指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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 新年おめでとうございます

 


第三十五話

「おー。これがかの15世名人の字かー」

「御利益ありそうです!」

「ごりやうー」

「むっ。ししょーの揮毫も負けてません」

「くずりゅー先生のは別方向に味があると言うか」

 

 東京千駄ヶ谷駅のホームに鎮座する王将を前にして興奮しっぱなしの小学生達。彼女達の側には八一と桂香、晶の姿もある。

 

「全く何で貴方達が」

「まあまあ。妹のお願いを聞いてあげるのもお姉ちゃんよ?」

「…ふん」

 

 将棋雑誌の看板や道場への案内を見つけては駆け寄る3人の小学生はあいの道場仲間。彼女達は夏休みを利用して将棋会館道場への遠征を目的に東京を訪れていた。その引率があいを介して八一達に頼まれている。これは元々大会翌日を東京観光に当てるつもりだった桂香達に快諾された。

 

「ここが鳩森神社。棋力向上絵馬は将棋好きには有名ね」

「名人が神前式をした神社だよね!」

「棋戦の中継ブログとかでよく見ます!」 

 

 神社の境内に足を踏み入れた八一達を出迎えたのは六角形の将棋堂とそこに納められた駅の王将の数倍はする大駒。折角なので授与所で御朱印を頂き社務所で絵馬を買った一行は各々願いを書いてお堂の壁に吊るす。その内容は『皆でマイナビの本戦!』に始まり『研修会で勝てますように』『終盤に強くなりたいです』『しょたんになう』『私は負けない』と様々。

 その中に師の絵馬がない事に何を察したのか天衣がタイトル保持者も面倒ねと呟く。八一は何のことかと潜考し弟子の考えに至った。

 

「ああ…今年分の願いはもうしてあるんだ」

「貴方そういうの気にしないと思ってた」

「特大の願いだからな。神様も手一杯だろう」

「ふうん」

 

 鳩森神社を抜けて角を一つ曲がれば将棋会館の縦看板が現れあい達の興奮は最高潮。入口の石碑前まで走り5階建ての将棋会館を眺めてはお洒落だなんだと感想を言い合っていた。

 

「中で将棋指してます!2階だから道場です!!」

「そうだ写真。会館をバックに写真撮ろうよ」

 

 澪がそう言いながら天衣の手を取るとその左右をあい、綾乃、シャルが固める。

 

「なんで私の手を掴むのよ」

「だって天衣ちゃん逃げるし。晶さんお願いしまーす」

「なっ!晶貴方静かにしていると思ったら」

 

 既に道路を挟んで撮影ポジションにいる晶。神社で澪が晶に何やら耳打ちしていると思えばこれ。欲望に忠実な護衛に頭を抑える天衣である。

 

「ししょーと桂香さんも早く!」

 

 渋る八一と桂香があいに手を引っ張られてフレームの端に収まると晶はシャッターを切った。

 

 

 

 

「皆様おはようございます。本日は棋帝戦第3局の模様を終局まで完全生中継でお送りします。聞き手を務めさせていただきます女流棋士の鹿路庭珠代です」

 

 将棋会館5階の一室。カメラの前に組まれた大盤セットを背景に鹿路庭が一礼する。その隣では年齢に似合わずスーツを着こなした少年がカメラを睨んでいた。

 

「本日の解説者は九頭竜八一竜王です。先生どうぞよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「九頭竜先生と私の組み合わせは5月の極会議ぶりの2度目ですねー。前回の反響の大きさに運営は味を…んんっ皆様のご期待に応えようと手配に力を尽くしました。皆さん拍手!」

 

 2人の足下に置かれたモニタ上を流れるコメントが激増した。さっと拾うと『竜王おこ?』『怒ってないよ』『辛いたまよんもイイ』『8888』等生で反応が返ってきていることが分かる。そしてカメラが切り替わり遠く淡路島の対局室が映し出された。コメントも『裏でご叱責』等書きたい放題である。

 

「ただ今対局室が映し出されていますが…まだ両対局者は入室していない模様です。立会人の清滝九段と副立会人の久留野七段、記録係の椚奨励会初段の姿が見えます」

「ここの常連さんなら恐らく知っている顔だと思います」

「先生の師匠でもある清滝先生が何かそわそわしていますが…」

「…何でしょうね」 

 

 答えが解っている八一ははぐらかす。しかし画面上の師匠は早足に部屋を退出してしまった。それを見てコンビニだのトイレだお風呂だと書きたてる視聴者達。もう正解分かっているだろうと心中で視聴者達に思う八一である。 

 

「あ、対局者来ちゃいました!正立会人不在のまま両者駒を並べ始めます」

「副立会人の宣言で始めるようですね」

「だ、第八十八期棋帝戦第3局いよいよスタートです!あっ…」

 

