指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第三十八話

「成果はあったみたいね」

「はい。歩夢の出来上がりは相当ですよ」

「そう」

 

 西日に照らされた階段で刺々しい視線を向けられる八一。その元は先程扉超しに半裸で満足気な顔をした神鍋と瞳に赤味を残した八一を目撃した銀子である。弟分と深くで繋がったと見られる神鍋への嫉妬が彼女の中で荒れ狂っていた。無論如何わしい行為を咎めているのではない。将棋の話だ。

 

「ところで姉弟子」

「なによ」

「そのメイド服ですか?お似合いですよ」

「め、めいど服ちゃうわ!…釈迦堂先生のブランドが出してるドレスよ」

「はあ」

 

 八一の前を行く銀子は普段の制服ではなくリボンやフリルをふんだんに使ったドレスを着ていた。鋭い突っ込みを受けた八一はメイド服ではないと心にメモをして無難に事情を予測する。そして紅茶でも零してしまったのだろうと1人納得しかけたところで奥の部屋から説明が飛んできた。

 

「余と銀子の契約の1つだよ。研究の対価としてモデル役をしてもらっている。更に…」

「そういうことよ」

 

 城の主の言を銀子が遮る。そして話を止められた釈迦堂だがその顔に負の色は無く駆け寄った銀子と小声で話し始めた。1人仲間外れにされた八一は部屋に展示された服の数々を見遣り2人を待つ。着こなしの難しそうな服の群れも姉弟子がモデルだと言われれば納得できた。

 

「何をしているのだ」

「良い服だと思ってな」

「ほう。貴様分かっているではないか。これはシュネーヴィットヒェンというマスターのブランドだ。ほぼ白雪姫のプライベートブランドなんだが最近は人気もあってだな…」

「か、神鍋先生!」

 

 下りてきた神鍋が彼の師の素晴らしさを早口で説き始めたところでまた慌てた銀子がインターセプト。顔を見合わせた主従はやれやれと矛を収める。

 

「仕方ない。銀子、口止め料と今日の負債を合わせて今日はその服で帰ってもらおう」

「はあっ!?」

 

 ついには外向けの体裁すら外して釈迦堂に詰め寄る銀子の姿を八一はいい研究相手を得られた様だと眺めていた。

 

 

 

 

 そして場面は竹下通りに移る。八一と銀子は制服姿の学生から私服姿の女性陣、会社帰りの企業戦士、果ては観光中の外国人まで入り乱れた混雑の中にいた。

 

「…あれなに?」

「かわいい!」

 

 ヒールの高い靴に苦戦する様子を見せる銀子の手を引いてゆっくり歩くしかない八一にこの事態を避ける術は無い。集まりがあれば何事かと興味を持つのは人の性。人垣は徐々に厚くなり熱気を帯びていく。八一達は知る由も無かったが直前に通りでバラエティー番組のロケが行われていたこともあり周囲の遠慮は薄れていた。

 

「あの髪…浪速の白雪姫?って隣は竜王じゃ」

「白雪姫?ドラマ?」

 

 色々と勘違いを含んだままざわめきは増大し一応保たれていた均衡は1人の青年がした質問で決壊した。

 

「すいません!写真いいですか!?」

「え、やっぱりモデルさん?」

「放送はいつですか!?」

 

 矢継ぎ早に声が掛けられ場の空気に危険な色が混じり始める。関西の賑やかさとはまた別の押しに注目を流すことに慣れたはずの2人も対応が遅れた。むしろ若干1名は完全に足を止め片割れの妨害をしているまである。

 

「モデル等ではないので写真はご遠慮願います。TVでもありません。服はシュネーヴィットヒェンというブランドです」

 

 ここで律義に宣伝も行うのが八一。その真面目は遠間から無許可でカメラを向ける輩にイライラしながらも申し出に対しては丁寧に断り続ける。

 

「べつにいい」

「彼女さんは撮っていいそうだぞ!」

「姉弟子?」

「…」

 

