指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第二十七話

「ごきげんよろしおすぅ」

 

 朝の棋士室に顔を出すと機嫌の良さそうな京美人が待ち構えていた。彼女は先日行われたタイトル戦で見事防衛を果たし4期目を迎えた山城桜花。徹底した穴熊戦法を使い3局中2局にて挑戦者を嬲り殺しにした女傑である。

 

「こんにちは。防衛おめでとうございます」

「竜王サンに祝って貰えるならもう一回いけそうどすなぁ」

「まあ、指しますか」

「竜王サンは相変わらずや」

 

 そう言う供御飯も取り出した駒をさっさと並べ始める。駒を振り開戦。パチッタンッと互いに数手進めたところで供御飯が口を開いた。

 

「そう言えばうちの妹がお世話になったそうで」

「いい将棋を指す子でした。供御飯さんに似ていますね」

「嬉しいどす、が…少し妬けますなぁ」

 

 話しながらも盤上の駒は進む。少しすれば2人が指せば毎回起こる居飛車穴熊対四間飛車の様相が現れるだろう。棋界では現状判定が出ている議題が手を変え品を変え続く。ここで研磨された幾つかの対穴熊戦法は八一の公式戦で登用されていた。

 

「おーす!」

 

 1局目が終わったところで棋士室の扉が勢い良く開きライダースジャケットが似合う女性が現れた。ヘルメットを被る為に結んだのだろう長髪をしきりに撫でつけている。高速を使っても5時間の道のりを踏破できるあたり棋士の中でトップクラスの体力の持ち主だ。

 

「お燎、もう来たん?」

「昨日は名古屋で泊まった。それより万智も指したみたいだし次はオレの番な!」

「はあ、供御飯さんいいですか?」

「その次指してくれるならええよ」

「その後はオレだ」

 

 聞く限りこの後自分に休憩はないらしい。まずはと月夜見坂を加えての感想戦に没頭することにする。

 時間は矢の様に過ぎ、自然と階下のレストランで昼食を取ることになる。4人席に陣取った3人がそれぞれ頼んだ料理はこの日のサービスランチである珍豚美人、チキンステーキと白身魚フライ盛り合わせ、タンシチュー。ちなみに八一、月夜見坂、供御飯の順だ。

 

「あーうまい。やっぱ普段からこれくらい食べたいよなぁ」

「お燎は食べ過ぎどす」

「あー聞こえないー。だってよ対局日なんて軽食が精々だぜ?腹の音が鳴るってーの」

 

 体力はあれど燃費が悪いらしい。ぶーぶーと男はいいよなー等と言い出す始末。確かに女流の対局は持ち時間がプロ棋士に比べて少ない為昼食やおやつに何を選んだとかの話題は無い。

 

「まあ、そこらは上に言って貰えると」

「だから今言ってるんだよ。クズならそのうち理事にでもなるだろ」 

「未来の会長さんどすなー」

「御冗談を」

 

 等と軽口を叩き合える程度には長い付き合いの3人。食後のデザートを片手に話は続く。

 

「そういえば名人が研究相手を取ったとか噂聞いたか?」

「名人が、どすか?それは誰か知らへんけど羨ましいわぁ」

「それ山刀伐さんですよ」

「あの人もうクズには負けたくないだろーし。何か対策あんのか?」

 

 そう言われるがオールラウンダーである彼の人を狙い撃つのは難しい。それ故こちらの性格、棋風、好みも晒した上で突破すると1年以上前から決めている。つまり大した対策は無かった。

 

「案外勝手に苦手意識を持ってくれているかもしれへんなぁ」

「対局は…まだ1回だけか。そしたら1回も負けてないってこった。あるかもな」

「山刀伐さんが自分に?あり得ませんよ」

「かもって話だよ。確かに今更新人に1敗した程度で崩れる様な人にゃ見えねえけどよ」

「まあそれでどうこうという話ではないどすな」

 

 確かにここでどうこう言って決まる話でもない。話を進めることにする。

 

「お2人は調子が悪くなった時の復帰法とか決めてます?」

「あ?思いッきし叫ぶ」

「こなたは内緒どすー。でも竜王サンからの質問は珍しいなぁ。どないしたん?」

「…いえ、大したことはないです」

 

 割と恥ずかしくて身内にも持ち掛けにくい話題ゆえ飛び出しかけた返答が消える。まさか気分転換の方法を将棋以外に持ち合わせず最後は身内に助けられたなんて言えない。

 

「何だよ。言ったのオレだけじゃねーか。クズテメエ銀子の弱点でも教えろ」

「そんなの知りませんよ」

「お燎。目の前にあるやん」

「おっとそうだった。最近銀子の奴調子良いみたいだし何かあったろ。吐、け」

 

 ニヤニヤとしだした女性陣に形勢の悪化を感じた八一は切り上げようとしたが遅い。数刻の後竜王と女流玉将、山城桜花の3人は一様に疲れた表情で会館を出ることとなる。

 

 

 

 

「…とまあこんなことがありました」

 

 突如自宅に現れ弟子を連戦でぼこぼこにした客人。あいを布団に追い込むと彼女はこちらに向き直り、対局相手がしてきた口撃の詳細を追究し始めた。対局前に自分の名を出されて気に障ったらしい。

 

「ふぅん」

 

 着物を着た姉と盤上に駒を並べながら一部抜粋した数日前の出来事を話す。次いで動き出した駒の軌跡はつい数時間前に静岡で行われた女王戦第1局。諸事情で感想戦が行われず持ち帰って来たという。戦型は横歩取りとなり序盤から激しい将棋が現れた。

 

「…この変化は、なるほど」

 

 両者がなぞった変化は1週間前に関西奨励会で先手良しの結論が出た定跡。2週間前にプロ公式戦で後手良しの結論が出た定跡の半ばでもある。超の付く短期戦も知る人が見れば当然の結果。現代将棋では珍しくもない知識勝負である。挑戦者は今頃悔しさで大荒れしているだろう。

 

「別に変に悩む必要はないですよ。月夜見坂さんが更に上の研究をしていた可能性もあるんです。そこに飛び込んだ姉弟子の勝ちです」

「別に気にしてなんかいない」 

「ですか。ところで弟子にあまり辛く当たらないでほしいのですが」

「…手応えがあったから」

 

 弟子をするめか何かかの様に答える彼女に溜息が出る。拗ねた弟子は隅の布団に潜って泣いていた。それでもタイトル戦に向けて入れた火が冷めやらないのか瞳を透き通らせて此方を見てくる。

 

「はあ、もう遅いですし1局だけですよ」

「うん」

 

 感想戦を閉めて駒を並べ直す。姉弟子が初手2六歩と指すのを見て少しの躊躇の後歩を進めた。仮想敵は圧倒的な経験値により序盤を得意とする巧者。ところが相手の返答は荒々しい物だった。盤から顔を上げると姉は少し不機嫌そうにも見える。

 

「どうしました?」

「別に?今は私とのVSでしょ。早く指して」

 

 確かに思考が飛んでいたかもしれないと目の前に集中することにする。2人の将棋は復活した弟子の乱入まで止まることがなかった。

 

「そういえば姉弟子」

「何?」

「1勝おめでとうございます」

「あ、ありがと…」

 

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