 部屋の襖が開け放たれ対局開始の場を記録せんとしていたカメラは和服がはだけて半裸になった立会人を画面に収めてしまう。数秒の沈黙の後係員に引きずられ師匠はフレームアウトした。

 

 

 

 

 対局は場外の波乱を他所に定跡通りの穏やかな展開となった。落ち着いたところで鹿路庭はスタッフからの指示に従い対局者の紹介を始める。

 

「ここで対局者の紹介をしておきましょう。後手番の篠窪大志棋帝は現在23歳。昨年この棋帝戦で初タイトルを獲得し関東若手棋士の中で一躍トップに踊り出ました」

「あの時は関西の棋士も触発されてました」

 

 去年の今頃お茶の間のアイドル棋士に対する嫉妬で関西の若手が結束した事実もある。結果研究が加速しその被害(恩恵)を竜王戦トーナメント中の八一が受けたとかどうとか。

 

「将棋の強さだけでなく慶應大学を主席で卒業するなど学業も優秀。ニュースのコメンテーター等広報でも活躍しています。九頭竜先生は篠窪棋帝にどんな印象をお持ちでしょう?」 

「学業との両立は本当に尊敬します。篠窪さんはよく最新型の棋戦に登場しますし要領が良いのだろうなと」

「なるほどー。将棋もイケメンということですね。では次に挑戦者の紹介です」

「名人です」

 

 前置きに迷った八一はただ一言そう告げる。だがそれで視聴者達に通じる。元よりこの棋帝戦。例年の軽く数倍を超えた注目を集める理由がかの人物だからだ。

 

「タイトル獲得通算98期にして現在は玉座と盤王のタイトルも保持、5つの永世称号資格を有する…よく分からないという人は前提としてタイトルが全棋士の目指す目標だと踏まえて聞いて下さいね」

「永世称号は規定の回数をタイトル防衛したという称号です。歴代で10人もいないと言えばその条件の厳しさが伝わるでしょうか」

「そして第1局第2局と連勝した名人は今対局でタイトル獲得に王手。取材陣も例年の倍以上という注目のされ様です。ありがたいことですねー」

 

 その中で師匠は半裸をさらした訳だが思い返すと頭痛が酷いので八一は忘れることにした。都合良く大盤解説の指示が出たので鹿路庭とマグネットの駒を手に取る。

 

「戦型は篠窪棋帝の打診通り横歩取りとなりました。第1局と同じ展開ですが九頭竜先生は予想していらっしゃいましたか?」

「名人のスタイルを鑑みれば篠窪さんの後手横歩が通る可能性は高いと見てました」

「あっそうですね。第2局の角換わりも篠窪棋帝の得意戦法でした…」

 

 外向けに解説する八一は戦法を取れた様で逆に掴まれているとは口にしない。名人が自分の棋譜を見ていると聞かされたのが山刀伐だからだ。自分がそうで篠窪が違う等と思う程八一は驕った考えは出来なかった。

 

「…ぃ。……竜先生!」

「はい?」

「もう!生放送中ですよー?局面が固まったので次の一手クイズをしますって聞いてました?」

「すみません」

 

 思考にふけっていた八一が気づけば目の前に鹿路庭の接近を許してしまい青い瞳に映る自分と目が合ってしまう。何処かから寒気を感じ取った八一は必死に身体を逸らした。

 

「ふふっ。後でバツゲームですよ」

「…7七角だと思います」

「4六銀、7七金に続いて新しい予想ですね。では3択でクイズです!…ですが7七角だと頭にある歩を飛車で取られて…うーん?」

「歩は失いますが角を上げてしまえば玉を固められます。悪手にも思えますが篠窪さんにとっては嫌な手でしょう。…あくまで自分の予想ですが」

「なるほど。ここでデータ以上に辛い手ですか。あっ!…本当に7七角を指しました!すごいです先生!!クイズの当たった人もたまよんが褒めちゃうゾ」

 

 角に睨まれた画面上の棋帝は正座を崩してお茶のペットボトルに手を伸ばす。膠着状態に入った対局を見て鹿路庭はメールから質問を拾い始めた。

 

「うわあ沢山のメールが届いてますよ。えー1つ目は大阪府の女性から『九頭竜先生の恋愛観を教えてください』です。先程のバツゲームとして黙秘権はありません!」

「はあ」

「では『将棋を知っている人と知らない人ならどっち?』」

「将棋は自分の全てなので理解のある人の方が合う…と思います」

「はい。第1問からかなり範囲が狭まりました。この調子で行きますよ!『先輩のお姉さんと後輩の女の子ではどちらが…』」 

 

 次々と繰り出される割と突っ込んだ質問に早く局面が動いてくれと願いながら悪戦する八一であった。

 




 棋帝戦後編に続く

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