指し貫け誰よりも速く   作:samusara

39 / 61
 来年もよろしくお願いします。


第三十四話+

 一斉予選へ駒を進められる9の枠を巡って60名の女流棋士、アマチュア選手が5つのブロックに分かれて盤の前に座る。時折誰かがする咳込みが良く響く静けさの中、八一の姿は鵠と並んで記者席にあった。

 

「では竜王。今日はよろしくお願いします。でも解説は3回戦からでいいのですが」

「どこにいても気を遣われるので…」

「ふふ、では午前中は私とお喋りするだけでいいですよ」

 

 極めて真面目に仕事をこなそうとする八一をやんわり止める鵠。オフに無理を言った負い目と僅かな下心が言葉の下に見えた。聞けば辛く噛みついただろう女性陣はここにはいない。少しずれた眼鏡の位置を直しノートPCに白い布を敷いた鵠は指を走らせる。

 

 

 本局は第三ブロック一回戦の夜叉神天衣女流三級―小谷内亜生アマ戦。勝者は二回戦に進み敗者は敗者復活戦にまわる。対局開始は九時四十五分予定。持ち時間はチェスクロック使用で各十五分、切れたら一手三〇秒の秒読み。振り駒の結果は歩が三枚。夜叉神の先手と決まった。(コメント入力=鵠)

 

 

 一息でコメント欄に情報を書き込んだ鵠はタブレットを操作して八一に見せてくる。画面を八一に見せながら操作するせいで2人の身体は近づくが八一の目線は画面から動かなかった。鵠も何食わぬ顔で口を開く。

 

「一回戦からすごい注目ですね。中継しているこっちが言ってもアレですが」

「師としては心配ですよ」

「確かに夜叉神さんは可愛いですしね」

「はあ」

 

 

 先手夜叉神女流三級は小学四年生。関西研修会に所属しており6月には女流棋士としての申請を行ったことで注目を浴びた。師匠は九頭竜八一竜王。女流公式戦は初登場と話題には事欠かない。

 後手小谷内亜生アマは関東研修会A2クラスに所属する中学三年生。昨年はチャレンジマッチを抜け一斉予選に進んだ。今年の目標は本戦出場だと語る。

 対局は夜叉神の角道を開ける一手で開始。小谷内さんも応じて戦型は角換わりとなった。両者は小考を挟みつつ駒組みを進める。

 

 

 盤上の均衡が崩れたのは一瞬であった。減る一方の持ち時間と天衣の落ち着き様に僅かに浮ついた相手の無理攻めを天衣は見逃さない。冷静に綻びを突く天衣の側に戦況が傾きそれを打開しようと焦る相手は悪循環にはまる。

 

 

 現局面は夜叉神勝勢。駒の持ち方、指し方がかの竜王に似ている点は微笑ましいがその将棋は口端の緩みが締まるほど辛い。小谷内さんは△2七角と最後の抵抗を見せたが夜叉神は冷静に対処。後手の反撃の芽を摘んだ。

 ここで小谷内さんが投了した。終局時刻は十時十四分。消費時間は夜叉神七分、小谷内十五分(持ち時間各十五分)。

 勝った夜叉神女流三級は公式戦初勝利。昇級へ向けて貴重な勝星を得たことになる。この後の対局も注目必至だ。

 

 

 終わってみれば最後の一矢すら許さぬ完勝。しかし勝った本人は何が気に入らなかったのか仏頂面である。八一はタブレットであいと桂香の対局が終わったことを確認すると鵠に声をかけた。

 

「少し外します」 

「どうぞごゆっくり」 

 

 にこにこと笑う鵠に見送られた八一は記者席を出る。興奮冷めやらぬあいと晶をあしらう天衣に近づくとそっぽを向かれた。隣では心底安堵した様子の桂香もいる。

 

「ししょー!勝ちました」

「お嬢様!3人で初戦突破の記念写真を」

「2人共よくやった。桂香さんも良かったです」

「ふん。当然よ」

「な、何とか勝てたよ八一君」

 

 あいは女流棋士相手に完勝、桂香も相手が暴発したことで白星を上げ2人のコンディションも良好。全員初戦を突破したことで場の空気も明るい。そして対局が短時間で終わったことでいい具合にクールタイムも取れ足取り確かに3人は2回戦へ向かって行った。

 

 

 

 

「シード枠相手に完勝する将棋歴7ヵ月。どんだけですか」

「自分の弟子ですから」

「住み込みで朝から夜まで手取り足取りですよね」

「いえ。あいは学校がありますし自分も仕事でそこまでは…」

「冗談ですよ?」

「…」

 

 鵠からじとっとした目線を向けられた八一はタブレットに目線を落とす。何らやましいことは存在しないのだが何かの力がそうさせた。

 

