指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第四十話

 将棋棋士九頭竜八一のルックスは篠窪太志(王太子)神鍋歩夢(ゴッドコルドレン)程良くも無いが平均以上である。よくネタにされる鋭い目も一部では好印象。それどころか眼鏡をかければ魅力にすらなる。よって将棋ファン間での人気は意外と高い。

 このことが如実に表す結果は目の前にある。解説会場の一部を陣取る八一目当ての女性ファン達だ。彼女達は大会に先んじて開かれた販売会で男性陣に混じり八一のグッズを購入し立ち見も気にせず八一の解説を待っている。

 

「お待たせいたしました。一斉予選一回戦の解説を始めさせて頂きます。聞き手は私空銀子。解説は九頭竜八一竜王でお送りします」

「お願いします」

 

 そして眼前の光景に口調を固くする銀子。心情は分からないでもないが難儀な性格をしている。

 

「まずは九頭竜先生。大人気ですね…聞けば遠方から駆け付けた人もいるとか」

「棋戦が盛り上がるのは一棋士として本当にありがたいと思います」

「盤面を見ていきましょう」

 

 2人が挟んで立つスクリーンに将棋盤が投影される。最も進行が早いことから最初の解説に選ばれたその対局で先手を持つのは八一の二番弟子あい。椅子にクッションを敷きその上に正座するという微笑ましい姿を裏切る烈火の如き攻めを対局相手に叩きつけていた。

 

「場を整えて指すのが好みという旗立女流には辛い場面かもしれません」 

「よくお知りですね」

「月夜見坂さんに聞きました」

 

 旗立女流二級。現役帝大生にして将棋を始めたのは高校からと晩学派。昨年女流三級から年間成績により女流棋士となった新星。女流玉将曰く超のつく真面目。八一の手元にあるメモより抜粋。

 初手から解説を加えつつ盤面を進めていく2人だがその手が止まるのはほぼ後手番。大した時間もかからず現局面に追いつくも既に先手の勝ちが決まっていた。

 アマチュアの小学生が大学生女流棋士を破ったとあって会場にどよめきが広がった。

 

「ししょー!勝ちました!!」

「よくやった」

「…雛鶴あいアマ。ステージへどうぞ」

 

 会場に響いた声に騒めきが一瞬静まり再燃する。収拾がつかなくなる前に銀子があいを段上へ呼びつけた。八一との解説にケチがつくことを嫌った行動である。

 

「雛鶴さんはチャレンジマッチで居飛車を指していましたが振り飛車も指すんですね?」

「は、はい。…生石先生に教わっています」

「昨年今大会で好成績を出した強敵相手にどんな気持ちで戦いましたか?」

「今日はぜったいに勝ちたいと思ってました!」 

「それはどうしてですか?」

 

 周りがビックネームの登場に驚く中続く八一の質問に答え切ったあいは何故か挑戦的な笑みを伯母に向ける。八一は姉弟子がマイクを切って舌打ちした音を確かに聞いた。

 

「それは…内緒です」

「雛鶴さんは個人スポンサーとの写真撮影が押しているのでこのあたりで。ありがとうございました」

「むぅ!」

 

 頬を膨らまして別室に向かうあいにかわり登壇したのは天衣。ベテラン女流棋士を相手に圧勝した少女は師の側に収まると腕を組み会場を一瞥した。

 

「夜叉神天衣女流三級。姉妹弟子揃って決勝進出を決めた今のお気持ちは?」

「信じられません」 

 

 八一は天衣の発言に火の気を感じ話題を変える。この一番弟子は勝てたことが信じられない等と嘘でも言わないからだ。

 

「あと一勝で女流二級へ昇級とのことですがそれについて一言どうぞ」

「関係なしに勝つわ」

 

 天衣は妹分に先んじて本戦入りした時点で昇級規定を満たす。師匠名利に尽きる弟子達だと胸の内が熱くなり己の師匠が近年涙もろい理由が少し分かった八一である。

 

「ありがとうございました。予選決勝の個人スポンサーはまだ受け付けておりますのでぜひお申し込みを」

「次に祭神女流帝位お願いします」

 

 スポンサー受付に人が集まる様を横目に銀子が次の決勝進出者を呼んだ。その人物は対局相手を甚振った末吹き飛ばした祭神雷。ではなくニコニコと笑う女子大生棋士。

 

「祭神さんなら笑いながらどっか行きましたよ」

「ごほん、予定を変更して鹿路庭珠代女流二段にお越しいただきました。まずは一勝おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

 八一の言に対しぱっーと笑みを増す鹿路庭に冷たい視線が突き刺さった。鹿路庭が銀子から盾にする形で位置している為八一は北風と太陽に同時攻撃される旅人状態だ。太陽が若干引き気味なのが2人の力関係を示している。

 

「鹿路庭女流に自分がインタビューするというのは新鮮ですね」

「ですねー。でも結構様になってますよ」

「だと良いのですが」

 

 他の対局が長丁場になったこともあり弟子達のそれよりもインタビューは長引いた。そのことが銀子の機嫌悪化の一因となったことは言うまでもない。 

 

 

 

 

 休憩の場として開放されたお堀を臨むビルの一室。先のインタビューで処置無しと話を進めた八一は的確に好みのおかかお握りを盗られ少し気落ちしていた。弟子達と桂香は既に対局へ向かった為今は2人なのだが珍しく居心地の悪い時間が訪れる。

 銀子は銀子で少しやり過ぎたと思うもどうしようもなくぶっきらぼうに会話を切り出した。

 

「小童の相手だけど」

「はい」

「大丈夫なの?」

 

 今の彼女は軽いパニック状態。そして柄にもなくあいの心配をする形になってしまっていた。八一はおとがいに手を当て考えるふりをする。祭神の棋力は一度指しているので女流タイトル保持者とアマ棋士の実力差以上に分が悪いことが分かっていた。

 加えて八一は祭神を焚きつけたことが今になって気になってしまう。

 

「もどかしいですね。自分の行動を少し後悔するくらいには」

「勝負は蓋を開けてみなければ分からないでしょ」

「そうですね」

 

 ここまでくれば姉弟子が自分を励まそうとしていることは今の八一にも察せる。

 

「…ごめん。これあげる」

「いいですよ。こっちもすみませんでした」

 

 おずおずと焼き肉お握り(ソース付き)を差し出され逆に申し訳なくなった八一。弟子の対局が気になり無自覚に気持ちが下降気味だったと自覚し努めて明るく言葉を返す。

 

「姉弟子。マイソースは止めません?」

「うるさい。はいお茶」

 

 心底ほっとした銀子はようやく普段の調子を取り戻しペットボトルを突き出す。八一は口に残る甘辛いソースをお茶で流し立ち上がった。時間である。

 

「そこらの師弟より万倍師弟してるんだから自信持ちなさい」

「はい」

「むしろ構いすぎ。もう少し…」

「はあ」

 

 銀子は色々背負い込む弟の肩に一撃加え、並んで会場へ向かうのであった。

 




 昇級規定がこんがらがって…


 あ、現実で女流3級なくなるそうですね

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