 顔を顰めた八一の詰問から顔を逸らす銀子だがその様子もギャラリーの的である。若干頬を膨らませて聞く耳を持たないといった様相にフラッシュが増大した。今やシャッター音は途切れることが無い。

 

「はあ。大通りにタクシーを呼びます。いいですね?」

「ん」

 

 実は通りの車両侵入禁止がもう直ぐ解けるのだが八一はそれを知らない。ゆっくり雑踏を掻き分け進み始める八一。進路を塞いで無遠慮に手を差し出す輩まで出始めた為その視線は鋭さを増す。少年にあるまじき圧を向けられた不埒者は口の中が渇き我に返らせられると2人に道を譲った。

 2人が大通りに出る頃には1時間も経っていたがタクシーを通りに呼ばなかった八一の行いは結果的に好手となった。通りの混乱模様が警察が来て入場規制を敷くレベルだったからだ。八一と銀子はそそくさと予約の札を掲げたタクシーに乗り込んで品川駅に向かった。

 嫌いな人混みに囲まれ続けた銀子の機嫌がどうだったかはご想像の通りである。一連の騒ぎで撮られた写真は即座にネットへ流出し将棋界では関東を中心に銀子と八一がデートしていた等の噂が急速に広まっていたりする。なお関西ではいつものことかと無視された。

 

 

「早速ネットに流れてますね。何を言われるやら」 

「別に私達は悪くない。断ってもあいつらは勝手に撮ってた」

 

 しいていえば銀子が可愛いのが悪い。

 

「それもそう、ですかね」

「そうよ」

 

 そもそも何故行動の選択に人の美醜を加味しなければいけないのか。今日の事態は起こるべくして起きたのかもと八一は投げた。新幹線に乗りようやく一息ついた八一と銀子は揃ってゆったりしたシートに身を任せる。結局駅に着いてからも注目され続けた2人は窓口で指定席からグリーン車へ切符を変更していた。何故かこの間2人の手は繋がれたままである。

 

「昨日歌舞伎町に行ったんですけどあの店無くなってました」

「そう…」

 

 八一と銀子が殴り込みをかけた店である。思い出を懐かしむかのように目を閉じる八一に銀子も倣った。しかし訪れた闇の中で繋がれた八一の手に意識がいき何も考えられなかった。

 

「隣に小奇麗な道場開いてましたよあの真剣師」

「…何でしんみりした口調で話したのよ。くたばったかと思ったのに」

「いえ。お店がなくなるのは悲しいですから」

 

 無駄にいい笑顔でサムズアップした中年が頭に浮かびイラっとした銀子は先程煩悩に塗れていた自分を置いて八一に突っ込んだ。八一を知る他者には一連の会話で彼が終始真面目に発言している様に見える。しかし銀子には生意気にも姉を揶揄う弟分の顔が見えた。

 

「…昔はこうしてどこにでも行った」

「今ではすっかり遠出を嫌がってますよね」

「うるさい」

 

 2人なら文字通り日本全国何処へでも行けたのだ。泣き虫で弱虫だった銀子1人では到底無理な話。だが無駄に成熟していた八一1人でも行動範囲はそこまで広くならない。幼い八一にとって銀子はただの庇護対象ではなく共に歩む存在だったことが分かる。

 

「いつもの。4六歩」

「ちょっといいですか」

「それ…」

 

 八一が器用に片手で鞄から取り出したのは行きの便でも使ったマグネット将棋盤。側面には誰かとは比べようが無い流麗な字で空銀子と書かれている。幼い銀子がいつも抱えていたそれは師匠から将棋駒を贈られた時を境に八一の手へ渡っていた。

 

「昔を思い出しません?」

「うん」

 

 乱暴に扱われたこともあるプラスチックの駒は傷だらけだがそれがまた1つ1つ古い記憶を呼び起こす。銀子は自然と己の右手を解放して駒を並べていた。

 小さな盤に顔を寄せ合う2人の姿が傍からどう見られていたことやら。思い出に浸る2人は終ぞ気づくことはなかった。

 




 改めていつも誤字報告、感想をしてくれる方々に感謝です

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