに従い滞りなく進行する。普段面倒な言動をされることへの意趣返しなどでは無い。

 

 

 

 

「お疲れ様でしたー」

「八一君ちょっと時間をいいかい?」

 

 引き上げた控室で山刀伐から隅の方へ呼ばれる。

 

「実は別口の研究会が入ってね、頻度が結構な物でなかなか大阪に行けなくなるんだ。そこで代わりに珠代くんを推したいのだけど」

「そこら辺は自由って決めませんでした?」

「まあそうなんだけどねー。彼女は扱いが難しいから取説をとね」

 

 周りからは誤解されやすいけど将棋に対する熱意は高いよと続ける山刀伐。聞けばプロ棋士との研究会を重ねて強さを追求するあまり女流棋士の中で孤立したらしい。今は伸び悩んでいるが不変の努力を続ける根性があるとも加えられる。

 

「はあ、やっかみですか」

「その分自分を高めようとは…思えないのかな?」

「…」

 

 自分には憧れの対象は多々あれど嫉妬の対象はいない。それ故目の前の男に言葉を返すのは何か違う気がした。

 

「珠代くんには関西の水が合うかもとかすら考えたりするよ」

「どこでも一緒ですよ」 

 

 姉弟子への風当たりを思い出して苦々しく返す。傲慢と言われようが突き進み向かい風も翼に当てて上に昇る力にするくらいしないとやっていられない。

 

「ま、君の所ならクラッシャーも仕事しないでしょ。一騒動はありそうだけど」

「クラ…?」

「気にしないで。じゃあ一応弟子みたいなものだしよろしくね」

「2人で楽しそうですねー。もうお話はいいんですか?」

 

 その後1人待たされむくれる鹿路庭に早速とばかりに決定を告げる山刀伐。直後誰かの驚きを含んだ声が表にまで聞こえたとかどうとか。

 




 誤字報告ありがとうございます。ちょっと今回は反省です
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