指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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 1ヵ月ってあっという間ですね…しかも今回短いです。その分は次からの話で頑張ります。


第三十一話

 画面越しにでも現場の異常な空気が伝わってくる。和気藹々と感想戦を続ける対局者達と将棋盤に内包された天文学的な確率に圧倒された記録係、観戦記者の間には明確な温度差があった。90手足らずで終結した高速の戦いの中に私では決して触れられない高みが存在する。

  

「何が起こったのよ…」

「銀、銀、角の3連続限定合。角の中合は出現しなかったけど八一は間違いなく分かっていた」

「ど、どこで…?」

「最後に八一が長考したのは58手目。そこからは持ち時間もない」

 

 姉が淡々と口にする事実が呆然とした私を打ち据える。理解の範疇を越えていた。

 

「そんなに前から3連続限定合を読んでいたの!?」

「運や偶然であんなことが出来るとでも?まあ早すぎるし…読み切ったと言うか嗅ぎ分けたのかも…だとしたら第三の目どころじゃないけど」

 

 姉が珍しく無表情を目に見える形で崩し困惑の様相を見せる。将棋は対局に向けて相手の弱点や戦法の研究を重ね盤上で披露する地味な競技と言ったのは誰だったか。だが画面越しに見た対局は正しく天才棋士が神の一手どころか二手を指して勝利した図である。こんなものを見せられては自分どころか多くの棋士が打ちのめされただろう。   

 

「参考にならないものは置いておく。まずあの状況でも諦めない根性は本来私達も持つべきもの。気圧されている場合じゃない。例会までに少しでも指すのよ」

「…でも」

「下にいるから覚悟が出来たら呼んで」

「え、えぇ…」

 

 パタンと扉が閉められここが姉の部屋だったことを思い出す。八一君が成したのだから私達も、といった意の言葉を彼女は口にしない。そんな段階はとうの昔に過ぎていて、何より将棋界で最も弟分の強さを理解しているのは姉なのだから。

 

「私ダメだなぁ」

 

 ふらふらと自室に戻るも暗い部屋の床に置いてあった何かに蹴躓きベッドに倒れこんだ。見ると私の武器だと言われた薄っぺらいノートの山が崩れている。衝撃で簡素なノートに似合わない可愛らしい封筒が頭を覗かせていた。

 

「これ…?」

 

 どうして将棋を指していたのかを思い出させられる。私はいつの間にか人生の目標を下げて下げて楽をしようとしていた。

 

 

 

 

「ししょー!ししょう!」 

「分かったから落ち着きなさい。後ろから自転車も来ているから危ない」

「むぅ、ししょーも職員さんも今日は何か冷たいです。ししょーはいつもクールですけど皆も反応薄いし…」

 

 興奮して飛び跳ねる弟子を宥める。時刻は午後6時を回ったところ。感想戦とインタビューを終えロビーに降りたところで弟子の突進を受けた。聞けば学校からタブレットで対局を観戦し終業するや一直線で連盟に来たらしい。歩道をすれ違う学生と社会人の視線が少し痛い。

 

「駒がびゅんびゅんって飛んでました!」

「それだって徐々に追い詰められている最中だ。事前の研究が大事だって分かるだろう?」

「それでも師匠は凄いんです!」

「やれ、まあ悪い気はしないがな」

 

 顔を膨らませて己が師の偉業を語る弟子に昔の姉弟子の姿が被る。当人達が聞けば即否定する案件だろうが静動の違いはあれ主張を曲げない様はそっくりだった。

 その時ポケットに入れたスマホが震え通話アプリの通知を知らせる。画面を開けば勝利を祝う一言が2つ。そっくりそのままの文に少しだけ口の端が緩んだ。画面を覗こうと背伸びする弟子を横に返事を書き込む。

 

「ししょー誰からですか?」

「姉弟子と天衣からだ」

「むっ」

「はあ…頭も使ったし夕飯は期待してもいいぞ?」

「やったー!」

 

 目を輝かせてデザートも追加でと調子良く聞いてくる弟子にゴーサインを出すと、小さく飛び跳ねる。果物の缶詰をお気に召して台所の収納にあるそれを食すことを待ち望んでいたそうだ。弟子曰く残ったシロップが直でも混ぜても良いらしく、カニが好物な高級旅館の娘がそれでいいのかと心配になる。

 

「というかあい」

「はい?」

「対局を生で見ていたかのような口ぶりだな?」

「えへ。先生を説得してクラス皆で見てました!」

「…おい」

 

 こつんと弟子の頭を小突いて溜息を一つ。自分も姉弟子も師の対局を見る為にずる休みや遅刻早退はしたし、果ては授業中に頭の中で駒を動かすまであった為そう強く言えない。将棋好きだと言う教師の認まで得る正攻法を取られては尚更だ。

 

「はあ…両親に見せられない成績表は出してくれるなよ?」

「そこは大丈夫です!」

 

 びしっと手を上に敬礼の様なものをするあい。八一は調子が良いものだと首をすくめ夕飯追加の一品を何にするかと考え出した。

 

 

 妹弟子と弟子2人。それぞれの思いをかけた例会まであと1週間。

 

 

 

 徹底的に敵の戦意を潰す手をどうして平然と指せるのか。礼を失した質問の答えは実に彼女らしい物だった。

 

「元々どうでもいいと思ってたけど…辛さを突き詰め勝利のみ求めるそれも棋風の1つだと言ってくれた。今の周りが光の寄せに目が眩んでいるだけだとも。それから少しは誇りを持って指している」

 

 誰からの言葉などと聞くまでもない。

 




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