指し貫け誰よりも速く   作:samusara

38 / 61
第三十三話

 7月中旬新大阪駅に新幹線へ乗り込む八一の姿があった。弟子2人が参加する女王戦チャレンジマッチへの付き添いで早朝出勤である。

 ドアが開くとあいが桂香と天衣の手を引いて3列シートに走る。彼女は渋る天衣を窓際に追い込んで自身は真ん中に座ると桂香と並んで詰将棋の問題集を開いた。そして発車する間もなくアイマスクを被る天衣と集中して本を捲るあい、桂香が並び隣のシートは静かになる。

 

「お嬢様とペアシートのはずが…違和感なく富士山を背景にお嬢様を撮るプランが…」

「初の公式戦前ですしそっとしてあげましょう。あれは夜眠れてなさそうですし」

「む…」

 

 斯く言う八一も三食こそしっかりこなすが多くの将棋指しに違わず夜型。起き出した弟子の生活音で4時起きともなれば辛いものがある。持ち込んだボトルコーヒーを一口飲み眠気覚ましと八一はマグネット将棋盤を取り出した。そしてすまし顔で晶に声をかける。

 

「一局どうですか?天衣の話ではなんでも道場の子に勝てないとか」

「確かにあのクソ餓鬼と私は道場の頂点を争っている。しかし最近は負け続きだ。何か策を教えてくれるのか先生!?」

 

 思わぬ食いつきに廊下側へ体を逸らす八一に対し晶は早々に駒を並べ始めた。その手つきは慣れたもので覚えたての頃の斬新な反則は見られない。

 

「…とりあえず1局指しましょう」

「くく…これであの餓鬼に一泡吹かせられる」

 

 大人気無く子供にリベンジを誓う晶に押され指導が一段落する頃には富士山が車窓に映っていた。

 

 

 

 

 

 プロ棋士同様女流棋士にも段級位制が存在する。その入口は女流3級だがそれは2年間の内に規定の成績を出せなければ資格を取り消される仮免許。あの例会の後天衣は即座に登録を終えその座に至った為正式な女流棋士へ成るべく今大会へかける意気込みは強い。

 一方アマチュア選手であるあいは記念参加であるかというとそうでもない。チャレンジマッチと一斉予選を勝ち抜き本戦で一勝すれば女流2級の資格を得られるからだ。

 大会参加にあたってその辺の事情を知った弟子2人の戦意は高まるばかりだった。

 

「じゃあこっち。まず受付を済ませないと。八一君ご飯お願い!」

 

 時間が押していることもありこの後八一は軽食調達の為に別行動である。早足で階段を上がっていく4人を見送った八一はシャッターが下りた店舗の多いフロアで光を灯すコンビニへ歩を進めた。しかし食料品棚を見て眉を潜める。元々小さな店舗に同じ思考の先客が押しかけたのか目当てのお握りが無い。 

 

「…」

 

 持ち時間の少ない棋戦それも連戦での補給は重要だ。棋士もおやつは試行錯誤するし緊張の中では好み一つとっても箸の進みは違うだろう。

 スマホを取り出して付近のコンビニを検索、ビルを出て通りを歩く八一を追いかける影が1つ。ずっと付いて来るそれを無視する八一だが帰りの大通りで待ち伏せされ捕まってしまう。

 

「ひひひ!」

「祭神。一斉予選の日を間違えたか?」

「連れないこと言わないでよやーいち」  

 

 面倒な奴に捕まったと顔を顰める八一に対し満面の笑みを浮かべる祭神。隣で信号待ちをしていたサラリーマンが居心地悪そうにスマホへ視線を落とした。どういった目で見られているのか甚だ不安を感じながら八一はだんまりを決め込む。

 

「こっちあの対局からずーーと再戦を楽しみにしてたのにやいち今年は竜王だから新人戦に出られないし女流棋士枠で棋戦出ても当たらないし」

「それは悪かったな」

「だ、か、ら弱いけどやいちの大事な大事な銀子を一度下して早くプロになるんだ」

「姉弟子は弱くない」

「その銀子に勝ったわたしをやいちは見逃せないにょ」

 

 離れた分だけ付き纏ってくる目の前の女子にかなり引きながらどうしたものかと天を仰ぐ八一。姉弟子が敗れるとは欠片も思ってはいない。だが気に入らない。しかしこれは祭神の一方的な宣言で止めようもない。

 

「…足元をすくわれないようにな」

「…?ヒヒ、ウヒヒヒヒヒ!」

 

 どう返答しても曲解をしてくる女怪に対し八一はそう返答し踵を返した。祭神は祭神で何を勘違いしたのか妄想した心躍る未来にトリップし始め上機嫌に手を振る。八一の姿がエレベーターに消えるのを見送った祭神は不気味な笑い声を響かせながら地下へと降りて行った。 

 開店の準備をしていた従業員達にドン引きされていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 静かに会場入りするがそこは序列最上位のタイトル保持者。受付へ行くまでも無くフロアに入るだけで一騒動起こった。挨拶を頼まれた八一は事情を説明して丁寧に辞退し代わりにネット解説の手伝いをすることになる。

 

「ししょー大人気です!」

「なに騒ぎ起こしてるのよ。師匠ならしっかりしなさいよね」

「すまん」

 

 がちがちに緊張していたあいは笑い天衣はこちらに文句を言う。その隣で桂香が目を閉じて集中していた。一連の騒動にも気づいていなかった様で普段との違いを感じさせられる。逆にそわそわしっぱなしの晶が天衣に怒られていた。

 

「全力でやってこい」 

「はい!」

「ふん…言われなくとも」

 

 八一はやる気十分に返事をするあいと髪を搔き上げそっぽを向く天衣へ頷いた。抽選が行われあいと桂香の相手は若手の女流棋士、天衣の相手は地方のアマチュア選手に決まる。直後何やら八一を外して一言二言確認した3人は一回戦に挑むべくそれぞれ盤の前へ散って行った。

 弟子達の初大会が始まる。

 




 短かったし調子が良ければ年内にもう一声…

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。