 

 第四ブロック決勝剣抜茅尋女流三段―雛鶴あいアマ戦。本局の勝者は一斉予選への出場が決まり敗者は敗者復活戦へまわる。振り駒の結果雛鶴さんの先手が決まった。

 ネット解説を務める九頭竜八一竜王は対局者である雛鶴さんの師匠にあたり第三ブロック決勝の夜叉神女流三級とは姉妹弟子となる。両者ここまで三連勝で勝ち上がって来たことからその実力は疑うまでもない。

 本局では竜王の弟子の実力を師匠の解説でご覧頂く。 

 

 

「先手の雛鶴さんは相掛かりを打診しこれを剣抜さんが受けて力戦へ突入。雛鶴さんの対局はここまで全てこの形ですね」

「そろそろ拒否されると思っていましたが」

「まあ、受けてしまいますよ」

「どうであれあいからすれば願ったり叶ったりです」

 

 

 戦型は相掛かりとなった。両者指し手が早いが九頭竜竜王の顔に心配の色は無く望んだ展開だとほくそ笑む。雛鶴さんが3筋の歩を突き捨てて開戦。加えて角交換を仕掛けその後も攻撃的な手を連発する。後手の剣抜は受け切れずに減速した。

 

 

「…自分笑ってました?」

「フレーバーです」 

 

 

 局面は雛鶴さんが好手を連発して勝勢。師匠ゆずりの将棋センスを存分に発揮し勝利に近づいている。剣抜は既に攻める手段を喪失しまともに粘ることも出来ていない。

 総手数は75手。剣抜の投了で対局は終了した。勝った雛鶴さんは小学四年生。時を同じくして第三ブロックを制した夜叉神女流三級と揃って一斉予選進出を決めた。

 

 

「竜王」

「はい?」

「強すぎます」

「…自慢の弟子と家族です」

 

 小学生2人の一斉予選進出にざわめく会場へ更なる一石が投じられる。第5ブロック決勝で女流棋士相手にまた1人アマチュア選手が大番狂わせを起こしたのだ。

 どよめく記者や大会関係者を他所にこちらへ一直線で向かってくる3人を見て八一は首肯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Christmas盤外

 

 

 その年のクリスマスはよく覚えている。八一はその月の三段リーグ戦を終え自分も例会が休みでタイトル保持者の仕事も無し。師匠は順位戦でA級に所属し上位を争っており前日イヴの対局は超の付く接戦。テレビ超しに対局を見守りそのまま寝落ちして朝を迎えた私達は勝利祝いに別口で何かを贈ろうと街に出たのだ。

 

「姉弟子。寝ながら歩かないでください」 

「寝てない」

「なら1人で歩けますよね」

「うるさい」

 

 極度に朝が弱い小さな私は羨ましいことに半ば八一に抱き着いて歩いていた。朝にプレゼントされたマフラーに顔を埋めて夢見心地。それでいて朧げなはずの記憶がここだけしっかりしているのは頻繁に想起しているからだ。

 環状線で野田から大阪駅まで出てデッキを通り4月にオープンした真新しいショッピングモールの門を潜る。クリスマス装飾に染まったホールは煌びやかだったと思う。

 

「眩しい」

 

 ぽんこつで雰囲気ぶち壊しの半分眠った私は八一にくっついてメンズショップをまわる。甘味は長蛇の列を見て即断念。案内板の前で唸ること数刻。間に迷子と勘違いされるハプニングを挟んで昼前。モールを出る私の手には紙袋が握られていた。

 戦利品はシンプルなデザインのニットグローブ。弟子入りしてずっと見てきた手ゆえにその大きさはよく知っている。子供にしては随分と高い買い物だったが商売道具を守る物だから妥協はしなかった。

 

「いいものを選べましたね。師匠もきっと喜んでくれます」

「…うん」

 

 人で埋め尽くされたホームで電車を待つ。しばらく前から動き出した頭が己の愚行を振り返って熱くなり冷えた外気が恋しい。微かに雪が降っているが上は巨大な大屋根、横は人垣に阻まれ近くに落ちることもなかった。徐々に意識がふわふわとしてくる。

 

「姉弟子!」

 

 油断してオレンジバーミリオンの扉から次々出て来る人に流されかけた私の手を八一が掴んだ。中学生になって急に一回り大きくなったその手は力強い。少しだけごつごつしているが綺麗なそれは少し冷えていて心地良い。

 

「ぁ…ありがと」

「はい」

 

 私は離れるその手を逃さぬ様強く握った。これは私の胸の内で光るたくさんの思い出の1つ。

 




 その後数年プレゼントセレクトから手袋を外していた姉弟子。八一プロデビュー戦の後に周りが煩くなり先を越される前に撤回した模様。という補足設定。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。